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第15話 リリア視点
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城下の大通りでは、秋風に揺れる旗が柔らかく靡いているのがわかる。
騎士団の訓練を終えたばかりの兵たちが馬を引き、貴族商人たちは最新の流行色を競うように纏い、華やかな香りと音が石畳の上を舞っていく。
その華やかな日常のなかで、リリア・セントマリアはどこか焦燥を滲ませた笑みを浮かべていた。
(……遅い。そろそろ【出てきて】くれないと困るのだけれど)
歩きながら目を細める。
すれ違う人々に挨拶を返し、店先では小さな笑みで菓子を買い、見慣れた街並みをゆったりと歩くリリア。外から見れば完璧な清らかなる【令嬢】だ。だがその内側では別の考えが渦巻いていた。
──なぜ、彼が出てこないのか。
──なぜ、【物語】が、滞っているのか。
▼ ▼ ▼
その夜、聖セントマリア学園の一室。
夕食を終えた後の静かなサロンに集められたのは、アレン・グレイロック、カミル・デリクス、そして第一王子ライオネル・エルクレスト。いずれも学園内でも一際存在感を放つ選ばれし家系の青年たちだった。
香り高い紅茶と美しい菓子が並べられた円卓に、リリア・セントマリアは優雅に座る。穏やかな微笑みを浮かべながら、そっと切り出した。
「あの、皆さん……少し、お話をしてもいいですか?」
その柔らかな声に、三人の視線が自然と集まる。
沈黙を破ったのは、意外にも騎士家の息子であるカミルだった。
「……なんだ? 学園内で何かあったのか?」
彼の問いに、リリアはゆっくりと頷いた。
「最近……ハイデン・ヴァルメルシュタイン様の姿を、見かけませんの」
名が出た瞬間、空気がわずかに揺れる。
カミルが眉を寄せ、ライオネルは紅茶のカップを置く。アレンだけが動じず、深く思慮のこもった視線でリリアを見つめる。
「確か、彼は……現在療養のため王都の離れに滞在していると聞いている」
そう口にしたのは、王子ライオネル。政治的発言に慣れた声音だった。
「ええ、私もそう聞いています。けれど――気になるのです。何かが……変わってきているような気がして」
リリアの瞳には、どこか焦りが宿っていた。
「彼は……本来もっと不安定で、衝動的で、目立つ存在だったはずなのに……まるで物語から逸れたように静かに隠れているのです」
言葉の選び方に、アレンの指がわずかに止まった。
「物語、とは……どういう意味かな?」
静かな問いだったが、リリアは微笑を崩さない。
「実は……昔からよく夢を見るんです……何度も、何度も繰り返される夢を。そこではハイデン様が……魔力を暴走させ王都を混乱に陥れて、最期には――」
「処刑される?」
ライオネルが低く言葉を継ぐ。
リリアはほんの一瞬、黙り込み――やがて頷いた。
「……ええ。でも、今の彼はまるで違う。夢の中の彼じゃない。そう思えば思うほど何かが狂ってしまいそうで」
「……夢が現実と違っていることを、どうして【狂っている】と感じるんだ?」
そう問い返したのはアレンだった。その声には柔らかさがある一方で、明確な警戒が滲んでいた。
「まるで【夢こそが正しい】と、君が信じているように聞こえる」
リリアは答えない。ただ、静かに笑ったまま、三人を見渡す。
「そういわれるのも無理はありませんが……変だと思いませんか? ハイデン様のような存在が、何の痕跡も残さずに引いていくなんて。彼がこのまま……物語の外に消えてしまうなんて――おかしいと思いませんか?」
今度は三人とも、返事をしなかった。
カミルは腕を組み、何かを考えている様子。
ライオネルは視線を落とし、紅茶の表面を見つめる。
そしてアレンは、もう一度カップを取り、静かに言った。
「……君は、彼を探したいんだな」
「はい。理由があるのなら知りたいんです。もし、彼が……なにかを変えようとしているのなら」
「その【なにか】が、君の望む物語の邪魔になるから?」
皮肉とも、確認ともつかないアレンの問いに対し、リリアは曖昧な笑みを浮かべる。
そんなリリアの姿を、彼らは何かを考えるようにしながら、そして納得する。
彼らにとってリリアと言う存在は――【今は】絶対なのだ。
やがて、ライオネルが小さく嘆息を吐いた。
「君の夢が現実になるかどうかは分からない。だが……彼は危うい存在だと言うのは知っている……監視は必要かもしれないな」
「……協力はしよう。ただし、君が言うような【物語】とやらに巻き込まれない範囲でね」
アレンもそう言った。
「ありがとう、皆さん」
リリアは静かに頭を下げる。
だが――その目の奥には、確かに歪みが灯っていた。
これは彼女の信じる【運命】を正すための行動。
けれど、誰かにとっての現実を壊すことになるとは、まだ気づいていない。
騎士団の訓練を終えたばかりの兵たちが馬を引き、貴族商人たちは最新の流行色を競うように纏い、華やかな香りと音が石畳の上を舞っていく。
その華やかな日常のなかで、リリア・セントマリアはどこか焦燥を滲ませた笑みを浮かべていた。
(……遅い。そろそろ【出てきて】くれないと困るのだけれど)
歩きながら目を細める。
すれ違う人々に挨拶を返し、店先では小さな笑みで菓子を買い、見慣れた街並みをゆったりと歩くリリア。外から見れば完璧な清らかなる【令嬢】だ。だがその内側では別の考えが渦巻いていた。
──なぜ、彼が出てこないのか。
──なぜ、【物語】が、滞っているのか。
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その夜、聖セントマリア学園の一室。
夕食を終えた後の静かなサロンに集められたのは、アレン・グレイロック、カミル・デリクス、そして第一王子ライオネル・エルクレスト。いずれも学園内でも一際存在感を放つ選ばれし家系の青年たちだった。
香り高い紅茶と美しい菓子が並べられた円卓に、リリア・セントマリアは優雅に座る。穏やかな微笑みを浮かべながら、そっと切り出した。
「あの、皆さん……少し、お話をしてもいいですか?」
その柔らかな声に、三人の視線が自然と集まる。
沈黙を破ったのは、意外にも騎士家の息子であるカミルだった。
「……なんだ? 学園内で何かあったのか?」
彼の問いに、リリアはゆっくりと頷いた。
「最近……ハイデン・ヴァルメルシュタイン様の姿を、見かけませんの」
名が出た瞬間、空気がわずかに揺れる。
カミルが眉を寄せ、ライオネルは紅茶のカップを置く。アレンだけが動じず、深く思慮のこもった視線でリリアを見つめる。
「確か、彼は……現在療養のため王都の離れに滞在していると聞いている」
そう口にしたのは、王子ライオネル。政治的発言に慣れた声音だった。
「ええ、私もそう聞いています。けれど――気になるのです。何かが……変わってきているような気がして」
リリアの瞳には、どこか焦りが宿っていた。
「彼は……本来もっと不安定で、衝動的で、目立つ存在だったはずなのに……まるで物語から逸れたように静かに隠れているのです」
言葉の選び方に、アレンの指がわずかに止まった。
「物語、とは……どういう意味かな?」
静かな問いだったが、リリアは微笑を崩さない。
「実は……昔からよく夢を見るんです……何度も、何度も繰り返される夢を。そこではハイデン様が……魔力を暴走させ王都を混乱に陥れて、最期には――」
「処刑される?」
ライオネルが低く言葉を継ぐ。
リリアはほんの一瞬、黙り込み――やがて頷いた。
「……ええ。でも、今の彼はまるで違う。夢の中の彼じゃない。そう思えば思うほど何かが狂ってしまいそうで」
「……夢が現実と違っていることを、どうして【狂っている】と感じるんだ?」
そう問い返したのはアレンだった。その声には柔らかさがある一方で、明確な警戒が滲んでいた。
「まるで【夢こそが正しい】と、君が信じているように聞こえる」
リリアは答えない。ただ、静かに笑ったまま、三人を見渡す。
「そういわれるのも無理はありませんが……変だと思いませんか? ハイデン様のような存在が、何の痕跡も残さずに引いていくなんて。彼がこのまま……物語の外に消えてしまうなんて――おかしいと思いませんか?」
今度は三人とも、返事をしなかった。
カミルは腕を組み、何かを考えている様子。
ライオネルは視線を落とし、紅茶の表面を見つめる。
そしてアレンは、もう一度カップを取り、静かに言った。
「……君は、彼を探したいんだな」
「はい。理由があるのなら知りたいんです。もし、彼が……なにかを変えようとしているのなら」
「その【なにか】が、君の望む物語の邪魔になるから?」
皮肉とも、確認ともつかないアレンの問いに対し、リリアは曖昧な笑みを浮かべる。
そんなリリアの姿を、彼らは何かを考えるようにしながら、そして納得する。
彼らにとってリリアと言う存在は――【今は】絶対なのだ。
やがて、ライオネルが小さく嘆息を吐いた。
「君の夢が現実になるかどうかは分からない。だが……彼は危うい存在だと言うのは知っている……監視は必要かもしれないな」
「……協力はしよう。ただし、君が言うような【物語】とやらに巻き込まれない範囲でね」
アレンもそう言った。
「ありがとう、皆さん」
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