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会いたい人
しおりを挟むどうやって、藤井の家に帰って来たのか、沙羅の記憶は曖昧だ。
それでも手には、頼まれたプリンとラスクが入った紙袋を下げていた。
「遅くなりました」
沙羅の声にリビングのソファーに居た藤井は手元のタブレットから顔を上げる。
「ご苦労様でした。お使い頼んで悪か……やだ、顔色が真っ青じゃない」
藤井は慌てて駆け寄り、伸ばした手を沙羅のおでこに当てる。
「熱はなさそうね。夏の疲れが出る時期だから心配だわ」
柔らかい手のひらから伝わる温かな体温、それが沙羅の冷えた心に沁みる。
「ご心配おかけしてすみません。冷房の効いた所から外に出たら貧血気味になってしまって、でも、もう大丈夫です。ありがとうございます」
「そう? でも、無理しないで座って居ていいのよ」
「でも……」
沙羅は、仕事中なのに座って居るのは悪いような気がした。
「いいの、いいの。じゃあ、おしゃべりの時間にしましょう。もちろん、雇用主の頼みだもの。付き合ってくれるわよね」
と、ちゃめっけたっぷりに言う藤井の優しさは、母親の温かさを思い起こさせる。
「はい、ありがとうございます」
「ふふっ、いいのよ。沙羅さんを見ていると、親戚の子を思い出すのよね。お正月や誰かの結婚式とかで、集まった時にお姉ちゃん、お姉ちゃんって、慕ってくれて可愛かったわ。その子にちょっと似ているような気がするのよね」
「似ていますか?」
「そうね。まあ、その子は私の3コだか4コ下だから、今だとアラフィフになっているわね。最後に会ったのは、祖母の葬儀の時で彼女が中学に入ったばかりだったわ。その後は、私が留学や結婚で地元を離れてしまって……」
「祖母が亡くなると、集まる用事も無くなるし、みんな地元を離れて暮らすようになって……人の縁を繋ぐのって難しいわね。久しぶりに帰郷したら、彼女は亡くなってしまっていたの。人って、自分から会いに行かないと会えなくなるのよね」
藤井は、懐かしむように窓の外へ視線を向けた。
そして、ぽつりとつぶやく。
「老婆心で言わせてもらうけど、沙羅さんも、会いたい人がいるならためらわずに会いに行った方がいいわよ。人なんて、いつ何があるのかわからないのだから」
親類の子だけでなく、最愛の人をも亡くした藤井の言葉は、沙羅の胸に刺さる。
「はい……」
と言った瞬間、涙がハラハラとこぼれ落ちた。
金沢駅で別れてから、慶太に会いたいを思っていた。
けれど、今日見た慶太の隣には、綺麗な婚約者が居たのだ。
慶太と別れの瞬間、どうするのが正解だったのか……。
離婚したばかりで将来の見通しの立たない自分が、慶太を縛りつけるなんて出来なかった。
高良聡子が言っていたように、慶太には然るべき所から妻を迎えるのが筋のはずだ。
だから「私の事は忘れて」と言った。
でも、会えないと思うと、悲しくてたまらない。
忘れられたと思うと、胸が苦しくて息もつけない。
そして、この瞬間も会いたくてしょうがない。
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