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22話 互いを信じるために
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「え……子供と、遊ぶ……?」
想定外の返答に、エステルは開いた口が塞がらない。
(だってあの悪名高い魔女よ?)
子供が好きというよりは、子供を取って食ってしまいそうな、凶悪な噂ばかりの魔女だというのに。目の前の彼女はただ恥ずかしそうに帽子で口元を隠すばかり。
『こんなことを人の子に話してしまうなんて! わし、魔女として終わりよっ……! 魔女としてのイメージだけは一人前だったのに!』
風貌からは予想もできない、なんとなく可愛らしい魔女の心の声。
(あ……やっぱりこの方、そんなに悪い方ではないわね)
エステルの隣に立つライナスはといえば、不思議そうに首を傾げたままだ。エステルがこっそりと真実を耳打ちすると、彼はうんうんと首を縦に振った。
『にーにー──魔女殿はどんな食べ物が好きなのだ?』
「そっちですか!?」
『にゃ──え? 大事なことだろう?』
「まあそうですけれど……あぁ、魔女様、どんな食べ物がお好きなのですか、と殿下が」
ライナスは魔女が子供好きということに驚いていないのか、いつもの調子である。
(わたくしは意外過ぎて、かなり驚いているんだけれど)
「甘いものが……好きでな」──『最近全く食べていなかったし……出来ればたくさん食べたいわ、お言葉に甘えてもいいのかしら……?』
「殿下、魔女様は甘いものがお好きだそうです」
『にゃお──わかった、すぐに準備させよう……だが、本当にこの魔女を信用してもいいものか?』
全身黒尽くめ、冷たい表情で現れた魔女が子供と甘いものが好きだという事実に、エステルは驚きを隠せないままだというのに、冷静なライナスは魔女のことを疑っているようだ。
「大丈夫だと思います。ただの嫉妬で呪いをかけただけのようですし……心の中も素直で、凶悪とは思えません」
噂だけが独り歩きしていたのだろうか。心の見えるエステルには、最早魔女は同年代の女性にしか見えなかった。
『にゃん──そうか。君がそう言うのならば、信じてみよう』
「ありがとうございます……!」
『うーにゃ──早速医者を呼ぼう』
「魔女様、お医者様を呼びますので、元の空間に戻して頂けますか?」
「おぬしら、わしの言うことを信じてくれるのか……?」
魔女は自分の言うことを信じてもらえるとは思っていなかったようで、エステルとライナスのことを疑っているようだ。
「魔女様の仰りたいことは理解できます。わたくしたちが、突然現れた魔女様のことを信用して、ルカ君をお医者様に診せたとしても……」
「そうじゃ。わしが呪いを解かないまま去るかもしれんぞ」──『いや、流石に解くけどね』
魔女は意地悪げな笑みを湛えるが、心の声は綺麗なもので、疑う余地もなかった。
「あなた様がわたくしに授けて下さった力のお陰で……わたくしたちは、あなた様のことを信じることが出来ます」
「授けた? ただの嫉妬から生まれた呪いじゃぞ。恨んではおらぬのか?」──『絶対恨んでるでしょ? 呪われて喜ぶ人なんて、今までいなかったもの』
「確かに……恨んだこともありました。けれどこの呪いの力がなければ、ルカ君を助けることも出来ませんでした。それに……ライナス殿下に会うこともなかったでしょうから」
エステルの肩を抱くライナスはふわりと微笑み、嬉しそうにエステルとの距離を詰めた。二人の体が触れたところで、エステルは赤く染まった顔を隠すようにライナスの胸を軽く押した。
『にゃにゃ』
ライナスが優しく「にゃにゃ」と言うのは、エステルの名前を呼ぶ時だ。毎日何度も、何度も呼ばれているうちに、顔を見ずともこの半猫語だけは完璧に理解出来るようになってしまった。
ふと顔を上げれば、思っていた通り優しい笑顔。
「なんでしょうか?」
『にゃにゃ──エステル、本当に君は強くなったな』
「そんな……!」
ライナスの大きな手にふわふわと頭を撫でられるので、エステルは心地が良くなって目を細めてしまう。
「殿下こそ、初対面でわたくしにキツく当たった時とは別人のようですわ」
『にゃぅ──ほぅ、そうきたか』
「なかなか失礼な態度だったように思えますけれど?」
『にゃんにゃ──あれば……悪かった、許せ』
「きゃぁ!」
不意に下りてきた唇が、エステルの頬に触れた。いまだ慣れない感覚に、心臓が駆け足になってゆく。
「駄目です殿下っ……! 色々と……思い出してしまいます……!」
『にゃぉ──色々?』
「駄目ですわ……!」
エステルはライナスから逃れ、短く息を吐く。胸に手を当てて呼吸を整えていると、はたと魔女と目が合った。
「……あの」──『なんて破廉恥な……!』
「すみません魔女様! お見苦しい所を……!」
「いや、よい。ほれ、元の空間に戻るぞ?」
先程と同じく魔女が帽子を横に振ると、三人は王の間へと戻された。
「おぬしらが仲の良いことはわかった」──『わしだってルカと……!』
「いえ……本当に申し訳ありません」
『うにゃん──病人の前で……失礼をした』
頭を下げたライナスの耳がぺこりと前に折れる。この耳ももう時期見納めかと思うと、なんだか寂しくなってきた。
(あとでまた……落ち着いたら触れさせてもらおうかしら)
エステルがライナスの耳をじっと見つめていると、その後ろからベルナールとアルフが駆けてきた。二人は魔女の姿を見ると剣を手に取った。
『うにゃ!──アルフ! ベルナール! 剣を収めろ!』
ライナスの叫びに二人はびたりと立ち止まる。何事かと目を丸くする二人を嗜めるように、ライナスは魔女がやって来た経緯を説明した。全ての半猫語を理解出来ないベルナールは、助けを求めるようにエステルを見る。
「全てきちんと説明するわ」
「はい」──『魔女、悪い人じゃなかったのかな?』
「まあ……そんなところよ」
エステルがベルナールに説明をしている間に、ライナスがアルフに声をかける。
『うにゃおにゃ?──アルフ、もう平気なのか?』
『にゃ──はい、なんとか。申し訳ありません、お見苦しいところをお見せして』
『にゃお──構わない。それよりもアルフ、頼みがあるのだが』
ライナスはアルフに、魔女とルカを医務室に案内するよう指示を出しているようだ。
アルフが魔女の前で頭を下げる。
「ほぅ……そなたもか」──『エステルと同じくらいか』
『にゃ──ん?』
「いや、何でもない。よろしく頼む」──『自覚がないのにあれこれ言うのも野暮よね。わしったら、さっきエステルで失敗したばかりじゃない』
アルフと魔女の姿を見つめ、エステルは大きく開いた口を慌てて両手で隠す。
「嘘……まさか」
エステルはアルフと魔女を交互に見るが、自分があれこれ口を挟むことも憚られ、固く唇を結んだ。自身の事といい驚きの連続であるが、それよりも先に済まさなければならない事が多かった。
「殿下、よかったらアルフに付き添って上げて下さい。流石に初見の魔女と二人なのはアルフも心細いかと」
『うにゃ──いやだ、エステルと離れたくない。アルフ、大丈夫だよな?』
アルフを見ると、彼女は大丈夫だと言わんばかりに首を縦に振った。アルフは、ライナスがエステルに関して駄々をこねると曲げないとわかっているのか、魔女を医務室へと案内して行く。
「殿下ったら……何を子供のようなことを」
『にゃーん──離れたくないんだ』
「な、何故そのような……」
『うにゃ──昨夜のことを思い出すと……離れたくないという思いが強くなるんだ』
「な゙っ!」
エステルの顔が瞬く間に赤く染まる。それを見て嬉しそうに頬を緩めるライナスの足元に、小さな半子猫達が勢いよく衝突した。
『みゃうみゃう──シャーロット!? エリオット!?』
何事かとエステルが視線を下げると、ライナスの足元には双子の姉弟がしがみついていた。
『うーにゃ──お兄様ったら、そんなことばかり言ってるとエステルに嫌われちゃうよ!』
『にゃおーん──そうだよぉ!』
子猫たちの叫び声にいち早く反応した魔女が、目を輝かせながら振り返る。その瞬間をエステルは見逃していなかった。
想定外の返答に、エステルは開いた口が塞がらない。
(だってあの悪名高い魔女よ?)
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『にゃ──え? 大事なことだろう?』
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ライナスは魔女が子供好きということに驚いていないのか、いつもの調子である。
(わたくしは意外過ぎて、かなり驚いているんだけれど)
「甘いものが……好きでな」──『最近全く食べていなかったし……出来ればたくさん食べたいわ、お言葉に甘えてもいいのかしら……?』
「殿下、魔女様は甘いものがお好きだそうです」
『にゃお──わかった、すぐに準備させよう……だが、本当にこの魔女を信用してもいいものか?』
全身黒尽くめ、冷たい表情で現れた魔女が子供と甘いものが好きだという事実に、エステルは驚きを隠せないままだというのに、冷静なライナスは魔女のことを疑っているようだ。
「大丈夫だと思います。ただの嫉妬で呪いをかけただけのようですし……心の中も素直で、凶悪とは思えません」
噂だけが独り歩きしていたのだろうか。心の見えるエステルには、最早魔女は同年代の女性にしか見えなかった。
『にゃん──そうか。君がそう言うのならば、信じてみよう』
「ありがとうございます……!」
『うーにゃ──早速医者を呼ぼう』
「魔女様、お医者様を呼びますので、元の空間に戻して頂けますか?」
「おぬしら、わしの言うことを信じてくれるのか……?」
魔女は自分の言うことを信じてもらえるとは思っていなかったようで、エステルとライナスのことを疑っているようだ。
「魔女様の仰りたいことは理解できます。わたくしたちが、突然現れた魔女様のことを信用して、ルカ君をお医者様に診せたとしても……」
「そうじゃ。わしが呪いを解かないまま去るかもしれんぞ」──『いや、流石に解くけどね』
魔女は意地悪げな笑みを湛えるが、心の声は綺麗なもので、疑う余地もなかった。
「あなた様がわたくしに授けて下さった力のお陰で……わたくしたちは、あなた様のことを信じることが出来ます」
「授けた? ただの嫉妬から生まれた呪いじゃぞ。恨んではおらぬのか?」──『絶対恨んでるでしょ? 呪われて喜ぶ人なんて、今までいなかったもの』
「確かに……恨んだこともありました。けれどこの呪いの力がなければ、ルカ君を助けることも出来ませんでした。それに……ライナス殿下に会うこともなかったでしょうから」
エステルの肩を抱くライナスはふわりと微笑み、嬉しそうにエステルとの距離を詰めた。二人の体が触れたところで、エステルは赤く染まった顔を隠すようにライナスの胸を軽く押した。
『にゃにゃ』
ライナスが優しく「にゃにゃ」と言うのは、エステルの名前を呼ぶ時だ。毎日何度も、何度も呼ばれているうちに、顔を見ずともこの半猫語だけは完璧に理解出来るようになってしまった。
ふと顔を上げれば、思っていた通り優しい笑顔。
「なんでしょうか?」
『にゃにゃ──エステル、本当に君は強くなったな』
「そんな……!」
ライナスの大きな手にふわふわと頭を撫でられるので、エステルは心地が良くなって目を細めてしまう。
「殿下こそ、初対面でわたくしにキツく当たった時とは別人のようですわ」
『にゃぅ──ほぅ、そうきたか』
「なかなか失礼な態度だったように思えますけれど?」
『にゃんにゃ──あれば……悪かった、許せ』
「きゃぁ!」
不意に下りてきた唇が、エステルの頬に触れた。いまだ慣れない感覚に、心臓が駆け足になってゆく。
「駄目です殿下っ……! 色々と……思い出してしまいます……!」
『にゃぉ──色々?』
「駄目ですわ……!」
エステルはライナスから逃れ、短く息を吐く。胸に手を当てて呼吸を整えていると、はたと魔女と目が合った。
「……あの」──『なんて破廉恥な……!』
「すみません魔女様! お見苦しい所を……!」
「いや、よい。ほれ、元の空間に戻るぞ?」
先程と同じく魔女が帽子を横に振ると、三人は王の間へと戻された。
「おぬしらが仲の良いことはわかった」──『わしだってルカと……!』
「いえ……本当に申し訳ありません」
『うにゃん──病人の前で……失礼をした』
頭を下げたライナスの耳がぺこりと前に折れる。この耳ももう時期見納めかと思うと、なんだか寂しくなってきた。
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『うにゃ!──アルフ! ベルナール! 剣を収めろ!』
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「はい」──『魔女、悪い人じゃなかったのかな?』
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「な、何故そのような……」
『うにゃ──昨夜のことを思い出すと……離れたくないという思いが強くなるんだ』
「な゙っ!」
エステルの顔が瞬く間に赤く染まる。それを見て嬉しそうに頬を緩めるライナスの足元に、小さな半子猫達が勢いよく衝突した。
『みゃうみゃう──シャーロット!? エリオット!?』
何事かとエステルが視線を下げると、ライナスの足元には双子の姉弟がしがみついていた。
『うーにゃ──お兄様ったら、そんなことばかり言ってるとエステルに嫌われちゃうよ!』
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