何もかも全て諦めてしまったラスボス予定の悪役令息は、死に場所を探していた傭兵に居場所を与えてしまった件について

桜塚あお華

文字の大きさ
40 / 51

第40話 リリア視点

しおりを挟む
 かつて聖女たちが祈りを捧げ、王家の血統と神々の加護が交わる神聖な儀式が執り行われていたと言う白亜の聖堂――今、その神域の名残はひと欠片もなく、朽ちた石壁と崩れた柱が風に晒されているだけだった。
 苔むした床に散るガラス片、煤けた祈祷台、雨と風が浸食した柱の根元。嘗て最も神に近い場所と呼ばれたこの地は、今や忘れられた廃墟にすぎない。
 そんな中、夕暮れの朱に染まる空の下に、一人だけ人影があった。

 リリア・セントマリア。

 この世界に愛されていたと言われていた感じの麗しき少女の面影など、既になく、彼女は、崩れた聖堂の中央――神聖な儀式が行われていた円形の台座跡に、じっと立ち尽くしていた。
 吹き抜ける風が、髪を揺らす。足元の石畳には、隙間から伸びた雑草がさらさらと音を立てていた。
 瓦礫の合間に溜まった水溜まりが、朱に染まる空を反射し、空が焦げるように色づいていく。
 リリアの瞳には、その光景すら映っていない。

 ――彼女の視線は、もっとずっと深くを見ていた。

 瓦礫の下、地中の奥深く、儀式場の中心には、この国の魔導核が眠っている。
 王都、そして王国全土の魔力の流れを束ねる魔力の根。
 表向きは誰にも知られていないその存在を、彼女は知っていた。
 彼女がまだ、この世界に転生していなかったころ――つまり、ゲームをしていた時に設定資料として残っていた事。
 本来ならば、ハイデンがこの場所に来て騒ぎを起こす、と言うのがあるルートのシナリオの一つだ。
 全てのゲームのエンディングをクリアしていた転生者のリリアはわかっているかのように、呟いた。

「……ここを止めれば」

 囁くように、声が落ちた。

「街も……学園も……王城も……全ての【演出】が、止まる」

 視線がゆっくりと動く。瓦礫に埋もれた地面を見下ろしながらリリアの口元がかすかに歪む。

「この国は……もう【物語】として機能してないのよ。ヒロインが選ばれず和すボスが舞台を奪って……ハッピーエンドすら見失って……」

 震える手が、胸元に触れる。そこには、契約によって得たばかりの闇の魔術核アブソルヴェが微かに脈動していた。
 その力が、自身の中で静かに目を覚ましていくのを、リリアは感じていた。

「なら……壊すしかないでしょう?」

 その声は怒りでも悲しいでも、絶望でもなかった。
 まるで、当たり前の結論に至ったかのように、笑って言うように淡々と、そして冷たく、けれどどこか優しげに。

「こんな歪んだ世界……無理に続ける意味なんて、もうどこにもないじゃない」

 指先が、そっと空を撫で――そこに浮かぶのは、魔力を断絶する三つの座標。街、学園、そして王城。その三点を結ぶ魔力回廊を遮断すれば、この国の魔術インフラは崩壊する。

「みんな忘れてるのよ。これは私が中心になる、私が愛される世界だったって事を」

 リリアの瞳に、そこには既に可愛らしい柔らかな光はもうない。元々彼女はこの世界を現実と思っておらず、【物語ゲーム】の世界だと思っている。
 そして、間違えればやり直しが出来るとも考えていたのだ。

「フフ……もう、誰にも選ばれなくていい……自分を見てくれないなら、全部終わらせて最初からやり直す」

 振り返ったリリアの足元、瓦礫の隙間から黒い魔力が立ち上がり始めていた。
 聖なる場所だったはずの聖堂跡に、闇の気配が満ちていく。
 それでも彼女は、崩れた祈祷台の前に立ち、まるで聖女のように両手を組み、目を閉じた。
 ただし、その祈りは――救済ではなく、【終焉】のためのものだ。
 魔導核の中枢を破壊すれば、王国の魔力供給は完全に停止する。魔力塔は沈黙し、王城の結界は無力となり、そして――学園に敷かれた管理魔術も崩壊する。
 国そのものが、魔力という【血液】を絶たれ、静かに息絶えるのだ。

「これで……この国は崩壊する……そして、私の新しい世界が始まるんだ!」

 声が震えていた。しかし、それは恐怖ではなければ熱でも、痛みでもない。
 ただ、純粋な――焦がれるような渇望だった。
 壊してしまえばいい――もはや彼女の頭にはそれしかない。

 「……私が主役じゃない世界なんて、いらないもの」

 彼女は自分の願いを叶えるために、自分の欲望を吐き出す為に、この国を、いいや、この世界を終わらせる。
 そんな笑っているリリアの姿を、一人の少年が高い場所で見つめていた。

「……さて、ハイデンもう一人の転生者はどのように出るかな?それが楽しみだから悪い事はやめられないんだよねぇ」

 まるで全てを悟っているかのように、少年は楽しそうに笑っている姿があった事をリリアは知らない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

【完結】伯爵家当主になりますので、お飾りの婚約者の僕は早く捨てて下さいね?

MEIKO
BL
 【完結】伯爵家次男のマリンは、公爵家嫡男のミシェルの婚約者として一緒に過ごしているが実際はお飾りの存在だ。そんなマリンは池に落ちたショックで前世は日本人の男子で今この世界が小説の中なんだと気付いた。マズい!このままだとミシェルから婚約破棄されて路頭に迷う未来しか見えない!  僕はそこから前世の特技を活かしてお金を貯め、ミシェルに愛する人が現れるその日に備えだす。2年後、万全の備えと新たな朗報を得た僕は、もう婚約破棄してもらっていいんですけど?ってミシェルに告げる。なのに対象外のはずの僕に未練たらたらなのどうして? ※R対象話には『*』マーク付けます。

攻略対象の婚約者でなくても悪役令息であるというのは有効ですか

中屋沙鳥
BL
幼馴染のエリオットと結婚の約束をしていたオメガのアラステアは一抹の不安を感じながらも王都にある王立学院に入学した。そこでエリオットに冷たく突き放されたアラステアは、彼とは関わらず学院生活を送ろうと決意する。入学式で仲良くなった公爵家のローランドやその婚約者のアルフレッド第一王子、その弟のクリスティアン第三王子から自分が悪役令息だと聞かされて……?/見切り発車なのでゆっくり投稿です/オメガバースには独自解釈の視点が入ります/魔力は道具を使うのに必要な程度の設定なので物語には出てきません/設定のゆるさにはお目こぼしをお願いします/2024.11/17完結しました。この後は番外編を投稿したいと考えています。

お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!

MEIKO
BL
 本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。  僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!  「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」  知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!  だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?  ※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

無能扱いの聖職者は聖女代理に選ばれました

芳一
BL
無能扱いを受けていた聖職者が、聖女代理として瘴気に塗れた地に赴き諦めたものを色々と取り戻していく話。(あらすじ修正あり)***4話に描写のミスがあったので修正させて頂きました(10月11日)

白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜

西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。 だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。 そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。 ◆ 白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。 氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。 サブCPの軽い匂わせがあります。 ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。 ◆ 2025.9.13 別のところでおまけとして書いていた掌編を追加しました。モーリスの兄視点の短い話です。

義理の家族に虐げられている伯爵令息ですが、気にしてないので平気です。王子にも興味はありません。

竜鳴躍
BL
性格の悪い傲慢な王太子のどこが素敵なのか分かりません。王妃なんて一番めんどくさいポジションだと思います。僕は一応伯爵令息ですが、子どもの頃に両親が亡くなって叔父家族が伯爵家を相続したので、居候のようなものです。 あれこれめんどくさいです。 学校も身づくろいも適当でいいんです。僕は、僕の才能を使いたい人のために使います。 冴えない取り柄もないと思っていた主人公が、実は…。 主人公は虐げる人の知らないところで輝いています。 全てを知って後悔するのは…。 ☆2022年6月29日 BL 1位ありがとうございます!一瞬でも嬉しいです! ☆2,022年7月7日 実は子どもが主人公の話を始めてます。 囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。https://www.alphapolis.co.jp/novel/355043923/237646317

処理中です...