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第45話
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薄明かりが、窓の隙間から差し込んでいる。
森の小屋の中。重たい静けさに包まれた空間でハイデンはゆっくりと意識を浮上させていく。
あれから数日――とりあえず体を何とか慣らさないといけないと感じたハイデンとクリスは小屋の中で休息を取るのだった。
そんな中で、クリスはハイデンの手をしっかりと握りしめている。
まるで逃がすまい、と言う意思を込めているかのように。
(うーん……お、重い……)
クリスの感情が重く感じてきたのは気のせいだと思いたい。
握りしめながら寝ているクリスの姿を見つめながら、ハイデンは体を伸ばそうとするが、体の痛みはまだ治っていない。一カ月ぐらい眠りについていたのだから当たり前なのかもしれないが。
「いでっ……ああ、もう、動かないとダメだなこれは……」
軋む身体を軽く動かしながらそのままクリスの手を振り払って起き上がろうとした時、扉が軽く叩かれた。
「……あの、ハイデン様……起きてますか……?」
細い声、その声には聞き覚えがある。
ハイデンが眠りについていた時、食事を持ってきてくれていた少年――リドだ。
ハイデンが起きた後も、村は襲われてしまったがクリスの配慮で何とか避難する事が出来、そして違う村で新しい生活を始めながらも、ハイデンたちに食事を届けてくれる。
そんなリドだったのだが、遠慮がちに顔を覗かせ、彼の手には水の入った皮袋と簡素なパンの包み。けれどその表情はいつもと違っていた。
「こんにちはリド、どうかしたいのか?」
「あ、ハイデン様!なんか……街が……王都が……変なんです」
ハイデンが無言で目を向けると、リドはためらいがちに続けた。
「空が……割れてるんです。まるで、裂けたみたいに。地面も揺れてて魔力が渦巻いてて……王都の方から煙も……」
「え……」
言葉が詰まる。彼の年齢には重すぎる現実だったのだろう。
だが、ハイデンの内に、冷たいものが流れ込んでいた。
(まさか……)
脳裏に浮かんだのは、リリアの顔だ。
ハイデンはあの時の言葉が、耳の奥で蘇る。
――やめて、あなたがラスボスにならないと物語が崩れるの
あの時の彼女は、狂気と悲しみを宿していた。歪んでいたのは世界ではなく彼女自身の中にある【物語】なのだと、ようやく気づいたのに。
ハイデンは布団を払って身を起こす。ふらつく体をなんとか支え、壁に手をつく。
立ち上がるだけで、全身が悲鳴を上げた。
「ハイデン様、無理です! まだ……!」
リドが慌てて駆け寄るが、ハイデンは小さく首を振った。
「……行かないと」
その声は、掠れていた。それでも、胸の底から絞り出すような強さがあった。
ハイデンは膝に手をつき、痛む頭を抱えながら、ゆっくりと視線を上げる。
今、自分の中でぼんやりとした確信が芽生え始めていた。
もし、あの夢の中で見た光景が予兆なのだとしたら。
夢の中で言っていた少女の姿をした神様が告げていた言葉は真実だとしたら。
「……このままじゃ……世界が壊れてしまうっ……リリアが――壊れてしまう前に」
呟いた言葉は、自分に対する覚悟の確認だった。彼女を止めなければならない、誰かに与えられた使命ではない、自分自身の意志で。
ハイデンはゆっくりと横を向くとそこには寝息を立てるクリスの姿がそこにあった。
無防備な寝顔。自分の手を握ったまま、離そうともせずに。
「……っ、こんな……」
そのぬくもりが優しくて、苦しかった。誰かが自分の存在を必要としてくれることが、こんなにも痛いなんて。けれど――今はその手を、離さなければならない。
そっと、指をほどき、名残惜しそうに、ほんの一瞬だけ握り返したあとにハイデンはクリスの頭を思いきり叩いた。
「ぐっ……!いっ……!?」
ばさりとクリスが起き上がる。
寝ぼけ眼でハイデンを睨みつけながら、もさもさと髪を掻いた。
「……なんだ、急に……起きたばっかりなんだが……ハイデン?」
「起きたならちょうどいい。立って。すぐ支度して、出かける」
「はぁ……?いきなり……と言うかお前、寝起きでいきなり人の頭叩くとかありえないぞ?」
クリスは文句を言いながらも、ハイデンの表情が真剣であることにすぐ気づいた。
「……何があった?」
その問いに、ハイデンは黙ったまま窓の外を見た。遠く、空が微かに赤く染まっている。
夜明けの光ではない。燃えたような、歪んだ光。
「リリアが、何かを始めた……放っておいたら、本当に【全部】が壊れる」
ハイデンは振り返り、はっきりとクリスを見据えた。
その目には、眠る前にはなかった意志の光が宿っている。
「……だから止める。僕が今度こそ」
「……一人で行く気か?」
低く問うクリスの声に、ハイデンは一瞬だけ口を閉ざす。
けれど次の瞬間、ゆっくりと首を振った。
「……たぶん、一人じゃ……怖いんだ」
「だろうな」
クリスは立ち上がり、乱れた服を直しながら肩を回した。
「一人で行くわけないだろう……寝てた間に何を勝手に決意してんだよ」
「う、うるさいな……ていうか、起こしてやったのにその態度何なんだ?」
「叩いて起こされたやつが感謝するとでも?」
クリスとのやり取りに対し、ハイデンは少し安心感を覚えながら、静かに笑う。
ふと、クリスがハイデンの肩に手を置き、まっすぐな瞳で言う。
「一緒に行く。絶対、離れないから」
ハイデンはほんのわずか、照れたように視線を逸らしながらも頷き、そしてクリスに向かって静かに笑うのだった。
森の小屋の中。重たい静けさに包まれた空間でハイデンはゆっくりと意識を浮上させていく。
あれから数日――とりあえず体を何とか慣らさないといけないと感じたハイデンとクリスは小屋の中で休息を取るのだった。
そんな中で、クリスはハイデンの手をしっかりと握りしめている。
まるで逃がすまい、と言う意思を込めているかのように。
(うーん……お、重い……)
クリスの感情が重く感じてきたのは気のせいだと思いたい。
握りしめながら寝ているクリスの姿を見つめながら、ハイデンは体を伸ばそうとするが、体の痛みはまだ治っていない。一カ月ぐらい眠りについていたのだから当たり前なのかもしれないが。
「いでっ……ああ、もう、動かないとダメだなこれは……」
軋む身体を軽く動かしながらそのままクリスの手を振り払って起き上がろうとした時、扉が軽く叩かれた。
「……あの、ハイデン様……起きてますか……?」
細い声、その声には聞き覚えがある。
ハイデンが眠りについていた時、食事を持ってきてくれていた少年――リドだ。
ハイデンが起きた後も、村は襲われてしまったがクリスの配慮で何とか避難する事が出来、そして違う村で新しい生活を始めながらも、ハイデンたちに食事を届けてくれる。
そんなリドだったのだが、遠慮がちに顔を覗かせ、彼の手には水の入った皮袋と簡素なパンの包み。けれどその表情はいつもと違っていた。
「こんにちはリド、どうかしたいのか?」
「あ、ハイデン様!なんか……街が……王都が……変なんです」
ハイデンが無言で目を向けると、リドはためらいがちに続けた。
「空が……割れてるんです。まるで、裂けたみたいに。地面も揺れてて魔力が渦巻いてて……王都の方から煙も……」
「え……」
言葉が詰まる。彼の年齢には重すぎる現実だったのだろう。
だが、ハイデンの内に、冷たいものが流れ込んでいた。
(まさか……)
脳裏に浮かんだのは、リリアの顔だ。
ハイデンはあの時の言葉が、耳の奥で蘇る。
――やめて、あなたがラスボスにならないと物語が崩れるの
あの時の彼女は、狂気と悲しみを宿していた。歪んでいたのは世界ではなく彼女自身の中にある【物語】なのだと、ようやく気づいたのに。
ハイデンは布団を払って身を起こす。ふらつく体をなんとか支え、壁に手をつく。
立ち上がるだけで、全身が悲鳴を上げた。
「ハイデン様、無理です! まだ……!」
リドが慌てて駆け寄るが、ハイデンは小さく首を振った。
「……行かないと」
その声は、掠れていた。それでも、胸の底から絞り出すような強さがあった。
ハイデンは膝に手をつき、痛む頭を抱えながら、ゆっくりと視線を上げる。
今、自分の中でぼんやりとした確信が芽生え始めていた。
もし、あの夢の中で見た光景が予兆なのだとしたら。
夢の中で言っていた少女の姿をした神様が告げていた言葉は真実だとしたら。
「……このままじゃ……世界が壊れてしまうっ……リリアが――壊れてしまう前に」
呟いた言葉は、自分に対する覚悟の確認だった。彼女を止めなければならない、誰かに与えられた使命ではない、自分自身の意志で。
ハイデンはゆっくりと横を向くとそこには寝息を立てるクリスの姿がそこにあった。
無防備な寝顔。自分の手を握ったまま、離そうともせずに。
「……っ、こんな……」
そのぬくもりが優しくて、苦しかった。誰かが自分の存在を必要としてくれることが、こんなにも痛いなんて。けれど――今はその手を、離さなければならない。
そっと、指をほどき、名残惜しそうに、ほんの一瞬だけ握り返したあとにハイデンはクリスの頭を思いきり叩いた。
「ぐっ……!いっ……!?」
ばさりとクリスが起き上がる。
寝ぼけ眼でハイデンを睨みつけながら、もさもさと髪を掻いた。
「……なんだ、急に……起きたばっかりなんだが……ハイデン?」
「起きたならちょうどいい。立って。すぐ支度して、出かける」
「はぁ……?いきなり……と言うかお前、寝起きでいきなり人の頭叩くとかありえないぞ?」
クリスは文句を言いながらも、ハイデンの表情が真剣であることにすぐ気づいた。
「……何があった?」
その問いに、ハイデンは黙ったまま窓の外を見た。遠く、空が微かに赤く染まっている。
夜明けの光ではない。燃えたような、歪んだ光。
「リリアが、何かを始めた……放っておいたら、本当に【全部】が壊れる」
ハイデンは振り返り、はっきりとクリスを見据えた。
その目には、眠る前にはなかった意志の光が宿っている。
「……だから止める。僕が今度こそ」
「……一人で行く気か?」
低く問うクリスの声に、ハイデンは一瞬だけ口を閉ざす。
けれど次の瞬間、ゆっくりと首を振った。
「……たぶん、一人じゃ……怖いんだ」
「だろうな」
クリスは立ち上がり、乱れた服を直しながら肩を回した。
「一人で行くわけないだろう……寝てた間に何を勝手に決意してんだよ」
「う、うるさいな……ていうか、起こしてやったのにその態度何なんだ?」
「叩いて起こされたやつが感謝するとでも?」
クリスとのやり取りに対し、ハイデンは少し安心感を覚えながら、静かに笑う。
ふと、クリスがハイデンの肩に手を置き、まっすぐな瞳で言う。
「一緒に行く。絶対、離れないから」
ハイデンはほんのわずか、照れたように視線を逸らしながらも頷き、そしてクリスに向かって静かに笑うのだった。
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