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本編
67話 祭りを生み出すという事 その15
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「あー、いたー、あれー?」
少女の叫び声がかつては馬場で、今は放牧場となった広場に響いた、
「あれは牛っていうんだ」
「あれが牛?」
「そうだぞ」
「近くで見ていい?いい?」
「駄目、柵から入るな」
「えー、ダメー?」
「駄目、危ないし、牛の邪魔をしては駄目だ」
「邪魔しないー」
「うるさい娘は邪魔なの」
「うるさくない」
「もううるさいだろ」
「静かにするー」
「それでも駄目、危ないからな」
「ぶー」
少女と恐らくその父親であろうか、その会話が家畜小屋にも響いてくる、ルカスとその同僚達がお客さんかなと作業の手を止め、学園長とユーリがこの声はと振り返る、
「あー、ユーリだー、ガクエンチョウセンセイだー」
ミナの興奮は納まらず、知った顔を見付けてさらに大きな声となる、ミナの隣にはタロウとレイン、その後ろにはグルジアとレスタの姿があった、
「おう、いらっしゃい」
「あー、あんたらももの好きねー」
学園長は笑顔で、ユーリは苦笑いで一行を迎える、
「うるさくてすいません、ミナがどうしても見たいって聞かなくて」
タロウは小さく会釈をして頭をかいた、
「何を言う、タロウ殿であれば好き勝手してよいぞ、ミナちゃんほれ、あれがウシであれがブタじゃ」
学園長は駆け寄ったミナに優しく微笑み、家畜小屋で寝そべる二つの動物を指差した、
「あれがウシ?おっきいやつ?」
「そうじゃ」
「これがブタ?」
「そうじゃぞ」
「わー、変なのー」
ミナはダダッと走り豚の柵に貼り付いた、
「わっ、ちっさい、これ赤ちゃん?」
「そうじゃのう」
「可愛いー、あー、お乳飲んでるー」
「そうじゃなー」
「ウワー、初めて見たー、すごーい」
ミナが遠慮無く歓声を上げ、レインとグルジア、レスタも豚を覗き込んでへーと感心している、グルジアとレスタが初見であるのは確かだが、どうやらレインも初めて見るらしい、首を傾げつつじっくりと観察し、そういう事かと頷いている、
「あんたも大変ね」
ユーリが疲れた顔でタロウを見上げた、
「別に、散歩がてらだけどさ、どうかしたのか?」
「どうもこうも無いわよ、今日は心底疲れたわ、まったく、どいつもこいつもめんどくさいったら」
大きく溜息を吐くユーリである、
「ありゃ・・・まぁ、そういう事もあるだろ」
「そうね、なんとかなったからいいけど・・・あっ、領主様と会って来たけどその報告いるかしら?」
「そうなのか?午前中に会ったぞ、俺も」
「らしいわね、じゃ、必要無い?」
「んー・・・それを判断するのは俺じゃないな、クロノスにでも話しておけば?何か特別な事か?」
「それほどじゃないけどね、向こうも私らがそっち側だって知っているから本心を口にした訳では無いし、まぁ、そういう事もあったって程度かしら」
「なら、別に・・・いや、それも俺が判断する事じゃないね」
「そうね、今度顔合わせたら言っておくわ」
「それがいいだろうね」
ユーリはハァと吐息を吐き出した、報告の相談もそうであるが、単に愚痴りたかっただけであったりする、かと言ってタロウに鬱憤を叩き付けるのも違った、今日は適当に酒を飲んで寝てしまうのが一番だわねと思い直す、
「で、何やってるのさ?」
「あー・・・学園長がほら、ウシとブタ?これを文化祭の目玉にしようって言い出してね、で、下見」
「へー・・・いいんじゃない?」
「そうね、ブタの子供可愛いわね、でかいとあれだけど、毛の無い猪って感じ?」
「そだねー、美味いぞ、豚は」
「それは聞いたわ、学園長が嬉しそうで、もー・・・」
ユーリがめんどくさそうに学園長の背を睨む、当の本人は子供二人と生徒二人と共に豚を見下ろしてはしゃいでいる、先程まではユーリと同じく鬱憤を貯め込んだ陰鬱な暗い顔であったが、あっという間に機嫌が良くなったらしい、ミナ様様と言うべきか、どうせ大して悩んでいなかったし、疲れてもいなかったと取るべきか、いずれにしろ機嫌の変化が早すぎる、少なくとも良くなる分には良い事かもしれない、そこは大人として見習うべき事だわねとユーリはミナの歓声を聞きながらどうでもいいかと自己完結する、
「お疲れ様です」
タロウとユーリの元にルカスがニコニコと近寄ってきた、その後ろの講師と手伝いであろう生徒達も会釈を送る、
「お疲れ様です、どんなもんです?」
タロウも笑顔で応じた、今朝のルカスは初めて見る牛と豚、さらに責任感から来るものであろう、かなり緊張した面持ちであった、どうやら一日世話をして疲れも手伝ってか柔らかい笑みを浮かべる程に弛緩している様子である、
「どうもこうも、やはり楽しいですよ、動物の世話は」
ルカスは嬉しそうに家畜小屋を見渡す、ルカスは馬と鶏の繁殖農家出身の生粋の平民であり農民である、生まれたときから動物に囲まれ、特に馬の世話と繁殖に関しては両親からその技術の全てを幼い時から叩きこまれており、その経験と知識を兵役の際に見出され若者ながらも軍馬の調達を任せられる程に軍人として出世した、以後、軍を中心に知識を深め、やがて学園の講師として招かれる事になる、軍での栄達もあったのであるが、郷里に戻れるとのことでルカスは講師職を選んだ、しかし、魔法学園では騎士科なる学科もあったが肝心の馬は育てておらず、ルカスの知識はあくまで知識として使うほかなく、また、乗馬の訓練等もあるにはあるが、その場合は提携している牧場に出向いての訓練となり、ここでもルカスの経験を活かす事が難しかった、つまり、ルカスにとってこの魔法学園は蓄積した技術を活かす場所ではなかったのである、ルカスはそれに気付いた際に軍に戻ろうかとも考えた、ルカスとしては馬を扱う仕事に関わっていきたいと考えていた為である、しかし、両親や親戚が折角戻って来たのだからとこちらに腰を落ち着けるように願い、ルカスとしてもそれを断る事は難しく、そして、腐るほどではないが、やはり物足りなさを感じつつ教職を続ける事とした、而して数年、実家の手伝いが心の拠り所なって何とか教職を続けていたが、突然学園長に呼び出され、いよいよ退職かなと覚悟を決めて面談してみれば、廃棄されていた馬屋を改築し新しい家畜を飼育するという、ついてはその責任者になってくれとの事であった、これにはルカスは半信半疑であったがエーリクとの打合せを済ませ、倉庫と化していた馬屋が片付けられるのを手伝う内に、嘘では無いと確証するにいたる、そして今朝、その家畜が搬入されたらしい、これもまた突然の事であった、同僚と共に家畜小屋に走れば見慣れない男と学園長が談笑しており、各小部屋には確かに見慣れない動物が我が物顔で寝そべっている、ルカスは恐らくその瞬間の光景を一生忘れる事は無いであろう、正に人生の転機となった朝なのであった、
「そうですか、であれば私も嬉しいですよ、やはりその道の熟練者に任せるのが一番ですから」
「そんな、私などではまだまだです、初めて目にする動物ですからね、責任に押し潰されそうですよ」
タロウは随分と腰の低い先生だなと感じる、物腰も柔らかく押しの強さが一切無い、その経歴等は聞いていないが、この人物であれば任せても良さそうだなと安心した、なにせ、タロウの知るこの王国の先生とはユーリを筆頭に学園長とエーリクである、この三人のアクの強さに比べればまるで聖人のような口調と佇まいであり、さらにその家畜に向けられる眼差しは真摯で優しいものであった、食べる為、乳を絞る為に飼育される動物達であるが、だからといって虐げるような人物に任せる気は無かったのである、
「そうだ、まだ早いと思いますが、屠殺と解体に関してはどうされますか?もし、段取りできるのであれば、別途、成長した肉牛と豚も手配出来ますが」
「なんと・・・良いのですか?」
ルカスが目を丸くし、ユーリもへーとタロウを見上げる、随分と太っ腹に聞こえた、
「ええ、牛舎が別に出来れば肉牛と豚を追加したいですしね、他にもそろそろ卸して良いかなと思われるのが数頭居りますので、ほら、偉い人達が食べたいとうるさくて・・・」
「あー、そういう事・・・」
「そういう事、牛も豚も鹿や猪の解体が出来れば難しく無いと思うしね」
「なるほど、確かに、ブタはそうでしょうね、でも、ウシが難しいかな・・・段取りは変わらないでしょうけど、あっ、そうか、どっちも生きている状態からか・・・」
「そうなんですよ、難しいです?」
「いえ、大丈夫でしょう、馬の解体と思えばなんとか、気絶させて血を抜いて、吊るし解体でいいですよね」
「はい、恐らくそれでいいですね、そう言えば、こっちでは馬は食べないのですか?市場で馬の肉を見かけませんでしたけど、解体はされるのですか?」
「あー、食べますよ、はい、ただ、貴族様があまり好まれないのでね、なので、大っぴらにはしてないだけです、市場に流したとしても恐らく鹿肉とかなんとかって誤魔化しているかもです」
「そういう事ですか・・・まぁ仕方ないでしょうね」
「そうなんです、騎士様にとっては大事な相棒ですから、まぁ、そうは言っても戦場や軍団基地では時折振る舞われますけどね、その際には分かってはいるけど食されてました、鳥を殺して猫を飼うってやつでして」
「・・・あー、背に腹は代えられない?」
「?」
「?」
ユーリとルカスが不思議そうにタロウを見詰める、
「ほら、腹、内臓は背中よりも重要でしょ、だから、腹が危なくなったら背中を向けろ?って感じの意味合いです」
「なるほど、鳥を殺して猫を飼うと確かに近いですね」
「ほぼ一緒ですね」
「なんだ、そういう事」
二人は安堵して微笑み、タロウは笑顔を浮かべる、王国にも格言や言い回しといった表現は数多くあり、それはこの国で育ったわけではないタロウにとっては新鮮に感じると同時に難解なものであった、なので時折意味を再確認したりするのであるが、それ以上にタロウの口にする諺やら何やらは周囲を混乱のどつぼに落としてきた、お互い様と言えばその通りで、文化の違いは面白いなとタロウは楽しんでいたりする、
「じゃ、あれかな、馬の油って手に入る?」
「馬の油ですか?勿論・・・ですが、大した量は取れないでしょ・・・捨ててるのかな・・・いや、特に切り取らないで一緒に売ってる筈ですね・・・」
「でしょうね、でも、あれ便利なんですよ、なので、別にしてそれだけ購入したいかなって」
「えっ?」
「油だけですか?脂肪ですよね?」
二人の瞳がタロウを射貫く、
「そうですね、まぁ、もし手配できればお願いしたい」
タロウがニヤリと微笑む、ルカスは不思議そうに首を傾げるが、ユーリはまた何か始めるのかと目を眇め、こいつもまったくと内心で毒づく、また変な騒動にならなければ良いなと思うが、まぁ、なるようにしかならないであろう、
「タロー、チチシボリー」
そこへ、ミナが突っ込んできた、
「今度は何だ?」
「ガクエンチョウセンセイがー、ウシのチチシボリだってー」
「あー、大丈夫ですか?」
タロウがルカスに確認する、
「はい、恐らくは、採取してから時間も経ってますし」
「すいません、あっ、これ私の娘です、ほらミナ御挨拶」
「えっ?」
とミナはルカスを見上げる、ルカスはにこやかにミナを見下ろした、
「えっと、ミナです」
若干恥ずかしそうにするミナに、
「はい、ルカスといいます、ウシとブタのお世話をしてます」
「そうなのー?」
「そうだぞー」
「いいなー、ブタ可愛いー」
「そうだねー、ウシも可愛いぞー」
「そうなの?」
「ほら、あっち、あれがウシの赤ちゃん」
「えっ、いるの?」
「いるぞ、ほら、おいで」
ルカスがミナと共に牛の区画へ向かい、グルジア達もぞろぞろと着いていく、
「やれやれ、楽しそうでいいわよね、ミナは」
「だなー・・・羨ましい?」
「・・・まぁね、さて、私は先に戻るわね、なんかある?」
「特には無いかな、俺もすぐ戻るよ」
「はいはい、じゃ」
ユーリは疲れた様な口調であるが、それでも先程よりかはだいぶ気は楽になって家畜小屋を後にした、牛と豚に癒され、ついでにミナにも癒された、学園長から解放されたのも大きい、これは口が裂けても言えないが、やがてその背にミナの嬌声が届く、今日も疲れたなと肩に手を当て腕を大きく振り回すユーリであった。
少女の叫び声がかつては馬場で、今は放牧場となった広場に響いた、
「あれは牛っていうんだ」
「あれが牛?」
「そうだぞ」
「近くで見ていい?いい?」
「駄目、柵から入るな」
「えー、ダメー?」
「駄目、危ないし、牛の邪魔をしては駄目だ」
「邪魔しないー」
「うるさい娘は邪魔なの」
「うるさくない」
「もううるさいだろ」
「静かにするー」
「それでも駄目、危ないからな」
「ぶー」
少女と恐らくその父親であろうか、その会話が家畜小屋にも響いてくる、ルカスとその同僚達がお客さんかなと作業の手を止め、学園長とユーリがこの声はと振り返る、
「あー、ユーリだー、ガクエンチョウセンセイだー」
ミナの興奮は納まらず、知った顔を見付けてさらに大きな声となる、ミナの隣にはタロウとレイン、その後ろにはグルジアとレスタの姿があった、
「おう、いらっしゃい」
「あー、あんたらももの好きねー」
学園長は笑顔で、ユーリは苦笑いで一行を迎える、
「うるさくてすいません、ミナがどうしても見たいって聞かなくて」
タロウは小さく会釈をして頭をかいた、
「何を言う、タロウ殿であれば好き勝手してよいぞ、ミナちゃんほれ、あれがウシであれがブタじゃ」
学園長は駆け寄ったミナに優しく微笑み、家畜小屋で寝そべる二つの動物を指差した、
「あれがウシ?おっきいやつ?」
「そうじゃ」
「これがブタ?」
「そうじゃぞ」
「わー、変なのー」
ミナはダダッと走り豚の柵に貼り付いた、
「わっ、ちっさい、これ赤ちゃん?」
「そうじゃのう」
「可愛いー、あー、お乳飲んでるー」
「そうじゃなー」
「ウワー、初めて見たー、すごーい」
ミナが遠慮無く歓声を上げ、レインとグルジア、レスタも豚を覗き込んでへーと感心している、グルジアとレスタが初見であるのは確かだが、どうやらレインも初めて見るらしい、首を傾げつつじっくりと観察し、そういう事かと頷いている、
「あんたも大変ね」
ユーリが疲れた顔でタロウを見上げた、
「別に、散歩がてらだけどさ、どうかしたのか?」
「どうもこうも無いわよ、今日は心底疲れたわ、まったく、どいつもこいつもめんどくさいったら」
大きく溜息を吐くユーリである、
「ありゃ・・・まぁ、そういう事もあるだろ」
「そうね、なんとかなったからいいけど・・・あっ、領主様と会って来たけどその報告いるかしら?」
「そうなのか?午前中に会ったぞ、俺も」
「らしいわね、じゃ、必要無い?」
「んー・・・それを判断するのは俺じゃないな、クロノスにでも話しておけば?何か特別な事か?」
「それほどじゃないけどね、向こうも私らがそっち側だって知っているから本心を口にした訳では無いし、まぁ、そういう事もあったって程度かしら」
「なら、別に・・・いや、それも俺が判断する事じゃないね」
「そうね、今度顔合わせたら言っておくわ」
「それがいいだろうね」
ユーリはハァと吐息を吐き出した、報告の相談もそうであるが、単に愚痴りたかっただけであったりする、かと言ってタロウに鬱憤を叩き付けるのも違った、今日は適当に酒を飲んで寝てしまうのが一番だわねと思い直す、
「で、何やってるのさ?」
「あー・・・学園長がほら、ウシとブタ?これを文化祭の目玉にしようって言い出してね、で、下見」
「へー・・・いいんじゃない?」
「そうね、ブタの子供可愛いわね、でかいとあれだけど、毛の無い猪って感じ?」
「そだねー、美味いぞ、豚は」
「それは聞いたわ、学園長が嬉しそうで、もー・・・」
ユーリがめんどくさそうに学園長の背を睨む、当の本人は子供二人と生徒二人と共に豚を見下ろしてはしゃいでいる、先程まではユーリと同じく鬱憤を貯め込んだ陰鬱な暗い顔であったが、あっという間に機嫌が良くなったらしい、ミナ様様と言うべきか、どうせ大して悩んでいなかったし、疲れてもいなかったと取るべきか、いずれにしろ機嫌の変化が早すぎる、少なくとも良くなる分には良い事かもしれない、そこは大人として見習うべき事だわねとユーリはミナの歓声を聞きながらどうでもいいかと自己完結する、
「お疲れ様です」
タロウとユーリの元にルカスがニコニコと近寄ってきた、その後ろの講師と手伝いであろう生徒達も会釈を送る、
「お疲れ様です、どんなもんです?」
タロウも笑顔で応じた、今朝のルカスは初めて見る牛と豚、さらに責任感から来るものであろう、かなり緊張した面持ちであった、どうやら一日世話をして疲れも手伝ってか柔らかい笑みを浮かべる程に弛緩している様子である、
「どうもこうも、やはり楽しいですよ、動物の世話は」
ルカスは嬉しそうに家畜小屋を見渡す、ルカスは馬と鶏の繁殖農家出身の生粋の平民であり農民である、生まれたときから動物に囲まれ、特に馬の世話と繁殖に関しては両親からその技術の全てを幼い時から叩きこまれており、その経験と知識を兵役の際に見出され若者ながらも軍馬の調達を任せられる程に軍人として出世した、以後、軍を中心に知識を深め、やがて学園の講師として招かれる事になる、軍での栄達もあったのであるが、郷里に戻れるとのことでルカスは講師職を選んだ、しかし、魔法学園では騎士科なる学科もあったが肝心の馬は育てておらず、ルカスの知識はあくまで知識として使うほかなく、また、乗馬の訓練等もあるにはあるが、その場合は提携している牧場に出向いての訓練となり、ここでもルカスの経験を活かす事が難しかった、つまり、ルカスにとってこの魔法学園は蓄積した技術を活かす場所ではなかったのである、ルカスはそれに気付いた際に軍に戻ろうかとも考えた、ルカスとしては馬を扱う仕事に関わっていきたいと考えていた為である、しかし、両親や親戚が折角戻って来たのだからとこちらに腰を落ち着けるように願い、ルカスとしてもそれを断る事は難しく、そして、腐るほどではないが、やはり物足りなさを感じつつ教職を続ける事とした、而して数年、実家の手伝いが心の拠り所なって何とか教職を続けていたが、突然学園長に呼び出され、いよいよ退職かなと覚悟を決めて面談してみれば、廃棄されていた馬屋を改築し新しい家畜を飼育するという、ついてはその責任者になってくれとの事であった、これにはルカスは半信半疑であったがエーリクとの打合せを済ませ、倉庫と化していた馬屋が片付けられるのを手伝う内に、嘘では無いと確証するにいたる、そして今朝、その家畜が搬入されたらしい、これもまた突然の事であった、同僚と共に家畜小屋に走れば見慣れない男と学園長が談笑しており、各小部屋には確かに見慣れない動物が我が物顔で寝そべっている、ルカスは恐らくその瞬間の光景を一生忘れる事は無いであろう、正に人生の転機となった朝なのであった、
「そうですか、であれば私も嬉しいですよ、やはりその道の熟練者に任せるのが一番ですから」
「そんな、私などではまだまだです、初めて目にする動物ですからね、責任に押し潰されそうですよ」
タロウは随分と腰の低い先生だなと感じる、物腰も柔らかく押しの強さが一切無い、その経歴等は聞いていないが、この人物であれば任せても良さそうだなと安心した、なにせ、タロウの知るこの王国の先生とはユーリを筆頭に学園長とエーリクである、この三人のアクの強さに比べればまるで聖人のような口調と佇まいであり、さらにその家畜に向けられる眼差しは真摯で優しいものであった、食べる為、乳を絞る為に飼育される動物達であるが、だからといって虐げるような人物に任せる気は無かったのである、
「そうだ、まだ早いと思いますが、屠殺と解体に関してはどうされますか?もし、段取りできるのであれば、別途、成長した肉牛と豚も手配出来ますが」
「なんと・・・良いのですか?」
ルカスが目を丸くし、ユーリもへーとタロウを見上げる、随分と太っ腹に聞こえた、
「ええ、牛舎が別に出来れば肉牛と豚を追加したいですしね、他にもそろそろ卸して良いかなと思われるのが数頭居りますので、ほら、偉い人達が食べたいとうるさくて・・・」
「あー、そういう事・・・」
「そういう事、牛も豚も鹿や猪の解体が出来れば難しく無いと思うしね」
「なるほど、確かに、ブタはそうでしょうね、でも、ウシが難しいかな・・・段取りは変わらないでしょうけど、あっ、そうか、どっちも生きている状態からか・・・」
「そうなんですよ、難しいです?」
「いえ、大丈夫でしょう、馬の解体と思えばなんとか、気絶させて血を抜いて、吊るし解体でいいですよね」
「はい、恐らくそれでいいですね、そう言えば、こっちでは馬は食べないのですか?市場で馬の肉を見かけませんでしたけど、解体はされるのですか?」
「あー、食べますよ、はい、ただ、貴族様があまり好まれないのでね、なので、大っぴらにはしてないだけです、市場に流したとしても恐らく鹿肉とかなんとかって誤魔化しているかもです」
「そういう事ですか・・・まぁ仕方ないでしょうね」
「そうなんです、騎士様にとっては大事な相棒ですから、まぁ、そうは言っても戦場や軍団基地では時折振る舞われますけどね、その際には分かってはいるけど食されてました、鳥を殺して猫を飼うってやつでして」
「・・・あー、背に腹は代えられない?」
「?」
「?」
ユーリとルカスが不思議そうにタロウを見詰める、
「ほら、腹、内臓は背中よりも重要でしょ、だから、腹が危なくなったら背中を向けろ?って感じの意味合いです」
「なるほど、鳥を殺して猫を飼うと確かに近いですね」
「ほぼ一緒ですね」
「なんだ、そういう事」
二人は安堵して微笑み、タロウは笑顔を浮かべる、王国にも格言や言い回しといった表現は数多くあり、それはこの国で育ったわけではないタロウにとっては新鮮に感じると同時に難解なものであった、なので時折意味を再確認したりするのであるが、それ以上にタロウの口にする諺やら何やらは周囲を混乱のどつぼに落としてきた、お互い様と言えばその通りで、文化の違いは面白いなとタロウは楽しんでいたりする、
「じゃ、あれかな、馬の油って手に入る?」
「馬の油ですか?勿論・・・ですが、大した量は取れないでしょ・・・捨ててるのかな・・・いや、特に切り取らないで一緒に売ってる筈ですね・・・」
「でしょうね、でも、あれ便利なんですよ、なので、別にしてそれだけ購入したいかなって」
「えっ?」
「油だけですか?脂肪ですよね?」
二人の瞳がタロウを射貫く、
「そうですね、まぁ、もし手配できればお願いしたい」
タロウがニヤリと微笑む、ルカスは不思議そうに首を傾げるが、ユーリはまた何か始めるのかと目を眇め、こいつもまったくと内心で毒づく、また変な騒動にならなければ良いなと思うが、まぁ、なるようにしかならないであろう、
「タロー、チチシボリー」
そこへ、ミナが突っ込んできた、
「今度は何だ?」
「ガクエンチョウセンセイがー、ウシのチチシボリだってー」
「あー、大丈夫ですか?」
タロウがルカスに確認する、
「はい、恐らくは、採取してから時間も経ってますし」
「すいません、あっ、これ私の娘です、ほらミナ御挨拶」
「えっ?」
とミナはルカスを見上げる、ルカスはにこやかにミナを見下ろした、
「えっと、ミナです」
若干恥ずかしそうにするミナに、
「はい、ルカスといいます、ウシとブタのお世話をしてます」
「そうなのー?」
「そうだぞー」
「いいなー、ブタ可愛いー」
「そうだねー、ウシも可愛いぞー」
「そうなの?」
「ほら、あっち、あれがウシの赤ちゃん」
「えっ、いるの?」
「いるぞ、ほら、おいで」
ルカスがミナと共に牛の区画へ向かい、グルジア達もぞろぞろと着いていく、
「やれやれ、楽しそうでいいわよね、ミナは」
「だなー・・・羨ましい?」
「・・・まぁね、さて、私は先に戻るわね、なんかある?」
「特には無いかな、俺もすぐ戻るよ」
「はいはい、じゃ」
ユーリは疲れた様な口調であるが、それでも先程よりかはだいぶ気は楽になって家畜小屋を後にした、牛と豚に癒され、ついでにミナにも癒された、学園長から解放されたのも大きい、これは口が裂けても言えないが、やがてその背にミナの嬌声が届く、今日も疲れたなと肩に手を当て腕を大きく振り回すユーリであった。
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その為に彼がまず行うのはこのゲーム唯一の「バグ技」…"剣ぺろ"だ
剣ぺろと言う「バグ技」は
"剣を舐めるとステータスのどれかが1上がるバグ"だ
この物語は
剣ぺろバグを使い優雅なスローライフを目指そうと奮闘する悪役貴族の物語
(自分は学園編のみ登場してそこからは全く登場しない、ならそれ以降はのんびりと暮らせば良いんだ!)
しかしこれがフラグになる事を彼はまだ知らない
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
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