王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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グレン、出征前夜2

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「グレン様、出征前のお忙しい時に先触れも
なく、突然お邪魔してすみません。
すぐにお暇しますから、少しお時間を
いただけますか?」

……リスがウサギになっている。
目が真っ赤だ。しかも瞼がぱんぱんに腫れて
いる。どんだけ泣いたんだ。おい。

「いや、そんな事より、どうしたんだ
その目。ひどいぞ?」

「オーウェン様から色々話を聞いたら、
ショックな事があって泣いちゃって……。
その後、実家の兄達と再会してまた泣いて。
──で、これを作ってたら徹夜になって
しまって……気がついたらこんな顔になって
ました。すみません。お見苦しくて。
あの、これ。受け取ってもらえますか?」

アニエスがおずおずと、刺繍された手巾
を差し出してくる。
ああ、出征のためのお守りか。
徹夜って、知らせたのが遅かったから
無理したんだな。
すまなさと共に仄かに胸が温かくなる。
俺のために頑張って作ってくれたんだ。
嬉しい。

受け取った手巾を広げる。そして、固まる。

…………………上手いな。技術はすごい。
すごいリアルだ。臨場感たっぷりだ。
力作だ。これ、時間、かかるよな。
不器用なイメージだが意外な特技だ。
作品と呼べるレベル。
刺繍が上手い。しかし、さすがアニエス。
センスが笑える。
しげしげと手巾を鑑賞する。

手巾を持ったまま固まる俺を、訝しく思った
ヨーゼフが、俺の持った手巾を覗き見る。

「………力作ですな」

「………力作だよな」

「とてもお上手です。グレン様良かった
ですね。ものすごく強いお守りですよ」

「そうだな。強そうだ。ありがとう、
大変だったろうアニエス。大事にするよ」

ウサギのような真っ赤な目でドヤ顔の
アニエス。
さっきまでのささくれた気分がすっかり
なくなった。本当に可愛いよ。
もう一度、手巾に視線を戻す。

黒、白、赤、青、金の、竜がそれぞれ
ブレスを吐いている図案。
やたらリアル。吐き出されるブレスが
禍々しい。

黒と白までは、分かる。
何だこの赤いのと、青いのと、金色のは。
灰褐色のアッシュドラゴン (灰竜)は
ワイバーンよりは、
数こそ少ないがそれなりにいる。
色つきのドラコンになるには、それこそ
エルダードラゴン。高い魔力を持ち、
長命で長い年月、自然界にある魔素を、
取り込み己の魔力を特化し、開花させた
竜のみがなれる極み。
魔力属性を具現化し色つきになった竜。
この国で
エルダードラゴンといえば白竜。
伝説の竜。

それがまさか、鎖で繋がれ王女宮の地下に
封印されているとはね。
十代で生贄の託宣を受けた身としては複雑。
黒竜とは、子供の頃に一度、邂逅している。
あいつ……俺を見て戸惑っていた。
何だったのだろう。あれは。

ただ……手巾を見ながらふと思う。
何だかこの赤い竜が気になる。
色からすると赤竜が吐き出すブレスは
ファイアブレスじゃないのか?
何だこの黒いの……。
赤竜が吐いているブレスが黒い。不気味だ。
そして空を飛ぶ金色の竜。
臨場感が半端ない。
まるで怪獣大戦争な手巾。

普通、家紋や花、無事を祈って女神や、
闘神をモチーフにするんだけどな。
竜が五匹、ブレスを吐く図案。
面白いなぁ。

これ、作るのに徹夜したのか。
こんなに目を腫らして……あまりにも可哀想
なのでアニエスに手をかざし、
目に治癒魔法をかける。
うん。綺麗に治った。
ウサギからリスに変身だ。
やはりリスの方が可愛い。

「え?グレン様。治癒魔法をかけてくれ
ました?目が軽くなった」

「俺のヘッポコ治癒魔法でもこれぐらいは
出来るからな。あまりにも可哀想だから
治してみたぞ。鏡を見るか?
しかし、良くあの顔で外出してきたな」

「……ひどいです!別に舐めなくても治せる
じゃないですか!騙しましたね。やっぱり
ただの変態だったんだ。この変態!」

……そういえばそんな嘘設定にしていたな。
そう、ただ舐めたかっただけ。
まあ、婚約したからもういつ舐めてもいい
だろう?
バレても問題ないな。

「俺が変態だと、国が滅ぶのか?ああん?」

「だからなんで国が滅ぶ逆ぎれするんです!
滅ばないけど、変態は変態!……
あ、ヒャア!何でまた舐めてるの!!
う、ヒャア!ヒャア!いやああん!」

せっかく腫れた目を治してやったのに
うるさいリスだ。
お仕置きにジタバタするのを封じて
色々舐める。うん。甘い。

気がついたら使用人が誰もいない。
さっきまでいたヨーゼフも音もなく
消えている。さすが出来る使用人。
──二人きり。
なら、もう少し堪能しよう。

アニエス、耳が弱いな。
もう、息が上がっている。真っ赤に
染まった肌が色っぽい。

ただ、ヒャア!だの、ウヒャアだの、
ウギャアだの声がなぁ。
オモチャみたいだ。
面白い。

ところでここには、こいつ一人できたのか?
このままじゃれていると、うっかりその気に
なりそうだ。そろそろ帰すか。

「アニエス、誰にここまで連れて来て
もらった?」

今の状勢でこいつ一人で外出はさせない
だろう。お供は誰だ?

「マックス義兄様が付いてきてくれました
けど、先に帰りました。帰りはグレン様の
所でなんとかしてもらえって……。
でも私、一人で帰れますから平気です」

……先に帰った?変だな。

「あ、忘れてました。姫様からグレン様に
お手紙を預かってます」

……エリザベートからの手紙。
受け取って読んで固まる。

『アニエスの目!治癒魔法をかけてあげて。
今晩、アニエスをよろしくね!
明日の朝、マックスを迎えにやるから。
じゃあね!死んでも無事に帰って来なさい。
据え膳のデリバリーです。
エリザベートより愛を込めて。

追伸、いいお姉さんでしょう?私。』


………………エリザベート。
実はマリーナと同じ人種か。
何が据え膳のデリバリーだ。
阿保か。

ちらりと手紙を持ったままアニエスを見る。
まだ、真っ赤に染まったままだ。

さて、問題だ。
この据え膳、食うべきか。
食わざるべきか?それが問題だ。

明日は出陣だというのに遊ばれている
気がする。
エリザベートめ。


俺はため息を一つ付いた。



























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