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第四章
夢の跡 2.
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コウの待つ部屋へ戻ってお茶を淹れながら、中断していた話の続きを切り出した。
夢のなかでもコウは断片的には話してくれていたけれど、解ったような、解らないような――。ようは、僕はまだ体系的に掴むことができていないのだと思う。
きみと生きていくために、きみの住む世界を理解したい。僕の知る現実と折り合いをつけて重ねていきたい、そのために教えてほしい、と。
膝にトレイを置いて、ときどきお茶で喉を潤しながら、コウはとつとつと話し始めてくれた。部屋を出る前の思いつめたような感じは少しほぐれている。
きっとこれは、コウの好きなスコーンの魔法だ。目覚めてからのこの数日で、流動食からようやく固形物も少しづつ採ることができるようになったのだ。一口サイズのスコーンに素直に瞳を輝かせてくれている。そんな彼を見ることのできている幸せを、噛みしめる。僕たちと暮らすなかでコウが見いだしていた現実感を、これからもっと僕もいっしょに味わっていきたい。僕が確かめたいのは、本当はそんなことなんだ。だからそのために、きみがもう少し自分自身を整理できるように手伝ってあげる。
「初めは本当に、僕にも何が起こっているのか解ってなかったんだ」
コウと僕が出逢ったのは偶然ではない。これは夢のなかでも赤毛に言われたことだ。
それがまず一番のコウの負った大きな葛藤だった。仕組まれた出逢いの後、自分の役割を思いだしていくにつれ、コウは通常では考えられないほどの厄介な問題に僕を巻きこんだことに気づいたのだ。そうして、僕への罪悪感ばかりが降り積もっていった。
「だけどね、コウ、互いの想いまでが運命に支配されていたわけじゃない。僕たちは傷つき苦しみながらも、互いを求めあい、確かめあってきただろ? 僕はやはり、きみと出逢わない安穏とした日々よりも、きみのいる今を選ぶよ」
「それは、今だから言えるんだよ。こうして何とか戻ってこれたから――」
「そうかもしれないね。だから、それでいいじゃないか。もしもそうじゃなかったとしても、きっと僕は自分自身に悪態をつきながら、――それでも、後悔はしないな。最後の時まできみを見つめていると思う」
拗ねたように僕を見つめるコウの髪を、撫でる。頬を擦る。コウは猫がじゃれるように僕の手のひらに甘える。
きみは気づいていないのかな。拗ねているときも、怒っているときも、僕を避けているときでさえ、きみは僕を求めていた。
コウの僕へのこんなにも強い渇望が、赤毛の誤算だったのだ。
突然異国の地で放りだされ、奴なしではどうすることもできない焦燥と孤独のなかで、コウは僕に出逢った。僕たちの家に来て、それから奴が戻ってくるまでの期間、コウは赤毛の呪縛からかなり解放されていたといえるのだろう。
そして、僕と恋に落ちた。
赤毛にとってはまったくの想定外だ。そのうえ、地の精霊の加護の下にある僕に近づくために、自らは身を隠してコウと僕とを引き合わせたにも拘わらず、コウは儀式の及ぼした精神的外傷ショックから、赤毛に関する記憶の多くを封印してしまったのだ。火の精霊の力を封じ込めているアビーの人形が目の前にあるのに、その意味に気づかないばかりか、本来の目的を意識の表層に上げることすらできなくなっていたのだ。さらには、コウが僕を想えば想うほど、地の精霊の支配力が強固に赤毛を捕らえ、その力を削いでいたのだという。
「彼が僕を嫌うのも当然か――」
奴に同情する気はさらさらないけれど、なんともいえず笑ってしまった。
こうしてコウの事情を知ってみると、これほど強烈に赤毛に取り込まれ、メサイア・コンプレックスに陥っていた彼が、僕に恋してくれたこと自体奇跡のように思える。コウは決して救世主となって僕を救おうなどという思惑で、僕に手を差しのべたのではないのだ。年齢相応の一少年として、僕に恋してくれたのだ。
幼少期に基盤となる内的世界で遊ぶことを禁じられ、確たる居場所を見いだせないできたコウの、役に立つ特別な人間でありたい、存在を許され居場所を得たいという期待と、そうではない現実での無力感、焦燥が、こうも入り組んだ特殊な内的世界を築きあげてしまったのだろう。そこを奴につけこまれた。おそらく思春期に陥りがちな英雄症候群的な夢を、赤毛に植えつけられたのだろう。そしてマインドコントロールされ、都合良く利用されていたのだ。だがコウは、僕に出逢い、僕を支柱にすることで、奴の支配から逃れ独自の自我を築こうとあがいていたのだ。
コウの内的世界は、精神的にまだまだ成熟していない彼の誇大妄想といえなくもない。だが思春期にありがちなもので、治療の必要なレベルではない。その証拠に、コウはこうしてしなやかに自ら立ちあがることができている。
とはいえ、赤毛とあの魔術師との関係性はいまだに解くことはできていない。
アーノルドと魔術師たちが関わっていたことは歴然とした事実だし、こうしてスティーブが都合良く来てくれたのも決して偶然ではなかった。彼は儀式の行われる旨を告げたメールを受け取り、休暇を前倒しにして戻ってきたのだ。メールはコウの名前で発信されていたそうだ。だが、彼はずっと眠っていたのだからそれは不可能で、実際のところ誰が彼にそれを送ったのかは、いまだ判らない。スミス夫妻を通じて内情を掴んでいたであろう赤毛なのか、他の魔術師たちなのか、憶測ならいくらでも湧いてでる。
僕たちがさすがに、共時性としかいいようのない同じ夢を体験したことは、不承不承ながら頷くしかない。けれど、夢のなかで見知ったこと全てを鵜呑みにすることはできなかった。この共時性の夢には、僕とコウだけではなく、赤毛も加わっていたのだから。
魔術師としての赤毛――。
彼の意志がどのようにあの夢の世界に手を加えていたか、知る由もないのだ。
夢のなかでもコウは断片的には話してくれていたけれど、解ったような、解らないような――。ようは、僕はまだ体系的に掴むことができていないのだと思う。
きみと生きていくために、きみの住む世界を理解したい。僕の知る現実と折り合いをつけて重ねていきたい、そのために教えてほしい、と。
膝にトレイを置いて、ときどきお茶で喉を潤しながら、コウはとつとつと話し始めてくれた。部屋を出る前の思いつめたような感じは少しほぐれている。
きっとこれは、コウの好きなスコーンの魔法だ。目覚めてからのこの数日で、流動食からようやく固形物も少しづつ採ることができるようになったのだ。一口サイズのスコーンに素直に瞳を輝かせてくれている。そんな彼を見ることのできている幸せを、噛みしめる。僕たちと暮らすなかでコウが見いだしていた現実感を、これからもっと僕もいっしょに味わっていきたい。僕が確かめたいのは、本当はそんなことなんだ。だからそのために、きみがもう少し自分自身を整理できるように手伝ってあげる。
「初めは本当に、僕にも何が起こっているのか解ってなかったんだ」
コウと僕が出逢ったのは偶然ではない。これは夢のなかでも赤毛に言われたことだ。
それがまず一番のコウの負った大きな葛藤だった。仕組まれた出逢いの後、自分の役割を思いだしていくにつれ、コウは通常では考えられないほどの厄介な問題に僕を巻きこんだことに気づいたのだ。そうして、僕への罪悪感ばかりが降り積もっていった。
「だけどね、コウ、互いの想いまでが運命に支配されていたわけじゃない。僕たちは傷つき苦しみながらも、互いを求めあい、確かめあってきただろ? 僕はやはり、きみと出逢わない安穏とした日々よりも、きみのいる今を選ぶよ」
「それは、今だから言えるんだよ。こうして何とか戻ってこれたから――」
「そうかもしれないね。だから、それでいいじゃないか。もしもそうじゃなかったとしても、きっと僕は自分自身に悪態をつきながら、――それでも、後悔はしないな。最後の時まできみを見つめていると思う」
拗ねたように僕を見つめるコウの髪を、撫でる。頬を擦る。コウは猫がじゃれるように僕の手のひらに甘える。
きみは気づいていないのかな。拗ねているときも、怒っているときも、僕を避けているときでさえ、きみは僕を求めていた。
コウの僕へのこんなにも強い渇望が、赤毛の誤算だったのだ。
突然異国の地で放りだされ、奴なしではどうすることもできない焦燥と孤独のなかで、コウは僕に出逢った。僕たちの家に来て、それから奴が戻ってくるまでの期間、コウは赤毛の呪縛からかなり解放されていたといえるのだろう。
そして、僕と恋に落ちた。
赤毛にとってはまったくの想定外だ。そのうえ、地の精霊の加護の下にある僕に近づくために、自らは身を隠してコウと僕とを引き合わせたにも拘わらず、コウは儀式の及ぼした精神的外傷ショックから、赤毛に関する記憶の多くを封印してしまったのだ。火の精霊の力を封じ込めているアビーの人形が目の前にあるのに、その意味に気づかないばかりか、本来の目的を意識の表層に上げることすらできなくなっていたのだ。さらには、コウが僕を想えば想うほど、地の精霊の支配力が強固に赤毛を捕らえ、その力を削いでいたのだという。
「彼が僕を嫌うのも当然か――」
奴に同情する気はさらさらないけれど、なんともいえず笑ってしまった。
こうしてコウの事情を知ってみると、これほど強烈に赤毛に取り込まれ、メサイア・コンプレックスに陥っていた彼が、僕に恋してくれたこと自体奇跡のように思える。コウは決して救世主となって僕を救おうなどという思惑で、僕に手を差しのべたのではないのだ。年齢相応の一少年として、僕に恋してくれたのだ。
幼少期に基盤となる内的世界で遊ぶことを禁じられ、確たる居場所を見いだせないできたコウの、役に立つ特別な人間でありたい、存在を許され居場所を得たいという期待と、そうではない現実での無力感、焦燥が、こうも入り組んだ特殊な内的世界を築きあげてしまったのだろう。そこを奴につけこまれた。おそらく思春期に陥りがちな英雄症候群的な夢を、赤毛に植えつけられたのだろう。そしてマインドコントロールされ、都合良く利用されていたのだ。だがコウは、僕に出逢い、僕を支柱にすることで、奴の支配から逃れ独自の自我を築こうとあがいていたのだ。
コウの内的世界は、精神的にまだまだ成熟していない彼の誇大妄想といえなくもない。だが思春期にありがちなもので、治療の必要なレベルではない。その証拠に、コウはこうしてしなやかに自ら立ちあがることができている。
とはいえ、赤毛とあの魔術師との関係性はいまだに解くことはできていない。
アーノルドと魔術師たちが関わっていたことは歴然とした事実だし、こうしてスティーブが都合良く来てくれたのも決して偶然ではなかった。彼は儀式の行われる旨を告げたメールを受け取り、休暇を前倒しにして戻ってきたのだ。メールはコウの名前で発信されていたそうだ。だが、彼はずっと眠っていたのだからそれは不可能で、実際のところ誰が彼にそれを送ったのかは、いまだ判らない。スミス夫妻を通じて内情を掴んでいたであろう赤毛なのか、他の魔術師たちなのか、憶測ならいくらでも湧いてでる。
僕たちがさすがに、共時性としかいいようのない同じ夢を体験したことは、不承不承ながら頷くしかない。けれど、夢のなかで見知ったこと全てを鵜呑みにすることはできなかった。この共時性の夢には、僕とコウだけではなく、赤毛も加わっていたのだから。
魔術師としての赤毛――。
彼の意志がどのようにあの夢の世界に手を加えていたか、知る由もないのだ。
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