サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

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第一章.憤る山

9.潜伏

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「げほっごほっ……!!」

 クレル君を背負いながら川岸から上がる……先ほど百の小鬼に追い詰められ、川へ飛び降りた際にクレル君が私を庇って後頭部に投石の一撃を貰い、気絶してしまいました。

「はぁ……はぁ……」

 寒い……気を失うその直前まで私を庇い、抱き留めてくれたクレル君の温もりが急速に失われていくのを感じ取り、恐怖を覚えます。

「嫌、だ……」

 初めての相棒が……クレル君がこのまま死んでしまうのは嫌です、なんとしてでも救わなければなりません……まだまともに言葉も交わせてないのですから。

「んっ……しょ……!」

 髪の先から冬の雫を滴らせ、雪の息を吐き、身体をせせらせながら踏ん張る。クレル君の脇の下から通すように肘裏で上半身を支えて運んでいく。

「もう……少、し……!」

 非力な私が男性を運ぶのは難しく、前屈みになってしまいます……その時に意識のないクレル君の顔と上下逆さで至近距離で見詰め合う形になってしまいますが気にしていられる余裕はありません、いつ小鬼たちがまた襲撃してくるのかわからないのですから……。

「んっ……んっ……!」

 何とか頑張って川岸から少しは離れたところにある洞窟へと辿り着きます。雪に引き摺った跡が残ってしまっていますが、先ほどから空模様が怪しく、吹雪を予感させます……まるでこれからの私たちを暗示しているようで憎いですがそのお陰で小鬼たちから痕跡を隠す事ができるのですからままなりません。

「どうっ……しよ、う……」

 洞窟を少し進んだところまで来てから火を起こし、温めていきますが正直あんまり効果があるとは思えませんし、充分な熱で洞窟内が満たされるまで時間もかかるでしょう。

「難し、い……!」

 冬空の下で冷却された川の水を充分に吸収した彼の衣服を脱がしていきます……大事なペンダントはそのままにして。

「……どう、か……こ、れ……で目を覚ま……し、て……!」

 男性の……それも意識のない人の衣服を脱がせるのは並大抵の事ではなく、非力で体力もそれ程ある訳でもない私には重労働で……それでもクレル君を救うために頑張る。

「…………クレル君の、方……が大事だか、ら……」

 懇願するように呟いて自らも濡れた衣服を下着まで全て脱ぎ、彼の身体に抱き着いて温めていきます。彼の命の方が大事だから、今は自分の羞恥心なんて捨ておきます……ここまでしたのに目が覚めなかったら泣ける自信があります。

「うぅ……ぐすっ……『我が願いの対価は喜びの鉄人形 望むは熱を逃がさない羽衣 主人に造られ 主人に尽くし 主人を護るため その身を躍らせて』」

 クレル君と私……お互いに何も身に付ずに抱き着いて、魔法で造り出した薄く柔らかい鉄の布で二人丸ごと包み込む。

「……お願、い……だか、ら……目を覚まして……?」

 焚き火によく当たりながらも外からの風が吹かない位置に陣取り、アルミの布の中で未だ意識を戻さず、意地悪な事にその綺麗な紅の瞳を隠し続けるクレル君の頭を胸に抱き寄せる。

「……暖か、い……かな……?」

 少しだけ……クレル君がこのまま目を覚まなかったらと不安に満たされながら彼の身体を非力な腕力を総動員して抱き締めて、体温をお互いに交換する……どうか目を覚ましますようにと願って。

▼▼▼▼▼▼▼

「……?」

 気を失ってからどれほどの時間が経っただろうか……次第に意識が浮上してくる。しかしながらその時に凄く暖かくて安らぐ甘い香りと、こちらを包み込む柔らかい感触に疑問を覚える……もしや死んでしまったのだろうか?

「ここ、は……」

「っ?!」

 薄らと瞼を開けると涙を滲ませ、恐ろしい夢から醒め安堵したような表情を浮かべだリーシャが居た……なるほど、どうやら自分は彼女に介抱されていたらしい。

「クレ、ル君……良かっ……た……!」

「……リーシャか、すまないな」

「……うう、ん……そんな、ことな、い……!」

 こちらが声を発すると花が咲くような微笑みを浮かべて、普段からは想像もつかない勢いで言葉を紡ぐ彼女に対して、そこまで心配させてしまった申し訳なさと、そこまで心配してくれた嬉しさが同時に胸に去来する。

「……リーシャ、一つだけ……聞いていいか?」

「う、ん……いい、よ……?」

 そこではたと気付く、自分の安否を涙を瞳に滲ませながら喜ぶ彼女にこのような重大ごとを尋ねるのは気が引けるが……どうしても気になって仕方がない。

「……なんで裸なんだ?」

「…………………………っ??!!!」

 そう……自分と彼女はお互いに下着すら着けない全裸で、おそらく彼女が魔法で造り出したのであろう鉄の布の中で抱き合っていたのだ……向かい合う形であったために文字通り彼女の全てが見えてしまっている。……それを指摘するとリーシャは安堵の表情を固まらせ、瞳を拭う仕草のまま動作を止めて、顔どころか首や耳までどんどんと赤くしていく。

「なぁ──」

「──クレ、ル君!!」

 大丈夫かと続けようとしたところで、こちらを心配する慈愛の表情から一変、普段の彼女からは想像もつかない瞳をさらに潤ませながらの精一杯の怒り顔と口調を強めての名前呼びでの抗議……あまり怒り慣れていないのだろう、全く怖くなかったがさすがにデリカシーが無さすぎたようだ……。

「す、すまない! 意識を失った間になにか緊急事態でも起こったのかと……」

「……違、う……から……!」

 どうやら当初の想像通りの彼女による介抱だったようだ……頭を打って気絶し、目が覚めたばかりであったために意識を失う前の最後の場面と繋げて小鬼たちになにかされたのではと思ってしまった。

「本当にすまないな……」

「……も、う……いいか、ら……あっちを、向いて……て……」

 こちらの再度の謝罪にリーシャは困ったように眉を下げて許してくれながら、こちらの身体の向きを百八十度変える……そうだった、いつまでもリーシャの裸を見ているわけにはいかないからな、どうやらまだ頭が正常に働いていないらしい。

「……リーシャ、離れないのか?」

「……ま、だ冷え……る、から……」

 魔法で頭の傷を癒し、段々と正常に回り始めた思考でこの状況は不味いのではないかと……今さらながらに危機感を覚え、彼女に尋ねるが……答えは『まだ冷えるから』という言葉と後ろからこちらの胸板に腕を回す事だった……。

「では服は……」

「……まだ乾い、て……ない……か、ら……」

 それではと次善策を提案するがそれも無理そうだ……外から聞こえる吹雪の雄叫びを聞く限り今、無理して濡れた服を着ると凍死してしまいかねないから仕方がないだろう。

「……心配、かけたな」

「……………………うん」

 こちらの胸板に回す腕が微かに震えているのが分かる……どうやら相当体温が低くなっていたらしいな、頭も打って血を流していたし自分が思うよりも危険だったのかも知れない。

「……助かった」

「……相、棒だか……ら……」

「……そうか」

 背中に伝わる柔らかい彼女の身体からとても高い体温が伝わってくる……振り向きはしなくとも彼女が未だに赤面していることが容易にわかる。人と接するのが苦手で、自分が少し触れることも躊躇う彼女がここまでしているんだ……手の震えはそれもあるのだろう。

「……リーシャ、この依頼……完遂するぞ」

「……うん」

 リーシャにここまで無理をさせてしまった自責の念と、こんな状況にしてくれた小鬼への憎悪を募らせ彼女に決意を伝えると簡潔な……それでいて力強い返事が返ってきた。

「「……」」

「「…………」」

 しばらくは……この頼もしい相棒と言葉を使わず、体温のみで会話をするのだった。

▼▼▼▼▼▼▼
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