【完結】東京・金沢 恋慕情 ~サレ妻は御曹司に愛されて~

安里海

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明日の約束は叶わない夢

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  けだるさを体に残し、部屋に戻った沙羅は、ミニバーにある冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。
   
「慶太も飲む?」

「ああ、いただこうかな」

   ペットボトルを慶太に手渡し、座ろうかとテーブルへ向かう。
 すると、テーブルの上に置いていたスマホのお知らせランプが点滅しているを見つけ、それを手にした。

 なんだろう?と、気になった沙羅は、スマホの画面をタップする。表示された画面には、メッセージや着信履歴が何件も並んでいた。
 それはどれも「佐藤政志」と別れた夫の名前に思わず眉根を寄せる。

 円満な結婚生活を送っていた時でさえも、こんなに続けて連絡を寄こすような人ではなかった。
 なにかあったのでは?と気になり、メッセージを開く。

 そのメッセージの内容が目に飛び込んできた瞬間、ハッと息を飲み込んだ。

『美幸がケガをした。これから病院に向かう』

 予想もしていなかった内容に、沙羅は口を引きむすび、奥歯を噛みしめた。

『ケガの処置が終わり次第、東京に戻ろうと思う』

『処置が終わった。左手首の骨折で、他は異常無しとの診断』

 ここまで読んで、大ケガを負ったのではなかった様子にホッと息を吐き出す。
 そして、最後のメッセージを開いた。

『美幸が沙羅に会いたがっている。里帰り中に悪いが、帰ってこれるだろうか』

 東京へ帰る。
   それは、慶太との別れの時間がやって来たという事。
   この恋に終わりが来るのは、最初からわかっていた。
   元々、TAKARAグループの御曹司の慶太と、何の後ろ盾のないバツイチ子持ちの沙羅とでは、釣り合いが取れていない。

    慶太と一緒に過せて、夢のような思い出が作れただけでも幸運だったのだ。
    そう、ただ別れの時間が少し早くなっただけ……。

    沙羅は、そう自分に言い聞かせても、心は寂しさで埋め尽くされていく。

    スマホの画面がじわりと涙で歪む。泣かないようにギュッと目を閉じ、大きく息を吐き出した。

「何かあったの?」

   心配そうに覗き込む、綺麗な切れ長の瞳も優しい声も、しょうがないほど好きだと思った。

「慶太……」

   別れの言葉を言わなければいけないのに、口にしようとすると抑えつけている感情が溢れ、涙がこぼれそうになる。
    慶太から視線を外し、うつむいた。

「沙羅、俺で良ければ力になるから、何でも言って」
    
    肩を抱く力強い腕も髪を撫でる優しい手も好きだった。
    でも、金沢に居る間だけの恋人と自分が言い出したのだ。
    震える手を強く握り込み、大きく息を吸い言葉と共に一気に吐き出す。

「慶太、ごめんなさい。私……急いで東京へ帰らないと行けなくなったの」



 ふたりで交わした、明日の約束は叶わない夢となってしまった。

 慶太は、ショックで沙羅にかける言葉が見つけられずにいた。
 細い肩を震わせ、声を押し殺して涙を流す沙羅をどうにか慰めたいと思っているのに……。
 腕の中に居る沙羅の背中を擦りながら、どうにか、ふたりの間の赤い糸が切れないようにする手だてを考え続けた。

「ごめん……娘がケガしたって、連絡が来て……」

 しゃくりを上げながら、東京へ帰るための理由を口にする沙羅の願いは、娘に会う事だろう。
 沙羅の気持ちを考えたら、引き留めるのは得策ではないと慶太は細く息を吐き出した。
 
「わかった。直ぐにチェックアウトしよう。金沢駅まで送るよ」

「ありがとう……。ごめんなさい」


 バタバタと荷物をまとめ、宿を後にした。ふたりを乗せた車は、金沢駅を目指し走り出す。
 来たときの楽しい気持ちとは違い、お互い交わす言葉を見つけられずに車内には重い沈黙が落ちていた。
 
 慶太は必死で考えを巡らせる。
 金沢に居る間だけの恋人と沙羅は言った。
 頑ななところがある沙羅に、今、この先の約束を取り付けようとしたら、きっと拒絶の言葉を選ぶはずだ。
 
 ふたりで過ごした間に、交わした会話を慶太は反芻するように思い起こす。
 なにか、この先に繋がるヒントがあるはずだと……。

 ふたりを乗せた車は金沢駅に近づいている。
 
 
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