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王城の謁見の間。
そこは、国で最も格式高く、そして――ルシアンにとって「最も酸素濃度が低く、騒音が反響する」地獄のような場所だった。
「……帰りたい」
ルシアンは、深紅の絨毯の上で跪きながら、心の底から願った。
隣には、正装(黒の礼服)に身を包んだキースがいる。
彼もまた、いつもの覇気がない。
『影の英雄』としての威圧感は消え失せ、代わりに「早く帰ってパンの発酵を見たい」という虚無感を全身から漂わせている。
「面を上げよ」
玉座から、よく響く声が降り注いだ。
ルシアンたちが顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべた国王フリードリヒがいた。
「いやあ、待っていたぞキース! そして噂の『沈黙の令嬢』ルシアン嬢! まさかこの堅物のキースが、自分から『結婚したい女がいる』と報告に来るとはな! 余は感動したぞ!」
国王の声が大きい。
ルシアンは眉をひそめないように必死でポーカーフェイスを維持した。
(この国の上層部は、なぜこうも声帯が無駄に頑丈なのかしら)
キースが短く答える。
「……陛下。……用件は手紙で伝えた通りだ。……許可を」
「まあ待て。そう急ぐな」
国王はニヤニヤしながら二人を見比べた。
「しかし、面白い組み合わせだ。片や『歩く要塞』と呼ばれる無口な騎士団長。片や『氷の悪役令嬢』と呼ばれる引きこもり令嬢。……混ぜるな危険、というやつではないか?」
「……相性は抜群だ」
キースが即答する。
「……俺たちは、静寂という絆で結ばれている」
「ほう? 静寂とな?」
国王は身を乗り出した。
「だがな、キースよ。世間はそうは見ておらんぞ。お前たちの森は今や『魔王と魔女の棲家』として恐れられている。このままでは、国の治安に関わる」
「……誰のせいだと思っている」
キースが低い声で唸る。
暗に「お前の息子のせいだ」と言っているのだが、国王はスルーした。
「そこでだ。余としては、この結婚を大いに歓迎する。公爵家と辺境伯家の結びつきは、国の守りを盤石にするからな。……だが、条件がある」
「……条件?」
嫌な予感がした。
国王はパンと手を叩いた。
「盛大な結婚式を挙げよ」
「……断る」
「無理です」
ルシアンとキースの声が重なった。
「即答か! 仲が良いな!」
「陛下」
ルシアンが進言した。
「私たちは、静かに暮らしたいのです。派手な式など、拷問以外の何物でもありません。書類一枚の提出で済ませてください」
「……同感だ。……式などやったら、招待客を全員威圧して気絶させる自信がある」
「物騒なことを言うな!」
国王は苦笑しつつ、真剣な表情になった。
「だがな、これは政治的なパフォーマンスとして必要なのだ。アランの婚約破棄騒動、ガルシア伯爵のセクハラ事件、そして聖女メロディの暴走……。これら全ての不始末を清算し、『全ては真実の愛のためだった』という美談に書き換えるには、ド派手な結婚式しかないのだよ」
「……アランの尻拭いを、なぜ俺たちが?」
「親の心子知らず、子の心親知らずと言うだろう? ……頼むよ、キース。これでお前が辺境に引っ込めば、アランも諦めてミナと大人しく結婚するだろうし、公爵も文句は言えん」
国王はチラリと、柱の陰に控えていたアラン王子(ミナに捕獲されて以来、やつれている)を見た。
アランは涙目でコクコクと頷いている。
『頼む……結婚してくれ……そうすれば私は自由になれる(かもしれない)……』
ルシアンは溜息をついた。
(……結局、周りの騒音を黙らせるには、私たちが『騒音』の中心になって爆発するしかない、ということ?)
キースを見る。
彼は「殺してでも断る」という目をしていたが、国王の次の言葉で固まった。
「もし式を挙げるなら、祝いとして……辺境領の『北の山脈』の所有権を、完全にキース個人に譲渡しよう。税も免除だ」
ピクッ。
キースの耳が動いた。
北の山脈。
そこは人跡未踏の地。つまり、究極の『静寂地帯』だ。
「……全域か?」
「ああ、全域だ。好きにしていい。なんなら国から独立した『沈黙特区』にしてもいいぞ」
「……乗った」
「ちょ、キースさん!?」
ルシアンは慌てて彼の袖を引いた。
「買収されていますよ! 結婚式ですよ? あの、人が沢山いて、注目されて、誓いのキスとかさせられる、あの儀式ですよ!?」
「……我慢しろ、ルシアン」
キースは悲壮な覚悟で言った。
「……たった数時間の苦行で、一生の静寂(山脈)が手に入る。……コストパフォーマンスは最高だ」
「貴方はいいかもしれませんけど、私はドレスを着て見世物になるのですよ!?」
「……俺が守る。……視線は全て、俺が殺気で遮断する」
「遮断したら式になりません!」
二人が揉めていると、国王が高らかに宣言した。
「よし、交渉成立だ! 式は一週間後! 国を挙げての祝日とする! パレードもやるぞ! 紙吹雪も撒くぞ!」
「パレード……(白目)」
ルシアンの意識が飛びかけた。
「さあ、忙しくなるぞ! 衣装合わせだ! 招待状の発送だ! キース、お前はスピーチの練習をしておけよ!」
「……『誓います』以外、喋る気はない」
「はっはっは! 照れるな照れるな!」
国王の笑い声が、謁見の間に木霊する。
ルシアンは天井を見上げた。
(……逃げたい)
ここに来て、最大の試練が訪れた。
アランやミナなど可愛く見えるほどの、国家規模の『騒音イベント』。
ルシアンの手が、キースの手を強く握った。
キースも握り返す。
言葉はなかったが、二人の意思は完全に通じ合っていた。
『……裏切らないわよね?』
『……任せろ』
だが、この時の「任せろ」の意味を、ルシアンは少し勘違いしていたかもしれない。
キースの言う「任せろ」は、「式を無事に成功させる」ことではなく、「式そのものを物理的にブチ壊してでも、お前を守る」という意味だったのだから。
こうして、伝説の『ボイコット結婚式』へのカウントダウンが始まった。
そこは、国で最も格式高く、そして――ルシアンにとって「最も酸素濃度が低く、騒音が反響する」地獄のような場所だった。
「……帰りたい」
ルシアンは、深紅の絨毯の上で跪きながら、心の底から願った。
隣には、正装(黒の礼服)に身を包んだキースがいる。
彼もまた、いつもの覇気がない。
『影の英雄』としての威圧感は消え失せ、代わりに「早く帰ってパンの発酵を見たい」という虚無感を全身から漂わせている。
「面を上げよ」
玉座から、よく響く声が降り注いだ。
ルシアンたちが顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべた国王フリードリヒがいた。
「いやあ、待っていたぞキース! そして噂の『沈黙の令嬢』ルシアン嬢! まさかこの堅物のキースが、自分から『結婚したい女がいる』と報告に来るとはな! 余は感動したぞ!」
国王の声が大きい。
ルシアンは眉をひそめないように必死でポーカーフェイスを維持した。
(この国の上層部は、なぜこうも声帯が無駄に頑丈なのかしら)
キースが短く答える。
「……陛下。……用件は手紙で伝えた通りだ。……許可を」
「まあ待て。そう急ぐな」
国王はニヤニヤしながら二人を見比べた。
「しかし、面白い組み合わせだ。片や『歩く要塞』と呼ばれる無口な騎士団長。片や『氷の悪役令嬢』と呼ばれる引きこもり令嬢。……混ぜるな危険、というやつではないか?」
「……相性は抜群だ」
キースが即答する。
「……俺たちは、静寂という絆で結ばれている」
「ほう? 静寂とな?」
国王は身を乗り出した。
「だがな、キースよ。世間はそうは見ておらんぞ。お前たちの森は今や『魔王と魔女の棲家』として恐れられている。このままでは、国の治安に関わる」
「……誰のせいだと思っている」
キースが低い声で唸る。
暗に「お前の息子のせいだ」と言っているのだが、国王はスルーした。
「そこでだ。余としては、この結婚を大いに歓迎する。公爵家と辺境伯家の結びつきは、国の守りを盤石にするからな。……だが、条件がある」
「……条件?」
嫌な予感がした。
国王はパンと手を叩いた。
「盛大な結婚式を挙げよ」
「……断る」
「無理です」
ルシアンとキースの声が重なった。
「即答か! 仲が良いな!」
「陛下」
ルシアンが進言した。
「私たちは、静かに暮らしたいのです。派手な式など、拷問以外の何物でもありません。書類一枚の提出で済ませてください」
「……同感だ。……式などやったら、招待客を全員威圧して気絶させる自信がある」
「物騒なことを言うな!」
国王は苦笑しつつ、真剣な表情になった。
「だがな、これは政治的なパフォーマンスとして必要なのだ。アランの婚約破棄騒動、ガルシア伯爵のセクハラ事件、そして聖女メロディの暴走……。これら全ての不始末を清算し、『全ては真実の愛のためだった』という美談に書き換えるには、ド派手な結婚式しかないのだよ」
「……アランの尻拭いを、なぜ俺たちが?」
「親の心子知らず、子の心親知らずと言うだろう? ……頼むよ、キース。これでお前が辺境に引っ込めば、アランも諦めてミナと大人しく結婚するだろうし、公爵も文句は言えん」
国王はチラリと、柱の陰に控えていたアラン王子(ミナに捕獲されて以来、やつれている)を見た。
アランは涙目でコクコクと頷いている。
『頼む……結婚してくれ……そうすれば私は自由になれる(かもしれない)……』
ルシアンは溜息をついた。
(……結局、周りの騒音を黙らせるには、私たちが『騒音』の中心になって爆発するしかない、ということ?)
キースを見る。
彼は「殺してでも断る」という目をしていたが、国王の次の言葉で固まった。
「もし式を挙げるなら、祝いとして……辺境領の『北の山脈』の所有権を、完全にキース個人に譲渡しよう。税も免除だ」
ピクッ。
キースの耳が動いた。
北の山脈。
そこは人跡未踏の地。つまり、究極の『静寂地帯』だ。
「……全域か?」
「ああ、全域だ。好きにしていい。なんなら国から独立した『沈黙特区』にしてもいいぞ」
「……乗った」
「ちょ、キースさん!?」
ルシアンは慌てて彼の袖を引いた。
「買収されていますよ! 結婚式ですよ? あの、人が沢山いて、注目されて、誓いのキスとかさせられる、あの儀式ですよ!?」
「……我慢しろ、ルシアン」
キースは悲壮な覚悟で言った。
「……たった数時間の苦行で、一生の静寂(山脈)が手に入る。……コストパフォーマンスは最高だ」
「貴方はいいかもしれませんけど、私はドレスを着て見世物になるのですよ!?」
「……俺が守る。……視線は全て、俺が殺気で遮断する」
「遮断したら式になりません!」
二人が揉めていると、国王が高らかに宣言した。
「よし、交渉成立だ! 式は一週間後! 国を挙げての祝日とする! パレードもやるぞ! 紙吹雪も撒くぞ!」
「パレード……(白目)」
ルシアンの意識が飛びかけた。
「さあ、忙しくなるぞ! 衣装合わせだ! 招待状の発送だ! キース、お前はスピーチの練習をしておけよ!」
「……『誓います』以外、喋る気はない」
「はっはっは! 照れるな照れるな!」
国王の笑い声が、謁見の間に木霊する。
ルシアンは天井を見上げた。
(……逃げたい)
ここに来て、最大の試練が訪れた。
アランやミナなど可愛く見えるほどの、国家規模の『騒音イベント』。
ルシアンの手が、キースの手を強く握った。
キースも握り返す。
言葉はなかったが、二人の意思は完全に通じ合っていた。
『……裏切らないわよね?』
『……任せろ』
だが、この時の「任せろ」の意味を、ルシアンは少し勘違いしていたかもしれない。
キースの言う「任せろ」は、「式を無事に成功させる」ことではなく、「式そのものを物理的にブチ壊してでも、お前を守る」という意味だったのだから。
こうして、伝説の『ボイコット結婚式』へのカウントダウンが始まった。
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