王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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アニエス、拐われる 2

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触ると意外と柔らかい黒髪。
撫でると気持ちがいい。
ギラギラと揺るぎない信念を持った金の瞳。
時々見せる優しい色が切ない。
グレン様……。
自分の油断から、敵の手に落ちた。

ごめんなさい。
泣きながら目が覚めた。

誰もいない部屋。
豪華な天蓋付きのベッドに寝かされている。
頭が痛い。殴られた時の怪我はそのままだ。
手当てぐらいしてよ。

右手に金の隷属の腕輪。
また、これか。
今回は片手だけ。でも、前の腕輪よりも
強力そうだ。
さらに両手を鎖で繋がれている。


ここはどこ?
モニカは帝国に一緒に戻ろうと言った。
ここは帝国?

私を後ろから殴り、担ぎ上げた男は赤竜だ。
赤竜は何かに操られているみたい。
幼い頃に見かけた青竜と共にいた赤竜は
やんちゃで陽気な感じだった。
あんな虚ろな瞳じゃなかった。

ため息が出る。
今はそんな事考えている場合じゃないな。
この腕輪を何とかしないと!
右手の腕輪に魔力を込めるが、グニャリと
視界が歪む。酷い眩暈に襲われる。

……魔法は使えないな。でも……。
これ壊せるかも。
なんだかそんな気がする。
諦めず魔力を腕輪に流し続ける。

ガチャリと扉が開く音がする。
赤い長い髪を後ろで一つに束ねた身なりの
良い男が部屋に入って来る。金色の瞳だ。
赤竜?似ているけど……違う。

泣き黒子があるせいかアルフォンス様
に似てる気がする。
男がベッドの上に乗り上げてくる。

顎を捕まれ上を向かされる。

「ふん。他の男の臭いがプンプンするな。
ま、いいさ。多少手間だが、仕方がない。
相手の男を殺せばいいだけの事だ」

……何言ってるのこいつ。誰なの?

「ついでにあの馬鹿な女も殺さないとな。
三年使っても懐妊しない役立たずだが、
今回は、それなりに働いたからな。
せめて苦しまないように殺してやるか」

男の手が体を撫でる。気持ち悪い。
何?なんなのこいつ。
馬鹿な女って誰の事。三年使っても懐妊
しないって……こいつ。女性を何だと思って
いるのよ!

「なんだ?ずいぶん大人しいな。ん?
甘いな……旨い。ふふ、こんな事なら、
最初からお前にしておけば良かった」

頭の傷から流れた血を舐められる。
嫌だ。気持ち悪い!
歯を食い縛り堪える。


「エリザベートが手に入ったら、
お前は繁殖のために赤竜にくれてやるのも
ありかな。ま、お前にはあいつと違って、
色々と使い道があるからな。手に入ったのは
幸運だったよ」

なんでここで姫様の名前が出てくるの?
ひょっとしてこいつ……。

「あなたは誰なの?」


「オズワルド・ゲイル・ガルディアン。」
この国の皇帝さ」

オズワルド!こいつが姫様を襲ったクズか!
正体を知る前からクズだと思ったら、
正真正銘の、どクズだった!
こいつのせいで姫様がどんな辛い思いを
したと思っているんだ。
一発殴りたい!
恐怖よりも怒りの方が大きい。

あ~もう、腕輪!壊れろ!
魔力を思い切り流すが気持ち悪い。
襲ってくる眩暈に吐きそう。

う~。両手を拘束されているから殴れない。
せめて噛みついてやるか。
いつまで人の体を撫で回しているのよ。
このクズ!

よし、噛みついてやる!
──と思った瞬間、胸ポケットに入れていた
手乗りピイちゃんが、
オズワルドの鼻に噛みついた。

悲鳴を上げるオズワルド。
ピイちゃんナイス!

「なんだ?!この花は!」

鼻を押さえながら叫ぶオズワルド。
わ~い。マヌケ!やったよピイちゃん。

喜んだのも束の間、顔を殴られる。
二度、三度と容赦なく打たれる。
口の中が切れた。血の味がする。
頭が揺さぶられたせいで、
赤竜に殴られた時にできた頭の傷が開いた。
また額に血が流れてくる。
くらくらする。痛い、痛いよ。

オズワルドの顔も血まみれだ。
手乗りピイちゃん、鋭い鋸歯で皇帝の鼻を
噛みきる勢いで噛んだみたい。
そのせいでクズがキレた。

何発殴れば気が済むの。狂ったように
殴られる。
グレン様、ごめんなさい。
私、このまま死ぬかも……。

人を襲わないはずのピイちゃんがオズワルド
を襲った。
こいつ、魔物が混ざってないか?

悲鳴を聞いた衛兵が何事かと、部屋に大勢
なだれ込んで来る。
面倒なので死んだふりをする。
か弱い私は殴られたから気絶中よ。
死んだふり。死んだふり。

頭と口から血を流し……あ、鼻血も追加。
両鼻からも生温かいものが流れ出る。
……鼻水じゃないよね?目を閉じているから
どっちだか分からないわ。
まんざら、芝居でもなく、ぐったりとベッド
に横たわる。丈夫だな私。
殴られ馴れててよかった。

ようやく我に帰ったらしいオズワルドが
私に声をかけながら揺さぶる。
女性に暴力を振るうなんて
救いようのないのクズだわ。

頭に怪我してるんだから揺さぶらないでよ。
ぐったりとしたまま意識のない私に舌打ち
すると医者と侍女を呼ぶよう指示し、
衛兵と共に部屋を出て行った。
目を開ける。

部屋には誰もいない。
よし。これで腕輪に集中できる。
すぐに侍女や医者が来る。
早くしないと。

最初から、医者を呼びなさいよ。人でなし。
頭がズキンズキンと痛む。
あ、ふりじゃなくて本気で気絶するかも。
痛みで気が遠くなる。
駄目。本当に気を失っては。

何かパリス伯爵家を思い出しちゃった。
よく、こうやって殴られたよね。
あの頃も、腕には金の腕輪が嵌められて
いたっけ。
……嫌な事思い出すのはやめよう。
ただでさえ気が滅入りそうな状況なのに。
自分で追い討ちをかけてどうする。
とにかく腕輪を壊さないと……。

腕輪に魔力を流す。気持ち悪い。目が回る。
我慢しながらとにかく流し続ける。
一心不乱に腕輪を壊す事に集中した。
ピシッと音がする。
あ、やった。腕輪にヒビが入った。
もう少しだ。

また、ガチャリと扉が開く音がする。
医者かな?それとも侍女かな。
もう!もう少しなのに。
慌てて目を瞑る。
とりあえず、死んだふり作戦継続。
私は気絶中。気絶中。

時間を稼いでその間に腕輪を壊さないと。
気絶したふりで腕輪にひたすら魔力を
流し続ける。

「あら、ずいぶん手荒く扱われたわねぇ」

………この声、モニカだ。
他にも数人の気配と声がする。
侍女かな?

「今、着替えさせても血だらけになるから、
先に治療しないと駄目ね。私が見ている
から医者を急がせてちょうだい」

侍女が部屋を出て行く。
モニカと二人で部屋に残される。

私は目を開けた。

モニカと目が合う。

派手に着飾った幼馴染み。
何、その格好。
一つ年上の彼女とは同じ子爵家。
同じ辺境伯を支える家臣の子供同士。
生まれた時から
家族ぐるみで付き合って来たけれど、
お館様……アイザック様と婚約した頃から
モニカは私を見下すようになった。
色々、意地悪をされたので実は、この子の
事はあまり好きではない。
よく、黒竜に愚痴を言っていたわ。

でも、親子揃って帝国の間諜かぁ。
複雑だ。

「ふふ、気がついた?酷い有り様ね。
もう、オズワルド様は何であんたなんかを
連れて来るようにおっしゃったのかしら?」

なんだ?モニカは理由を知らないのか。
役に立たないなぁ。
ん?役に立たない?

『三年使って懐妊しない役立たず』って
まさか……。まさかね?
だって、三年前ってモニカはまだお館様の
婚約者だったもの。

「モニカは何で帝国の手先なのよ。
お父様が帝国の間諜だったから、仕方が
なかったの?」

「は?逆よ。逆。私が帝国の間諜だったから
父様を手先に使ってたのよ」

「え?」

「だって私。オズワルド様の皇妃に
なるんですもの。
オズワルド様のためなら何でもするわ」

「はい?いやそれは無理じゃない?敵国の
子爵家の娘が皇妃にはなれないでしょ」

「ふふん。それが無理じゃないのよ!
だって私、金竜の末裔だから。
オズワルド様に望まれて婚姻鱗も頂いたの。
私達、三年前から番なのよ。
番が皇妃になるのは当然でしょう?」

……番、婚姻鱗。ここでそんな物が
出てくるの?は??

モニカが金竜の末裔なのは本当だろう。
黒竜は辺境には数家族、金竜の末裔がいると
言っていたから。
何せ私もそうだ。

でもオズワルドが婚姻鱗をモニカに渡した?
あいつは竜なの?

「婚姻鱗を貰っただけ?交換じゃなくて?」

「私は金竜の末裔だけれど、人なのよ?
鱗なんて生える訳ないでしょう。
竜と人が番になるために、竜から人に鱗を
与えるのよ。種族が違うのよ?
じゃなきゃ番になれないわ。
私の御先祖様の金竜も同じ事をしたはずよ」

あ~うん。成る程。そうやって人と竜の
血が混ざって子孫ができるのね。
分かった。分かったけど、引っ掛かる。

黒竜は雄の婚姻鱗は、雌に気に入られる
ための、ただのプレゼントだと言っていた。
選択権は雌にある。
竜同士は雌が自分の婚姻鱗を相手に渡すこと
で、婚姻成立。要するに交換だよね。
じゃあ、竜と人の場合は?

雄の婚姻鱗は失恋するとまた生えてくると
黒竜は言っていた。
失恋しなくても、相手が死んだら……。
また、生えてくる?
邪魔になった仮の番を殺して
新しい番を迎える。
オズワルドのクズさ加減からしてありそう。

大体、オズワルドが執着しているのは
姫様だよね。だとすると

『三年使って懐妊しない役立たず』

殺さないといけない

『馬鹿な女』って……。

モニカの事だよね。
──モニカさん。騙されてません?

これ、竜の結婚詐欺なんじゃない?

いや、オズワルドが本当に竜かどうか、
まだ分からないけれど。

──竜の結婚詐欺疑惑。

黒竜に聞きたい事がまた一つ増えたわ。
私はため息をついた。









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