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最終話
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あの日から、半年が経った。
王都が崩れ、空が裂け、世界の均衡が揺らいだあの終焉から――静かで、何気ない“日常”がようやく戻ってきた。
草原の中にぽつりと建つ、小さな家。木造の外壁には柔らかな陽が差し、揺れるカーテンの隙間から、草の匂いが入り込んでくる。
縁側に腰をかけ、ハイデンは一冊の本を手にしていた。
もう、その掌に魔力の光は宿らない。魔力を失ってしまったハイデンは、二度とその研究とかが出来ない。いや、そもそもそのような事をしていなかったのでどうでも良いのだが。
「なんか、趣味で作ってた魔術も作れないのは、つらいなぁ」
そんな事を呟きながら、ハイデンは笑った。
けれど、だからこそ――今の世界は、こんなにも静かで、優しかった。
「……詩の中では、時間は止まる。けれど、止まるからこそ、美しいんだ」
そう呟いてページを閉じると、そばで風が葉を揺らした。鳥のさえずりと、遠くから聞こえる子どもの笑い声が夏の始まりを知らせている。
家の中から、カップを持ったクリスがひょいと顔を出す。いつの間にか、前髪を少し切ったのか、少しだけ幼く見えた。
「ほら、お前また縁側で寝そうな顔してる。せめて中で横になれ」
「……別に、寝てないぞ?」
「嘘つけ。さっき同じページ三回めくっただろ。見てたぞ」
「……細かいな」
「付き合いが長いからな」
「まだ一年もたってないじゃないか!」
ハイデンとクリスは別に長い付き合いではない。その言葉にハイデンは声を荒げつつ、互いに視線が合い、どちらからともなく小さく笑いが零れる。
争いも、魔術も、家名も――何もない時間の中で、二人だけがそこにいた。
「ハイデン様ー!クリス―!!」
ふと、草原の向こうから、声が飛んできた。視線を向けると小柄な少年、リドが手を振りながら駆けてくる。
その背には、ボロボロになった本の詰まった小さなカバン。
「今日はね、また魔法陣の図面描いてきた!あと、この前の詩の続きを考えたんだ」
「……そっか。それは楽しみだな」
「でも……難しくてさ、最後の一行がどうしても決まらないんだよね……」
「それなら、風の音を聞きながら考えてみるといいよ。詩は、空気の中から出てくるから」
言いながら、ハイデンはそっと頭を撫でた。リドはくすぐったそうに笑い、隣にぺたりと座り込む。
教えることは、もう魔法の術式じゃない。
魔術理論や、世界の成り立ち、そして言葉の美しさや詩の形――何かを壊すためじゃなく、繋げるために知識を使う。
それが、今の彼の力だった。
「……お前、変わったよな」
クリスがぽつりと言う。
振り向くと、どこか呆れたような、それでいて誇らしげな顔。
「変わったかな?」
「変わったさ。前は、もっと尖ってた」
「それは……クリスがいるからじゃないかな」
「……は?」
「魔力がなくなっても、こうして笑っていられるのは、君が隣にいるからだよ」
「……急にそういうこと言うな。驚くだろ」
「でも、本当だぞ?僕は嘘はついていない」
クリスは鼻を鳴らして、縁側に腰を下ろした。
その肩に、静かに寄りかかり――風が通り過ぎる。
心地よい重さと、穏やかな体温が、確かにそこにあった。
もう、魔力はない。世界を壊すほどの力も。
それでも――ここにあるものは、失いたくないものだった。
誰にも選ばれなくていい、この日々は、物語じゃなくていい、ただ、自分で選び、自分で守る。
「……俺は、死に場所を求めてお前の所に来たんだけどな」
「あ……」
ふと、クリスがそのように呟きながらハイデンに視線を向け、ハイデンも思わず声を出してしまった。
クリスが自分の所にきた理由は、死に場所を求めてたから――それは、ずっとわかっていたところだったのだが、ハイデンは思わず問いかける。
「死にたくなったか?」
「大事なモノが出来てしまったから、俺はこれからも死ぬつもりはない……絶対にお前を守って見せる」
「っ……」
真剣な眼差しでそのように答えるクリスの姿に、ハイデンは何も言えなかった。しかし、体と心は反応してしまうらしく、ハイデンの頬は真っ赤に染まっていた。
それが何処か可愛らしく感じたのか、クリスはハイデンの頭を優しく撫でながら、隣にいる。
「……これからも、よろしくなハイデン」
「全く……では、よろしくされてやろう」
「なんだそれ」
ハイデンの言葉にクリスは笑いながら、お互いゆったりとした時間を過ごす。
世界はこれからも変わり続けるだろう。
けれど、草原に吹く風は、いつも優しくて。彼の手には確かなものが一つだけ残っていた。
――未来は、誰のものでもない。
――だからこそ、自分の手で、掴んでいく。
ハイデンは目を閉じる。
隣で笑うクリスと、詩を綴るリドの声を聞きながら。今日という日が、また積み重なっていくことを、ただ願いながら。
「…………夜は覚悟しろ」
「子供の前で何を言ってるんだお前は!!」
ハイデンはそのまま容赦なくクリスの顔面を殴りつけるのだった。
王都が崩れ、空が裂け、世界の均衡が揺らいだあの終焉から――静かで、何気ない“日常”がようやく戻ってきた。
草原の中にぽつりと建つ、小さな家。木造の外壁には柔らかな陽が差し、揺れるカーテンの隙間から、草の匂いが入り込んでくる。
縁側に腰をかけ、ハイデンは一冊の本を手にしていた。
もう、その掌に魔力の光は宿らない。魔力を失ってしまったハイデンは、二度とその研究とかが出来ない。いや、そもそもそのような事をしていなかったのでどうでも良いのだが。
「なんか、趣味で作ってた魔術も作れないのは、つらいなぁ」
そんな事を呟きながら、ハイデンは笑った。
けれど、だからこそ――今の世界は、こんなにも静かで、優しかった。
「……詩の中では、時間は止まる。けれど、止まるからこそ、美しいんだ」
そう呟いてページを閉じると、そばで風が葉を揺らした。鳥のさえずりと、遠くから聞こえる子どもの笑い声が夏の始まりを知らせている。
家の中から、カップを持ったクリスがひょいと顔を出す。いつの間にか、前髪を少し切ったのか、少しだけ幼く見えた。
「ほら、お前また縁側で寝そうな顔してる。せめて中で横になれ」
「……別に、寝てないぞ?」
「嘘つけ。さっき同じページ三回めくっただろ。見てたぞ」
「……細かいな」
「付き合いが長いからな」
「まだ一年もたってないじゃないか!」
ハイデンとクリスは別に長い付き合いではない。その言葉にハイデンは声を荒げつつ、互いに視線が合い、どちらからともなく小さく笑いが零れる。
争いも、魔術も、家名も――何もない時間の中で、二人だけがそこにいた。
「ハイデン様ー!クリス―!!」
ふと、草原の向こうから、声が飛んできた。視線を向けると小柄な少年、リドが手を振りながら駆けてくる。
その背には、ボロボロになった本の詰まった小さなカバン。
「今日はね、また魔法陣の図面描いてきた!あと、この前の詩の続きを考えたんだ」
「……そっか。それは楽しみだな」
「でも……難しくてさ、最後の一行がどうしても決まらないんだよね……」
「それなら、風の音を聞きながら考えてみるといいよ。詩は、空気の中から出てくるから」
言いながら、ハイデンはそっと頭を撫でた。リドはくすぐったそうに笑い、隣にぺたりと座り込む。
教えることは、もう魔法の術式じゃない。
魔術理論や、世界の成り立ち、そして言葉の美しさや詩の形――何かを壊すためじゃなく、繋げるために知識を使う。
それが、今の彼の力だった。
「……お前、変わったよな」
クリスがぽつりと言う。
振り向くと、どこか呆れたような、それでいて誇らしげな顔。
「変わったかな?」
「変わったさ。前は、もっと尖ってた」
「それは……クリスがいるからじゃないかな」
「……は?」
「魔力がなくなっても、こうして笑っていられるのは、君が隣にいるからだよ」
「……急にそういうこと言うな。驚くだろ」
「でも、本当だぞ?僕は嘘はついていない」
クリスは鼻を鳴らして、縁側に腰を下ろした。
その肩に、静かに寄りかかり――風が通り過ぎる。
心地よい重さと、穏やかな体温が、確かにそこにあった。
もう、魔力はない。世界を壊すほどの力も。
それでも――ここにあるものは、失いたくないものだった。
誰にも選ばれなくていい、この日々は、物語じゃなくていい、ただ、自分で選び、自分で守る。
「……俺は、死に場所を求めてお前の所に来たんだけどな」
「あ……」
ふと、クリスがそのように呟きながらハイデンに視線を向け、ハイデンも思わず声を出してしまった。
クリスが自分の所にきた理由は、死に場所を求めてたから――それは、ずっとわかっていたところだったのだが、ハイデンは思わず問いかける。
「死にたくなったか?」
「大事なモノが出来てしまったから、俺はこれからも死ぬつもりはない……絶対にお前を守って見せる」
「っ……」
真剣な眼差しでそのように答えるクリスの姿に、ハイデンは何も言えなかった。しかし、体と心は反応してしまうらしく、ハイデンの頬は真っ赤に染まっていた。
それが何処か可愛らしく感じたのか、クリスはハイデンの頭を優しく撫でながら、隣にいる。
「……これからも、よろしくなハイデン」
「全く……では、よろしくされてやろう」
「なんだそれ」
ハイデンの言葉にクリスは笑いながら、お互いゆったりとした時間を過ごす。
世界はこれからも変わり続けるだろう。
けれど、草原に吹く風は、いつも優しくて。彼の手には確かなものが一つだけ残っていた。
――未来は、誰のものでもない。
――だからこそ、自分の手で、掴んでいく。
ハイデンは目を閉じる。
隣で笑うクリスと、詩を綴るリドの声を聞きながら。今日という日が、また積み重なっていくことを、ただ願いながら。
「…………夜は覚悟しろ」
「子供の前で何を言ってるんだお前は!!」
ハイデンはそのまま容赦なくクリスの顔面を殴りつけるのだった。
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