191 / 219
第四章
夢の跡 5.
しおりを挟む
さぁ、これからコウと愛を確かめあおうってときに、ノックの音に邪魔された。この見計らったようなタイミングは間違いなくショーンだ。仕方なく小さく吐息を漏らし、苦笑しながらコウと目と目を見合わせる。
「行ってくるよ。コウはゆっくり休んでいて」
「うん。また後で」
頬にキスしてベッドを離れた。
別に、ショーンをこの部屋へ入れるのが嫌という訳ではない。彼は実によくやってくれたのだから、僕だって感謝してるさ。けれど、目覚めたばかりでまだ体調の戻りきっていないコウへの、彼の過剰な過保護ぶりは目にあまる。ほとんど迷惑だといっていい。まだ安静にしていなければならないから、と彼には立ち入り禁止を言い渡した。コウに会わせるのは、リハビリがてら彼が部屋から出るときだけに限らせてもらった。もちろん僕の立会のもとで。
ショーンにはすっかり馴染の場所となった書斎ではなく、サンルームでもう一度お茶を飲んだ。
書斎はもう、ゆっくりできる場所ではなくなっている。
スティーブが、この家の魔術関連の品物を処分してはどうか、と僕に意向を尋ねたからだ。彼は、精神障碍者であるアーノルドの財産管理人でもあるのだ。彼は実家とは縁を切っているので、僕が唯一正統な相続人となる。僕はスティーブと話し合い、この館にある魔術関連の蔵書、道具類の一切を処分することに同意した。彼にとっても、僕にしても、そんなものは忌まわしいものでしかない。コウの意見も尋ねたけれど、彼は特に反対しなかった。「その方がいいと思う」とぽつりと呟いただけだった。成り行きから、それらは今回のお礼としてショーンに託すことになった。そんな訳で今、書斎はごった返している。ショーンが根こそぎ持っていくつもりで、喜び勇んで荷造りに励んでいるのだ。
コウは、彼の蔵書にも魔術の道具類にもまったく興味を示さなかったのだ。そのことがどうも僕には解せない。つい先ほどまでの彼との会話をも反芻しながら、煩く喋っているショーンに視線を戻し、彼を遮って口を挟んだ。
「ショーン、やっぱりね、コウに何度尋ねたところで、赤毛に関することだけは、どうも話をはぐらかされる感じだよ。答えてくれないわけではないし、コウも意図的にそうしているとは思えないのに、いつの間にか煙に巻かれている。他のことではもっと整然と話してくれるのに――。まだ奴の暗示が生きているのかもしれない、と安心できないんだ」
「ああ、そうだろ! やっぱりきみもそう思うんだな! 俺が訊いたときもそんな感じだったんだ。確かに、心配だな」
と、心を痛めているとは傍目からは到底みえない食欲でスコーンを貪り食いながら、ショーンは何度も頷いている。そんな彼の変化も、僕の不安の種なのだ。食欲旺盛なのは以前からだし、どこがどう変わった、というのでもないのだが――。
彼もまた、境界を踏み越えてしまったらしい、という認識が僕のなかに波紋を生みだしているのだろう。お互い、わけの判らない世界を彷徨い帰ってきたところなのだ。どちらが先、などと比べるのは意味のないことだが、彼は、僕たちよりもこの館へ戻ってくるのは遅かった。
あの日ショーンは、予定通り森のなかで儀式を執り行ったのだ。僕が考えたようにしくじった訳ではなかった。手順通りに粛々と儀式を進め、四大精霊の人形を火にくべて壊し、焚きあげた。異変が起こったのはその後だったそうだ。人形を燃やしていた薪の焔が、油でも巻いたかのようにいきなり大きく立ち昇り、辺りの樹々に燃え広まった。だが実際にはそんなことは起こっていない。ただそのとき彼にはそう見えたらしい。突然の惨状に慌てて儀式を中断し、コウを抱えてその場を離れた。戻る途中でスミスさんに出くわし、彼にコウを託して自分は火事を防ごうと取って返したのだそうだ。なまじ火事対策に消火器や水を詰めたタンクを用意しておいたことが仇になった。
僕がスティーブとともにアーノルドを抱えて館に戻ったとき、煉瓦塀の外灯の下、仄かに照らされた樫の扉にコウがもたせかけられていた。駆け寄って、彼の息を確かめようと頬を上向けると、コウは目を開けて「アル」と呼んでくれたのだ。嬉しくて、堪らなくて、僕はそこにスティーブがいることも忘れて、コウにキスしていた。
ショーンが戻ってきたのは、翌朝になってからだった。あの森のなかの空き地で眠っていたところを、朝一番に探索にでてくれていたスミスさんに発見されたらしい。山火事の痕跡も何もない周囲の様子に、狐に摘ままれた気分で山を下りてきたそうだ。
無事戻ったと聞いて部屋から駆けでてきた僕に、「とんでもない経験をしてきたよ。きみに聴いてもらいたいのは山々なんだが、まだうまく話せそうな気がしない」といたって神妙な顔で言い、それきりそのままだ。ただその後、意識の戻ったコウには「妹に逢えたよ」と、気恥ずかしげに話していたそうだ。
だからなのだろうか。一皮剥けたというか。彼の雰囲気が変わった。そしてコウに向ける彼の意識も変わったように感じる。僕はそろそろ本気でこいつを警戒しなければならないような気がするのだ。
ともあれ、今はそれ以上に考えなければならないことが山とある。そして第一に僕が取り組まなければならないのは、やはりアーノルドの問題だということに、変わりはないのだから――。
「行ってくるよ。コウはゆっくり休んでいて」
「うん。また後で」
頬にキスしてベッドを離れた。
別に、ショーンをこの部屋へ入れるのが嫌という訳ではない。彼は実によくやってくれたのだから、僕だって感謝してるさ。けれど、目覚めたばかりでまだ体調の戻りきっていないコウへの、彼の過剰な過保護ぶりは目にあまる。ほとんど迷惑だといっていい。まだ安静にしていなければならないから、と彼には立ち入り禁止を言い渡した。コウに会わせるのは、リハビリがてら彼が部屋から出るときだけに限らせてもらった。もちろん僕の立会のもとで。
ショーンにはすっかり馴染の場所となった書斎ではなく、サンルームでもう一度お茶を飲んだ。
書斎はもう、ゆっくりできる場所ではなくなっている。
スティーブが、この家の魔術関連の品物を処分してはどうか、と僕に意向を尋ねたからだ。彼は、精神障碍者であるアーノルドの財産管理人でもあるのだ。彼は実家とは縁を切っているので、僕が唯一正統な相続人となる。僕はスティーブと話し合い、この館にある魔術関連の蔵書、道具類の一切を処分することに同意した。彼にとっても、僕にしても、そんなものは忌まわしいものでしかない。コウの意見も尋ねたけれど、彼は特に反対しなかった。「その方がいいと思う」とぽつりと呟いただけだった。成り行きから、それらは今回のお礼としてショーンに託すことになった。そんな訳で今、書斎はごった返している。ショーンが根こそぎ持っていくつもりで、喜び勇んで荷造りに励んでいるのだ。
コウは、彼の蔵書にも魔術の道具類にもまったく興味を示さなかったのだ。そのことがどうも僕には解せない。つい先ほどまでの彼との会話をも反芻しながら、煩く喋っているショーンに視線を戻し、彼を遮って口を挟んだ。
「ショーン、やっぱりね、コウに何度尋ねたところで、赤毛に関することだけは、どうも話をはぐらかされる感じだよ。答えてくれないわけではないし、コウも意図的にそうしているとは思えないのに、いつの間にか煙に巻かれている。他のことではもっと整然と話してくれるのに――。まだ奴の暗示が生きているのかもしれない、と安心できないんだ」
「ああ、そうだろ! やっぱりきみもそう思うんだな! 俺が訊いたときもそんな感じだったんだ。確かに、心配だな」
と、心を痛めているとは傍目からは到底みえない食欲でスコーンを貪り食いながら、ショーンは何度も頷いている。そんな彼の変化も、僕の不安の種なのだ。食欲旺盛なのは以前からだし、どこがどう変わった、というのでもないのだが――。
彼もまた、境界を踏み越えてしまったらしい、という認識が僕のなかに波紋を生みだしているのだろう。お互い、わけの判らない世界を彷徨い帰ってきたところなのだ。どちらが先、などと比べるのは意味のないことだが、彼は、僕たちよりもこの館へ戻ってくるのは遅かった。
あの日ショーンは、予定通り森のなかで儀式を執り行ったのだ。僕が考えたようにしくじった訳ではなかった。手順通りに粛々と儀式を進め、四大精霊の人形を火にくべて壊し、焚きあげた。異変が起こったのはその後だったそうだ。人形を燃やしていた薪の焔が、油でも巻いたかのようにいきなり大きく立ち昇り、辺りの樹々に燃え広まった。だが実際にはそんなことは起こっていない。ただそのとき彼にはそう見えたらしい。突然の惨状に慌てて儀式を中断し、コウを抱えてその場を離れた。戻る途中でスミスさんに出くわし、彼にコウを託して自分は火事を防ごうと取って返したのだそうだ。なまじ火事対策に消火器や水を詰めたタンクを用意しておいたことが仇になった。
僕がスティーブとともにアーノルドを抱えて館に戻ったとき、煉瓦塀の外灯の下、仄かに照らされた樫の扉にコウがもたせかけられていた。駆け寄って、彼の息を確かめようと頬を上向けると、コウは目を開けて「アル」と呼んでくれたのだ。嬉しくて、堪らなくて、僕はそこにスティーブがいることも忘れて、コウにキスしていた。
ショーンが戻ってきたのは、翌朝になってからだった。あの森のなかの空き地で眠っていたところを、朝一番に探索にでてくれていたスミスさんに発見されたらしい。山火事の痕跡も何もない周囲の様子に、狐に摘ままれた気分で山を下りてきたそうだ。
無事戻ったと聞いて部屋から駆けでてきた僕に、「とんでもない経験をしてきたよ。きみに聴いてもらいたいのは山々なんだが、まだうまく話せそうな気がしない」といたって神妙な顔で言い、それきりそのままだ。ただその後、意識の戻ったコウには「妹に逢えたよ」と、気恥ずかしげに話していたそうだ。
だからなのだろうか。一皮剥けたというか。彼の雰囲気が変わった。そしてコウに向ける彼の意識も変わったように感じる。僕はそろそろ本気でこいつを警戒しなければならないような気がするのだ。
ともあれ、今はそれ以上に考えなければならないことが山とある。そして第一に僕が取り組まなければならないのは、やはりアーノルドの問題だということに、変わりはないのだから――。
0
あなたにおすすめの小説
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
サラリーマン二人、酔いどれ同伴
風
BL
久しぶりの飲み会!
楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。
「……え、やった?」
「やりましたね」
「あれ、俺は受け?攻め?」
「受けでしたね」
絶望する佐万里!
しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ!
こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。
【完結】毎日きみに恋してる
藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました!
応援ありがとうございました!
*******************
その日、澤下壱月は王子様に恋をした――
高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。
見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。
けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。
けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど――
このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる