【改稿版】猫耳王子に「君の呪われた力が必要だ」と求婚されています

こうしき

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25話 大切な人

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 それから二週間が経った頃。ルカの病状は回復し、外で走り回れる程になっていた。ルカの病状が回復していくにつれて魔女には笑顔が増え、彼女の周りではシャーロットとエリオットがちょこまかと走り回るようになっていた。


 ルカが完全回復をする頃、シャーロットとエリオットは魔女とルカを町に連れ出した。初めは「無理じゃ」と拒んでいた魔女であったが、幼い半猫たちの説得に負け、町の子供たちとも遊ぶ仲に。どうやら魔女は陰でハルヴェルゲンの言葉を学び始めていたようで、少しずつ幼い半猫たちと会話が出来るようになっていった。



 そんな日が一週間ほど続いた頃だった。

『にゃにゃ──エステル、これも頼む』
「はい、承知しました」
『うに──全く……多いな』

 エステルとライナスは執務に追われる毎日を過ごしていた。エステルの妊娠が判明したその日、貴族院は即日エステルを王太子妃に認めると発表をした。賛成ではあるがまだ早すぎるのではという慎重な意見も勿論出たのだが、反対派筆頭のサルサ伯爵が消えたことにより、僅かな反対意見は一掃された。何よりもエステルの働きが評価されたのだ。

『にゃおーん──大丈夫か? 疲れてはいないか?』
「このくらい、へっちゃらです」
『にゃお──そうか、それならいいんだが……無理はしないでほしい』

 国王の猫化は落ち着いてはいるが、精神的に未だ不安定なことが多い。執務をさせるわけにはいかぬとライナスと宰相が話し合った結果、ライナスが一人で執務を引き受けると決まっていた。ライナスの執務はエステルの執務。彼が書類に目を通し、エステルが代わりにサインをするのだ。

 貿易から外交に至るまで、書簡が次々に運び込まれてくる。雌猫達の発情期は落ち着いたものの、その時に発生した問題や、未だ混乱の続く国内の問題も数多く、執務机の上の書類の種類は多岐に及ぶ。

『うにゃん──少し休むか……アルフ、お茶を』
『にゃお──はい』

 エステル個人としては、アルフの体調も気になっていた。エステルの気掛かりについて、アルフ本人に直接言葉をかけたわけではないのだが、魔女のあの発言を聞いてしまえば気にするなというほうが無理がある。

 余談だがこの件について、エステルはベルナールのことをこっぴどく叱りつけていた。

 お茶の用意をするアルフについて行き、エステルはこっそりと声をかけた。

「アルフ、ちょっといい?」
『にゃ──はい。何でしょう?』
「うちのベルナールが……あなたに申し訳ないことを」
『みゃ──な……!』

 エステルの言葉に、アルフの顔が真っ赤に染まった。中性的なアルフの顔が、一瞬で女に変わってしまった瞬間だった。
 
『にゃにゃにゃ──そそそ、それは……エステル様がお気になさることではありません……!』
「二人の間の問題だとしても、ベルナールの雇用主はわたくしよ。罰を与えてほしいのなら、遠慮なく言って?」
『うみゃあにゃ──罰だなんてそんな! ベルは……私のことを……大切にしてくれると約束してくれました。体の醜い傷も、全て愛すると言ってくれたのです』

 胸の前でキュッと手を握りしめたアルフは、固く瞑った目を見開くとエステルに笑いかけた。初めて見るアルフの笑顔に、エステルは驚き、胸を撫で下ろした。

「そう……あなたがそう言うのなら、わたくしが口を挟むのも野暮よね」
『うにゃ──そのような! 気にかけて頂き、ありがとうございます』
「何か困ったことがあったら、必ず相談してね?」
『にゃ──はい、ありがとうございます』
「あら、誰かしら」

 二人の会話が終わるのを見計らったように、部屋の扉がノックされる。外を確認したアルフが室内に招き入れたのは、すっかり表情が明るくなった魔女であった。

「魔女様、ご機嫌麗しゅう」
「ああ。忙しいのにすまぬな、二人に伝えたいことがあって来た」──『書類の数が……すごいのぅ』
『みゃあん──何事だ?』

 執務机からライナスがひょっこりと顔を上げた。魔女の方から見れば、きっと黒い三角耳だけが見えていることだろう。
 エステルの位置からでは魔女の顔を見ることができない。書類の山が高すぎるのだ。

「何事か、と殿下が」
「……魔力が回復した」
「本当ですか!」
「ああ……この通りよ」

 魔女の指先からどろりと黒いものが滴る。それが床に落下すると、瞬く間に足元を駆け抜け国中へと広がっていった。

「どれ、呪いは……解けたようじゃな」
「え……? こんな、あっさりと?」

 エステルは隣に座るライナスへと視線を向ける。頭の上の三角耳とふわふわの尻尾は跡形も無く消えていた。

「エステル……」
「殿下っ! 人の言葉を……! あぁ、ライナス殿下!」
「エステル……夢のようだ」

 エステルの小さな顔が、ライナスの胸に押し当てられる。何度も何度も名前を呼ばれているだけだというのに、こんなにも胸がいっぱいになるだなんて。

「あれ……わたくしの呪いも解けてる?」
「あぁ、ついでに解いておいた。長い間悪かったのぅ」
「いえ……」

 十二年も共に過ごしてきた呪いがあっさりと消えたことに、喪失感を覚えなかったといえば嘘になる。恨めしい呪いだったが、なんとなく寂しく感じた。

「そうだ魔女殿。こちらからも伝えねばならないことがある。父に交渉を続けていた永住権のことだ」

 ルカの回復を待つ間、ライナスは国王に何度も頭を下げていたようだ。いくら半猫化が解ける見込みがあるからといって、呪いをかけた張本人を国に永住させるなど、と国王も最初は反対していたらしい。

「多くの働きをし、王太子妃として迎え入れたエステルの出産が無事に終わるのならば……是非ウィルマー殿を紹介してほしいと」
「それはつまり……」

 ライナスは執務机の引き出しから、一通の書状を取り出した。 

「魔女殿。ルカも共に永住権を認めるとここに記されている」

 ライナスが手渡した書状を、魔女がおずおずと広げる。目を通したあと「ハルヴェルゲン語はまだ全て読めぬ」と苦い笑みを浮かべた。

「エステル、ライナス。改めて礼を言わせて欲しい。此度のこと……ルカのこと、本当にありがとう」

 魔女は大きな三角帽を脱いで頭を下げる。にこりと微笑んだ顔は、少女のようであった。

「魔女殿、是非子供たちの遊び相手として……それにエステルの話し相手として、近くにいてはくれないだろうか?」 
「子供たちの遊び相手……!」

 水晶のような魔女の目がきらきらと光る。魔女は本当に子供が好きなようで、シャーロットたちが連れてきた貴族の子供たちの面倒もよく見ていた。

「これから生まれてくる私たちの子供のことも、よければみてやってほしい」
「三人か、いや四人か。ふふ、楽しみじゃ」
「四人?」

 ライナスが不思議そうに首を傾げる。魔女はイタズラっぽく片目を瞑るとエステルと視線を合わせた。

「女だけの秘密じゃ、な」
「なんだ、私は仲間はずれか?」
「そういえばウィルマーからも返事があったのじゃ。出産の手伝いをしてくれるとのことじゃ」

 魔女はライナスの言葉を完全に無視し、帽子の中から一通の手紙を取り出す。

 エステルはそれが面白く、つい声を上げて笑ってしまった。

「なんだエステル、私には内緒か?」
「ええ、女だけの秘密……ですものね」
「ふふ、そうか。それよりも、これで魔女殿の永住権が確定したな」
「恩に着る」
「居住地などは任せてくれ。王宮の近くに準備させてもらうつもりだ」



 ライナスの私室のバルコニーからは、王宮自慢の中庭がよく見えた。暖かな日差しに包まれた花々が、ゆっくりと風に揺れていた。

「エステル、呪いが解けたら真っ先に伝えたいことがあったんだ」
「何でしょうか?」

 国内全土の呪いが解けたことの安堵感から、エステルとライナスは今日の午前いっぱいは休みを取ることにした。必要としなくなった書類も多くあるので、少しくらいは構わないだろうという判断だ。

「愛している」
「殿下……!」
「名前を呼んで?」
「あ……の……」
「エステル?」

 心の中ではずっと名前を呼ばれていた。けれどいざ目の前で声に出されると、こんなにも胸が跳ねるだなんて。

「ラ……イナス殿下?」
「殿下はいらない」 
「ライナス……様」
「様もいらない」
「しかしそれは……不敬ですわ」
「二人きりの時だけでいい、ライナスと呼んで?」

 今ライナスの頭の上に三角耳があれば、ぺこりと前に倒れていただろう。ふわふわな耳に触れることはもう叶わないが、今まで避けていた場所にエステルはそっと手を伸ばした。

「……ライナス?」
「嬉しい」

 思い切り抱きしめられたエステルの体が枝のように撓る。胸いっぱいにライナスの香りを吸い込み、体の中から幸せが溢れ出してしまいそうだ。

「これから忙しくなるぞ。カミラはもう、結婚から出産と……準備を始めているようだから」 
「気が早すぎますわ」

 エステルがくすくすと笑うと、ライナスがその腕をそっと解く。見つめ合った二人の影が、ゆっくりと重なってゆく。

「エステル」
「はい?」

 真っ青な瞳に真っ直ぐ見つめられ、頬が熱を孕み始める。

 心を覗かず、愛しい人が何を考えているのかわからないことがこんなにももどかしいなんて。

「ライナス、お願いです。何を考えていらっしゃるのか……言葉にして下さいませんか?」
「僕が何を考えているか知りたい?」
「ええ、是非お願いします」

 エステルの腰がぐっと引き寄せられ、ライナスの顔との距離が一気に縮まる。

「僕は愛しい妻や……これから産まれてくる子供たちに恵まれて、幸せだなと」
「そんなの、わたくしもです。こんな……こんなわたくしを娶って頂き、感謝しかありません」
「……感謝だけか?」
 
 ライナスの親指がエステルの下唇を拭う。どくどくと跳ね上がる胸は、彼の体にぴったりと密着していた。

「いえ……」
「じゃあ、何? 教えて?」
「愛して……おります」
「聞こえなかったな、もう一度」

 こんな近距離で聞こえないはずなどあるわけがないとエステルは抗議をするが、聞き入れてもらえないようだ。

「ライナス、わたくしも愛してる」
「嬉しい」

 ライナスの大きな手がエステルの後頭部に触れ、ぐいと前に押し出される。

 一つに重なり合った二人の姿を見ていたのは、中庭の花たちだけだった。







  fin

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