サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜

たけのこ

文字の大きさ
64 / 140
第三章.寂寥のお絵かき

11.お忍び

しおりを挟む
「リーシャ、今日は外で遊ぼう」

「外……で、すか……?」

 期日までもう三日とない今日、朝早く起きて来たリーシャに外出する事を告げる……帝都中にばら撒いた誤魔化しは最早看破され通用せず、ジリジリと包囲されつつある。むしろなぜここまで狩人達の動きが遅かったのかが疑問ではあるが、罠と考えるしかあるまい。

「あぁそうだ、伯爵からも許可は得ている」

「そ、う……で……す、か……」

 リーシャが目に見えて落ち込んでしまう。瞳に薄く涙の膜を張り、両手の指を弄りながら下に俯きながら小さく暗い声で返信をする……彼女も気付いたのだろう、最早これ以上は全員の命を危険に曝すだけだと……彼女を、ミーナを殺すのだと。

「……すまないな」

「い、え……クレ、ル君……は悪、く……あり、ま、せ……ん……」

「そうか……」

 右手で自らの胸をトントンと軽く叩きながら深呼吸をしてから涙を拭い、眉尻を下げながらこちらを見上げてくるリーシャに胸が締め付けられる……彼女やレティシャに殺させる訳にはいかないな。

「おはよう……って何してるのよ?」

「レティシャか、今日は外出して遊ぼう」

「クレルが……? ふーん?」

 腕を組みながらわざわざ台の上に登ってこちらを見下ろしながら怪訝な表情をするレティシャに対してなんとも言えない気持ちを抱く……そろそろ慣れてくれると良いのだが、未だに彼女は俺と話す時は高圧的に見下した体を取らないとダメらしい。

「あら、皆もう起きているのね」

「今日は外に遊びに行くんですって」

「……外に? 私は庭の隅から出られないのだけれど?」

 ミーナが現れた途端に色めき立つカルマンの肩を掴み引き寄せるが片手で払われ、ピエロらしい笑顔を心掛けながら彼はミーナへと近付く……また余計な事を言わないだろうかというこちらの心配など努めて無視してそのままミーナの近くに跪く。

「えぇ、その通りですお嬢様……ですからお忍びでこっそり出ましょうね?」

「……あなた、結構悪いピエロさんなのね?」

「道化師ですから、面白可笑しくするのがお仕事です」

 その場でカルマンは供物であるお金を対価として無詠唱で魔法を行使し、ミーナの全体が隠れるくらいのブーケを創り出して被せる……首元で留め具を付けてからそっと腕に乗せるように抱き寄せるその様はとてもではないが守銭奴には見えない。

「……悪い魔法使いさんに攫われてしまうのかしら?」

「手品が得意なピエロが楽しい場所に案内するだけですよ」

 こちらに対して目線で合図を送りながらあくまでも魔法を手品と、魔法使いではなくピエロだと言い張る彼に俺も付き合うべきだろう……供物である羊毛を対価として無詠唱で魔法を行使してマフラーを創り出し、顔の半分まで隠れるように巻いてあげる。

「寒さがキツイ季節だ、必要だろう」

「準備が整いましたね、さぁ参りましょうか」

「……ふふ、楽しみね?」

 ……聡い子だ、こちらの対応に自分の運命を悟ったのだろう……目尻に涙を溜めながらもしっかりとカルマンの肩を掴み既に泣き始めているリーシャとレティシャに微笑みかける。

「さぁ、お友達も一緒にお外に遊びに行きましょう?」

「うっ、ひっぐ……し、仕方ないわね!」

「は、はい……ぐすっ」

 こっそりと別邸から出て裏庭の橋の方にある柵の緩い所を外して敷地外へと躍り出る……ここ数日間でカルマンと歩き回り、帝都でもこの近辺ならば地理がある。そのまま路地裏を経由して目立たないように、人の目になるだけ触れないようにして入街管理局へと辿り着く。

「……またお前たちか、今度は子どもが増えているようだが──」

「──これで良いか?」

「……」

 管理局員がまた何かを言い募る前に目の前に高額紙幣の束を放り投げ、黙った彼を無視して帝都から脱出する……そのまま朝の冷えた空気を吸い込みながら目的地を目指す。

「ねぇ、ミーナは私たちと遊んで楽しかった?」

「もちろんよ、あなた達が居てくれて良かったわ」

 涙を流しながらいつもの高圧的な態度も鳴りをひそめ、半ば縋るようにしてレティシャがミーナに対してこれまで楽しかったかを聞く様はまるでこれから永遠の別れの様で切ない思いを抱かせる。

「似、顔……絵……上手、く……出来、ま……せ、んで……した……」

「大丈夫よ、上手く描けてたわ」

 終ぞ上手くミーナの似顔絵を描けなかったと後悔するように涙を流し、懺悔するかの様な面持ちのリーシャがくしゃくしゃになった絵を大事に胸に抱える仕草に辛くなる。

「私は平気なのにあなた達は辛そうね?」

「だ、だって……!」

「す、すい……ませ、ん……」

 本当になぜだろうな……これから殺される側ではなく、殺す側がボロボロと涙を流し続けている……これではどっちが可哀想なのかわからないではないか。

「いいじゃないですか、お嬢様は彼女たちの似顔絵を描けたのでしょう?」

「そうよ?」

「ふふ、でしたらあなたの唯一であり最高の『価値』を以て贈り物が出来たではないですか」

「──」

 ……本当にカルマンはどこまでもブレないな、普通ここで唯一の価値とまでは言い切らないとは思うが……彼女たちの表情を見るに問題ないどころか救われたようだ。

「そうね……私はお友達にとても大きな『価値』を残せたのね」

「えぇそうですとも、彼女たちも『対価』としてあなたに最高の時間をくれたでしょう?」

「えぇそうね、私のお友達は最高の『価値』を持っているわ」

 最早リーシャとレティシャからはすすり泣く声しか聞こえない。俺に、僕に出来ることは何もないけれど……せめて楽に、誰にも邪魔されず彼女たちの最後の時間を守り通そうと誓う。

「ほら着きましたよ、ここです」

「……綺麗な所ね?」

 目的地であるこの場所は帝都から少し離れた所にありながら魔力残滓が濃ゆく残り人の出入りが少ない森を抜けた先にある湖で、魔力を纏うその水は常にその色の濃淡を変化させる。

「さて、邪魔者である道化師は退散しますので後はご自由に……」

「……ありがとう」

「か、感謝するわ……」

「あ、り……がと、う……ご、ざい、ま……す……」

 カルマンから目配せを貰い、頭を下げながらお礼を言う彼女たちを背後に森へと戻る……ある程度進み、丁度真ん中辺りにある広場へと躍り出る。

「……出てこい無粋な狼共め」

「……」

「ひぃ、ふぅ、みぃ……四人か」

 泣いて、感情の波が乱れていた彼女たちは気付いてはいなかっただろうが先ほどからこちらの後をコソコソと付けやがって……絶対に許さん。

「アイツらの最期は邪魔させんし、余韻を潰す様な真似もさせん」

「うっわ、クレルの奴怒っていやがる……」

 絶対に彼女たちの別れを邪魔はさせないしミーナを殺して心の整理が付いていない彼女たちを殺させるような事もさせない……そんなものは絶対に僕が許さない!

「ガナン人風情が……友情ごっこか」

「魔物同士惹かれ合うのだろう? 人間様には理解できんな」

「ごちゃごちゃ五月蝿いんだよ」

「あ?」

 人間かそうでないかなどどうでもいい……彼らにとっては重大な違いなのだろうがこちらにとっては心底興味が無い、無いが……そんな事で彼女たちの想いを穢されるのは我慢ならない。

「これから駆除する虫と語るな、俺たちの任務は──」

「──いいからかかってこい、犬」

「……殺す」

 無粋な犬共が武器を抜いたのを確認しながら供物を握り締め、魔法を発動する。

▼▼▼▼▼▼▼
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

悪役令嬢として断罪された聖女様は復讐する

青の雀
恋愛
公爵令嬢のマリアベルーナは、厳しい母の躾により、完ぺきな淑女として生まれ育つ。 両親は政略結婚で、父は母以外の女性を囲っていた。 母の死後1年も経たないうちに、その愛人を公爵家に入れ、同い年のリリアーヌが異母妹となった。 リリアーヌは、自分こそが公爵家の一人娘だと言わんばかりにわが物顔で振る舞いマリアベルーナに迷惑をかける。 マリアベルーナには、5歳の頃より婚約者がいて、第1王子のレオンハルト殿下も、次第にリリアーヌに魅了されてしまい、ついには婚約破棄されてしまう。 すべてを失ったマリアベルーナは悲しみのあまり、修道院へ自ら行く。 修道院で聖女様に覚醒して…… 大慌てになるレオンハルトと公爵家の人々は、なんとかマリアベルーナに戻ってきてもらおうとあの手この手を画策するが マリアベルーナを巡って、各国で戦争が起こるかもしれない 完ぺきな淑女の上に、完ぺきなボディライン、完ぺきなお妃教育を持った聖女様は、自由に羽ばたいていく 今回も短編です 誰と結ばれるかは、ご想像にお任せします♡

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

ワケあり公子は諦めない

豊口楽々亭
ファンタジー
精霊の加護により平和が守られている、エスメラルダ公国。 この国の公爵家の娘、ローゼリンド公女がある日行方不明になった。 大公子であるヘリオスとの婚約式を控えた妹のために、双子で瓜二つの兄である公子ジークヴァルトが身代わりになることに!? 妹になり代わったまま、幼馴染みのフロレンスと過ごすうち、彼女に惹かれていくジークヴァルト。 そんなある日、ローゼリンドが亡骸となって発見されて……───最愛の妹の死から始まる、死に戻りの物語!! ※なろう、カクヨムでも掲載しております。

処理中です...