サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

文字の大きさ
41 / 140
第二章.愛おしさに諦めない

5.ウィーぜライヒ市

しおりを挟む
「着きましたね」

「あぁ」

 汽車が緩やかに速度を落とし、遂には停車する……それまで線のように駆け抜けていった雪は急静止を掛け、点となって緩く落ちていく。

「足元にお気を付けください」

「えぇ」

 係の人に見送られガイウス中尉と一緒に下車する。降りた駅は帝都の物と違って質素であり、屋根があるだけの吹きさらしである為に寒く、吐いた息が白く色付く。
 昇降口から地下へと階段を下り、ある程度進んだところにある受付で入街手続きをしてウィーゼライヒ市へと入るための準備をする。

「帝国軍中央所属の警察武官だ、ウィーゼライヒ子爵に取次ぎを頼む」

「へっ? ……は、はい!」

 ガイウス中尉が受付の男性へと手帳を見せると慌てて奥へと引っ込み、子爵へと電話を掛けるのを見送りしばらく待つ。……こんな田舎に中央軍なんか滅多に来ないものね、毎年狩人や機士が北方に派遣されると言っても、必ず『ウィーゼライヒ子爵領』な訳もないし。

「お待たせしました、直ぐに迎えを寄越すとのことです」

「了解した」

 入街管理局がある場所は地下であるために幾分か暖かく、係員が気を利かせて温かいココアを容れてくれた為に過ごしやすい……甘くて美味しいし、身体が芯から暖まるようね。

「この後の予定を確認する」

「はい」

「子爵に面会し、予定の擦り合わせや確認が終わった後に、この街のガナン人収容施設を視察する」

「了解です」

 対象の魔法使いを捕縛し、連行する前に不備がないか確認するのかしら? 帝都から遠い辺境の領地なんて、滅多に来ないでしょうし……せっかく捕まえたのに逃げられても堪らないものね。
 それからしばらく待てば迎えの車が到着したので、ガイウス中尉と二人で乗り込み移動する……やはり街の中は雪が降り積もっていて、住民は皆厚着で雪掻きをしているのが見える。

「……住民は魔法使いの存在を知っているのか?」

「……通報した者など一部のみで後は箝口令を敷いております」

 住民達があまりにいつもの調子であるためにガイウス中尉が運転手に質問すると、そんな返事が帰ってくる……まぁこんな地方都市で魔法使いや魔物が出たって騒ぎになったら魔女狩りが行われそうだものね、仕方ないのかも知れないわ。

「そろそろ着きます」

 運転手のその言葉通りに大通りを抜け、林道を通った先に領主の屋敷が見えてくる……そのまま近付くと柵扉が開き、前庭を回ってから正面玄関へと乗り付ける。

「お二方ようこそおいでいらっしゃいました、私はこの家の家令を務めさせて頂いております。奥で旦那様がお待ちです」

「あぁ」

 屋敷の中から出てきた家令さんについて行き、屋敷の奥へと進んで行く……やっぱり私の生まれ育ったスカーレット男爵邸よりも遥かに広くて綺麗で、少し凹みそう。……いやいや、それ以外の魅力もスカーレット男爵領にはあったわ! うん!

「旦那様、連れて参りました」

『……入れてくれ』

 そうやって屋敷の中を眺めているうちに領主の執務室へと着いたようね……家令さんが声を掛け、返事が返ってきてから入室する。

「よく来てくれました……お前たちは席を外せ」

「かしこまりました」

 おそらく本題の話をし易くするためだろう、目の前のウィーゼライヒ子爵が家令さんを含めた使用人たちを全員下がらせる。

「ようこそおいでくださいました、ガレス・ウィーゼライヒ子爵でございます」

「特別対魔機関バルバトス所属狩人のガイウス・マンファン特務中尉だ」

「同じくアリシア・スカーレット准尉です」

 この空間に三人だけとなったために、お互いに本当の身分を明かしての自己紹介をする……領主レベルになるとむしろこちらの正体を明かして協力を求める方が良いし、むしろ推奨されている。

「早速だが詳しい説明をお願いする」

「かしこまりました」

 やっぱり狩人や機士はそれだけで下級貴族よりも偉いため、領主様の物腰も低くて……なんだか半分平民の様な、弱小領地の男爵令嬢だった私には違和感がすごい。

「……実はですな、当初領民から通報された魔法使い二名は捕縛されておるのです」

「む? どういう事だ?」

 魔法使いを捕縛? それも二名も? 狩人でもないただの一般人でしかない領兵や駐在武官に、そんな事が出来るとは思えない……魔物を討伐し、魔力を取り込んだばかりで魔法を使えなかったとかかしら?

「それがですな、私にもよく分からんのです……」

「詳しく話せ」

「はぁ……それが魔法使い二名共が、ガナン人収容施設の前で倒れ込んでいるのを巡回兵が発見しまして、そのまま……という事でございます」

「「……は?」」

 ……え? いや、それは流石に間抜け過ぎるんじゃないかしら? 行き倒れるにしても、こう……もう少し場所があったでしょうに……どうしてわざわざ収容施設の前で……。

「……罠の可能性は?」

「それが……捕縛し、監禁後も何かをするでもなく、ここから出せと一方的に喚くばかりでして……」

「……ふむ」

 それさえも演技の可能性もあるけれど……ガナン人収容施設には魔力妨害もあるし、そもそも供物を取り上げられれば魔法使いは殆ど無力……メリットが思い浮かばない。

「領内の村に新たな魔物が出現しましたので、魔法使いの方が片付いたと素直に喜ぶのは良いのですが……これが罠であった場合、後方に気を遣いながら魔物を討伐する事になります」

「……そうだな、さすがに俺とアリシアの二人を分散する愚は避けたい」

 今ここで新人の私を置いて魔物の討伐になんか行ったら、なんの為に組んでいるのか分からなくなる……そもそも私一人では魔物だろうと、魔法使いであろうと荷が重い。

「先に魔法使いの尋問を開始するか……魔物の方はどうだ?」

「そちらは既に死亡者も出ておりまして、こちらの方が急を要するかと。なにやら小鬼が村を襲うとかで……」

 既に人が死んでしまっているのね……できるのならば魔物を優先して倒したいところだけど、後方の安全も確保せずに突っ走るのは危険だと思う。……もしも魔法使いが罠であり、私達狩人が居ない状況で暴れられた方が被害が大きい。

「そうか……だが今回は魔法使いを優先する」

「……よろしいので?」

 領主にとっては他人事ではないから不服そうね? でも僻地の村と地方都市では、もしもの時の犠牲者が少なくて済む……命の選別をしているようで心苦しくはあるけれど、了承して欲しい。

「……あぁ、帝国政府が別の伝手で応援を派遣したようだ」

「そうなのですか、それならば安心ですな」

「……」

 ……もしかして奈落の底アバドンの事かしら? 帝国政府は魔法使いを問答無用で殺そうとする反面、積極的に利用もする……今回の任務だって奈落の底アバドンの情報を絞る事も狙いの一つなのに、適当な魔物の間引きなどを依頼する事も多い。

「しばらく世話になる」

「とんでもございません、こちらこそよろしくお願いします」

「では我々は当初の予定通りガナン収容施設に赴く……車を出して貰えるか?」

「既に準備だけは出来ております」

 話が一段落したところで二人は握手を交わす……魔物を優先して欲しいと言っていたから、本当は山間の村へと行って貰うための車だったのでしょうね。

「こちらでございます」

 領主様の呼んだ家令のお爺さんに着いて行く……これから拘束された、クレルと同じガナン人に会いに行くのよね。……屋敷の前に止まった車に乗り込むのと同時に、喉の乾きを覚える。

「……」

 車の後部座席に座り、車が緩やかに発進ところで考え込む。……あれから、クレルと離れ離れになってから七年……その間に一度として、他のガナン人とは会ったことがない……どうしてか手が震える。

「……」

 無賃乗車していた彼とのやり取りが、クレル以外のガナン人との初めてのコンタクトだったのだけれど……マトモな会話は出来なかった。
 だから今から会うガナン人が、私が初めて会話する相手……クレルじゃないガナン人が、魔法使いが本当はどんな考え方を持った人なのかが分からない……クレルの様な優しい人かも知れないし、帝国政府の言うように残酷な人かも知れない……そのどちらでもないかも知れない。……要は、私は……未知の事柄に酷く緊張している

「……」

 ……いや、緊張というよりも恐怖かも知れない。……もし本当に、魔法使いが酷い人達ばかりだったら……なんて事を考えて、勝手に怯えている。勝手に期待を裏切られる事に恐怖している。……本当に酷い女ね。

「……」

 確かに魔法使いの中には極悪人も居るのかも知れない……でもだからって、全員がそうじゃない。私は知っているはずよ……クレルは、優しい魔法使いだったわ。

「……よし!」

 自身の頬を叩いて気合いを入れる……私は狩人、魔法使いと敵対する事が仕事。……けれど、たとえこの手を穢したとしても、私はもう二度とクレルを諦めないし、手を離さないって決めたんだから……たとえクレルが穢れた手は嫌だと振り払っても捕まえるんだから。

「勝手に居なくなって……覚悟しておきなさい」

 初めての人殺しをするかも知れないという事で不安定になっている心を……初恋の友人を想い浮かべる事で慰めて気合い入れる。……ただ、いきなり自分の頬を叩いた私を、ガイウス中尉は変な者を見る目で見ていた事には気付かなかった。

▼▼▼▼▼▼▼
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

悪役令嬢として断罪された聖女様は復讐する

青の雀
恋愛
公爵令嬢のマリアベルーナは、厳しい母の躾により、完ぺきな淑女として生まれ育つ。 両親は政略結婚で、父は母以外の女性を囲っていた。 母の死後1年も経たないうちに、その愛人を公爵家に入れ、同い年のリリアーヌが異母妹となった。 リリアーヌは、自分こそが公爵家の一人娘だと言わんばかりにわが物顔で振る舞いマリアベルーナに迷惑をかける。 マリアベルーナには、5歳の頃より婚約者がいて、第1王子のレオンハルト殿下も、次第にリリアーヌに魅了されてしまい、ついには婚約破棄されてしまう。 すべてを失ったマリアベルーナは悲しみのあまり、修道院へ自ら行く。 修道院で聖女様に覚醒して…… 大慌てになるレオンハルトと公爵家の人々は、なんとかマリアベルーナに戻ってきてもらおうとあの手この手を画策するが マリアベルーナを巡って、各国で戦争が起こるかもしれない 完ぺきな淑女の上に、完ぺきなボディライン、完ぺきなお妃教育を持った聖女様は、自由に羽ばたいていく 今回も短編です 誰と結ばれるかは、ご想像にお任せします♡

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

ワケあり公子は諦めない

豊口楽々亭
ファンタジー
精霊の加護により平和が守られている、エスメラルダ公国。 この国の公爵家の娘、ローゼリンド公女がある日行方不明になった。 大公子であるヘリオスとの婚約式を控えた妹のために、双子で瓜二つの兄である公子ジークヴァルトが身代わりになることに!? 妹になり代わったまま、幼馴染みのフロレンスと過ごすうち、彼女に惹かれていくジークヴァルト。 そんなある日、ローゼリンドが亡骸となって発見されて……───最愛の妹の死から始まる、死に戻りの物語!! ※なろう、カクヨムでも掲載しております。

処理中です...