【完結】嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める

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29話 エピローグ1

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 ベッドから起き上がり、通常の生活を送れるようになるころには、窓の外の風が温かみを帯びていた。
 僅かな時間なのに季節が移り変わろうとしている。


 その間に伯父と一味は投獄され、僕に薬を投与し続けた錬金術師と伯父は極刑に処された。
 王命による臨時裁判で、有罪が確定した。僕への仕打ちなどの証拠が十分すぎるほど揃っていたからだ。
 残る伯母と従弟は、遠隔地の強制労働場へ送られ、厳しい監視下で暮らすことになった。

 刑罰が下る前に一度話をするかと聞かれたが、僕からあの人に言うことは何もない。

 判決の日、伯父たちはそれぞれの罪を問われ、王命により刑が下った。
 何の感慨も湧かず、ただ、長い悪夢がようやく終わったのだと思った。


 長かった冬が、終わろうとしている。そんな気がした。





 今の僕はクロイツ領の領主だ。
 今は執務室で滞りまくった書類を片付けている最中で、なぜかオリバー様やナイア様まで机と椅子を持ち込んでずっと手伝ってくれている。
「……お二人とも、いつまでここにいるんですか?」
「? 君をグラフィカに連れて帰る準備が整うまでいるが?」
 何を当たり前なというように小首を傾げて笑うオリバー様。
 手伝ってくれてるナイア様まで同じ顔しないで。なんなの、ちょっと可愛いじゃん。
 そういう意味の『いつまで』じゃないんだけど。
「……帰らなくていいんですか、って意味です!」
 オリバー様が少し目を細めて、笑う。
「少しくらい離れていてもグラフィカは揺らがないよ」

 く、分かっててボケたな!?

「もう少ししたら、私が先に戻ります。どうかご安心を。閣下にはアッシュ様を我らがグラフィカへお迎えしていただかなくてはなりませんので」

 ナイア様もか! この主従め!

 どうにもこの人たち、結婚すると決まったら本性を出してきたというか、遠慮がなくなったと言うのか……。
 それはそれで嬉しいけど……。

「ナイア様が戻るなら安心か……」
「アッシュ様、もうあなたは正式にオリバー様の伴侶となられる方です。私に敬称はおつけにならないでください」
「……う、はい。ナイア」
 呼び直すと、ナイアは満足げにそしてどこか嬉しそうに微笑んだ。

 身内に入れてもらったみたいでなんだか嬉しい。
 嬉しいけれど、現実的に考えると気になることもある。

「それにしても、本当に両立なんてできる?」
 遠隔地から書類を見て決済くらいはできるけど、実際に領地の現状を確認する必要はある。
 それぞれの領地で統括をするのなら、別居生活だし、結婚の意味とは?ってなるじゃん?

 クロイツとグラフィカではかなりの距離がある。

 様々な問題がある事にようやく気付き、オリバー様に疑問を投げかけた。


「その辺はグレイ伯爵が協力してくれるから、アッシュは年に数か月クロイツに来るだけでいいんだ」
「? なんでグレイ伯爵なんですか?」
「それはな……」

 オリバー様の話によれば、グレイ伯爵は、僕の婚約が「薬の取引の延長」だったことも知っていた。
 だからこそ、今度こそ幸せになれと、誰より先に動いてくれたのだ。

 窮地は去ったのにいつまで経っても結婚の話が一向に出ないのを不審に思い、もしかしたら冷遇されているのではないかと心配して、特使として様子を見に来てくれたのだという。

 そして、実際に会ってみたら僕とオリバー様は、思っていたよりずっと関係がよくて。
 むしろ、お互いに想い合っていることを、グレイ伯爵はすぐに見抜いたらしい。
 だから、こんな状況を作り出しているのは僕の迷いだろうと判断して、少しだけ「本当はどうしたいのか」と圧をかけたら……。
 結果的に婚約解消という形で一気に話が進んでしまい、むしろグレイ伯爵の方が慌てたらしい。
 思っていたのと逆方向に転がったところへ、さらに僕が攫われる事件まで起きたせいで、自分の働きかけも一因だと感じたようで、その後はいろいろと根回しをしてくれていた。

 グレイ伯爵が責任を感じることは何もないんだけど、僕を気にかけてくれていたことは純粋にありがたかった。

 今後クロイツ領はグレイ伯爵家と共同管理する。
 日々の治安・税務など具体的な運営は伯爵家が担い、領地全体の方針と監修を僕が引き受ける。

 もし、いつか子供が生まれて、クロイツ領に興味を持ってくれたならその子に領地を継いでもらえばいい。
 そんな話になっているのだと教えてくれた。

 領主としての責任を誰かと分かち合える。そんな日が来るなんて、昔の僕には想像もつかなかった。

「……そんな都合のいい話が、叶うんですか?」
 あまりに僕の希望に沿っていて、逆に現実味を感じられない。
 けれどオリバー様は僕の髪を優しく梳いて微笑む。

「正式な承認は来月の評議会で決まるらしい。けれど、伯爵も王も前向きなんだ」
 ほぼ、決まりの案件だから安心していいと言われ、どんな顔をしていいのかわからない。

「ああ。今まで君が助けてきた人たちがな。「アッシュが幸せになるなら」と、みんな協力してくれた」
「……そんな」
「私も直接交渉に向かった先では皆様アッシュ様に好意的で喜んで手を貸すとおっしゃっておりましたよ」
 ナイア様の言葉に目頭が熱くなる。

「本来なら王都の書類一つ動かすのにも数か月はかかるのだが、今回はグレイ伯爵が無理を通してくれたそうだ」
「さすがです……。今回の件に関してはあの方には本当に尽力していただきましたね」
 想像以上に多くの人が、僕の知らないところで動いてくれていた。

 グレイ伯爵。クロイツの民。グラフィカの領民たち。
 そして今まで薬を届けてきた人々の顔が脳裏に浮かぶ。

 もちろん、オリバー様とナイアも。

 自分はただ、目の前の誰かを助けたくて薬を作っていただけなのに。
 その『積み重ね』が、今こうして自分を支えてくれている。

「アッシュ、君がやって来た事の成果だ。誇りに思っていい」
 傍に歩いてきたオリバー様が、涙をこらえる僕を抱きしめた。

 僕は、大切な人と大切な領地、その両方を抱えたまま生きていける。

 抱きしめてくれるオリバー様を強く抱き返した。



 僕が元気になったと知られると入れ代わり立ち代わり執務室へ訪れる。

 クインとスレイもやってきて、僕の顔を見るなり泣いて抱き着いてきた。
 その温もりが、確かに生きて帰ってきたんだと実感させてくれる。
 二人を抱きしめ返すと、僕の目にも涙が滲んだ。
 スレイはすぐに落ち着いたけれど、クインはなかなか泣きやまず、涙と鼻水で服をぐしゃぐしゃにされてしまった。
 まったく、可愛い奴め。汚した服はお前が洗濯しろ。


 入れ代わり立ち代わりやってきて、屋敷には多くの人で溢れていた。

「俺のアッシュはこんなにも愛されているのだな」
 来客の対応をしながらオリバー様が得意げに笑うのがなんだかくすぐったかった。

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