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イニシングブルー
帰りたくない
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昼食はお寿司ということもあり、夕食は千秋先生の希望で「お肉」になった。無難に焼き肉?なんて話をしてるうちに「とんかつ」に行き着く。
しかし午後六時半近くのこの時間だとどこもいっぱいかもしれない。
そんな話しをしながら千秋先生がおすすめだというとんかつ屋さんに行くことになった。
「よかった、空いてるみたい」
三軒茶屋方面に向かい、コインパーキングに車を停める。商店街を歩いているとお肉屋さんを見つけた。その二階にあるとんかつ屋さん。
「時々来るんだよ、ここ」
店内はこじんまりしてはいるもののほとんどのテーブルが埋まっていた。
「上ロースカツ定食ご飯大盛りと、果穂はなんにする?」
「うーん、中ヒレカツにします!チーズ入り」
「じゃあ注文するね」
千秋先生が店員さんを呼びかける。丁寧に注文を伝える姿を眺めながら「私の彼氏かっこいいなあ」なんて喜びに浸っていた。
「美味しかったぁ」
「うまいでしょ?店は狭いけど」
とんかつはとても美味しかった。千秋先生のお肉を一口もらい、上ロースと中ヒレカツの違いに驚いた。「こんなにもはっきり違うってわかったの初めて!」と言えば千秋先生に笑われてしまった。
「趣があるお店ですね」
「お。素敵な表現」
「ふふふ。柾哉さんもこういう店が好きって知れてよかった」
正直いつもちょっとお高そうな店ばかりだったから不安だった。彼と経済面に大きな差があることぐらいわかっているけど、それでも毎回出してもらうのはいたたまれない。何かお返しをするとしてもそもそも要らないんじゃ…なんて思ってしまいそうだし。
「…果穂を連れていくならやっぱり綺麗な場所に連れて行きたいと思うよ。さっきの店が汚いという訳じゃないけどあまりのんびりできる雰囲気じゃないから」
「でも今日は連れてきてくれたんですね」
「うん。俺の好きな店を知ってもらいたかったから」
車の中はシーンと静まり返った。三軒茶屋から自宅までは車で約20分。
さっきと同じように暗い気持ちになりそうになって慌てて楽しかったことを思い出した。
(自転車楽しかったな。来年もいけるかな…あ。)
道路の表札に見慣れた文字が見える。少し浮上した気持ちはすぐに萎んだ。今日がとても楽しかったから、終わってしまうことがそれ以上に寂しい。
キュウと切なくなる胸の前でシートベルトを掴みながら流れていく景色を眺めた。
この辺だったかな。
千秋先生が記憶を頼りに自宅に送ってくれている中、私はぼんやりと見慣れた道を眺めていた。
「果穂?」
「…あ、はい?」
千秋先生が「どうした?」と訊ねてくれる。
「あ…ううん。なんでも」
「本当に?あ、ここ左だっけ?」
「はい」
左折して少し進めば自宅のアパートが見える。ただこの左折が少し道幅が狭いのでこの間送ってもらった時はこのあたりでおろしてもらった。
車がアパートの前の駐車場に到着する。
「着いたよ」と目的地の到着を告げられた。
「…うん」
時刻はまだ九時前。解散には少し早い時間だと感じてしまうけど、千秋先生は今週学会もあったしきっと疲れたよね。
「ありがとうございました。楽しかったです」
「果穂」
シートベルトを外して扉に手をかける。
呼びかけられて振り返れば呆れたように笑われた。
「今日楽しくなかった?」
大きな手のひらが頬に添えられた。黙って首を横に振る。
「俺も楽しかった。朝早かったしゆっくり寝て」
「…ぅん」
「また出かけよう?な?」
小さく頷いて「おやすみなさい」と車から降りる。続けて千秋先生が降りてくる音が聞こえた。アパートの玄関に入る前に振り返る。千秋先生が手を振ってくれた。
「また連絡するから」
ほら入って、と促される。私は手を振り返すとアパートの玄関の扉を開けた。
階段を上がりながら涙が競り上がってくる。歯を食いしばってこぼれないように上を向いた。ついさっきまでふたりで青空を見上げていたはずなのに、今は無機質な天井。それがまた楽しかった時間との落差を感じさせて視界がぼやける。
(……もう寂しい。会いたい。しぬ)
今別れたばかりなのに、もう顔が見たい。
“果穂”って呼んで抱きしめてほしい。
いつの間にこんなにも自分が乙女思考になってしまったんだと苦笑しながらドアノブに鍵を差し込んだで思い立った。
___果穂って妙に大胆なところあるから
美雨ちゃんの言葉が脳裏で繰り返される。捻りかけた手を止めた。
考えてみればこのまま大人しく帰らなくてもいいんだよ。
だってもう26歳。
何が起きても自分の責任。
だったらもう。
差し込んだ鍵を見つめて引っこ抜いた。今ノロノロと上がってきた階段を勢いよく駆け降りる。
アパートの入り口の扉は内側から引くドアだ。それなのに、勢いよく押してしまい大きな音を立てて阻まれた。
「!」
千秋先生が驚いて目を丸くしている。私は今度こそ扉を引いて外に飛び出した。
「果穂?」
「帰りたくないです」
「…っ」
「連れて帰ってください」
千秋先生にぎゅうと抱きついた。子どもみたいに離すもんかとしがみつく。
「…果穂」
嗜める声とともに頭上から溜息が落ちてくる。
ただそれだけのことなのに涙腺が崩壊しそうになる。
「…どういう意味か分かって言ってる?」
喉の奥から唸るような声。それとは真逆に優しく抱きしめられて、堪えていたものがほろりと溢れた。
「わかってます。でも帰りたくないんです」
「…俺がどんな気持ちで帰したと思って…。わざと気づかないふりしてたのに」
また盛大なため息が落ちてきた。だけど甘えるように私の肩口に顔を埋めた彼が愛おしくて胸が詰まる。キュウと締め付けられていっぱいいっぱいで。息をするのもやっとなのに彼はまた私を喜ばせる。
「どうなっても知らないよ?」
千秋先生が釘を刺した。
_______もっと私を欲してほしい。
「…柾哉さんになら何されてもいい」
心の奥から湧き出る欲。彼に求められたいと、渇望していた。何か探るような瞳の奥に見える迷いと微熱。その迷いを晴らすように背伸びした。
彼の唇にキスをする。下から押し上げるだけの熱のふれあい。精一杯の煽り。
「どうなってもいいです」
「果穂」
「好きです。好きなんです。だから、…傍にいたい」
ぎゅうと抱きしめたら同じだけ返ってきた。
嬉しくて次から次へと涙が溢れる。
「……30分で準備できる?」
「…え?」
「泊まるなら色々準備必要でしょう?」
「じゅ、15分!あ、10分で大丈夫です!」
嬉しくて声が弾む。涙を拭って回れ右をした。
「そんなに慌てなくていいよ。待ってるから」
アパートのエントランスに向かって走りだす。さっき慌てて降りてきた階段を今度はいそいそと駆け上った。
まだ一緒に居られるんだと思うとソワソワと落ち着かない。嬉しくて胸が弾んでしかたがなかった。
「お泊まりセット…は」
先日買ったばかりの部屋着と下着。そして翌日の洋服も詰める。あとは化粧品などの日用品。携帯の充電器ももちろん持った。
あらかじめいつかお泊まりをするならと妄想していたおかげでそれほど時間もかからずに用意はできた。出かける前に鏡を見てメイクをチェックする。
アイラインはとれていない、よし。
ファンデーションはよれてしまったけど今から直す時間もないし、多分すぐにお風呂に入るだろう。
……ぁあああなんて大胆なことを!
落ち着いてこの先のことを想像してみて顔が熱くなる。
だけど自然と心は晴れやかでそれ以上に喜びでいっぱいいっぱいだった。
「お、お待たせしましたっ」
外に出れば千秋先生は車にもたれかかり、携帯を触りながら待っていてくれていた。
「待ってないよ。それよりさっきから」
「わ、わざとだもんっ」
「だもんって」
千秋先生が苦笑する。「トランクに入れるよ」と私の持つ鞄に手を伸ばした。
「それは煽ってるってこと?」
「……ご想像にお任せします」
俯いた視線をゆるりと上げる。彼は困っていたけど気にしない。もっと困ればいいんだ、ぷん。
「良いように捉えるよ?」
「うん」
「……なに、どうしたの急に」
急にもなにもないもの。
好きだからそばにいたい。イチャイチャしたい。いっぱいくっついてキスして、その先も…。
「…はしたないって思う?だめ?」
「駄目じゃないよ。むしろ嬉しい」
「だったら」
「…可愛すぎて困る……調子に乗らないように必死なんだよ、分かれ」
千秋先生の手が伸びてきて髪をくしゃっとされた。幸い髪を緩く巻いただけだし、今日はもう千秋先生の自宅に戻るだけ。
ってか反応が可愛いすぎる!
分かれって言われても分からないよーー
けどその言い方好き!
「わ、わからないもん!ちゃんと言ってよ」
「わかったわかった」
「あー、その言い方わかってな…ふぉ?!」
片手で両頬をむにっと掴まれて間抜けな声が溢れた。たこちゅーみたいに突き出た唇をはむっと咥えられる。
「ちょっと黙って。あとドン引くとか無しだから。いい?」
頬をむにゅっとされたままうんうんと頷く。千秋先生は満足したのか、トランクを開けて荷物をしまった。その足で助手席に回り扉を開けてくれる。
「はい、お姫様。シートベルトはご自身でお願いします」
「……柾哉さんもほっぺチューしたくなった?」
「……フリってわかるでしょ」
「してくれないの?」
「…お望みならばあとで噛んでさしあげます」
「……っ!!!!!!」
どうしよう、お母さん!
果穂は今夜噛まれてしまうようです(歓喜
しかし午後六時半近くのこの時間だとどこもいっぱいかもしれない。
そんな話しをしながら千秋先生がおすすめだというとんかつ屋さんに行くことになった。
「よかった、空いてるみたい」
三軒茶屋方面に向かい、コインパーキングに車を停める。商店街を歩いているとお肉屋さんを見つけた。その二階にあるとんかつ屋さん。
「時々来るんだよ、ここ」
店内はこじんまりしてはいるもののほとんどのテーブルが埋まっていた。
「上ロースカツ定食ご飯大盛りと、果穂はなんにする?」
「うーん、中ヒレカツにします!チーズ入り」
「じゃあ注文するね」
千秋先生が店員さんを呼びかける。丁寧に注文を伝える姿を眺めながら「私の彼氏かっこいいなあ」なんて喜びに浸っていた。
「美味しかったぁ」
「うまいでしょ?店は狭いけど」
とんかつはとても美味しかった。千秋先生のお肉を一口もらい、上ロースと中ヒレカツの違いに驚いた。「こんなにもはっきり違うってわかったの初めて!」と言えば千秋先生に笑われてしまった。
「趣があるお店ですね」
「お。素敵な表現」
「ふふふ。柾哉さんもこういう店が好きって知れてよかった」
正直いつもちょっとお高そうな店ばかりだったから不安だった。彼と経済面に大きな差があることぐらいわかっているけど、それでも毎回出してもらうのはいたたまれない。何かお返しをするとしてもそもそも要らないんじゃ…なんて思ってしまいそうだし。
「…果穂を連れていくならやっぱり綺麗な場所に連れて行きたいと思うよ。さっきの店が汚いという訳じゃないけどあまりのんびりできる雰囲気じゃないから」
「でも今日は連れてきてくれたんですね」
「うん。俺の好きな店を知ってもらいたかったから」
車の中はシーンと静まり返った。三軒茶屋から自宅までは車で約20分。
さっきと同じように暗い気持ちになりそうになって慌てて楽しかったことを思い出した。
(自転車楽しかったな。来年もいけるかな…あ。)
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キュウと切なくなる胸の前でシートベルトを掴みながら流れていく景色を眺めた。
この辺だったかな。
千秋先生が記憶を頼りに自宅に送ってくれている中、私はぼんやりと見慣れた道を眺めていた。
「果穂?」
「…あ、はい?」
千秋先生が「どうした?」と訊ねてくれる。
「あ…ううん。なんでも」
「本当に?あ、ここ左だっけ?」
「はい」
左折して少し進めば自宅のアパートが見える。ただこの左折が少し道幅が狭いのでこの間送ってもらった時はこのあたりでおろしてもらった。
車がアパートの前の駐車場に到着する。
「着いたよ」と目的地の到着を告げられた。
「…うん」
時刻はまだ九時前。解散には少し早い時間だと感じてしまうけど、千秋先生は今週学会もあったしきっと疲れたよね。
「ありがとうございました。楽しかったです」
「果穂」
シートベルトを外して扉に手をかける。
呼びかけられて振り返れば呆れたように笑われた。
「今日楽しくなかった?」
大きな手のひらが頬に添えられた。黙って首を横に振る。
「俺も楽しかった。朝早かったしゆっくり寝て」
「…ぅん」
「また出かけよう?な?」
小さく頷いて「おやすみなさい」と車から降りる。続けて千秋先生が降りてくる音が聞こえた。アパートの玄関に入る前に振り返る。千秋先生が手を振ってくれた。
「また連絡するから」
ほら入って、と促される。私は手を振り返すとアパートの玄関の扉を開けた。
階段を上がりながら涙が競り上がってくる。歯を食いしばってこぼれないように上を向いた。ついさっきまでふたりで青空を見上げていたはずなのに、今は無機質な天井。それがまた楽しかった時間との落差を感じさせて視界がぼやける。
(……もう寂しい。会いたい。しぬ)
今別れたばかりなのに、もう顔が見たい。
“果穂”って呼んで抱きしめてほしい。
いつの間にこんなにも自分が乙女思考になってしまったんだと苦笑しながらドアノブに鍵を差し込んだで思い立った。
___果穂って妙に大胆なところあるから
美雨ちゃんの言葉が脳裏で繰り返される。捻りかけた手を止めた。
考えてみればこのまま大人しく帰らなくてもいいんだよ。
だってもう26歳。
何が起きても自分の責任。
だったらもう。
差し込んだ鍵を見つめて引っこ抜いた。今ノロノロと上がってきた階段を勢いよく駆け降りる。
アパートの入り口の扉は内側から引くドアだ。それなのに、勢いよく押してしまい大きな音を立てて阻まれた。
「!」
千秋先生が驚いて目を丸くしている。私は今度こそ扉を引いて外に飛び出した。
「果穂?」
「帰りたくないです」
「…っ」
「連れて帰ってください」
千秋先生にぎゅうと抱きついた。子どもみたいに離すもんかとしがみつく。
「…果穂」
嗜める声とともに頭上から溜息が落ちてくる。
ただそれだけのことなのに涙腺が崩壊しそうになる。
「…どういう意味か分かって言ってる?」
喉の奥から唸るような声。それとは真逆に優しく抱きしめられて、堪えていたものがほろりと溢れた。
「わかってます。でも帰りたくないんです」
「…俺がどんな気持ちで帰したと思って…。わざと気づかないふりしてたのに」
また盛大なため息が落ちてきた。だけど甘えるように私の肩口に顔を埋めた彼が愛おしくて胸が詰まる。キュウと締め付けられていっぱいいっぱいで。息をするのもやっとなのに彼はまた私を喜ばせる。
「どうなっても知らないよ?」
千秋先生が釘を刺した。
_______もっと私を欲してほしい。
「…柾哉さんになら何されてもいい」
心の奥から湧き出る欲。彼に求められたいと、渇望していた。何か探るような瞳の奥に見える迷いと微熱。その迷いを晴らすように背伸びした。
彼の唇にキスをする。下から押し上げるだけの熱のふれあい。精一杯の煽り。
「どうなってもいいです」
「果穂」
「好きです。好きなんです。だから、…傍にいたい」
ぎゅうと抱きしめたら同じだけ返ってきた。
嬉しくて次から次へと涙が溢れる。
「……30分で準備できる?」
「…え?」
「泊まるなら色々準備必要でしょう?」
「じゅ、15分!あ、10分で大丈夫です!」
嬉しくて声が弾む。涙を拭って回れ右をした。
「そんなに慌てなくていいよ。待ってるから」
アパートのエントランスに向かって走りだす。さっき慌てて降りてきた階段を今度はいそいそと駆け上った。
まだ一緒に居られるんだと思うとソワソワと落ち着かない。嬉しくて胸が弾んでしかたがなかった。
「お泊まりセット…は」
先日買ったばかりの部屋着と下着。そして翌日の洋服も詰める。あとは化粧品などの日用品。携帯の充電器ももちろん持った。
あらかじめいつかお泊まりをするならと妄想していたおかげでそれほど時間もかからずに用意はできた。出かける前に鏡を見てメイクをチェックする。
アイラインはとれていない、よし。
ファンデーションはよれてしまったけど今から直す時間もないし、多分すぐにお風呂に入るだろう。
……ぁあああなんて大胆なことを!
落ち着いてこの先のことを想像してみて顔が熱くなる。
だけど自然と心は晴れやかでそれ以上に喜びでいっぱいいっぱいだった。
「お、お待たせしましたっ」
外に出れば千秋先生は車にもたれかかり、携帯を触りながら待っていてくれていた。
「待ってないよ。それよりさっきから」
「わ、わざとだもんっ」
「だもんって」
千秋先生が苦笑する。「トランクに入れるよ」と私の持つ鞄に手を伸ばした。
「それは煽ってるってこと?」
「……ご想像にお任せします」
俯いた視線をゆるりと上げる。彼は困っていたけど気にしない。もっと困ればいいんだ、ぷん。
「良いように捉えるよ?」
「うん」
「……なに、どうしたの急に」
急にもなにもないもの。
好きだからそばにいたい。イチャイチャしたい。いっぱいくっついてキスして、その先も…。
「…はしたないって思う?だめ?」
「駄目じゃないよ。むしろ嬉しい」
「だったら」
「…可愛すぎて困る……調子に乗らないように必死なんだよ、分かれ」
千秋先生の手が伸びてきて髪をくしゃっとされた。幸い髪を緩く巻いただけだし、今日はもう千秋先生の自宅に戻るだけ。
ってか反応が可愛いすぎる!
分かれって言われても分からないよーー
けどその言い方好き!
「わ、わからないもん!ちゃんと言ってよ」
「わかったわかった」
「あー、その言い方わかってな…ふぉ?!」
片手で両頬をむにっと掴まれて間抜けな声が溢れた。たこちゅーみたいに突き出た唇をはむっと咥えられる。
「ちょっと黙って。あとドン引くとか無しだから。いい?」
頬をむにゅっとされたままうんうんと頷く。千秋先生は満足したのか、トランクを開けて荷物をしまった。その足で助手席に回り扉を開けてくれる。
「はい、お姫様。シートベルトはご自身でお願いします」
「……柾哉さんもほっぺチューしたくなった?」
「……フリってわかるでしょ」
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