お言葉ですが殿下、その婚約破棄は非常に合理的です!

パリパリかぷちーの

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「……公爵様。先ほどから私のペンを握る右手を、じっと見つめておられますが。何かの機能点検(チェック)でしょうか?」

深夜。公爵邸のプライベート執務室。
イザベルは、結婚式の招待客リストを「外交的影響力」と「祝儀の期待値」でソートする作業に没頭していた。
隣に座るアリストテレスは、先ほどから一言も発さず、ただイザベルを凝視している。

「……点検ではない。……イザベル。君のその手は、今日一日で何枚の書類にサインした?」

「三千四百二枚ですわ。予定より三枚多いのは、庭師が新しい肥料の承認を求めてきたためです。……それが何か?」

「三千四百二回、君はペンと触れ合ったわけだ。……だが、私とは今日、一度も手が触れ合っていない」

アリストテレスの声は低く、どこか湿り気を帯びている。
氷の公爵と呼ばれた冷徹さはどこへやら、今の彼は獲物を狙う肉食獣のような瞳をしていた。

「……お言葉ですが公爵様。ペンとの接触は業務遂行上の不可避な物理現象です。……一方で、公爵様との接触は、現在の進捗状況から見て『優先順位・低』に分類されていますわ。……今は、このリストの最終確認を――」

「却下だ。……その優先順位を、今すぐ私が書き換える」

アリストテレスは立ち上がると、イザベルの椅子を強引に自分の方へ回転させた。
驚く間もなく、彼はイザベルの両脇に手を突き、彼女を椅子に閉じ込める格好になる。

「……公爵様!? この体勢は、私の視界を著しく遮断し、事務処理能力を八割カットする非効率な……!」

「黙れ。……三分だ。三分間だけでいい。……仕事の話も、数字の話も、効率の話も、全て私の前から排除しろ」

「さ、三分……。……承知いたしました。……計測を開始します。……三、二、一……」

イザベルが目を閉じ、静止しようとした瞬間。
アリストテレスが彼女の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。

「……っ!? な、何をしているのですか! それは……鼻腔からの情報収集(スキャン)にしては、距離が近すぎますわ!」

「……君の匂いを、独占したいだけだ。……イザベル。君は有能すぎて、放っておけば世界中の人間が君を頼りに来る。……だが、君という資産の『独占所有権』を持っているのは私だ。……忘れていないか?」

アリストテレスの腕に力がこもる。
イザベルは、計算機のように冷徹だった脳細胞が、彼の体温によってじわじわと溶解していくのを感じた。

「……ど、独占所有権。……ええ、契約上はその通りですわ。……ですが、所有物のメンテナンスを怠るのは、オーナーとしての怠慢ではありませんか……?」

「ああ。だから今、こうしてメンテナンス(愛撫)をしている。……君が仕事のことしか考えられないのなら、考えられないほどに、私が君の五感を支配するまでだ」

アリストテレスは顔を上げ、イザベルの唇に指を這わせた。
彼の瞳にあるのは、もはや氷ではなく、すべてを焼き尽くすような情熱だった。

「……イザベル。……君が、私だけの女(パートナー)であることを、体に刻み込んでやろうか」

「……ひ、非論理的な発言ですわ。……そんなことをすれば、明日の定例会議での私の発言に……その、動揺という名のバグが混入する恐れが……!」

「バグでもエラーでもいい。……私以外の前で完璧である必要はない。……私の前でだけ、ただのイザベルでいろ」

アリストテレスは、逃げ道を塞ぐように彼女に深く口づけた。
イザベルの脳内の論理回路が、火花を散らしてショートする。
効率、コスト、リターン、……。
そんな言葉が、彼の熱い息遣いと共にどこか遠くへ消し飛んでいく。

「……ん、……ふぅ。……こ、公爵様。……今の接触は、挨拶としての定義を……大幅に逸脱していますわ……」

「……三秒、オーバーしたな。……だが、私はオーナーだ。……延滞料金として、朝まで君を離さない権利を行使する」

アリストテレスは彼女を軽々と抱き上げ、執務室のソファへと運んだ。
書類が散らばる音も、今のイザベルには「必要な経費」のようにしか聞こえなかった。

「……わ、分かりましたわ。……ただし、睡眠不足による翌日のパフォーマンス低下分は、公爵様の『個人的な癒やし』によって補填していただきますわよ……?」

「……ああ。最高の『癒やし』を、何度でも提供しよう」

二人の夜は、効率とは真逆の、甘く、無意味で、最高に幸福な時間へと溶けていった。

一方、その頃。
再教育センターの寄宿舎では、ウィルフレッド王子が泥だらけの毛布にくるまり、震えていた。

「……おかしい。……なぜだ。……今日は、イザベルが夢に出てこなかった。……代わりに、巨大な計算機に追いかけられる夢を見た。……ああ、私の脳まで、あの女に支配(管理)され始めているのか……!」

王子のメンタル管理は、もはやイザベルという「恐怖の神」なしでは成立しなくなっていた。
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