誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空

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40話

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​アルスター男爵との交流から十年が経過した。

​ヴァイスハルト領は、レオンとエルナの「信頼と共感」に基づく統治により、周辺地域で最も豊かで安定した領地へと発展していた。レオンは、かつて侯爵の「影」として培った知性と、エルナがもたらした人間的な温かさを融合させ、「光の統治者」として尊敬を集めていた。

​そして、娘のルミナは十七歳になり、両親の最も美しい部分を受け継いでいた。彼女は、レオンの鋭い洞察力と、エルナの深い共感力を持ち、領民の誰からも愛される存在となっていた。 

​ある日、ルミナは、レオンが侯爵家との交渉の際に用いた、古い領地経営の資料を手に、執務室に入ってきた。

​「パパ。この資料、侯爵家が支配していた頃のものよね?」

​「そうだ、ルミナ」レオンは、書類から目を上げずに答えた。

​「この資料のどこにも、領民が病気になった時の対策や、子供たちの教育にかける予算がないわ。パパは、どうしてこんな**『影の設計図』**で、長く仕事ができたの?」

​レオンは、ルミナのまっすぐな瞳を見つめた。彼女の質問は、レオンが長い年月をかけて乗り越えてきた、最も深いトラウマの核を突いていた。

​「私は、不完全な存在だったからだ。ルミナ。完璧な知性を持った道具として振る舞わなければ、生きることを許されなかった」

​ルミナは、資料をそっと閉じた。

「パパはもう、誰の道具でもないわ」

​そして、ルミナは、自分が考案した、領地の教育施設の増築計画の設計図を、レオンの机に広げた。その計画には、単なる教室だけでなく、領民の芸術と技術を教えるための共同作業スペースが組み込まれていた。

​「私、この領地を、**『人が安心して不完全でいられる場所』**にしたいの。パパとママがそうしてくれたように」

​ルミナの計画は、レオンの過去の苦しみすべてを肯定し、乗り越えるものだった。レオンは、言葉を失い、ただ深く、娘を抱きしめた。

​その日の夜、レオンとエルナは、ルミナが生まれた朝に交わした誓いのテラスで、二人きりでワインを飲んでいた。

​「ルミナは、私たちを超えていくわね」

エルナは、満足げに微笑んだ。

​「ああ。彼女の瞳には、一切の迷いがない」

レオンは、自身のワイングラスを傾けた。

​「私が七歳の頃、毎日を生き残るための計算しかしていなかった。彼女は、この領地の次の光の設計図を描いている」

​レオンは、エルナの手を取り、指輪を撫でた。

​「エルナ様。七年前、私が『影の使命から解放された』と言ったのは、嘘でした。私は、今日まで、ルミナに『完璧な鎧』を着せようと、心のどこかで過去に囚われていた」

​「しかし、ルミナが、私を完全に解放してくれた。あなたとルミナは、私に**『完璧な愛』を与え、『不完全な自分』**を許してくれた」

​エルナは、レオンの頬に手を添え、優しく口付けた。

​「あなたは、もう完全に自由よ、レオン。私たちの愛と、ルミナが、あなたの『影』を焼き尽くしてくれたの」

​レオンは、立ち上がり、テラスに咲き誇る白いスミレの花を、一輪、エルナの髪に飾った。

​「私の人生は、侯爵家との**『冷たい契約』から始まりました。しかし、あなたとの『甘い契約』**で、永遠に続く幸福を見つけました」

​「これからも、この領地で、この花のように根を張り、ルミナと共に、新しい光を育んでいきましょう」

​エルナは、レオンの手に、自分の手を重ねた。

​「ええ、私の最も愛する夫。そして、最も不完全で、最も温かい父」

​テラスを照らす月明かりの下、二人の影は重なり合い、長く伸びていた。それは、権力や血筋に左右されない、愛と信頼に基づいた、新しい貴族の物語の、静かな、しかし力強い始まりを示していた。

​レオンとエルナの愛は、影に生きた男と光を求めた女が、互いを見つけ、結ばれることで、未来永劫続く光となったのだった。
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