お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「イザベル・ヴァン・クロムウェル! 貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄する!」

王立アカデミーの卒業パーティー。
きらびやかなシャンデリアの下、王太子ウィルフレッドの怒声が響き渡った。
楽団の演奏は止まり、着飾った貴族たちが一斉にこちらを注視する。

その中心で、イザベルは手元の懐中時計をパチンと閉じた。

「……ちょうど二分遅れですね、殿下。予定では二十時ちょうどに開始されるはずでしたが」

「何を言っている! 私は今、貴様への断罪を宣言したのだぞ!」

ウィルフレッド王子の傍らには、可憐な男爵令嬢アリスが怯えたように寄り添っている。
彼女を庇う王子の姿は、まるで悲劇のヒーローのようであった。

「聞いておるのか、この悪女め! 貴様がアリスに対して行った数々の嫌がらせ、もはや看過できん。この聖女のように清らかなアリスを階段から突き落とし、教科書を破り、あまつさえ夜道で暴漢に襲わせようとしただろう!」

イザベルは無表情のまま、ふむ、と頷いた。

「なるほど。では一点ずつ確認させていただきます。まず階段の件ですが、その日のその時刻、私は学生会室で予算案の最終確認をしておりました。証人は会計監査の三名。物理的に不可能です」

「そ、それは……影で指示を出したに決まっている!」

「指示書、あるいは実行犯との接触の証拠は? コスト面から見ても、私自身が動くリスクと、男爵令嬢一人を転ばせるリターンが全く見合いません」

「リターンだと……!?」

「次に教科書の件。アリス様の教科書は、そもそも昨月の時点で水濡れにより破棄されていますね。私が破るまでもなく、彼女の不注意で既に物理的実体を失っています。再発行の手続きを代行したのは私の侍女ですよ。事務処理の無駄です」

イザベルの淡々とした口調に、周囲の貴族たちがざわつき始める。
彼女の指摘は常に正確で、感情の入り込む余地がなかった。

「最後に暴漢の件ですが。殿下、私が暴漢を雇うのにいくら必要だと思われますか?」

「知るか! 貴様の私腹を肥やした金でどうとでもなるだろう!」

「現在の裏社会の相場では、証拠を残さず令嬢を襲うには最低でも金貨五十枚は必要です。一方で、アリス様が自演……失礼、何らかの理由で怪我をされるだけなら、コストはゼロです。私が金貨五十枚を投じる対象として、彼女にはそれだけの価値(バリュー)がありません」

「お、おまっ……! アリスを価値がないだと!? なんて冷酷な女だ!」

ウィルフレッド王子は顔を真っ赤にして叫んだ。
対するイザベルは、至って冷静に手元の手帳を開く。

「冷酷ではなく、合理的と呼んでいただけますか。殿下、感情論で動くのは国家運営において最も非効率です。さて、婚約破棄の件ですが、私の方でも異論はございません」

「な……? あっさり認めると言うのか」

「はい。殿下との婚約を維持するために費やされる私のリソース、および精神的コストを計算したところ、既に限界値を超えておりました。これ以上の継続は、クロムウェル公爵家にとって減損損失でしかありません」

「げんそん……なんだと?」

「簡単に申し上げますと、殿下と結婚しても我が家にメリットが一切ない、ということです」

会場に「おお……」という、どよめきとも溜息ともつかない声が漏れた。
王太子に向かって「メリットがない」と言い切る令嬢など、後にも先にも彼女だけだろう。

「お言葉ですが殿下、この婚約破棄は非常に合理的です。殿下は愛する女性と結ばれ、私は無能な……失礼、相性の悪い配偶者候補から解放される。まさにウィンウィンの関係ですね」

「き、貴様……私を無能と言いかけたな!」

「空耳ではありませんか? さて、婚約破棄が成立したところで、実務的なお話をしましょう」

イザベルは手帳のページをめくり、鋭い視線を王子に向けた。

「これまでの十年間、殿下がやらかした不始末の補填、および私が肩代わりした政務の代行手数料。それから、本日までにかかった婚約維持費の精算書です。後ほど王宮の財務局へ正式に送付いたします」

「な……精算だと!? 婚約破棄された側が慰謝料を払うのが筋だろう!」

「本来ならそうですが、今回は殿下による一方的な契約不履行、かつ事実無根の罪状による名誉毀損が含まれます。裁判になれば、十中八九こちらが勝ちます。訴訟費用を上乗せされたくなければ、期限内にお支払いください」

「ふざけるな! そんなもの払えるわけが――」

「払えますよ。殿下の趣味である特注の馬車と、アリス様へ贈られた高価なジュエリーの購入履歴は把握しております。それらを売却すれば、ちょうどお釣りが出る計算です。計算書を添付しておきますね」

完璧な事務作業。
イザベルは優雅に一礼すると、呆然と立ち尽くす王子とアリスを放置して出口へと向かった。

「では、私は明日から有給休暇を取得させていただきます。国外追放とおっしゃいましたね? 願ったり叶ったりです。手続きの手間が省けました」

「待て! まだ話は終わって……!」

「私の時給は高いのですよ、殿下。これ以上、無料(タダ)で私の時間を搾取しないでいただきたい」

イザベルは背筋をぴんと伸ばし、一度も振り返ることなくパーティー会場を後にした。
その足取りは、これから楽しいバカンスに向かうかのように軽やかだった。

(さて。まずは荷造りですね。三十分で終わらせて、一時間後には国境行きの馬車に乗る。……これこそが、最高の時間管理(タイムマネジメント)ですわ!)

こうして、伝説の「効率狂い」による、爆速の追放劇が幕を開けたのである。
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