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新たな約束
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◇
東京で慶太と過ごした夜、沙羅は過去のトラウマに囚われずに、慶太を信じようと心に決めた。
それなのに、ふとした瞬間、トラウマが心の底からよみがえり、くじけそうになってしまう。
TAKARAグループの跡取りであり、結婚相手としては理想的な慶太に縁談が持ち込まれるのは、想像に難くない。
そう、普通に考えても、あり得る事なのだ。
いちいち動揺していたら、ダメだなっと、沙羅は弱い自分にため息を吐く。
忙しい慶太と遠距離恋愛は、少しの寂しさが伴う。
毎日、送られて来る「おはよう」「おやすみ」のメール。時間がある時に、近況報告を兼ねた通話でおしゃべりをするのが、今の精一杯。
「はぁ」と白い息を吐き、肩を落としながら、帰り道をトボトボと歩く。
萌咲と会った事は、萌咲たってのお願いで慶太に秘密にしてと言われている。
ニュースソースを明かせない状態では、慶太の縁談の話しが気になっても、聞くことは出来ない。
本当は、「断ったから大丈夫だよ」と一言もらえれば、スッキリと気持ちも晴れるのに、モヤモヤとしたままだ。
木枯らしが吹き抜け、体温を攫っていく。沙羅は、身を守るようにストールを胸元の前で深く合わせた。
「うっ、寒い」
不意にバッグの外ポケットからスマホの着信メロディーが、鳴りだした。
この時間だと、美幸が何かあって連絡をして来たのかと思い、慌てて電話に出る。
すると、慶太の艶のある低い声が聞こえてくる。
『沙羅。今、電話大丈夫?』
「うん、大丈夫。家に帰るのに駅へ向かっているところ」
『今月の末に東京ヘ行く用事が出来たんだ。それで、会えたらと思って』
慶太の声を聞いて、沙羅の不安だった心が、落ち着きを取り戻した。萌咲が教えてくれた縁談の話しは、慶太を信じて、余計な心配はしない事にしたのだ。
それよりも、美幸の受験が終わるまでは、会えないと思っていたのに、今月末に会えるのは、沙羅の気分を上げるのには十分な理由だった。
藤井の家で、もっふもふのハタキを掛けている間も、慶太とのデートプランを考えてしまい、自然と顔がにやけてしまう。
そのハタキを狙って、「のりたま」がコッソリと近づき、体をフルフルさせている。ハンターの態勢だ。
パシッとハタキに猫パンチが入る。
「こらっ、やったな。よしよし、こっちだよー♪ フフフン♪」
「沙羅さん、鼻歌なんてご機嫌じゃない」
「えっ、やだ、鼻歌なんて歌ってました?」
「ふふっ、何か良いことがあったのね」
「な、なにもないですよ、ホント……」
最後の方は、もにょもにょと口ごもる。
すると、藤井は何かを思い付いたのか、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「そうそう、月末の金曜日の夜。わたしと一緒に出掛けましょう。紹介したい人がいるのよ」
「ごめんなさい。私、夜は美幸と一緒に居たいので、出かけるのはちょっと無理なんです」
いくら聞き分けが良いとはいえ、小学生の美幸。夜ひとりで部屋に残るのは、不安があるはず。美幸がお友達の家にお泊りの時以外は、夜の外出は控えたいと沙羅は考えている。
「大丈夫、美幸ちゃんにはママを借りる許可をもらっているの。その日は、教員免許のあるシッターさんをお願いするわ。実は、わたしの甥っ子が東京に来るのよ。沙羅さんにとって親戚になるから紹介しようかと思ってね」
美幸とメッセージのやり取りをしている藤井は、ふたりでコッソリ打ち合わせをしていたようだ。シッターまで手配されているとなると断り難い。
それに親戚に会えるかと思うと、心が弾む。
「わかりました。よろしくお願いします」
東京で慶太と過ごした夜、沙羅は過去のトラウマに囚われずに、慶太を信じようと心に決めた。
それなのに、ふとした瞬間、トラウマが心の底からよみがえり、くじけそうになってしまう。
TAKARAグループの跡取りであり、結婚相手としては理想的な慶太に縁談が持ち込まれるのは、想像に難くない。
そう、普通に考えても、あり得る事なのだ。
いちいち動揺していたら、ダメだなっと、沙羅は弱い自分にため息を吐く。
忙しい慶太と遠距離恋愛は、少しの寂しさが伴う。
毎日、送られて来る「おはよう」「おやすみ」のメール。時間がある時に、近況報告を兼ねた通話でおしゃべりをするのが、今の精一杯。
「はぁ」と白い息を吐き、肩を落としながら、帰り道をトボトボと歩く。
萌咲と会った事は、萌咲たってのお願いで慶太に秘密にしてと言われている。
ニュースソースを明かせない状態では、慶太の縁談の話しが気になっても、聞くことは出来ない。
本当は、「断ったから大丈夫だよ」と一言もらえれば、スッキリと気持ちも晴れるのに、モヤモヤとしたままだ。
木枯らしが吹き抜け、体温を攫っていく。沙羅は、身を守るようにストールを胸元の前で深く合わせた。
「うっ、寒い」
不意にバッグの外ポケットからスマホの着信メロディーが、鳴りだした。
この時間だと、美幸が何かあって連絡をして来たのかと思い、慌てて電話に出る。
すると、慶太の艶のある低い声が聞こえてくる。
『沙羅。今、電話大丈夫?』
「うん、大丈夫。家に帰るのに駅へ向かっているところ」
『今月の末に東京ヘ行く用事が出来たんだ。それで、会えたらと思って』
慶太の声を聞いて、沙羅の不安だった心が、落ち着きを取り戻した。萌咲が教えてくれた縁談の話しは、慶太を信じて、余計な心配はしない事にしたのだ。
それよりも、美幸の受験が終わるまでは、会えないと思っていたのに、今月末に会えるのは、沙羅の気分を上げるのには十分な理由だった。
藤井の家で、もっふもふのハタキを掛けている間も、慶太とのデートプランを考えてしまい、自然と顔がにやけてしまう。
そのハタキを狙って、「のりたま」がコッソリと近づき、体をフルフルさせている。ハンターの態勢だ。
パシッとハタキに猫パンチが入る。
「こらっ、やったな。よしよし、こっちだよー♪ フフフン♪」
「沙羅さん、鼻歌なんてご機嫌じゃない」
「えっ、やだ、鼻歌なんて歌ってました?」
「ふふっ、何か良いことがあったのね」
「な、なにもないですよ、ホント……」
最後の方は、もにょもにょと口ごもる。
すると、藤井は何かを思い付いたのか、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「そうそう、月末の金曜日の夜。わたしと一緒に出掛けましょう。紹介したい人がいるのよ」
「ごめんなさい。私、夜は美幸と一緒に居たいので、出かけるのはちょっと無理なんです」
いくら聞き分けが良いとはいえ、小学生の美幸。夜ひとりで部屋に残るのは、不安があるはず。美幸がお友達の家にお泊りの時以外は、夜の外出は控えたいと沙羅は考えている。
「大丈夫、美幸ちゃんにはママを借りる許可をもらっているの。その日は、教員免許のあるシッターさんをお願いするわ。実は、わたしの甥っ子が東京に来るのよ。沙羅さんにとって親戚になるから紹介しようかと思ってね」
美幸とメッセージのやり取りをしている藤井は、ふたりでコッソリ打ち合わせをしていたようだ。シッターまで手配されているとなると断り難い。
それに親戚に会えるかと思うと、心が弾む。
「わかりました。よろしくお願いします」
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