29 / 47
29、罪の重さです
しおりを挟む朝食が食べ終わるころ、博美の部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
入って来たエミリーが扉を閉め、すぐさま博美に深々と頭をさげた。
「エミリー、どうしたの?」
「昨日の騒動で、しばらく魔獣さんは屋敷から外に出られないようです。ですが、それ以外には魔獣さんにこれといった罰はないとのことでした」
「よかった。魔獣さんは巻き込まれただけと説明してくれたエミリーのおかげだね」
「それもありますが、ロドリック様と例の件で取引を致しました」
「例の件?」
「博美様の朝食に毒が混入されていたことです。体裁を気にするロドリック様ですから、まさか異世界からやって来た、しかも聖女召喚に巻き込まれた一般人がこの屋敷で命を狙われたなどと噂が広まったら、ハロルド王子の立場、ひいては宰相ご自身の立場も危うくなるでしょうから」
「やり手だね、エミリーは」
「博美様から交渉術を学ばせていただきました」
「エミリーに交渉術なんて教えたかな?」
「博美様はハロルド王子におっしゃったではありませんか。呪われたくなければ、お金を払えと。その話を拝聴し、感銘をうけましたので」
「アハハハ。そう言えばそうだったね。あれは交渉って言うかハッタリだけど。わたしのことはあまり参考にしない方がいいよ。エミリーにとって、よくない影響だから。それこそ悪影響を及ぼす腐ったミカンだよ」
「そんなことはございません。博美様をお手本にして、現に交渉は上手くいきました」
「ほどほどにね。わたしみたいに向こうの世界でも命を狙われるよ。こっちでも毒を盛られたんだから」
そんなときエミリーが鋭い視線をドアに向け、こちらに人差し指を立て、静かにするように合図を出してきた。
「……?」
エミリーは、そのままでと博美に手で合図をして、そろりそろりと部屋の閉まった扉の前に移動する。そして扉の前でゆっくりノブを回し、勢いよく引っ張った。
「おおっと」
開いた扉から、転びそうになりながら部屋に入って来たのは宰相だった。
「ロドリック様、いかがなされました? 盗み聞きですか?」
エミリーがドアノブを持ったまま、咎めるような口調で宰相に言った。
どこかおどおどした様子で宰相は博美に視線を向ける。
「いえ、盗み聞きなど……、とんでもございません。わたくしはお客様に大事なお話が」
「おはようございます、宰相さん」
ニコリと博美が挨拶をすると、宰相は深々と頭を下げた。
「おはようございます。昨日は大変失礼しました」
「あれ? 昨日、なにかありましたっけ? 食事中に?」
顎に手を置き考え込む博美の様子に、エミリーは忍び笑いをしている。
対して、宰相はバッと吹き出た汗をハンカチで拭って、
「い、いえ……、あの、その……」
と、口ごもった。
慌てふためく宰相の様子を見て、思わず吹き出しそうになった。
だが、博美は努めて真面目な顔をする。
「聖女様がご無事でなによりでした」
博美からなじられると思っていたのか、その言葉に宰相はホッとした様子になった。
「ええ、それはもう、安心しました。まさかサイモンがあのような常軌を逸した行動をするなど考えもしておりませんでした。とりあえずあの二人は衛兵の詰所にある牢屋に入れています。明日はグリアティ家と交渉を」
緊張感が解けたのかペラペラと一方的に話し出していたが、自分で話が逸れていると気付いたようで用件を切り出してきた。
「ところで、わたくしがこちらに伺った用件ですが」
「ええ」
博美の表情をうかがいながら宰相は話を続ける。
「すでにエミリーからお聞きになっていると思いますが、昨日の騒動で魔獣は地下の部屋に数日間の謹慎と決まりました。それだけの処罰ですから、ご安心ください。わたくしからも王子に事情を説明いたしております。サイモンが無理に魔獣を従え、王子の部屋に来たことを……。ですから、あの……、昨日の朝食のことはどうぞご内密に」
なるほど、っと博美は思った。宰相は毒入りパンのことを口止めに来たのだ。一応エミリーには伝えたものの、不安になって自ら念を押しに来たのだろう。
「わかりました」
今度こそ宰相は心からホッとした様子だった。
そんな宰相にエミリーが尋ねた。
「サイモンとカルロスの兄弟はどうなるのでしょう」
「サイモンは……、まあ、通常でしたら王子に刃を向けた時点で、反逆罪で処刑もありますが、明日グリアティ家と交渉いたします。ですから、博美様のおっしゃっていた慰謝料もご用意させていただく所存です」
どうやら宰相はその要件も伝えに来たらしい。グリアティ家と交渉中ということは、あの騒動のけじめとして、それに加えて二人の兄弟の身柄引き取りに関してもお金で解決するつもりだろう。
そのお金の一部で博美の慰謝料も払うということだ。
そして宰相の博美に対する印象が少しはよくなったことを気づいていた。呼び方が、お客様から博美様に変わっていたからだ。
「ありがとうございます」
「では、わたくしはこれで失礼いたします」
深々と頭をさげて、宰相は部屋を出て行った。
宰相が出て行き、エミリーがキョロキョロと廊下に誰もいないことを確認し、そっと扉を閉めた。
「よかったですね。慰謝料の件」
「うん、そうだね」
これで良かったと博美は本当に思っていた。
毒入りパンのことを博美が口にしたとき、宰相はタジタジになっていた。以前の博美ならば、もっと相手を責めていたかもしれない。
だが、この世界に来て、博美にわかったことがあった。
追い詰められた人間ほど何をするかわからない……。
サイモンがその例だった。雇い主であるハロルド王子の部屋に乗り込み聖女を人質にまで取った。そんなことをすれば兄弟そろって切り捨てられてもおかしくない。たとえ命が無事であっても、その後は父親の顔に泥を塗るわけで、兄弟の立場がもっと悪くなるはずだ。
後先の事を考えず、ただ、感情のまま行動に出たことがわかる。
人は追い詰められたら、何をするのかわからない。
博美は、交差点で車に轢かれたことを思い出していた。
自分の背中を押したあの男もそうだ。
交差点では周りに人もいた。監視カメラもあっただろう。それに博美を轢いた車はトラックだった。ドライブレコーダーがあり、警察が見れば誰かから背中を押されて交差点に博美が飛び出たこともわかるだろう。それに化粧品会社のM&A契約の前日に、あの男が行動を起こしたのだ。そこから博美に対して恨みを抱く人物の身元がわかるかもしれない。もし仮に、彼が逃げおおせたとしても、父親の顔に泥を塗り、平穏無事に生活が送れるとは思えない。
そして何かの拍子に自分の犯した罪を思い出すに違いない。交差点を通るとき、信号待ちをしているとき……。
博美がそんなことを考えていると、エミリーに話しかけられた。
「ところで博美様。昨日の立てこもり事件で、私、不思議な光景をみることができました」
「不思議な光景?」
「はい。カルロスの身体から突然、黄金の光が放たれ、まるで呪いなど初めからなかったようにピンピンとカルロスが元気になったのです」
「そうなんだ。でも、その場にマユさんもいたのでしょ。聖女の力でマユさんが呪いを解いたんじゃないの?」
「聖女様は廊下にいました。それなのに、部屋の中にいるカルロスの体が光り輝き、呪いが解けたんですから」
「不思議なこともあるのね。まぁ、でもよかったじゃない。けが人も出ずに、誰も処罰もされないみたいだし」
「そうですね。博美様は、あのとき屋敷の外に退避されていましたよね」
エミリーが疑いの目で博美をみる。
「え?」
「あの呪いを解く光は、もしかして博美様が……」
「いや、ちょっとまって……、わたしはあの場にいなかったでしょ。魔獣さんの地下の部屋にいたんだから」
「魔獣さんの部屋にですかっ!? わたくし、外に退避するように博美様に申しましたよね」
射るような目でエミリーが言う。
「いや、そうだけど……、なんだか不安というか、心配というか、そんなわけで、気づいたら魔獣さんの部屋に」
エミリーの言ったことを素直に聞かず、勝手な行動をした博美はバツが悪くなり、話題を逸らすことにした。
「そうそう。地下の部屋でも不思議なことが起きたの」
「不思議な事ですか? どのような?」
興味深そうにエミリーが聞いてきたので、心のなかで、やったー、話を逸らせたと思いながら、博美は昨日の出来事を話し始めた。
260
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。
バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。
全123話
※小説家になろう様にも掲載しています。
二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~
今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。
こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。
「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。
が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。
「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」
一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。
※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
異世界転移聖女の侍女にされ殺された公爵令嬢ですが、時を逆行したのでお告げと称して聖女の功績を先取り実行してみた結果
富士とまと
恋愛
公爵令嬢が、異世界から召喚された聖女に婚約者である皇太子を横取りし婚約破棄される。
そのうえ、聖女の世話役として、侍女のように働かされることになる。理不尽な要求にも色々耐えていたのに、ある日「もう飽きたつまんない」と聖女が言いだし、冤罪をかけられ牢屋に入れられ毒殺される。
死んだと思ったら、時をさかのぼっていた。皇太子との関係を改めてやり直す中、聖女と過ごした日々に見聞きした知識を生かすことができることに気が付き……。殿下の呪いを解いたり、水害を防いだりとしながら過ごすあいだに、運命の時を迎え……え?ええ?
虐げられた聖女は精霊王国で溺愛される~追放されたら、剣聖と大魔導師がついてきた~
星名柚花
恋愛
聖女となって三年、リーリエは人々のために必死で頑張ってきた。
しかし、力の使い過ぎで《聖紋》を失うなり、用済みとばかりに婚約破棄され、国外追放を言い渡されてしまう。
これで私の人生も終わり…かと思いきや。
「ちょっと待った!!」
剣聖(剣の達人)と大魔導師(魔法の達人)が声を上げた。
え、二人とも国を捨ててついてきてくれるんですか?
国防の要である二人がいなくなったら大変だろうけれど、まあそんなこと追放される身としては知ったことではないわけで。
虐げられた日々はもう終わり!
私は二人と精霊たちとハッピーライフを目指します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる