お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「……何ですか、この空間は。知性の墓場(スラム)ですか?」

翌朝、イザベルは公爵邸の最上階にある広大な図書室に足を踏み入れ、絶句した。
そこには数千冊の古文書や地図、領地の記録が保管されていたが、分類法は「なんとなく年代順」という、彼女にとって最も忌むべき非効率の極致だった。

「お言葉ですが公爵様。これでは必要な情報を探すのに、平均して十五分のロスが発生します。これは人生という限られたリソースの浪費以外の何物でもありません」

「……イザベル。ここは歴史ある図書室だ。歴代の公爵たちが、その時の気分で……いや、独自の感性で積み上げてきたものなんだが」

アリストテレス公爵が少し気まずそうに目を逸らす。
図書室の管理を任されている老司書、セバスもまた、震える手で眼鏡を直した。

「そ、そうですぞ! この乱雑さこそが歴史の重み。どこに何があるか分からぬ中から、偶然の一冊に出会う……それこそが読書の醍醐味では……」

「却下します、セバスさん。偶然の出会いなど、単なる『検索システムの不備』に過ぎません。……いいですか、情報は活用されて初めて価値(バリュー)を持ちます。埋もれているのは存在しないのと同じです」

イザベルの瞳に、かつてないほどの鋭い光が宿った。
彼女はドレスの裾をピンで留めると、素早く袖をまくり、傍らにあった脚立を軽々と引き寄せた。

「これより、この図書室を『ノアール公国ナレッジ・データベース』へと再構築(アップデート)します。セバスさんは私の右側に。公爵様は左側に。……私がお出しした本を、指定のカテゴリーに分類して配置しなさい。……始めます!」

そこからのイザベルは、もはや人間ではなかった。
彼女は棚から次々と本を抜き出し、中身を一秒でスキャンし、即座に指示を飛ばしていく。

「これは『領内徴税記録(一四〇〇年代)』、歴史資料カテゴリーへ。これは『薬草の効能図鑑』、実用書カテゴリーの医療棚。……あら、これは公爵様の曾祖父様が書かれた自作のポエム集ですね? ……迷わず『廃棄予定』の箱へ!」

「ま、待て! それは……一応、我が家の家宝というか、黒歴史というか……!」

「黒歴史こそ、物理的なスペースを占有する最たる不経済です。データとして要約だけ残せば十分ですわ」

イザベルの手の動きは残像が見えるほどの速度(ハイスピード)に達していた。
セバスとアリストテレスは、彼女の熱気と論理性、そして圧倒的な「情報処理能力」に圧倒され、黙々と指示に従うしかなかった。

「公爵様、動きが五パーセント遅延しています。糖分が不足していますか? ……あ、セバスさん! その古文書は防虫処理が不十分です。今すぐ乾燥剤を発注しなさい」

「は、ハイッ! ただいま!」

「いいですか、分類の基本は『MECE(漏れなく、ダブりなく)』です。曖昧な感情で本を置かないでください。……ふふ、楽しいですわ。バラバラだったパズルが、あるべき場所へ収まっていく……。これこそが、知性のデフラグメンテーションですわ!」

数時間後。
埃っぽかった図書室は、手術室のような清潔感と、一寸の乱れもない秩序に支配されていた。
全ての背表紙は完璧に揃い、独自の「イザベル式インデックス」によって、目的の本が三秒以内に取り出せるようになっている。

アリストテレスは、肩で息をしながら、新しく生まれ変わった図書室を見渡した。

「……信じられん。三日はかかると言われた整理が、午前中だけで終わったのか。……イザベル。君の瞳、今は本当に宝石のように……いや、検索エンジンのように輝いているな」

「……お褒めに預かり光栄ですわ、公爵様。おかげで、この領地の『致命的な非効率』もいくつか発見できました」

イザベルは一冊の古い地籍図を広げ、アリストテレスに突きつけた。

「この図面、最新の測量結果と照らし合わせると、東部の鉱山跡地の所有権が曖昧になっています。ここを整理して再開発すれば、領地の収益は年間で二割改善しますわ。……プロポーズの際におっしゃいましたわね? 『やりたいプロジェクトの予算はすべて承認する』と」

「……ああ。言ったとも。……早速、その鉱山再開発プロジェクトの立案を任せていいか?」

「承知いたしました。承認ありがとうございます。……公爵様。こうして仕事がスムーズに進むと、アドレナリンが出て、精神的コストが非常に安く済みますわ」

イザベルは満足げに微笑むと、ふらりとよろめいた。
さすがの彼女も、脳のフル回転で疲労が蓄積したらしい。

アリストテレスは反射的に彼女の腰を支え、そのまま腕の中へと抱き寄せた。

「……やりすぎだ、私の事務の女神様。……少し休め。君が過労で倒れるのは、我が公爵家にとって最大の『損失』だ」

「……損失、ですか。……そうですね。私のダウンタイムは、一時間につき金貨十枚分の機会損失に相当します。……ですから、こうして公爵様の体温を利用して、効率的に体力を回復させていただきますわ……」

イザベルはアリストテレスの胸に顔を埋め、小さな寝息を立て始めた。
アリストテレスは、その愛らしい重みを噛み締めながら、彼女を優しく抱きしめた。

一方、その頃。
元の王国では、ウィルフレッド王子が「イザベルが作った暗号化された予算管理簿」が解読できず、叫び声を上げていた。

「この『マクロ』とかいう呪文は何だ! 数字が……数字が勝手に計算されて、エラーを吐き出し続けている! イザベルを呼べ! 今すぐ、拷問してでも解かせろ!」

「殿下、イザベル様を拷問するなど、隣国の公爵が黙っておりません。……それよりも、手計算で一からやり直すのが最も『確実』かと……」

「……一からだと!? これ、何十万件あると思っているんだ!!」

王国の事務処理能力は、ついに石器時代へと退行し始めていた。
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