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第01話、妹の卒業式
しおりを挟む王太子だろうが何だろうか、関係なかった。
その日、一人の女性が大好きで大好きで、この世から愛している妹の為に、妹の婚約者になっていた王太子を容赦なくぶん殴り、壁に激突させた光景が広がっていたなんて、誰も信じる事はないだろう。
しかし、大切な妹が貶され、辱められ、そんな一大事に助けない姉がどこに居るのだろうか、と言う感じで、彼女は容赦なく殴ったのである。
殴った後でも、彼女は後悔と言う言葉は全くなかった。これは、名誉の事なのだと、思いながら、拳を強く握りしめながらやりきったのである。
彼女――侯爵令嬢、アリシア・カトレンヌがこのような行動に出たのかは前日の夜からの話になるのだが、その前に、彼女の昔の話をする。
アリシア・カトレンヌは前世の記憶がある。
前世の彼女は、家族に恵まれず、友人に恵まれず、いつも孤独を抱えてきた人生だった。
生まれた時から両親と言う存在はおらず、施設で過ごした後、里親に預けられることになり、生活をするようになったのだが、その里親にも血の繋がった家族が出来た事により、いらない存在として扱われるようになった。
血の繋がりのない妹と弟にもコキ使われる存在となり、彼女は本当に成人するまで一生懸命生き、家から出ていく為にお金も貯めた。そしてやっとお金が貯まり、家から出ていく前日――彼女は交通事故でこの世を去り、アリシア・カトレンヌとして生を受けたのである。
しかし、前世とは違い、現世では彼女は家族や友人たちに恵まれる毎日であった。家族にこんなに愛されるのは、友人に恵まれるのは、本当に嬉しい事なのだなと実感させてくれるほど、嬉しくてたまらなかった。
同時に生まれてきたもう一人の妹に、アリシアは目を奪われる。自分以上に可愛らしい、なんだこの生き物はと思えるほど、アリシアは妹にメロメロな状態だった。妹を愛しすぎて友人は居たのだが、恋人と言うそんな存在は全く以て出来なかったのである。
学生だった時は、家柄も良ければ美人な存在だったのだが、彼女はなぜか笑わない。笑うのは妹と死んだ母親、そして一緒に仕事をしている父親だけ。周りからは『笑わない氷の魔術師』、『人形の令嬢』と言われるほど。
学園を卒業し、父と同じ王宮魔術師に就職して数年、仕事が終わって帰ってくると、いつものように笑顔で妹が出迎えてくれて、それと同時に妹に嬉しい報告をする。
「え、お姉様が卒業式を見に来てくださるのですか?」
「ええ……お父様が数日前に過労でぶっ倒れましたから、代理として私が行くことになったのよ。ごめんね、私で」
「い、いえ!お姉様が来てくれるだけで、私すごく嬉しいです!」
「そう言ってもらえるだけで、ありがたいわ……」
「で、でも大丈夫なのですかお姉様?だってお姉様数日前に魔物の討伐に行って帰ってきたのは昨日じゃ……」
「自分の身体より、私はあなたを選ぶわ、カトリーヌ」
そのように言いながら、アリシアは優しく妹であるカトリーヌの頭を優しく撫で、カトリーヌは少し頬を赤く染めながら、嬉しそうに呟いた。
カトリーヌ・カトレンヌはアリシアにとって大切な妹であり、そして母親の忘れ形見でもある存在だ。カトリーヌを生んですぐになくなってしまった母の事を、アリシアは尊敬していた。いつか、母のようになりたいと思い、アリシアは今、父親、そして死んだ母親と同じ職業についている。
元々カトレンヌ家は魔力が高い一族であり、アリシアはその血を濃く受け継いでおり、今では王宮魔術師としての職業につき、仕事に励んでいる。
特にアリシアは氷系の魔術が得意で、幼い頃は魔術の制御がうまく出来ず、よく周りを凍らせてしまう事が何度もあったが、彼女にとってそれは良い思い出である。同時にカトリーヌはそんなアリシアを尊敬していた。
数日前近くも森で魔獣が出たと言う報告があり、その魔獣を氷漬けにして仕事を終えてきたのが昨日――カトリーヌが心配するのも無理はない。因みに父親もその魔獣討伐に一緒に出たのだが、魔力を使いすぎてしまったらしく、過労でぶっ倒れ、横になっている状態だ。
ちょうど仕事もひと段落付いたので、彼女はカトリーヌの卒業式に行く事にしたのである。
「それに、仕事の関係でアリシアの入学式や文化祭など、行けなかったのだから、せめて卒業式には顔を出したかったから……明日、あなたの晴れ姿とても楽しみにしているわ」
「ええ、ぜひ楽しみにしていてください!おやすみ、お姉様」
「お休み、私のかわいいカトリーヌ」
アリシアはそのまま彼女の頬に口付けをすると、カトリーヌは嬉しそうに笑いながら部屋を出ていき、残された彼女は静かに息を吐きながら、ベッドに腰を下ろす。
実の所、今から三日間、いや一週間ぐらい休みたい。ベッドにもぐりこんでだらだらしたいと言う気持ちが勝っているのだが、それでも彼女は妹のカトリーヌを優先する。大切な母親の忘れ形見でもあるが、それ以上に可愛くて仕方がない。シスコンと言われてしまうが、そんなの関係ない。
同時に、ふと思い出したのは、カトリーヌの婚約者である王太子の姿だ。
「……もし、カトリーヌに何かしたら、王国全部敵にまわしてぶっ殺そう」
そんな言葉を呟くようにしながら、そのままアリシアはゆっくりと瞼を閉じ、夢の中に入っていくのだった。
▽
翌日、メイドたちと一緒にメイクや衣装を用意し、馬車に乗り込んで学園に向かう。
数十分後、アリシアは馬車から降りると、再度体を軽く動かすような形を取りながら、カトリーヌが通っている学園、そして以前自分が通っていた学園の門をくぐると、既にそこには保護者の方々、代理人の人たちなど、人が溢れかえっている。
遅く来てしまっただろうかと少し後悔をしていたその時、彼女の肩を軽く叩きながら声をかけてくる人物が姿を見せた。
「よう、アリシア」
「あ……これはこれは殿下……」
「お前も来ていたのか……討伐が終わったのは、一昨日だろう?」
「ええ……本当は白い布団の中に潜って寝ていたかったのですが、今日はカトリーヌの大切な卒業式なので、姉として出ないといけないじゃないですか……因みに父は過労でぶっ倒れてしまったので、一応代理として来ております」
「マジか……それは、父上が無理な命令をしたからだな、すまない」
「いえ、流石に近くの森で魔獣が出てしまったら、対処するのは私たち王宮魔術師か騎士団の方々です……父も私もわかっていて、王宮魔術師になったのですから」
笑いながら答えるアリシアに対し、殿下と呼ばれた青年は本当に申し訳なさそうな顔をしながら謝るが、それでも仕事なので仕方がないと割り切っている。大丈夫だと何度も返事を返しながら、青年は顔を上げる。
彼はこの国の第一王子であるファルマ殿下――アリシアとは同級生でありライバルでもある存在。アリシアはそのように思っておらず、ただの友人だと認識している程度だ。
そんな第一王子である彼がどうしてこのような場所に居るのだろうかと首をかしげると、彼は笑いながら答える。
「今日は弟の晴れ舞台でもあるからな、一応見に来てみたのだ……因みに君の妹君と弟が結婚したら、アリシアと俺は兄妹になるな」
「私、やんちゃで手が付けられない弟は欲しくありませんわよ?」
「おいおい、俺が兄、お前が妹だろう?」
「……複雑で、なんとも言えないわ」
頭を押さえるようにしながら答える彼女の姿を、ファルマは楽しそうに笑っている姿があった。
学園に入って三年間、彼女にとってファルマと言う第一王子はある意味厄介な性格の持ち主であり、手が付けられない性格の男である事は認識しているのだ。
認識しているからこそ――タチがとても悪い。
何事もなく、無事に卒業式が終わりますようにと願いながら、アリシアは何処か緊張している妹、カトリーヌの姿を見つけ、微笑ましく、見ているのであった。
「……お前、本当に妹関連になると、そんな顔するようになるのだな。任務や俺が話しかける時は本当に無表情の鉄仮面なのに……何故?」
「ぶち殺されたいですか、殿下?」
彼女は無表情で、片手に氷の塊を作りながらファルマに視線を向けると、彼は汗を流しながら目線をそらすのであった。
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