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本編
72話 初雪 その42
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午前の中ほど、タロウはさてと市場を見渡して一息ついた、街は実に活気に溢れている、雪が積もった上に厚い雲が垂れさがり、風も痛い、しかし市場には人が溢れ、客引きの声が絶える事は無い様子であった、それも当然であろう、今、このモニケンダムの街外れには王国の一個軍団が駐留し、それに比肩する規模のヘルデルの軍団も駐留している、さらにそれらは倍以上に増える事が広報されており、それら大規模な軍団を相手に一儲けしようと近隣から商人が集まってきていた、市場の喧噪の半分はそう言った外部からの商人であり、その隙間を縫うように衛兵と思しき集団が数人の文官と共に見回りをしている、どうやら各商店の値段を確認して回っているらしい、タロウが見る限り難癖に聞こえるようないちゃもんをつけて商店主を威圧しており、商店主は悲鳴のような声を上げて反論していた、いいのかなとタロウは思うも、よく考えれば中々に実直な管理方法ではあった、何となくこの地の領主であるカラミッドの生真面目さが表れているようで、また、そうやってしっかり監督しているという事を商店側にも、市場での主要客である平民達にも知らしめ、周知する事は混乱を起こさない為と日用品の価格暴騰を押さえる策となっているのであろう、少々居丈高で乱暴にも見えたが、その程度に威圧的でなければあっという間に舐められる事は必然で、つまりこの文化、この王国にあっては常識内の対応なのであった、故にタロウは大したもんだなと柔らかく微笑んでしまう、
「さて・・・こんなもんかなー」
タロウは足元に並べた戦利品とは呼べないまでも気ままに買い付けた品々を確認する、今日学園に顔を出し、ルカスと軽く情報交換を済ませた、新しい宿舎に牛も豚も満足そうとの事で、今朝の雪にもまるで動じていないようだとルカスは微笑んでいた、なるほどとタロウも微笑みついでに亀の事を聞いてみると、ルカスは今一つ理解していないようであった、モニケンダムの現地人であるルカスがそう言うとなればやはり馴染みが薄い動物であったようである、実際に騒ぎ始めたミナは勿論の事、子供達もヘラルダも知らないらしい、さらに生徒達、カトカやサビナにも聞いてみたが、カトカは知識はあるが実際に生きた亀を見たことは無いとの事で、タロウはなるほど、こういう点も気を付けなければならないなと再確認するに至っている、こちらに来てから数年経つがやはりこういう常識の隙間的な事象はあるもので、ちょっとした言い回しや、タロウの故郷では外来語と言われる言葉、さらには存在はするが周知されていない名称、単語等、ポロッと口にする事は多い、その口にする程度であれば幾らでも取り繕えるし、誤魔化せる、しかし、先日のそれはまずかった、木簡にカメと明記してしまったのである、幸いな事に亀は実在し、知る人は知っているようで、さらに今朝、学園長の著作でその存在を確認している、レインが静かに耳打ちしてくれたのだ、それは良いとミナにこれだと見せつけ、レインも満足そうであったが、ミナはムーと逆に寂しそうにしていた、タロウはそういう事でと逃げるように階段を上がったが、ミナがその内諦めてくれるか、もしくは遠方で食用として売られている亀を買ってきてもいいかな等と画策してもいる、しかし亀は変温動物である、この寒い土地では飼育も難しく、折角連れて来たそれを食用にする他ないのも気が引ける、豚や牛の時のようにあっさりと受け入れてくれればそれでいいのであるが、少し気を回さなければ不要なトラウマとなりかねない、まぁ、そこまで甘やかすのもどうかと思うが、しかし、やはりミナには真っ直ぐ育って欲しいと願ってしまうバカ親根性が薄っすらと発動もしていた、そうなると自覚はありつつ止まらなくなってしまう事を認識もしている、自己制御が大事だなとタロウは強く自分に言い聞かせた、
「ん、次は・・・」
タロウは荷物を抱えるとさてどっちかなと周囲を見渡し、こっちだと歩き始める、荷物の中身は大した物では無かった、学園から荒野の施設に入るとルーツから開口一番、今日の会議は無いぞと冷たく言い渡され、なんでさと思わず問い返すも、何かあるのかと逆に問われる有様で、聞けば今日、総大将であるメインデルトの本軍、第二クレーフェルト軍団が街に到着予定で、そのまま謁見式となるらしい、あーそれもあったなとタロウも思う、故にヘルデルとモニケンダムの重鎮達は謁見式の準備となり、メインデルトもまた今日はわざわざ街外れから隠れるように自軍に合流するらしく、何もそこまで演出に凝らなくてもとタロウは思うも、そういうのが大事なのだとクロノスもイフナースも至極真面目な顔であった、なら好きにすればいいさとタロウは納得せずとも理解している、まぁ、そんなわけでタロウは今日、ポカンと予定が空いてしまった、昨日の内に言ってくれればいいのになと思うも、普段適当に周りを振り回している自分にそこまで気を遣ってくれるのはリンドかアフラくらいのもので、そのリンドは最近その姿を荒野で見る事は少なく、いたと思っても会釈をしてそそくさと転送陣を潜ってしまい、またアフラもパトリシアや王妃様達の世話で忙しくしているらしい、まぁ、この扱いは俺の不徳といたすところなのだろうなとタロウは諦め、ならばと今日はモニケンダムの街中を散策する事としたのだ、そしてまず足を向けたのがリノルトのフローケル鍛冶屋である、昨日木琴の制作をブラスに頼んだはいいが、木琴の音の要と言って良い金属管についての詳細は打合せしていない、タロウはその打合せをと思って顔を出したのだが、フローケル鍛冶屋は見事に忙しくしていた、リノルト曰く、学園から大量の水道管の発注を受け、さらに軍からも湯沸し器の追加注文が入り、てんやわんやであるらしい、そこに親方であるディモも顔を出し、タロウさんのお陰で繁盛していますと満面の笑みである、それは良かったとタロウは素直に微笑む事にした、恐らく他意は無いであろう、ブラスに関してはあまりにも振り回してしまい見事に警戒されてしまっているが、どうやら昨日のバーレントを見る限りまだブラス程には嫌われていない様子で、リノルトもまたバーレントと同じように大変に愛想が良い、ブラスに対しては少し優しくしないとなと認識するタロウであった、そしてそのままタロウは三つほど鉄と銅製品を発注し、木琴の銅管は実物を確認して欲しいと依頼する、忙しい中であるがリノルトもディモもタロウさんの仕事であればと早速動き出し、出来次第お持ちしますとの事で、タロウは先払いでと料金を支払い、ついでに数種の既製品を買い付けた、荷物の半分はこれである、ズシリと感じる金属の重さは肩に食い込み痛い程であったが、この程度の荷物を運べないではこの王国では生きていけない事をタロウはこの数年で嫌という程実感していた、やはり人は身体が資本なのである、故郷に於いてタロウが生きた時代には、軍人の訓練でしかやらないような大荷物を担いだ移動など、こちらの人達であれば極々当たり前の感覚で、荷車やら馬車やらと便利な道具は勿論あるが、それは人が運ぶには大きすぎるか数が多い場合のみに利用されている、昔の人はその意識からして違うんだろうなと思わざるを得ないタロウであった、
「あっ、こんにちは?」
タロウは市場を突っ切り数度通りかかった広場を抜けると、商店街の街路の入口付近にある建物にここだよなと足を止めてソッと顔を差し入れる、すると光柱の独特の明るさを背にして数人の顔が振り返った、
「アッ・・・」
とタロウの顔を知っていた数人が声を上げ、
「どうしたんですかー」
とミーンが厨房の中から嬉しそうに駆け寄ってきた、
「忙しい所ゴメンね、どうなったのかなーって気になってさ」
ニコリと頼りない笑みを浮かべるタロウ、ミーンは、
「嬉しいですよー、さっ、どうぞ、あっ、誰かテラさんを呼んで来て下さい」
と振り返り、どうぞどうぞとタロウを店内に招き入れる、タロウが立ち寄ったのは六花ソウザイ店である、昨晩エレインとテラから一度下見に来て下さいと誘われており、時間があったら行くよと九割方断る言葉を返していた、しかしこうして顔を出してしまっている、タロウ自身も時間があったら行くよと言って時間があったから足を運んだのは人生初の事かもしれない、少しばかり恥ずかしそうに申し訳なさそうな態度なのはその為である、
「あっ、えっとですね、昨日話したタロウさんです、私とティルさんの師匠の旦那さんです」
ムフンとミーンがマンネルとフェナに紹介し、その回りに集っていた奥様達は知ってるわよと無言で笑顔を見せ、フェナの側に立っていたフロールとブロースが不思議そうにタロウを見上げる、タロウは別に変な恰好をしているわけではないのであるがやはり異国人ではある、なんか違うなと敏感な子供の警戒心を刺激したのかもしれない、
「師匠?あ・・・そっか、確かに師匠は師匠なんだな」
「はい、なので、師匠の旦那様です」
「あー・・・そんな立派なものじゃないけどね・・・あっ、君があれか、サビナさんの彼氏か」
女性の中で一人大柄な若い男性に微笑むタロウ、しかし一瞬の静寂の後、ドッと笑いが起こってしまう、奥様達は遠慮なく、フェナは必死に笑いを堪えようとするがその抵抗は無駄に終わり、ミーンも口元に手を当てて肩を大きく震わせていた、フロールとブロースが今度は不思議そうにキョロキョロと大人達を見上げる、当のマンネルはどうしたもんだかと恥ずかしそうに苦笑いである、
「ありゃ・・・なんか変?」
思わず首を傾げるタロウに、
「もう・・・みんな知ってても黙ってたんですよー、言いたいのを我慢してー」
ミーンが苦しそうに笑いながら答え、そうそうと奥様達が笑顔で頷いている、マンネルはそうだったんだろうなと顔を顰めて奥様達を眺め回した、
「あ・・・そういう事か・・・」
タロウはこれはしまったと後ろ頭を搔きむしり、
「いや、失礼した、マンネルさん、申し訳ない、あれだ、サビナさんにはお世話になっててね、気安くなっていたものだから口が軽くなってしまった、いや、本当に失礼だった、あれだな、口が滑ったとはこの事だ、いや、ホント申し訳ない、立ち入ってはいかん事もあるよな、いや、恥ずかしい」
と大慌てで早口になりゆっくりと頭を下げた、
「あっ、そんな、大丈夫です、俺は、はい、あの、サビナ・・・さんから聞いてます、だから、ほら、サビナ・・・さんも、お世話になっているって言ってましたし、カトカさんとゾーイさんからも、だからはい、気を使わないで下さい、平気です、はい」
今度はマンネルが慌ててしまう、その様子にさらに腹を抱えて笑いだす者多数、その慌てぶりとサビナの扱いが微笑ましく、笑いのツボというやつをさらに刺激されたのだろう、
「そう?じゃ、あれだ、申し訳ないからね、そうだな・・・ソフィアにも教えてない料理の一つも教えようか、それで取り合えずチャラにしてくれ」
申し訳なさそうに微笑むタロウ、チャラとは?とマンネルが首を捻ると同時に、
「なんですかそれ」
とミーンがクワッと食いついた、
「えっ、なんですかって・・・何が?」
「ソフィアさんにも教えてない料理ですよ、私も知りたいです」
ミーンの真剣な叫びにこれはと静まり返る奥様達、しかし確かにその料理とやらには興味がある、奥様達もソフィアの料理は耳にしており、実際に昨日も今もその試食をしてこれは凄いと絶賛していたのだ、その祖となるソフィアも知らない料理となれば、これはさらに凄いものである事は確定であろう、
「あっ・・・だから、それはほら、申し訳ないからマンネルさんだけに教えるものであって・・・」
「そう言わないで下さいよー、マンネルさんも、笑ったのは謝りますからー、一緒に教えてもらっていいですよねー」
タロウよりもここは立場的には下になるマンネルを説得するべきだとミーンは標的を瞬時に変えた、しかしそこはマンネルも男であり職人であり職場的には後輩だが年上ではある、立場云々も頭の隅で認識したが、先程の嘲笑で受けた辱めを簡単には忘れられないもので、
「あー・・・えっと・・・」
とソッと視線を外した、ムゥと睨みつけるミーン、そこへ、
「あっ、お忙しい所ありがとうございます」
とテラとテラを呼びに行った奥様が階段から下りて来た、
「あっ、こちらこそ申し訳ない、急に空いたもんでね、フラリと来てしまった」
タロウがニコリと微笑み、奥様達がスッと場所を開ける、
「いえいえ、嬉しいです、で、何を笑っていたの?」
テラがキョトンと誰にともなく問いかけると、奥様達はクスッと思い出し笑いをしてしまい、マンネルはムッと顔を顰め、ミーンとフェナはあちゃーと顔を見合わせた、
「あー・・・悪い、俺の口が軽すぎてね、マンネルさんに迷惑をかけてしまったんだ、その内埋め合わせするからさ、マンネルさんそういう事で勘弁してくれ」
「いえ、大丈夫です、もう皆さん御存知だったようなので、逆にスッキリしました、これで暗にからかわれる事も無いと思います」
マンネルもまた妙に律儀で実直で真面目な男である、何もそこまで言う事はないであろうが実に素直な私見であった、
「そっか、じゃ、そういう事で、で、テラさん、なんだっけ?」
タロウがニコリと微笑みそれで手打ちとすることになったと理解する、どうやらマンネルはその風貌通りに小事は気にしない大らかな質らしい、人の色恋が小事かどうかはまた人によるところが大きいだろうが、
「えっ、あっ、はい、じゃ、どうしましょうか、先に二階と三階を、キッサ店ですか、それと子供達の部屋ですね、見て欲しいなって思ってました」
「そうだね、じゃ、ゴメン、邪魔した」
タロウは店に入りしな床に置いた荷物を壁に寄せ、スッと階段へ向かい、テラがそれを先導する、タロウがいなくなりさてと顔を見合わせる従業員一同、しかし、プスッと一人が笑いだすと、止まらず全員が笑ってしまっていた、事情を知らないテラを呼びに行った奥様が不思議そうにしており、マンネルはまったくと腰に手を当てるも、思わず一緒に笑いだしてしまう、不思議そうにしている子供二人と奥様一人、どうやらマンネルもフェナもすっかり従業員として打ち解けたらしかった。
「さて・・・こんなもんかなー」
タロウは足元に並べた戦利品とは呼べないまでも気ままに買い付けた品々を確認する、今日学園に顔を出し、ルカスと軽く情報交換を済ませた、新しい宿舎に牛も豚も満足そうとの事で、今朝の雪にもまるで動じていないようだとルカスは微笑んでいた、なるほどとタロウも微笑みついでに亀の事を聞いてみると、ルカスは今一つ理解していないようであった、モニケンダムの現地人であるルカスがそう言うとなればやはり馴染みが薄い動物であったようである、実際に騒ぎ始めたミナは勿論の事、子供達もヘラルダも知らないらしい、さらに生徒達、カトカやサビナにも聞いてみたが、カトカは知識はあるが実際に生きた亀を見たことは無いとの事で、タロウはなるほど、こういう点も気を付けなければならないなと再確認するに至っている、こちらに来てから数年経つがやはりこういう常識の隙間的な事象はあるもので、ちょっとした言い回しや、タロウの故郷では外来語と言われる言葉、さらには存在はするが周知されていない名称、単語等、ポロッと口にする事は多い、その口にする程度であれば幾らでも取り繕えるし、誤魔化せる、しかし、先日のそれはまずかった、木簡にカメと明記してしまったのである、幸いな事に亀は実在し、知る人は知っているようで、さらに今朝、学園長の著作でその存在を確認している、レインが静かに耳打ちしてくれたのだ、それは良いとミナにこれだと見せつけ、レインも満足そうであったが、ミナはムーと逆に寂しそうにしていた、タロウはそういう事でと逃げるように階段を上がったが、ミナがその内諦めてくれるか、もしくは遠方で食用として売られている亀を買ってきてもいいかな等と画策してもいる、しかし亀は変温動物である、この寒い土地では飼育も難しく、折角連れて来たそれを食用にする他ないのも気が引ける、豚や牛の時のようにあっさりと受け入れてくれればそれでいいのであるが、少し気を回さなければ不要なトラウマとなりかねない、まぁ、そこまで甘やかすのもどうかと思うが、しかし、やはりミナには真っ直ぐ育って欲しいと願ってしまうバカ親根性が薄っすらと発動もしていた、そうなると自覚はありつつ止まらなくなってしまう事を認識もしている、自己制御が大事だなとタロウは強く自分に言い聞かせた、
「ん、次は・・・」
タロウは荷物を抱えるとさてどっちかなと周囲を見渡し、こっちだと歩き始める、荷物の中身は大した物では無かった、学園から荒野の施設に入るとルーツから開口一番、今日の会議は無いぞと冷たく言い渡され、なんでさと思わず問い返すも、何かあるのかと逆に問われる有様で、聞けば今日、総大将であるメインデルトの本軍、第二クレーフェルト軍団が街に到着予定で、そのまま謁見式となるらしい、あーそれもあったなとタロウも思う、故にヘルデルとモニケンダムの重鎮達は謁見式の準備となり、メインデルトもまた今日はわざわざ街外れから隠れるように自軍に合流するらしく、何もそこまで演出に凝らなくてもとタロウは思うも、そういうのが大事なのだとクロノスもイフナースも至極真面目な顔であった、なら好きにすればいいさとタロウは納得せずとも理解している、まぁ、そんなわけでタロウは今日、ポカンと予定が空いてしまった、昨日の内に言ってくれればいいのになと思うも、普段適当に周りを振り回している自分にそこまで気を遣ってくれるのはリンドかアフラくらいのもので、そのリンドは最近その姿を荒野で見る事は少なく、いたと思っても会釈をしてそそくさと転送陣を潜ってしまい、またアフラもパトリシアや王妃様達の世話で忙しくしているらしい、まぁ、この扱いは俺の不徳といたすところなのだろうなとタロウは諦め、ならばと今日はモニケンダムの街中を散策する事としたのだ、そしてまず足を向けたのがリノルトのフローケル鍛冶屋である、昨日木琴の制作をブラスに頼んだはいいが、木琴の音の要と言って良い金属管についての詳細は打合せしていない、タロウはその打合せをと思って顔を出したのだが、フローケル鍛冶屋は見事に忙しくしていた、リノルト曰く、学園から大量の水道管の発注を受け、さらに軍からも湯沸し器の追加注文が入り、てんやわんやであるらしい、そこに親方であるディモも顔を出し、タロウさんのお陰で繁盛していますと満面の笑みである、それは良かったとタロウは素直に微笑む事にした、恐らく他意は無いであろう、ブラスに関してはあまりにも振り回してしまい見事に警戒されてしまっているが、どうやら昨日のバーレントを見る限りまだブラス程には嫌われていない様子で、リノルトもまたバーレントと同じように大変に愛想が良い、ブラスに対しては少し優しくしないとなと認識するタロウであった、そしてそのままタロウは三つほど鉄と銅製品を発注し、木琴の銅管は実物を確認して欲しいと依頼する、忙しい中であるがリノルトもディモもタロウさんの仕事であればと早速動き出し、出来次第お持ちしますとの事で、タロウは先払いでと料金を支払い、ついでに数種の既製品を買い付けた、荷物の半分はこれである、ズシリと感じる金属の重さは肩に食い込み痛い程であったが、この程度の荷物を運べないではこの王国では生きていけない事をタロウはこの数年で嫌という程実感していた、やはり人は身体が資本なのである、故郷に於いてタロウが生きた時代には、軍人の訓練でしかやらないような大荷物を担いだ移動など、こちらの人達であれば極々当たり前の感覚で、荷車やら馬車やらと便利な道具は勿論あるが、それは人が運ぶには大きすぎるか数が多い場合のみに利用されている、昔の人はその意識からして違うんだろうなと思わざるを得ないタロウであった、
「あっ、こんにちは?」
タロウは市場を突っ切り数度通りかかった広場を抜けると、商店街の街路の入口付近にある建物にここだよなと足を止めてソッと顔を差し入れる、すると光柱の独特の明るさを背にして数人の顔が振り返った、
「アッ・・・」
とタロウの顔を知っていた数人が声を上げ、
「どうしたんですかー」
とミーンが厨房の中から嬉しそうに駆け寄ってきた、
「忙しい所ゴメンね、どうなったのかなーって気になってさ」
ニコリと頼りない笑みを浮かべるタロウ、ミーンは、
「嬉しいですよー、さっ、どうぞ、あっ、誰かテラさんを呼んで来て下さい」
と振り返り、どうぞどうぞとタロウを店内に招き入れる、タロウが立ち寄ったのは六花ソウザイ店である、昨晩エレインとテラから一度下見に来て下さいと誘われており、時間があったら行くよと九割方断る言葉を返していた、しかしこうして顔を出してしまっている、タロウ自身も時間があったら行くよと言って時間があったから足を運んだのは人生初の事かもしれない、少しばかり恥ずかしそうに申し訳なさそうな態度なのはその為である、
「あっ、えっとですね、昨日話したタロウさんです、私とティルさんの師匠の旦那さんです」
ムフンとミーンがマンネルとフェナに紹介し、その回りに集っていた奥様達は知ってるわよと無言で笑顔を見せ、フェナの側に立っていたフロールとブロースが不思議そうにタロウを見上げる、タロウは別に変な恰好をしているわけではないのであるがやはり異国人ではある、なんか違うなと敏感な子供の警戒心を刺激したのかもしれない、
「師匠?あ・・・そっか、確かに師匠は師匠なんだな」
「はい、なので、師匠の旦那様です」
「あー・・・そんな立派なものじゃないけどね・・・あっ、君があれか、サビナさんの彼氏か」
女性の中で一人大柄な若い男性に微笑むタロウ、しかし一瞬の静寂の後、ドッと笑いが起こってしまう、奥様達は遠慮なく、フェナは必死に笑いを堪えようとするがその抵抗は無駄に終わり、ミーンも口元に手を当てて肩を大きく震わせていた、フロールとブロースが今度は不思議そうにキョロキョロと大人達を見上げる、当のマンネルはどうしたもんだかと恥ずかしそうに苦笑いである、
「ありゃ・・・なんか変?」
思わず首を傾げるタロウに、
「もう・・・みんな知ってても黙ってたんですよー、言いたいのを我慢してー」
ミーンが苦しそうに笑いながら答え、そうそうと奥様達が笑顔で頷いている、マンネルはそうだったんだろうなと顔を顰めて奥様達を眺め回した、
「あ・・・そういう事か・・・」
タロウはこれはしまったと後ろ頭を搔きむしり、
「いや、失礼した、マンネルさん、申し訳ない、あれだ、サビナさんにはお世話になっててね、気安くなっていたものだから口が軽くなってしまった、いや、本当に失礼だった、あれだな、口が滑ったとはこの事だ、いや、ホント申し訳ない、立ち入ってはいかん事もあるよな、いや、恥ずかしい」
と大慌てで早口になりゆっくりと頭を下げた、
「あっ、そんな、大丈夫です、俺は、はい、あの、サビナ・・・さんから聞いてます、だから、ほら、サビナ・・・さんも、お世話になっているって言ってましたし、カトカさんとゾーイさんからも、だからはい、気を使わないで下さい、平気です、はい」
今度はマンネルが慌ててしまう、その様子にさらに腹を抱えて笑いだす者多数、その慌てぶりとサビナの扱いが微笑ましく、笑いのツボというやつをさらに刺激されたのだろう、
「そう?じゃ、あれだ、申し訳ないからね、そうだな・・・ソフィアにも教えてない料理の一つも教えようか、それで取り合えずチャラにしてくれ」
申し訳なさそうに微笑むタロウ、チャラとは?とマンネルが首を捻ると同時に、
「なんですかそれ」
とミーンがクワッと食いついた、
「えっ、なんですかって・・・何が?」
「ソフィアさんにも教えてない料理ですよ、私も知りたいです」
ミーンの真剣な叫びにこれはと静まり返る奥様達、しかし確かにその料理とやらには興味がある、奥様達もソフィアの料理は耳にしており、実際に昨日も今もその試食をしてこれは凄いと絶賛していたのだ、その祖となるソフィアも知らない料理となれば、これはさらに凄いものである事は確定であろう、
「あっ・・・だから、それはほら、申し訳ないからマンネルさんだけに教えるものであって・・・」
「そう言わないで下さいよー、マンネルさんも、笑ったのは謝りますからー、一緒に教えてもらっていいですよねー」
タロウよりもここは立場的には下になるマンネルを説得するべきだとミーンは標的を瞬時に変えた、しかしそこはマンネルも男であり職人であり職場的には後輩だが年上ではある、立場云々も頭の隅で認識したが、先程の嘲笑で受けた辱めを簡単には忘れられないもので、
「あー・・・えっと・・・」
とソッと視線を外した、ムゥと睨みつけるミーン、そこへ、
「あっ、お忙しい所ありがとうございます」
とテラとテラを呼びに行った奥様が階段から下りて来た、
「あっ、こちらこそ申し訳ない、急に空いたもんでね、フラリと来てしまった」
タロウがニコリと微笑み、奥様達がスッと場所を開ける、
「いえいえ、嬉しいです、で、何を笑っていたの?」
テラがキョトンと誰にともなく問いかけると、奥様達はクスッと思い出し笑いをしてしまい、マンネルはムッと顔を顰め、ミーンとフェナはあちゃーと顔を見合わせた、
「あー・・・悪い、俺の口が軽すぎてね、マンネルさんに迷惑をかけてしまったんだ、その内埋め合わせするからさ、マンネルさんそういう事で勘弁してくれ」
「いえ、大丈夫です、もう皆さん御存知だったようなので、逆にスッキリしました、これで暗にからかわれる事も無いと思います」
マンネルもまた妙に律儀で実直で真面目な男である、何もそこまで言う事はないであろうが実に素直な私見であった、
「そっか、じゃ、そういう事で、で、テラさん、なんだっけ?」
タロウがニコリと微笑みそれで手打ちとすることになったと理解する、どうやらマンネルはその風貌通りに小事は気にしない大らかな質らしい、人の色恋が小事かどうかはまた人によるところが大きいだろうが、
「えっ、あっ、はい、じゃ、どうしましょうか、先に二階と三階を、キッサ店ですか、それと子供達の部屋ですね、見て欲しいなって思ってました」
「そうだね、じゃ、ゴメン、邪魔した」
タロウは店に入りしな床に置いた荷物を壁に寄せ、スッと階段へ向かい、テラがそれを先導する、タロウがいなくなりさてと顔を見合わせる従業員一同、しかし、プスッと一人が笑いだすと、止まらず全員が笑ってしまっていた、事情を知らないテラを呼びに行った奥様が不思議そうにしており、マンネルはまったくと腰に手を当てるも、思わず一緒に笑いだしてしまう、不思議そうにしている子供二人と奥様一人、どうやらマンネルもフェナもすっかり従業員として打ち解けたらしかった。
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焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
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