【改稿版】猫耳王子に「君の呪われた力が必要だ」と求婚されています

こうしき

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24話 お腹の子

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 医務室へと辿り着いたエステルは、ベッドで安らかな寝顔のルカを見て胸を撫で下ろした。医者に詳しく聞くと、どうやら体の中に悪いものが入っていたようで、薬を服用させると病状が落ち着いたとのことだった。

「魔女様」
「ああ、おぬしか……」──『エステルとか言ったな』
 
 魔女は一瞬後ろのエステルを振り返るが、すぐに正面に顔を戻してしまった。
 
 エステルは魔女の後ろに用意された椅子に腰を下ろした。

「ルカ君の様子は?」
「薬が効いてくれたようで、落ち着いておる」
「よかった……!」

 ここから見る限りでも、ルカの顔色は先程よりもかなり良くなっていた。このまま快方に向かってくれることを祈るばかりだ。

「すみません魔女様、お聞きしたいことがあって参りました」
「なんじゃ?」

 どうやら魔女はエステルに顔を見せるつもりがないようで、背を向けたままだ。

「半猫の呪いについてです。この呪いは猫が好むものを見ると悪化するようでして……呪いが進行しすぎると、人の姿に戻れなくなったりするのでしょうか?」
「いや、そんなことはない。わしがこの手で猫にしてやったあの不細工は別じゃがな」 

 あの不細工、というのはサルサ伯爵のことか。猫になった彼は今頃どこにいるのだろう。

「一先ずは安心しました。伯爵はお気の毒ですが……」
「まあ、人に戻りたいと思えば、わしの所に顔を出すじゃろう。それを元に戻すも戻さないもわしの自由」

 顔が見えないと、これが魔女の本心なのか偽りなのか判別できない。いつの間にか呪いの力に頼りきっていた事をエステルは恥じた。

「魔女様はお優しいのですね」
「はっ、どこが……嫌われ、恐れられているだけの性格の悪い女ぞ」
「わたくしにはそのようには思えませんわ」

 魔女は、表面上は恐ろしさを繕っているように見えるのだが、心を覗き内面を見たエステルには、彼女は悪い人ではないという確信があった。

「わしは……闇色の魔女と呼ばれ嫌われてはいるが、故郷の国では畏怖の象徴として恐れられていた。けれど……生まれ育った村の周辺地域だけは、わしを恐れる一方で、崇め奉ってくれていた」
「わたくしも似たようなものです」

 エステルの場合、畏怖の象徴という大層なものではなく、呪いのせいで恐れられていただけなのではあるが。

「どこがじゃ。あの王太子はおぬしのことを大層好いておるように見えたぞ。現に子まで儲けて」
「わたくしも、この国に来るまでは呪いのせいで忌み嫌われておりました。心を覗かれて、いい気分になる方なんていないでしょう?」

 実家の侍女たちの顔を思い出したのは本当に久しぶりだった。嫌な記憶に、エステルの顔に影が差した。

「……悪かった」
「そんな、責めるつもりなんて……先程も申した通り、この力で良いこともたくさんあったのです」

 少し俯いた魔女は、優しくルカの前髪を払った。規則的に上下する胸を見て、安堵している様子だ。

「あの、ルカ君とはどこで?」
「ルカは……ルカは、初対面からわしのことを恐れなかった。わしのことを好いておると、共に生きたいと言ってくれた」
「素敵ですね」

 ルカの話を持ち出すと、魔女の声色が優しくなった。それだけ大切な存在なのだろう。

「ありがとう。わしらは……永住の地を求めて旅をしておった。そんな時立ち寄ったこの町で……わしはおぬしに呪いをかけた時と同じように、人の子に嫉妬し、呪いをかけてしまった」
「そうでしたか……」
「すまんな、こんな話」

 いいえ、とエステルは首を横に振る。

「こちらこそ、無理に聞き出したりしてすみません」
「そのような……不思議じゃな、長年……ルカ意外と話すこともなかったせいかな、つい口が回ってしまう」
「魔女様さえよかったら、殿下に聞いてみませんか? 魔女様とルカ君がこの国に永住出来るように」

 魔女の肩が僅かに跳ねる。背中を見つめるだけでは、彼女が喜んでいるのか不安なのか、知ることができない。

「まさかそんな。全国民を呪ったわしが、そのようなこと……許されるはずなど」
「わたくしは、魔女様が少し嫉妬深いだけで、恐ろしい方ではないと知っております。国民達もそれを知ればきっと……」
「ありがたい話ではある。しかし……!」

 国民達が納得するとは到底思えない。しかし魔女の人となりを知ってしまった以上、ここで魔女とルカを見放すことなど、エステルには出来なかった。

「魔女様、子供たちとたくさん遊んであげてください。子供は素直です。魔女様の優しい所をきっとわかってくれます。それは必ず大人たちにも伝播すると思うのです」
「そんな、簡単に……」
「やってみなければわかりませんわ」
「……考えておく」

 悪い話ではないと思うが、未だ背を向けたままの魔女が乗り気かどうかはわかりかねる。呪いの力に頼ってしまっていることを、ますます恥じるばかりだ。

「わしのことよりもおぬし、腹の子のことはよいのか? 三つ子を産むとなると、それなりの準備が必要じゃろう? この国には良い魔道士か魔法使いはおるのか?」
「あの、三つ子で確定なのでしょうか?」

 頭の隅に置き去りにしていた衝撃の事実。魔女のこの発言のお陰で、エステルは王太子妃として認められそうであるので、ありがたいことではあるのだが。

「ああ。そのくらいのことはわかる」
「三つ子……」

 多くの危険が伴う故、多産には魔法使いや魔道士が立ち会い、補助をする習慣があった。魔法による補助があるにしても、出産は命がけだ。それを同時に三人など、命を落とさないだろうかとエステルは不安になってしまう。

「ええと、今この国に魔法使いはいらっしゃいません。必要時に雇うようで」
「それならば、わしの知り合いを紹介しようか?」

 と、ここで医師がルカの様子を診にやってきた。検温をして胸の音を聞き、薬の支度を始めた。

「ありがとうございます。王妃様が双子を出産されていますので、聞いてみようと思います。もしものときはご紹介お願いします」
『うにゃんにゃ──横からすみません、王妃様はウィルマー・アボット様の助けを借りたと』

 壮年の医師がおずおずと口を挟むと、エステルは驚いて声を上げた。

「あの大魔導士の、ウィルマー・アボット様?」
「ウィルマーじゃと?」
「お知り合いですか?」
「うむ、まあ」

 ウィルマー・アボットといえばこの世界で名を知らぬ者はいないと言われるほど有名で実力のある魔道士だ。その魔道士と魔女が知り合いというのだから驚きだ。

「あ、わたくしいいことを思いつきました。ウィルマー魔道士様を紹介して頂く代わりに、魔女様とルカ君の永住権を求めるのです。いかがです?」

 エステルの形の良い唇がキュッと引き上がった。我ながら良いことを思いついたものだ、とエステルは珍しく得意げだ。

「ありがたい話じゃが……上手くいくか?」
「やってみねば、わかりません」
「そうか……そうじゃな。ではわしはウィルマーに立ち会いを頼むことにしよう。あやつもわしの頼みならば断れまいて。どれ、手紙を出してみよう」

 魔女は三角帽子の中から手のひらほどの白い紙を取り出した。空中にさらさらと文字を書いた魔女の筆跡を、まっさらな紙が吸い取ってゆく。

「これで……返事を待とう」
 
 ふうっと息を吹きかけ、折りたたまれた紙を窓の外に放り投げると、紙は蝶の姿になってパタパタと飛んでいった。


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