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第41話
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――暗闇の中に、微かに灯る光があった。
それはまるで深い湖の底に漂う小さな燐光だった。
ゆらゆらと揺れながら、今にも消えてしまいそうに脆く、儚く感じる。けれど、確かにその火は、誰かの掌の中に守られていた。
氷のように冷えた空気の中で、その手だけが、ただ温かかった。指先ではなく、皮膚でもない。もっと深い、魂に触れるような温もり。それが、小さな光を優しく包んでいた。
(……これは……何……だ?)
意識の輪郭がぼやけている。
言葉も、記憶も、時間の感覚すらもあやふやで。
けれど、その温もりにだけは、確かな【既視感】があり――懐かしい、感触だった。
暗闇の中に、声が落ちた。
「……お前がいないと、俺の時間は動かない」
低く、穏やかで、それでいて強く響く声だ。まるで、冷えきった世界に差し込む一筋の陽光のように。その声はどんな魔法よりも真っ直ぐに、心の奥へ染み渡っていく。
(もしかして……クリス……?)
名を呼びたいはずなのに、応えたかったはずなのに、喉は動かないまま、思考は靄の中。
ただ、胸の奥に懐かしい感情だけがじわりと滲んでくる。
再び、クリスの声が聞こえる。まるで重なるかのように。
「もう、誰にも触れさせない……お前は――俺の、だ」
言葉の一つ、一つが魂に刻まれるようだった。
それは所有の言葉ではなく、ハイデンを失いたくないために守れなかったと言う彼自身の怒りのように感じる。
そして、自分の目の前にいると言う確かな想いが、全て詰まった声だったのかもしれない。
目を開けたかった。そして、この手でそのぬくもりを掴み返したかった。
けれど、瞼は重く、腕は鉛のように動かない。
ただ、その言葉だけが、深く、深く、心の奥底に降りていくのを感じた。
(……ありがとう、クリス……)
言葉にはならなかった。
けれど、きっと――届いていると、そう思えた。
ふと、その時突然目の前に光が見えた。
一体何事なのだろうかと驚いていると、浮かび上がるかのようにそこに現れたのは一人の少女だった。
あどけない輪郭に、やや大きな瞳。淡い金の髪が、光に透けるように揺れている。その姿は確かに人間に似ていたが、人間ではない存在だと、その時直感させる気配があった。
まるでこの空間の光そのものから生まれたような、清らかな【透明さ】が、彼女の全身に漂っている。
だが――その目だけは、あまりに現実的であまりに真っすぐだった。
こちらを見据えるその双眸に、曖昧な幻想など一切ない。
「こんにちはハイデン……そして申し訳ございませんでした」
声は柔らかく、どこまでも澄んでいた。
まるで風そのものが言葉を持って語りかけてくるような、穏やかで優しい音色。しかしその中心には、冷たく澄みきった【意志】が確かに存在していた。
(誰……だ……?)
ハイデンは動かない体の中で、問いかけるようにその少女を見つめた。まるで言葉が心の中に流れ込むように少女は静かに告げる。
「私はこの世界の【神】の一人……この世界を編んだ存在の一柱です」
空気が静かに波打つ――言葉では理解できなくとも、身体の奥底に届くような圧倒的な【存在】の感触。
ハイデンの胸の奥に、何かが触れた。
「あなたをこの物語に転生させたのも、私たちの手によるものです。けれど……あなたのいる世界は今、静かに崩れ落ち始めています」
少女の言葉に合わせて、空間の色がわずかに褪せる。
崩壊の兆しのように、光が脈打つ。
「リリア・セントマリア……あなたを自分の【物語】に引きずり出そうとした少女――彼女は今、世界そのものを壊そうとしています」
「……そんな……なんで……」
声にならない呟きが、意識の底でこぼれた瞬間、少女は両の掌を、胸元で静かに合わせた。
その小さな手の中から、やがて一筋の光が生まれる。
最初は火の粉のように小さく、だが次第にそれは形を持ち始め――ふわりと浮かぶ球状の光となって、ハイデンの前にそっと現れた。
それは炎でもなく、魔法でもない。温度もなければ熱さも冷たさもない。
それなのに、その存在は確かに心の芯に触れ、滲むような温もりを与えてくる。
「これは、私の【核】のようなモノで作りだした【灯】です。本来、神が一人の人間にこのような力を貸すには違法なのですが……緊急事態です。この【灯】はあなたの中に渦巻く魔力を鎮め、暴走を抑える力になります」
「な、そ、それは……」
「あなたの魔力は確かに暴走したら厄介ですが……ですが、制御できるようになれば話は変わります」
光の球体が、淡く脈打ちながら漂っていき、そして少女の顔に微かな微笑が浮かぶ。
「どうか、世界を救ってください。ハイデン」
重なるように、もう一つの真実が告げられる。
「この異変の裏では、【悪魔】が糸を引いています「
「え……悪魔?」
「はい……リリアも、世界も、それに操られているのかもしれません。ですが――それに抗えるのは【役割を外れた者】だけです」
光が、ふっと触れる。
まるで蝶が羽ばたくように、静かにハイデンの額へ届いたその瞬間、長く閉ざされていた感覚の扉が音を立てて、わずかに――開いた。
▼ ▼ ▼
――誰かが手を握っている。
温もりがある。
声がする、朝の気配に鳥のさえずり、そして布が揺れる音。
ハイデンはゆっくりと目を開ける。
眩しい光が視界を焼き、けれどそれは、夢の世界のものではない。
――現実だ。
焦げたような空気に乾いた喉――そして、そばにある温もり。その温もりの主が、優しく問いかけてきた。
「……クリス?」
乾いた喉の奥から、かすかな声が漏れた。掠れていて、震えていて、それでも確かに言葉になった【名】。
ハイデンは自分自身の傍にずっといてくれた、愛しかった人の名を呼ぶ。
その音を聞いた瞬間、クリスは、まるで長い夢から醒めたかのようにゆっくりと息を呑んだ。
目を見開き、そして、静かに眉を緩める。
「……ああ……やっと、目を覚ましたな、ハイデン」
声は微かだが震えている。けれど、言葉そのものは確かだった。
どれほどこの瞬間を待ち望んでいたのか。
何度、返事のない名を呼んだのか。
何度、握ったその手のぬくもりを確かめて、生きていると信じ込もうとしたのか――全てが、この一言に詰まっていた。
ハイデンはまだ思うように体を動かせなかった。瞼の奥が重たく、呼吸のたびに胸が軋むようだ。それでも、確かに感じている。
自分の身体を支える腕の力強さ。
皮膚を通して伝わってくる鼓動の温もり。
そして、何より――自分がクリスの隣から帰ってこられたという事実。
「その、僕は……クリス、僕は、あの……」
何かを言おうとしたのだが、言葉にでなかった。けれど、クリスは何も言わせようとはしない。
クリスはハイデンを静かに頭を引き寄せ、まるで宝物を抱くようにした後、そのまま彼の唇に自分の唇を合わせる。
「んっ……」
突然のキスに驚いてしまったが、どうやらクリスは逃がすつもりはないらしい。彼が抱きしめる腕の力が強くなっているのを感じた。
外の風が窓を揺らす――夜の終わりを告げる、ほのかな光がカーテン越しに差し込んできていた。
季節は、確かに進んでいた。
時間も、世界も、少しずつ動いていた。
けれど、ハイデンにとっては、ようやく【今】が始まったばかりだった。
「――おはよう、ハイデン」
クリスはそんな宝物ような存在であるハイデンに挨拶をしたので、ハイデンは少し照れくさそうな顔をしながら言った。
「……おはよう、そしてごめん、クリス」
挨拶と謝罪――ハイデンはクリスにその二つの言葉を告げた後、彼の体を強く抱きしめるのだった。
それはまるで深い湖の底に漂う小さな燐光だった。
ゆらゆらと揺れながら、今にも消えてしまいそうに脆く、儚く感じる。けれど、確かにその火は、誰かの掌の中に守られていた。
氷のように冷えた空気の中で、その手だけが、ただ温かかった。指先ではなく、皮膚でもない。もっと深い、魂に触れるような温もり。それが、小さな光を優しく包んでいた。
(……これは……何……だ?)
意識の輪郭がぼやけている。
言葉も、記憶も、時間の感覚すらもあやふやで。
けれど、その温もりにだけは、確かな【既視感】があり――懐かしい、感触だった。
暗闇の中に、声が落ちた。
「……お前がいないと、俺の時間は動かない」
低く、穏やかで、それでいて強く響く声だ。まるで、冷えきった世界に差し込む一筋の陽光のように。その声はどんな魔法よりも真っ直ぐに、心の奥へ染み渡っていく。
(もしかして……クリス……?)
名を呼びたいはずなのに、応えたかったはずなのに、喉は動かないまま、思考は靄の中。
ただ、胸の奥に懐かしい感情だけがじわりと滲んでくる。
再び、クリスの声が聞こえる。まるで重なるかのように。
「もう、誰にも触れさせない……お前は――俺の、だ」
言葉の一つ、一つが魂に刻まれるようだった。
それは所有の言葉ではなく、ハイデンを失いたくないために守れなかったと言う彼自身の怒りのように感じる。
そして、自分の目の前にいると言う確かな想いが、全て詰まった声だったのかもしれない。
目を開けたかった。そして、この手でそのぬくもりを掴み返したかった。
けれど、瞼は重く、腕は鉛のように動かない。
ただ、その言葉だけが、深く、深く、心の奥底に降りていくのを感じた。
(……ありがとう、クリス……)
言葉にはならなかった。
けれど、きっと――届いていると、そう思えた。
ふと、その時突然目の前に光が見えた。
一体何事なのだろうかと驚いていると、浮かび上がるかのようにそこに現れたのは一人の少女だった。
あどけない輪郭に、やや大きな瞳。淡い金の髪が、光に透けるように揺れている。その姿は確かに人間に似ていたが、人間ではない存在だと、その時直感させる気配があった。
まるでこの空間の光そのものから生まれたような、清らかな【透明さ】が、彼女の全身に漂っている。
だが――その目だけは、あまりに現実的であまりに真っすぐだった。
こちらを見据えるその双眸に、曖昧な幻想など一切ない。
「こんにちはハイデン……そして申し訳ございませんでした」
声は柔らかく、どこまでも澄んでいた。
まるで風そのものが言葉を持って語りかけてくるような、穏やかで優しい音色。しかしその中心には、冷たく澄みきった【意志】が確かに存在していた。
(誰……だ……?)
ハイデンは動かない体の中で、問いかけるようにその少女を見つめた。まるで言葉が心の中に流れ込むように少女は静かに告げる。
「私はこの世界の【神】の一人……この世界を編んだ存在の一柱です」
空気が静かに波打つ――言葉では理解できなくとも、身体の奥底に届くような圧倒的な【存在】の感触。
ハイデンの胸の奥に、何かが触れた。
「あなたをこの物語に転生させたのも、私たちの手によるものです。けれど……あなたのいる世界は今、静かに崩れ落ち始めています」
少女の言葉に合わせて、空間の色がわずかに褪せる。
崩壊の兆しのように、光が脈打つ。
「リリア・セントマリア……あなたを自分の【物語】に引きずり出そうとした少女――彼女は今、世界そのものを壊そうとしています」
「……そんな……なんで……」
声にならない呟きが、意識の底でこぼれた瞬間、少女は両の掌を、胸元で静かに合わせた。
その小さな手の中から、やがて一筋の光が生まれる。
最初は火の粉のように小さく、だが次第にそれは形を持ち始め――ふわりと浮かぶ球状の光となって、ハイデンの前にそっと現れた。
それは炎でもなく、魔法でもない。温度もなければ熱さも冷たさもない。
それなのに、その存在は確かに心の芯に触れ、滲むような温もりを与えてくる。
「これは、私の【核】のようなモノで作りだした【灯】です。本来、神が一人の人間にこのような力を貸すには違法なのですが……緊急事態です。この【灯】はあなたの中に渦巻く魔力を鎮め、暴走を抑える力になります」
「な、そ、それは……」
「あなたの魔力は確かに暴走したら厄介ですが……ですが、制御できるようになれば話は変わります」
光の球体が、淡く脈打ちながら漂っていき、そして少女の顔に微かな微笑が浮かぶ。
「どうか、世界を救ってください。ハイデン」
重なるように、もう一つの真実が告げられる。
「この異変の裏では、【悪魔】が糸を引いています「
「え……悪魔?」
「はい……リリアも、世界も、それに操られているのかもしれません。ですが――それに抗えるのは【役割を外れた者】だけです」
光が、ふっと触れる。
まるで蝶が羽ばたくように、静かにハイデンの額へ届いたその瞬間、長く閉ざされていた感覚の扉が音を立てて、わずかに――開いた。
▼ ▼ ▼
――誰かが手を握っている。
温もりがある。
声がする、朝の気配に鳥のさえずり、そして布が揺れる音。
ハイデンはゆっくりと目を開ける。
眩しい光が視界を焼き、けれどそれは、夢の世界のものではない。
――現実だ。
焦げたような空気に乾いた喉――そして、そばにある温もり。その温もりの主が、優しく問いかけてきた。
「……クリス?」
乾いた喉の奥から、かすかな声が漏れた。掠れていて、震えていて、それでも確かに言葉になった【名】。
ハイデンは自分自身の傍にずっといてくれた、愛しかった人の名を呼ぶ。
その音を聞いた瞬間、クリスは、まるで長い夢から醒めたかのようにゆっくりと息を呑んだ。
目を見開き、そして、静かに眉を緩める。
「……ああ……やっと、目を覚ましたな、ハイデン」
声は微かだが震えている。けれど、言葉そのものは確かだった。
どれほどこの瞬間を待ち望んでいたのか。
何度、返事のない名を呼んだのか。
何度、握ったその手のぬくもりを確かめて、生きていると信じ込もうとしたのか――全てが、この一言に詰まっていた。
ハイデンはまだ思うように体を動かせなかった。瞼の奥が重たく、呼吸のたびに胸が軋むようだ。それでも、確かに感じている。
自分の身体を支える腕の力強さ。
皮膚を通して伝わってくる鼓動の温もり。
そして、何より――自分がクリスの隣から帰ってこられたという事実。
「その、僕は……クリス、僕は、あの……」
何かを言おうとしたのだが、言葉にでなかった。けれど、クリスは何も言わせようとはしない。
クリスはハイデンを静かに頭を引き寄せ、まるで宝物を抱くようにした後、そのまま彼の唇に自分の唇を合わせる。
「んっ……」
突然のキスに驚いてしまったが、どうやらクリスは逃がすつもりはないらしい。彼が抱きしめる腕の力が強くなっているのを感じた。
外の風が窓を揺らす――夜の終わりを告げる、ほのかな光がカーテン越しに差し込んできていた。
季節は、確かに進んでいた。
時間も、世界も、少しずつ動いていた。
けれど、ハイデンにとっては、ようやく【今】が始まったばかりだった。
「――おはよう、ハイデン」
クリスはそんな宝物ような存在であるハイデンに挨拶をしたので、ハイデンは少し照れくさそうな顔をしながら言った。
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