【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

旦那様の独占欲に気づいてしまいました

    リリアは、いつものように宮廷の朝を迎えた。薄明かりが窓辺から差し込み、雪に覆われた庭園の景色が、冷たくも美しい静寂を映し出していた。昨夜の穏やかな余韻を感じながらも、彼女の胸にはふとした不安が忍び寄っていた。昨晩、レオナード殿下が微笑みながらも、どこか誰にも渡したくないといった眼差しを向ける瞬間があったことを、リリアはまだはっきりと思い出せていた。その眼差しは、普段の温かな笑顔とは対照的に、彼の内に秘めた独占欲をほのめかすようであり、リリアの心に小さな影を落としていた。

朝食の用意が始まると、リリアは自室の窓際に立ち、外に広がる一面の雪原を見つめた。白銀の世界は、いつも通り美しく輝いているが、どこか孤高な印象を与える。執事が控えめな声で「殿下、嬢様のお目覚めはいかがでしょうか」と告げると、その声に混じって、わずかに耳に残る囁きがあった。「昨晩、嬢様以外の方とお話しされるところを見かけたと…」その言葉は、リリアの心にひそかな波紋を広げ、彼女は自分の存在がレオナード殿下にとってどれほど特別で、同時に取り戻しがたいものとなっているのかを、改めて感じずにはいられなかった。

食堂へ向かう廊下を歩く途中、ふと目に留まったのは、普段から親しくしている侍女の一人の表情であった。柔らかな微笑みの奥に、どこか心配そうな色が浮かんでいる。その短い一言、「嬢様、殿下は昨夜、嬢様以外に目を向けることを許されなかったように見受けられました」との言葉が、リリアの胸に重く響いた。彼女は、レオナード殿下が自分以外の誰にも関心を示さず、あらゆる場面で自らの存在を独占しようとしているのではないかという疑念に、次第に気づかされることとなった。

昼下がり、宮廷内では賑やかな宴が催され、貴族たちが和やかな談笑を交わす中、リリアはふと、レオナード殿下の態度がいつもと違う瞬間を目撃した。かつては寛容で静かな眼差しを見せていた彼が、あるとき、リリアが幼馴染の友人と話しているところに突然近寄り、その視線を冷たく鋭く向けたのだ。友人は慌てて説明を試みたが、殿下の問い詰めるような口調と、険しい表情に、場の空気は一変した。周囲の囁きが瞬く間に広がり、リリアは自分が彼の愛情の対象であり、同時にその愛情があまりにも独占的であることを痛感せざるを得なかった。彼の瞳に宿る熱い思いと、同時に感じられる閉塞感は、ただ単に愛情の深さを示すものではなく、彼女の自由さえも奪おうとするかのような、抑えがたい執着を思わせた。

夕刻になり、宮廷の大広間で催される夕食の席においても、レオナード殿下の態度は微妙な変化を見せた。普段の優雅な言葉遣いの中に、わずかに鋭い口調や、嬢様の発する一言一言に対して敏感に反応する姿勢が垣間見えた。会話の中で、他の貴族が軽い冗談を交わすと、殿下は一瞬、視線を鋭くし、まるでその冗談がリリアに対する冒涜のように感じられるかのような表情を浮かべた。彼は、どんなに些細なことでも、他者がリリアに近づくことを許さない強い意志を隠そうとせず、その独占欲が次第に明らかになっていく。リリアは、そんな彼の様子に戸惑いながらも、同時に彼の愛情の深さと、それが引き起こす心の葛藤に、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。

夜が更け、宴も終盤に差し掛かる頃、リリアはひとり静かに自室へ戻った。部屋に差し込む月明かりの中、彼女はそっと日記帳を手に取り、今日一日の出来事を記し始めた。穏やかだった朝の優しい光景、昼間の暖かな会話の合間に感じた一抹の不安、そして夕食の席での、誰にも隠せない独占の色。ペン先が紙の上を走るたび、彼女は自分の中に広がる複雑な感情を、文字に変えていった。レオナード殿下の優しさと独占欲、その両面性に揺れる心は、まるで激しく波打つ海のように、彼女の内面を満たしていく。愛される喜びと、愛されすぎることの重苦しさ――どちらが彼女にとって本当の幸福なのか、答えはまだ見出せずにいた。

その夜、リリアはふとした瞬間に、不思議な夢に悩まされた。夢の中で、無数の手が自分を引き留め、決して離してはくれないかのような幻影に苦しむ。手のひらに触れる冷たい感触、そしてその手が決して優しくはなかったことに、彼女は目覚めた時、胸が締め付けられるような思いを抱いた。夢の中の出来事は、現実で感じたレオナード殿下の独占的な態度と重なり、リリアはその意味を必死に解釈しようと試みた。愛されることの幸せと、愛されるがゆえの束縛――彼女は、果たしてこのまま殿下に身を委ねるべきなのか、あるいは自らの自由を守るために何かを変える必要があるのか、その答えを見つけることができず、夜の静けさの中でただただ迷い続けた。

翌朝、再び新たな一日が始まろうとする中で、リリアは昨夜の夢と現実の狭間で、自分の心に問いかけた。レオナード殿下の甘美な優しさは、確かに彼女を深く愛している証拠であった。しかし、その愛情があまりにも一途で、時に自分の意思を無視してしまうような気がしてならなかった。彼の一言一言、仕草の一つひとつに、まるで「私だけがあなたの全て」と告げるかのような重みを感じ、リリアはその言葉に応えたいという思いと同時に、少しの抵抗感も覚えていた。宮廷という閉ざされた空間の中で、彼女は次第に、自分自身がどこまで自由でいられるのか、そしてその自由が失われてしまうことに対する恐れを抱くようになっていた。

昼食の後、再び広がる雪景色を眺めながら、リリアは一人静かに庭園を散策した。白銀の世界の中で、ふと風に舞う雪片が、まるで自分の心情を映し出すかのように、儚くも美しく降り注いでいた。その瞬間、彼女は自分の中にある矛盾と向き合わざるを得なかった。レオナード殿下の深い愛情は、彼女にとって何よりの安心感であり、幸福の源であった。しかし、その一方で、その愛情がもたらす束縛は、次第に彼女の心に影を落とし始めていた。自由に生きたいという小さな望みと、誰よりも深く愛してほしいという切実な願いが、静かに、しかし確実に彼女の内面で激しくぶつかり合っていた。

時折、宮廷内で他の貴族や侍女たちとの会話の中で、リリアはレオナード殿下の言動について耳にすることもあった。「彼は嬢様以外の者と目を合わせることがほとんどなく、どんなに些細な接触も許さないと聞いております」といった噂が、ささやかれる中で、彼女は次第に自分の立場の重さと、殿下の愛情がもたらす独占性の厳しさを実感せずにはいられなかった。温かく包み込むはずの愛が、時にあまりにも過剰で、彼女自身の意志を奪ってしまいそうなその感覚に、リリアは心の奥底で複雑な感情を抱き始めていた。

夜が訪れると、宮廷内は再び華やかな宴の準備に取り掛かり、リリアは夕食の席に着くと、レオナード殿下の存在感を改めて感じた。彼の眼差しは、普段の柔らかい笑顔の裏に、確固たる独占の意志を宿しているようであり、他の者が彼女に近づくたびに、その眼差しは冷たく、そして厳しく輝いた。宴の最中、誰かが冗談を交わすたび、殿下はまるで警戒心を解かぬかのように、リリアの周りを厳しく見張る。その度に、リリアの胸には、愛されるがゆえに逃れられない重圧と、同時に守られているという安心感が入り混じった、複雑な想いが湧き上がった。

食後、静かに散らばるキャンドルの灯りの下、リリアは一人、部屋の隅で自分の心の動きを見つめた。レオナード殿下の一途な愛情と、その裏に潜む独占欲が、次第に自分自身を縛り付けるような感覚を、冷たくも確かな手で掴みかかるように感じられた。彼女は、果たしてこのまま全てを受け入れるべきなのか、それとも、自らの自由を守るために何か行動すべきなのか、静かに、しかし必死に自問自答を繰り返した。

その夜、月明かりが差し込む窓辺で、リリアは再びペンを手に取り、今日一日の出来事と自分の内面の揺れ動きを、率直な言葉で綴り始めた。温かな記憶と冷たい現実の狭間で、彼女は自分自身の心がどこへ向かおうとしているのかを、ひとつひとつ丁寧に紡ぎ出すように書き留めた。レオナード殿下への深い愛情が、時に彼女を甘やかしすぎ、同時に縛り付けるその矛盾を、彼女は痛感せずにはいられなかった。どんなに彼の優しさに包まれても、時折その愛情の裏に隠された独占の影が、彼女の心に静かな苦悩と孤独をもたらすのだと、胸の奥深くで感じ取っていた。

夜が更に深まる中、リリアは眠りにつく前のひととき、ふと自分自身の未来について考えた。殿下の愛情は、決して偽りではなく、本物の深い情熱に根ざしていると感じる一方で、その情熱があまりにも激しく、時には彼女自身の存在を飲み込んでしまいそうな恐れもあった。果たして、この愛は彼女を永遠に幸福へと導くのか、それとも、いつしか自由を奪い去る鎖となるのか。リリアは、薄暗い部屋の中で、ただ静かにその答えを探し求めるしかなかった。

やがて、夜明け前の静寂が訪れ、リリアは重い思いと共に瞼を閉じた。彼女の心には、レオナード殿下への深い愛情と、それに伴う独占欲への戸惑いが複雑に渦巻いていた。新たな一日が始まるその瞬間、彼女は自らの選択と向き合う覚悟を胸に、ゆっくりと眠りに落ちていった。未来への不安と希望、愛される喜びと自由を守りたいという思い――すべてが混じり合い、リリアの内面はこれからの物語を語り始める前の、静かなる葛藤と決意に満ちていた。