いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO

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揉んだ感想

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 これは一体どういう状況なんだろう。
 俺はおなつさんに腕を引かれてここに連れてこられた。
 連れて来られた部屋には一枚の敷布団が。そしてそこには襦袢姿の桃姫様がうつ伏せになっている。

「じゃ、後は頼んだわよ?」

 そう言い残して去って行ったおなつさんだが、他に言い残す事はなかったんだろうか?

「あの、桃姫様? これはどういう……」

 居たたまれない空気に耐えかねて、俺は思わず桃姫様に聞いてみた。いや、ここでそれ以外の選択肢があるってんなら、誰か俺に教えてくれ。

「……弥五郎。最初は優しくお願いしますね?」

 桃姫様が顔を伏せたままそんな事を言うもんだから、ますます俺は混乱の坩堝にハマってしまった。
 この状況でこの言葉は、つまりそういう事か? そういう事なのか!?

「もう、カチカチになってしまって……優しく揉んで下さいね?」

 ……も、揉むんですか! いいんですか! 大丈夫ですかそれ!

「ふくらはぎと、太ももの裏が……」
「はい?」

 どうやら俺は盛大な勘違いをしていたようだ。あぶねえあぶねえ。

「温泉の中でも解してきたのですが……このままでは歩く事もままなりません」

 つまり、桃姫様の凝り固まった筋肉を揉み解してくれって事だ。でもさ、それはおなつさんでもよくねえ? 俺が桃姫様に触れるなんて、大丈夫なのかね。
 だが、桃姫様はそんな俺の思惑を読み取ったように続けた。

「おなつが、女の力では手に負えないと。それで弥五郎を呼びに行ったのです」

 ああ、なるほど。桃姫様、それは騙されています。忍びの修行を積んだおなつさんが、そんな非力なわきゃねえっての。
 とは言っても、折角のご厚意だからな。有難く頂戴致します。おなつさん、ありがとう。
 俺の揉み解しによって桃姫様の足の状況はかなり回復し、どうにか歩いて城まで帰れるようになってしまった。いや、口が滑った。回復した。決して桃姫様をおぶって帰るのを楽しみにしてた訳じゃない。


 それから一か月程、毎日毎日砂浜での走り込みを中心とした鍛錬を続けた。もちろん、足首には特製の筋力強化帯を巻き付けたままだ。また、俺はそれに加えて手首にも筋力強化帯を巻いて鍛錬に参加している。
 周りの人間が全員へばっている中、一人涼しい顔をしている俺を見て、桃姫様や孫左衛門は闘志を燃やしていたらしく、無理を通り越した訓練に至ってしまう場合も見られた。
 そうなると、俺が桃姫様をおぶって温泉まで連れていき、さらにその後揉み解しをする事になる。役得だ。
 ……すまん、話が逸れた。実は、その揉み解しをしていて気付いた事がある。
 それは桃姫様のふくらはぎだ。ふくらはぎの部分に力を込めた時に出来上がる、力こぶとでも言ったらいいか。それが以前より一回りほど逞しくなっていた。
 俺の見立てじゃ、ここまで成長するのにあとひと月は掛かると踏んでいたんだがなぁ……

「桃姫様?」
「はい?」

 俺は桃姫様の足を揉み解しながら尋ねてみた。

「城に戻ってからも、何か鍛錬してません?」
「な、ななな、なんの事でしょう?」

 図星か。なるべく城では疲れを癒してもらおうと思ってたんだが、こっそりやってやがった。

「あんまり頑張りすぎると足を壊してしまうかもしれません。気を付けて下さいね?」
「……はい」

 そんなに責めたつもりじゃないんだけどなぁ。桃姫様がしょんぼりしてしまった。

「今日で砂浜での訓練は終了にします」
「え……!?」

 いや、そんなに絶望的な顔をしなくても。
 どうやら桃姫様は、俺の指示以外の事をしたため、俺が機嫌を損ねたとか、そんな風に思ったらしい。俺の予想を超えた速度で成長したのは俺に内緒で特訓していたのが原因なんだろうけど、別に俺はその事で怒ってなんかいないんだ。むしろ、そんな無理をしても壊れない桃姫様の筋肉に驚いている。

「砂浜の走り込み以外にも、筋力強化帯を付けたまま特訓していたんですよね? それでも壊れない桃姫様の筋肉は、驚くほど強靭でしなやかです」

 俺がにっこり笑いながらそう言うと、桃姫様もホッとした表情を見せた。うぬ、可愛い。

「今日は城に戻ったら、そのまま身体を休めて下さい。明日は今までの鍛錬の成果を見せてもらいましょう」
「はいっ!」

 砂浜での特訓初日は、桃姫様の足に触れるのがお互い恥ずかしくて色々と粗相をしてしまった。粗相って言ってもアレだぞ? 鼻血出したとか、そういうのだからな? 桃姫様みたいな美少女がうっすい襦袢姿で横たわってるだけでも昇天モノなのに、その足に触れて鼻血だけで済ませた俺を、むしろ褒めてもらいたいくらいだ。
 まあ、それでも毎日繰り返していると慣れてくるもので、多少の気恥ずかしさはあるものの、今では世間話をするくらいの余裕は出来た。だからこそ、桃姫様の筋肉の変化に気付いたんだけどな。

 ああ、孫左衛門たち護衛の四人も脱落する事なく特訓に付いてきている。初めの三日くらいは地獄だったって言ってたけど、結構根性あるな、あいつら。明日はあいつらの成長具合もまとめて見てやろう。

「弥五郎?」
「はい?」

 桃姫様、急にモジモジし始めたけど、どうしたのかな?

「あの、明日から砂浜の走り込みはしないのですよね?」
「ええ、明日の成果を見てからの判断になりますけど、しばらくは」
「では!」
「では……?」

 桃姫様、挙動不審になってる。そんなに言いにくい事なんだろうか?

「今日は私を背負って城まで戻って下さい!」

 薄っすらと頬を染めた桃姫様が視線を逸らしながらそう言った。

「喜んで!」

 しまった、ここは、御意! とか答えるべきだったか。

△▼△

「弥五郎、もう寝てる?」

 砂浜での特訓が今日で終わったとかで、姫様の極秘訓練も今日で終わり。
 私も毎日付き合ってたんだけど、姫様すごい。朝から砂浜を走らされてるのに、夜はまた城の中で足腰を虐めているの。私はその後姫様の足を揉み解すのがお仕事。もう腕がパンパンで握力が……

 そこで、姫様が毎日毎日弥五郎の揉み解しが気持ちいいって言うもんだから、耐えかねて私もお願いしようと思ってきたんだけど。

「おう、起きてるぞ。適当に入っててくれ」

 弥五郎は刀を研いでいた。私は不覚にも、その姿に見惚れてしまった。暫くポーッと弥五郎を見つめていたら、不審に思ったのか、彼が刀を研ぐ手を止めて振り返って言った。

「ん? どうした? 座って待っててくれ。もう少しで終わるから」
「あ、うん」

 私は弥五郎作の鉄瓶を火にかけ、お湯を沸かす。こんな夜更けまでお仕事を頑張っている姿を見ると、お茶くらい淹れてあげようとか思っちゃう。
 やがて彼は仕事を終えて、囲炉裏の縁にやって来た。

「ご苦労様」
「おう。で、一体こんな夜更けにどうしたんだ?」

 私は袖をまくって腕を出しながら、揉み解して欲しい事を伝えた。彼は初め怪訝な顔をしていたけど、事情を話すと苦笑しながら納得してくれた。

「おなつさんも毎日大変だった訳か」

 弥五郎はそう言いながらも一生懸命私の腕を揉んでくれている。
 この気持ちはなんだろう?
 もしかしたらこの子は私の生き別れた弟かも知れない。そうであって欲しい。でも一方で、弟だったら嫌だなって思う自分もいる。そんな自分に戸惑ってしまって、私は弥五郎の顔をまともに見る事が出来なかった。
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