【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結

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私だけが知る、殿下の本当の姿

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    リリアは、これまでの日々の中で、レオナード殿下の表向きの姿―誰に対しても厳格で、時に独占欲に満ちた愛情表現―とは別に、決して外には見せない一面を垣間見る瞬間があることに、次第に気づき始めていた。ある静かな夕刻、宮廷の隅にひっそりと佇む書斎に、リリアは偶然足を運ぶ機会を得た。そこは、豪奢な装飾や華やかな宴の喧騒からは隔絶された、静謐な空間であった。薄暗いランプの灯りが揺れる中、彼女はひとりの姿を見た。レオナード殿下が、誰にも気付かれることなく、ひっそりと机に向かい、古い文献や日記のような書物に目を通していたのである。

その瞬間、リリアの心は大きく揺れ動いた。これまで、誰もが知る「氷の王太子」という冷徹な噂の裏側に、彼が抱える孤独や重い使命感、そして時折垣間見せる、ほのかな哀しみの影があったことに気づいたのだ。レオナードは、普段の厳しい表情とは裏腹に、書斎という隠された空間で、静かに涙をこらえるような瞬間を迎えていた。彼の頬に一筋の涙がこぼれ、手にはしわが寄る古い紙片を大切に抱きしめるような仕草―そのすべてが、これまで誰にも見せたことのない、本当の彼の姿であった。

リリアはその光景に胸を打たれ、そっと息を潜めながら見守った。レオナード殿下は、自らの過去や家族、そして王国の重い責務に縛られた日々の記憶を、言葉にすることなく、ただ一心に紡いでいた。彼の指先が時折、ためらいながらも優しく書物に触れる様子には、深い孤独とともに、何かを守り抜こうとする固い決意が感じられた。リリアはその時、彼がただの冷たい王太子ではなく、内面に豊かな感情と痛み、そして愛情の源を秘めた一人の人間であることを、初めて心の奥底で実感した。

しばらくして、レオナードはふと気がついたように、窓の外に目を向けた。その瞬間、彼の眼差しはどこか虚ろで、そして深い哀しみを湛えているように見えた。リリアは、息を殺してその様子を見つめながら、心の中でそっと呟いた。「殿下……あなたの本当の姿は、こんなにも孤独で、痛みに満ちているのね」その声は、誰にも届かないほど小さかったが、彼女の心には確かな共感と優しさを呼び覚ました。

その後、レオナードは一人、書斎の机に向かいながら、遠い記憶に浸るように静かに語りかけるような素振りを見せた。彼は、過ぎ去った日々の思い出や、かつて失った大切な人々の笑顔、そして今なお背負い続ける王家の宿命に対する複雑な感情を、誰にも見せることなく、ただ心の中で呟いているようだった。リリアはその様子を、まるで禁断の秘密を知ってしまったかのように、胸を熱くしながらも、慎重に距離を保っていた。彼女は、殿下のその弱さや儚さ、そして同時に強さを感じ取り、これまでの冷たく見えた姿とは異なる、真実の彼を理解しようと努めた。

ある夜、リリアが自室でひとり静かに物思いに耽っていると、ふと部屋の扉が静かに開いた。そこに現れたのは、先ほどの書斎で目撃したレオナード殿下そのものだった。彼は、誰にも気づかれぬようにと配慮するかのように、控えめな笑顔を浮かべながらも、その眼差しには先ほどのような切実な痛みが見て取れた。リリアは驚きと共に、彼に向かってそっと声をかけた。「殿下、どうして……」しかし、彼はすぐに優しく手を振り、「リリア、君には見せられぬ弱さがある。しかし、君だけには、私の本当の姿を知ってほしいと思った」と低く告げた。その言葉に、リリアは胸が高鳴るのを感じた。普段は冷たく厳しいレオナードが、今だけはその心の奥底に秘めた痛みや孤独、そして愛情の全てをさらけ出す瞬間―その瞬間、二人の間にあった見えない壁が、ゆっくりと崩れていくように感じられた。

彼は、リリアをそっと自室の隅にある暖かなランプの前に誘い、その柔らかな光が二人を包み込む中で、自らの過去や、今抱える重い使命、そして失われた愛する者への思いを、静かに語り始めた。言葉は少なく、しかしその一言一言に深い哀しみと、かすかな希望の光が交錯していた。リリアは、彼の語る物語に耳を傾けながら、自分の中にある優しさと共感が、どれほど強く彼を支え、そして癒しているのかを実感した。彼女は、これまで自分が知らなかった殿下のもう一つの顔―誰にも見せない、弱く、人間らしい一面―に触れることで、ますます彼を愛おしく感じるようになっていった。

その晩、レオナードはふと、自らの過ちや、これまでの冷徹な態度に対する悔恨の念を、涙ながらに呟いた。リリアは、そっと彼の手を握りしめ、「殿下、あなたのその痛みは、私だけが知る大切な一部。どうか、私にだけは、あなたの弱さもすべてさらけ出してほしい」と、優しく語りかけた。その言葉に、レオナードはしばらく沈黙した後、深い溜息とともに、かすかな笑みを浮かべた。「リリア、君がいるからこそ、私は強くあれるのだ。君だけは、私のすべてを受け入れてくれる唯一の存在だ」と、彼は囁くように答えた。その瞬間、二人の間には言葉では尽くせぬほどの深い信頼と愛情が流れ、まるで長い年月をかけて築かれたかのような絆が、確かに存在することを実感させた。

それからの日々、リリアは密かに殿下の本当の姿を知るための小さな瞬間を、さまざまな場所で見出すようになった。朝の静寂な書斎で、ひとりぼっちの時間を過ごす彼の横顔。夜のひとときに、誰にも見せることなく、こぼれる涙を隠すその瞳。宮廷の厳しい規律の中で、ひそかにふと見せる優しい笑顔。そのすべてが、冷たく噂された表の顔とは大きく異なり、彼の内に秘めた人間的な温かさと弱さ、そして何よりも深い愛情を感じさせた。リリアは、誰にも言えぬ秘密として、これらの瞬間を心に刻み込み、彼をより一層大切に思うようになった。

ある穏やかな午後、リリアは庭園の片隅で、ひとり静かに佇んでいるレオナードと偶然出会った。周囲の喧騒から隔絶されたその場所で、彼は普段の王太子としての威厳とは裏腹に、ただ一人の男としての素顔をさらけ出していた。リリアは、そっと彼に近づき、無言のまま隣に腰を下ろした。しばらくの間、二人はただ庭園の美しい景色を眺め、冬の冷たい空気と共に静かな時間を共有した。レオナードは、ふとリリアの手に触れると、温かい視線を向けながら、「君がいてくれるから、私はここにいられる」と、低く、しかし真摯な声で告げた。リリアはその言葉に、ただ静かに頷きながら、彼の隠された真実を心から受け入れる覚悟を新たにした。

時折、宮廷の外でひとりの時間を持つ機会があると、リリアはレオナードのそばに寄り添い、彼の胸中に秘めた痛みや葛藤について、ささやかに耳を傾けるようになった。彼は、厳しい公務や重い責務の合間にも、ふと見せる孤独な表情や、失われた過去への思いに心を寄せる瞬間を、誰にも気づかれることなく流していた。そのたびに、リリアは自分がいかに殿下の心の支えとなり、彼を温かく包み込みたいと願っているのかを、改めて感じるのだった。
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