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第43話
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ハイデンは今、うなっている。
小さな寝台の上でハイデンは、まるで何かを見つめるように目を開いていた。
眠っていた時間は一ヶ月近くにも及んでいた。深く、静かな夢の中――彼は確かに【誰か】に会っていたのは覚えている。
金の瞳を持ち、形を持たない神のような存在。
それは言葉ではなく、ただ【在る】というだけで、彼の内に沈んでいた恐怖や怒り、絶望を溶かしていった。
「うむむ……」
ハイデンは、ゆっくりと手を伸ばしながら空を掴むように指を開いた。
そこに集まるのは、今までならば制御できなかった【あの力】。だが今は魔力が静かに、穏やかに掌に収まっている。
「……制御、できてる……」
信じられないほど静かな感覚だった。
まるで暴れ馬だったはずの魔力が、今は水面のように揺れるだけで何の拒絶もしてこない。夢の中でのあの出会いが幻ではなかったと、彼は確信していた。
けれど、喜びは長く続かなかった。
目覚めてからクリスが語ってくれた今の状況が、ハイデンの胸を再び締めつける。
王都の魔力循環が崩壊し、魔獣があふれ出し、人々が怯え、逃げ惑っていること。
そして――彼の名が、再びその混乱の【元凶】として囁かれていること。
「また……僕の、せいになるのか……まぁ、仕方ない事なんだけどなぁ」
ハイデンは、小屋の外に出ると足を引きずるようにして森を抜けた。
向かった先は、嘗て人々が暮らしていた小さな村の跡地。
そこにあったはずの家々は半ば崩れ、道は荒れ、誰の声もしない。
焼け跡の匂いが、鼻の奥を刺す。
瓦礫の上に残された小さな人形。裂けた服。赤茶けた土。
「僕が……目を覚ましたから……また、こんな……」
膝が崩れそうになった。
その場にへたり込み、頭を抱える。足元に流れ込む魔力の気配が、胸を強く締めつける。
「……また僕が、壊した……やっぱり僕は、生きてちゃいけなかったんだ……」
その瞬間、背後から駆け寄る足音が響き、肩をつかまれた。
「ハイデンッ!」
振り返ると、そこにいたのはクリスの姿があった。
傷だらけの上着を羽織り、息を切らしながらも確かな目でこちらを見据えている。
「……違う。ハイデン、それは違うだろ」
「でも……皆、僕の名前を――」
「それがどうした!」
鋭く言葉をかぶせる。
ハイデンの胸ぐらを掴み、揺さぶるように顔を近づける。
「そもそも、どうして“お前のせい”なんだ!いつからこの国は、何か起きれば全部【お前のせい】って決めつけるようになったんだ!?」
ハイデンの瞳が、驚きと困惑に揺れる。
「……俺はもう、失いたくないんだ」
クリスの声が、静かに、しかし確かに響く。
「大切な人を、何もできないまま失うなんて――あの戦場で、一度で充分だった」
低く絞り出すような声。その言葉には、ただの悲しみではなく、焼け焦げたような【悔恨】が宿っていた。
あの日。
火の粉が降りしきる夜の戦場で、兄であるソルの背中が消えていった瞬間、自分の腕は届かなかった。
助けられなかった――叫んでも、祈っても、何一つ届かなかった。
その光景が、何度も夢に出てきた。眠れば胸が締めつけられ、起きても重さは消えない。
ずっと――クリスは自分を許せずにいた。
だから今、目の前で、息を荒くし、魔力に呑まれそうなハイデンを見ていると――あの夜と同じ喉の痛みが蘇る。
「……もう嫌なんだ」
震える声で、それでもまっすぐに。
「兄貴を失った時みたいに……何もできない自分に戻りたくない」
ハイデンの指先が揺れる。
恐怖と苦しみで、目が曇っている。
それが余計に胸を刺した。
「だから――」
クリスはハイデンの肩を、そっと、しかし確かな力で掴んだ。
「俺は、お前と生きていきたい」
願望でも、夢でもない。
逃げずに向き合った、初めての“本音”だった。
言葉は、まっすぐだった。
飾らず、照れもせず、ただ正直に――その心を伝えていた。
ハイデンの瞳から、ひと筋の涙がこぼれる。
「……僕は、ずっと、怖かった」
声が震える。
「また壊してしまうかもしれない」
「嫌われるかもしれない」
「誰かを傷つけてしまうかもしれない」
そんな恐怖に押し潰されて、何も選べずに生きてきた。
けれど今、隣に立つこの男は――それでも手を伸ばしてくれる。
ハイデンは、胸に手を当てる。そこにある鼓動が、確かに【生きたい】と叫んでいた。
「……僕は、この世界で――もう逃げずに、生きる」
その言葉は、誰に向けたわけでもないが、ある意味ハイデン自身の決断だった。
森の中、崩れた村の片隅で、焼け焦げた家々とひび割れた石畳が静かに広がっている。
だがその静けさの中に、確かに匂いは残されていた。
倒れた家屋の前に静かに見つめるハイデンに対し、クリスは言葉を繋げる。
「この村の住民は、俺が全部避難させた」
「え……」
隣で立っていたクリスの言葉が、現実を引き戻した。
短く、穏やかで、何より確かな声だった。
ハイデンははっとして、顔を上げ、目の奥に、疑いと願いが混じった色が浮かぶ。
「……全員、無事なのか?」
「ああ。念のため、数日前から動いていた。もう少し遅ければ危なかったかもしれないが、今は皆、別の村にいるから大丈夫、無事だ」
クリスの言葉に、ハイデンはほんの一瞬、呼吸を止めた。
そして次の瞬間、大きく息を吸い込むと、胸の奥から静かな安堵が湧き上がる。
「……よかった……よかった……」
その言葉が、ぽろりと零れた。
そして、ハイデンはクリスに視線を向け、弱々しい顔で笑う。
「ありがとう、クリス……本当に……」
壊してばかりの自分が、何も失わせずに済んだ。
それが、どれほど救いだったか――その事実だけで、心の中の冷たい何かが少し溶けた気がした。
小さな寝台の上でハイデンは、まるで何かを見つめるように目を開いていた。
眠っていた時間は一ヶ月近くにも及んでいた。深く、静かな夢の中――彼は確かに【誰か】に会っていたのは覚えている。
金の瞳を持ち、形を持たない神のような存在。
それは言葉ではなく、ただ【在る】というだけで、彼の内に沈んでいた恐怖や怒り、絶望を溶かしていった。
「うむむ……」
ハイデンは、ゆっくりと手を伸ばしながら空を掴むように指を開いた。
そこに集まるのは、今までならば制御できなかった【あの力】。だが今は魔力が静かに、穏やかに掌に収まっている。
「……制御、できてる……」
信じられないほど静かな感覚だった。
まるで暴れ馬だったはずの魔力が、今は水面のように揺れるだけで何の拒絶もしてこない。夢の中でのあの出会いが幻ではなかったと、彼は確信していた。
けれど、喜びは長く続かなかった。
目覚めてからクリスが語ってくれた今の状況が、ハイデンの胸を再び締めつける。
王都の魔力循環が崩壊し、魔獣があふれ出し、人々が怯え、逃げ惑っていること。
そして――彼の名が、再びその混乱の【元凶】として囁かれていること。
「また……僕の、せいになるのか……まぁ、仕方ない事なんだけどなぁ」
ハイデンは、小屋の外に出ると足を引きずるようにして森を抜けた。
向かった先は、嘗て人々が暮らしていた小さな村の跡地。
そこにあったはずの家々は半ば崩れ、道は荒れ、誰の声もしない。
焼け跡の匂いが、鼻の奥を刺す。
瓦礫の上に残された小さな人形。裂けた服。赤茶けた土。
「僕が……目を覚ましたから……また、こんな……」
膝が崩れそうになった。
その場にへたり込み、頭を抱える。足元に流れ込む魔力の気配が、胸を強く締めつける。
「……また僕が、壊した……やっぱり僕は、生きてちゃいけなかったんだ……」
その瞬間、背後から駆け寄る足音が響き、肩をつかまれた。
「ハイデンッ!」
振り返ると、そこにいたのはクリスの姿があった。
傷だらけの上着を羽織り、息を切らしながらも確かな目でこちらを見据えている。
「……違う。ハイデン、それは違うだろ」
「でも……皆、僕の名前を――」
「それがどうした!」
鋭く言葉をかぶせる。
ハイデンの胸ぐらを掴み、揺さぶるように顔を近づける。
「そもそも、どうして“お前のせい”なんだ!いつからこの国は、何か起きれば全部【お前のせい】って決めつけるようになったんだ!?」
ハイデンの瞳が、驚きと困惑に揺れる。
「……俺はもう、失いたくないんだ」
クリスの声が、静かに、しかし確かに響く。
「大切な人を、何もできないまま失うなんて――あの戦場で、一度で充分だった」
低く絞り出すような声。その言葉には、ただの悲しみではなく、焼け焦げたような【悔恨】が宿っていた。
あの日。
火の粉が降りしきる夜の戦場で、兄であるソルの背中が消えていった瞬間、自分の腕は届かなかった。
助けられなかった――叫んでも、祈っても、何一つ届かなかった。
その光景が、何度も夢に出てきた。眠れば胸が締めつけられ、起きても重さは消えない。
ずっと――クリスは自分を許せずにいた。
だから今、目の前で、息を荒くし、魔力に呑まれそうなハイデンを見ていると――あの夜と同じ喉の痛みが蘇る。
「……もう嫌なんだ」
震える声で、それでもまっすぐに。
「兄貴を失った時みたいに……何もできない自分に戻りたくない」
ハイデンの指先が揺れる。
恐怖と苦しみで、目が曇っている。
それが余計に胸を刺した。
「だから――」
クリスはハイデンの肩を、そっと、しかし確かな力で掴んだ。
「俺は、お前と生きていきたい」
願望でも、夢でもない。
逃げずに向き合った、初めての“本音”だった。
言葉は、まっすぐだった。
飾らず、照れもせず、ただ正直に――その心を伝えていた。
ハイデンの瞳から、ひと筋の涙がこぼれる。
「……僕は、ずっと、怖かった」
声が震える。
「また壊してしまうかもしれない」
「嫌われるかもしれない」
「誰かを傷つけてしまうかもしれない」
そんな恐怖に押し潰されて、何も選べずに生きてきた。
けれど今、隣に立つこの男は――それでも手を伸ばしてくれる。
ハイデンは、胸に手を当てる。そこにある鼓動が、確かに【生きたい】と叫んでいた。
「……僕は、この世界で――もう逃げずに、生きる」
その言葉は、誰に向けたわけでもないが、ある意味ハイデン自身の決断だった。
森の中、崩れた村の片隅で、焼け焦げた家々とひび割れた石畳が静かに広がっている。
だがその静けさの中に、確かに匂いは残されていた。
倒れた家屋の前に静かに見つめるハイデンに対し、クリスは言葉を繋げる。
「この村の住民は、俺が全部避難させた」
「え……」
隣で立っていたクリスの言葉が、現実を引き戻した。
短く、穏やかで、何より確かな声だった。
ハイデンははっとして、顔を上げ、目の奥に、疑いと願いが混じった色が浮かぶ。
「……全員、無事なのか?」
「ああ。念のため、数日前から動いていた。もう少し遅ければ危なかったかもしれないが、今は皆、別の村にいるから大丈夫、無事だ」
クリスの言葉に、ハイデンはほんの一瞬、呼吸を止めた。
そして次の瞬間、大きく息を吸い込むと、胸の奥から静かな安堵が湧き上がる。
「……よかった……よかった……」
その言葉が、ぽろりと零れた。
そして、ハイデンはクリスに視線を向け、弱々しい顔で笑う。
「ありがとう、クリス……本当に……」
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