夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*

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 ライエルの名を口にした私に、デイモンドはそれについては何の問題もないと言い放った。



「カロリーヌの夫であるライエルは、野暮用で出かけると言ってその後行方不明になったそうだ。待てども待てども帰って来ないだ何て……こんな美人妻を放っておいて、一体何処でどうして居るんだか。だからそんな薄情な男の妻などいつまでやって居ても仕方ない、この先は俺の第二夫人として生きて行ってはどうかと俺から提案したんだ。」

「て言うかあの人、優男に見えたのに結婚してみたらお金に細かくておまけに口うるさくてね……だから本音を言えば、居なくなってくれて逆に済々してるかしら。まぁそんな風に窮屈な暮らしをさせられて居た私だけれど、でもこれからは何も我慢しなくても良いわよね?だって、英雄様の第二夫人ですもの!沢山の女たちから羨望のまなざしを浴びながら華やかな毎日を送れるだなんて、さぞや気持ちが良いでしょうね!」

「ハハ、欲しいものがあれば遠慮なく言うんだぞ?いくらでも俺が買ってやる。まぁ、英雄の俺が一緒に買い物に出れば店の主人の方から喜んで品物を差し出してくれだろう。」



 デイモンドは、そう鼻を高くして威張って見せ……カロリーヌは、素敵だ何だのと彼を一層煽てるのだった。



 ……何だか、少し離れて居る間にデイモンドはすっかり傲慢になってしまったようね。

 以前は、そんな驕るような態度を見せる事はなかったのに。



 夫の変わりようにガッカリすると同時に、私は居なくなってしまったライエルの事が気がかりで仕方なかった。

 

 ライエルは、凄く真面目で責任感が強い人よ。

 妻のカロリーヌを残し、失踪するような男ではないわ。



 きっと何か、この子の元に帰れない事情があるのよ。
 
 どうせこの子の事だから、それをろくに調べようともしなかったんでしょう。

 居なくなって済々するなどと言ってるんだから、絶対そうだわ。



 そう私が幼馴染の身を案じる中、第二夫人となったからには英雄の妻として早くデイモンドの子供を授かりたいとカロリーヌが毎日のように主張しだした。



「彼だって、早く自分の子供が出来る事を望んでいるのよ。それもこれも、第一夫人であるお姉様がちっとも身籠らないから……。デイモンド様はそんなお姉様の事、英雄の妻失格と笑って居たわ。」

「ち、違うわ!これまで子が居なかったのは、彼の考えがあったからよ!」

「そうなの?でも彼は、すぐに私を求めてくれたわ。彼ったら、気が高ぶって居たのか戦場で私を押し倒し……そして、激しく私の事を求めてくれたの。だからお姉様も、結婚してからそんなふうに毎夜激しく抱かれているのかとばかり……でも、大きな勘違いだったようね。」



 そう言ってカロリーヌは、馬鹿にしたような笑みを浮かべ私のお腹をジロリと見て来た。



「でもまぁ、お姉様が子を産もうが私が子を産もうが、女の子が生まれたら最高よね!だって私たちの力は、代々女の子のみに受け継がれるんですもの。」



 妹の言う力と言うのは、愛する人に幸運を授ける事が出来ると言うものだった。


 
 昔私の父に教えて貰ったのだが……私たちの先祖の一人が、聖女様にとても愛される事となったらしい。



 そして二人は結ばれ女の子が生まれたのだが、その子には不思議な力が備わって居て……それは先ほど言ったように、愛する人を幸せにできると言うものだった。


 
 幸せには、色々な定義があるが……簡単に言うなら、その相手が商売人なら金運を……武人なら、武運を授ける事が出来ると言うものだった。



 そして私の場合は、夫のデイモンドが騎士と言う事もあり……私が祈る事で、彼は戦場で沢山の戦果を挙げられたし……無傷でこの家に帰って来る事が出来たのだ。


 
 でも私は、そうなったのは全て私の力だとは思って居ない。

 彼が剣の鍛錬など、人知れず励んで来た事を知って居るから……。



 そんな真面目で努力家の彼だから、求婚された時は本当に嬉しかったのに……今はもう、すっかりそんな光景は見て居ない。


 
 デイモンドはカロリーヌと子作りがしたいからと、しばらく戦場に出ない事を王に宣言してしまい……それからずっと家に居て、カロリーヌと堕落した生活を送ってばかりだ。



 昼は町に出てカロリーヌと買い物三昧、そして夜は……寝室にカロリーヌを呼び、翌日の昼まで情事にふけるのだった。


 
 カロリーヌがこの家に来てから、私が寝室に呼ばれる事は片手で数えられるくらいで……最近では、全く声がかかる事は無くなった。


 
 と同時に……私はもう、夫デイモンドの事で何か祈る事は辞めた。

 だって、戦場に行かないんだから……これまでのように武運を授けたってもう意味はないでしょう?



 そしてデイモンドは、そんな私の変化に全く気付いて居なかった。



 まぁ、私が祈らなくなっても今の彼は何も気にはしないだろう。

 だって彼には、カロリーヌが居るから……。



 妹は私よりは力が弱いが、それでもあの家の娘。

 聖女の血も流れて居るからこそ、戦場に行っても命を落とす事はなかった女だ。



 でもあの子は……戦場でデイモンド以外の傷を負った者たちの手当てをしたりと、少しでも他人の役に立とうと思う事は無かった。

 それどころかそこで彼と関係を持ち、第二夫人になるなど……姉の私を裏切るような真似をして──。



 だがその時、私は父から聞いた他の言葉を思い出していた。

 

 愛する人が自分を裏切ったら、祈りを捧げる事を辞める事が出来る。

 そしてそうなったら、その力を他の相手に使う事が──。



 またこの力で最も重要なのは、聖女の血が混ざった者として何時でも正しい心を持てと言うものだった。

 そうしないと、せっかく備わったこの力が──。

 

 私は、父の言葉の一つ一つをしっかりと思い出した。

 あの時父の話に飽きて遊びに行ってしまったカロリーヌは、これら全ての事は知る由もないだろう。

 それは、この力に胡坐をかいて居るデイモンドも──。
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