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証拠は、スマートフォンの中に
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緩みそうになる唇を一文字に引き結び、沙羅は顔を上げた。
「ふたりが、付き合っている証拠もないのに、それを信じろというの? ただ単に、政志さんに片思いをしている片桐さんの虚言かも知れないわよね」
虚言癖を疑われ、片桐は沙羅へ憎悪の籠もった瞳を向けた。
「いえ、確かに政志さんとわたしは愛し合っています。その証拠にわたしのお腹には、政志さんの赤ちゃんがいるんです」
片桐は、妊娠を誇張するように、わざとらしく手をそえ、まだ膨らみの無いお腹を撫でた。
”赤ちゃん”と聞いて、沙羅はヒュッと息を飲み込んだ。膝の上に置いた手をギュッと握り込み、気持ちを立て直す。
そして、片桐を見据え、一気に言葉を吐き出した。
「それが本当なら、あなたと政志さんが愛し合っている証拠を見せてください」
その言葉に片桐は、ふふんと鼻を鳴らし、スマートフォンを操作して、写真ホルダーを呼び出した。それを沙羅の方へスマートフォンを差し向ける。
「いくらなんでも、愛し合っている姿を見せるのは、お気の毒かと思っていたけど、証拠、証拠と言われたらしょうがないですよねぇ」
そう言った片桐の顔は勝ち誇り、口元が醜く歪む。
政志が上半身裸で眠っている写真から始まり、ベッドの中で裸のふたりがシーツに包まりポーズをとっている写真、果ては行為中の写真まであった。
カランと氷が音を立てる。アイスコーヒーのグラスが汗をかき、テーブルの上に水滴が溜まっていた。
片桐のスマートフォンを握りしめたまま、呆然と写真を見つめる沙羅に向かって、片桐は本性剥き出しで言葉を投げ掛ける。
「だからオバサンは、政志さんと早く別れてください。政志さん、オバサンが別れてくれないって、困っていましたよ」
沙羅は、これまで政志から別れ話しを切り出された事など一度も無い。まさに、今日の出来事は寝耳に水の状態だ。
ひと呼吸ついて考えれば、政志は会社での立場や離婚による弊害やリスクを冒し、家庭を壊してまで片桐を選ぼうとは思っていないと言う事。
沙羅はそれを、片桐に教えてあげるほど、優しい気持ちになれない。片桐にマウントを取らせ、自分に有利な情報を引き出して見せる。
片桐のスマートフォンを右手に握ったまま、沙羅は、空いている方の左手でハンカチを取り出し、目元を抑えた。唇を噛みしめ、必死に泣くのを堪えてるように振る舞う。
やがて鼻をすすり始めると、他のテーブルの客たちの視線がチラチラと集まる。片桐が、沙羅を泣かせているように見えるのか、客たちはヒソヒソ話しを始めた。
片桐は、苛立ち声を荒げる。
「ちょっと、証拠って、言うから見せたのに……」
スマートフォンを握り絞めたまま、泣く素振りをする沙羅。そのスマートフォンを取り上げようと手を伸ばした片桐の横を、熱々のグラタン皿を持った店員が通り過ぎて行く。瞬間、ふわりと焼き立てチーズの良い匂いが漂う。
「うっ、」と言って、口元を押さえた片桐は、店内奥にある化粧室へ足早に消えて行った。
沙羅は、ニヤリとほくそ笑む。
すかさず、テーブルの上に出してある、自分のスマートフォンを起動させ、片桐の証拠の写真をスクロールして、片桐と政志の数々を撮影した。
「スマホを置いたまま、トイレに行くなんて、不用心ね。誰かに悪用されるかも知れないのにね」
青白い顔で戻って来た片桐に、沙羅は心配そうな振りをしてスマートフォンを返す。
「つわり……キツいわよね。赤ちゃん、3ヶ月ぐらい?」
「ええ、だから急がないとダメなんです。早く離婚してください」
「離婚……もしかして、無言電話もあなたが掛けていたの?」
「そうよ。オバサンが、離婚してくれないからしょうがないじゃない」
片桐が、イラ立ちを抑えきれずに、声を荒げる。
自分の欲しい物は手に入れないと気が済まない、駄々っ子のような振る舞いに、沙羅は困り顔で首を傾げた。
「若いのね」
若さゆえ、物を知らないという意味で沙羅は口にした。片桐は、その意味に気づかない。
「そうよ。オバサンより若くて可愛いわたしが政志さんに選ばれるのは当然でしょう。だいたい、女としての魅力が無いんだから浮気されるのよ! だから、浮気される方が悪いのよ」
「そうね」
と沙羅は窓の外を見つめる。アスファルトが太陽に焼かれ陽炎がゆらゆらと立ち昇っていた。
浮気される方が悪いなんて、冗談じゃない。
政志も若いだけが取り柄の女にうつつを抜かすなんて……。
脳裏に浮かぶ、政志と一緒に過ごした年月が、日に焼かれた写真のように色あせて見える。
沙羅は疲れたように、ぐったりと息を吐き出した。
「私……離婚を考えてもいいわ」
離婚を考えると言ったけど、離婚をするとは言っていない。それなのに片桐は、ぱぁっと顔を輝かせる。
離婚と簡単に言うけれど、沙羅は、大学を出て社会人1年目で政志に請われ、専業主婦を13年もしていたのだ。離婚後、たいして職歴も無い女を正社員で雇ってくれる企業など無いだろう。
パートや契約社員なら何とか仕事に有りつけるかも知れない。でも、それでは、ひとりで暮らして行くのがやっとの収入だ。娘と暮らすのには無理がある。
政志の収入で安穏と暮らしていたのも事実。
離婚をしたら、家庭が壊れるだけで無く、自分や娘の未来が壊れていくのだ。離婚をしたくても簡単には踏み出せない。
でも、 どちらにしても眼の前に居る片桐には、不安の代償はしっかり払って貰う。
沙羅の瞳の奥に炎が燃えているのを、若い片桐は気づかない。
「ふたりが、付き合っている証拠もないのに、それを信じろというの? ただ単に、政志さんに片思いをしている片桐さんの虚言かも知れないわよね」
虚言癖を疑われ、片桐は沙羅へ憎悪の籠もった瞳を向けた。
「いえ、確かに政志さんとわたしは愛し合っています。その証拠にわたしのお腹には、政志さんの赤ちゃんがいるんです」
片桐は、妊娠を誇張するように、わざとらしく手をそえ、まだ膨らみの無いお腹を撫でた。
”赤ちゃん”と聞いて、沙羅はヒュッと息を飲み込んだ。膝の上に置いた手をギュッと握り込み、気持ちを立て直す。
そして、片桐を見据え、一気に言葉を吐き出した。
「それが本当なら、あなたと政志さんが愛し合っている証拠を見せてください」
その言葉に片桐は、ふふんと鼻を鳴らし、スマートフォンを操作して、写真ホルダーを呼び出した。それを沙羅の方へスマートフォンを差し向ける。
「いくらなんでも、愛し合っている姿を見せるのは、お気の毒かと思っていたけど、証拠、証拠と言われたらしょうがないですよねぇ」
そう言った片桐の顔は勝ち誇り、口元が醜く歪む。
政志が上半身裸で眠っている写真から始まり、ベッドの中で裸のふたりがシーツに包まりポーズをとっている写真、果ては行為中の写真まであった。
カランと氷が音を立てる。アイスコーヒーのグラスが汗をかき、テーブルの上に水滴が溜まっていた。
片桐のスマートフォンを握りしめたまま、呆然と写真を見つめる沙羅に向かって、片桐は本性剥き出しで言葉を投げ掛ける。
「だからオバサンは、政志さんと早く別れてください。政志さん、オバサンが別れてくれないって、困っていましたよ」
沙羅は、これまで政志から別れ話しを切り出された事など一度も無い。まさに、今日の出来事は寝耳に水の状態だ。
ひと呼吸ついて考えれば、政志は会社での立場や離婚による弊害やリスクを冒し、家庭を壊してまで片桐を選ぼうとは思っていないと言う事。
沙羅はそれを、片桐に教えてあげるほど、優しい気持ちになれない。片桐にマウントを取らせ、自分に有利な情報を引き出して見せる。
片桐のスマートフォンを右手に握ったまま、沙羅は、空いている方の左手でハンカチを取り出し、目元を抑えた。唇を噛みしめ、必死に泣くのを堪えてるように振る舞う。
やがて鼻をすすり始めると、他のテーブルの客たちの視線がチラチラと集まる。片桐が、沙羅を泣かせているように見えるのか、客たちはヒソヒソ話しを始めた。
片桐は、苛立ち声を荒げる。
「ちょっと、証拠って、言うから見せたのに……」
スマートフォンを握り絞めたまま、泣く素振りをする沙羅。そのスマートフォンを取り上げようと手を伸ばした片桐の横を、熱々のグラタン皿を持った店員が通り過ぎて行く。瞬間、ふわりと焼き立てチーズの良い匂いが漂う。
「うっ、」と言って、口元を押さえた片桐は、店内奥にある化粧室へ足早に消えて行った。
沙羅は、ニヤリとほくそ笑む。
すかさず、テーブルの上に出してある、自分のスマートフォンを起動させ、片桐の証拠の写真をスクロールして、片桐と政志の数々を撮影した。
「スマホを置いたまま、トイレに行くなんて、不用心ね。誰かに悪用されるかも知れないのにね」
青白い顔で戻って来た片桐に、沙羅は心配そうな振りをしてスマートフォンを返す。
「つわり……キツいわよね。赤ちゃん、3ヶ月ぐらい?」
「ええ、だから急がないとダメなんです。早く離婚してください」
「離婚……もしかして、無言電話もあなたが掛けていたの?」
「そうよ。オバサンが、離婚してくれないからしょうがないじゃない」
片桐が、イラ立ちを抑えきれずに、声を荒げる。
自分の欲しい物は手に入れないと気が済まない、駄々っ子のような振る舞いに、沙羅は困り顔で首を傾げた。
「若いのね」
若さゆえ、物を知らないという意味で沙羅は口にした。片桐は、その意味に気づかない。
「そうよ。オバサンより若くて可愛いわたしが政志さんに選ばれるのは当然でしょう。だいたい、女としての魅力が無いんだから浮気されるのよ! だから、浮気される方が悪いのよ」
「そうね」
と沙羅は窓の外を見つめる。アスファルトが太陽に焼かれ陽炎がゆらゆらと立ち昇っていた。
浮気される方が悪いなんて、冗談じゃない。
政志も若いだけが取り柄の女にうつつを抜かすなんて……。
脳裏に浮かぶ、政志と一緒に過ごした年月が、日に焼かれた写真のように色あせて見える。
沙羅は疲れたように、ぐったりと息を吐き出した。
「私……離婚を考えてもいいわ」
離婚を考えると言ったけど、離婚をするとは言っていない。それなのに片桐は、ぱぁっと顔を輝かせる。
離婚と簡単に言うけれど、沙羅は、大学を出て社会人1年目で政志に請われ、専業主婦を13年もしていたのだ。離婚後、たいして職歴も無い女を正社員で雇ってくれる企業など無いだろう。
パートや契約社員なら何とか仕事に有りつけるかも知れない。でも、それでは、ひとりで暮らして行くのがやっとの収入だ。娘と暮らすのには無理がある。
政志の収入で安穏と暮らしていたのも事実。
離婚をしたら、家庭が壊れるだけで無く、自分や娘の未来が壊れていくのだ。離婚をしたくても簡単には踏み出せない。
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沙羅の瞳の奥に炎が燃えているのを、若い片桐は気づかない。
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