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5.無知なこと
しおりを挟む「ごめんなさい。こんなつまらない話をして。
用意していただいたこの服の代金は、必ず働いて返します。少しだけ待ってください」
「そんなのは返さなくていいんだが、君を一人で外に出してやることはできないな。君は閨事の教育を受けていないのか?
その学園長という男が君に何をしようとしていたのか、分からないのか?」
「ねやごと? そのような授業はとっていませんでした。無知ですみません。
学園長が何をしようとしたのかは分かりません。僕を殺そうとか、切り裂こうとかそういうことだと思いますが、逃げてしまったので分かりません」
「うーん、そうか。教えてもいいが、今教えても君を怖がらせるだけだよな。
君は宿代を節約していたと言ったが、君は綺麗だから危ない目に遭ったりしたんじゃないか?」
「危ない目……誘拐されそうになったり、知らない人と間違えられたりはしました」
「知らない人?」
「ダンショウさんという人です。きっと僕はその人に似ているんでしょう」
「あぁ、本当に知らないんだな。男娼は職業だ。身を売って稼ぐ人のことをそう呼ぶ。よく無事だったな。ますます君を一人で外に出すわけにはいかなくなった」
「無知で恥ずかしいです……」
職業。知らなかった。僕は本当に何も知らないんだな。
学校での成績が良くても、お金の価値も分からなかったし、身を売る職業というのがあるのも知らなかった。身を売るってなんだろう?
まさか、人肉を食べる人がいるんだろうか?
怖い。体の一部を切り取って売って、再生の魔法でもかけるんだろうか?
体が再生するなんて可能なんだろうか?
逃げられてよかった。
「どうした? 顔が真っ青だよ」
「身を売るって、体の一部を切り取って売って、買った人はそれを食べたりするのかと思ったら、怖いと思いました」
「いや、そんな奴はいないと思う。今度どんな仕事なのか教えてあげるよ。もう少し君の心が元気になったらね」
「はい」
「君は色々辛い目にあって、心が疲れているから、ここに住んで心を癒すといい。
信じた者に裏切られて不安だと思うが、私には君に優しくする理由がある。
命を救ってくれたお礼だと思って受け取ってほしい」
「分かりました。ありがとうございます。メレディス様」
理由があるなら、少しは安心だ。
ただ優しくされるだけなんて、やっぱり無いんだ。
僕はちゃんとそれを知って、人を見極められる大人になりたいと思った。
メレディス様はとても優しい。
学園を退学することになった僕のために、マイストという教師を呼んでくれた。
「なるほど。レスター様はとても優秀でいらっしゃいますね。
あのメレディス様が大切にされているだけのことはある」
「あのメレディス様というのは?」
「メレディス様はとても優秀な宰相だが、秘書官などを置かないんですよ。
誰も信じないというか、なので孤高の宰相と呼ばれているんです」
「そうなんですね。宰相様とは知りませんでした」
「おや、知らないということは他国出身の方でしたか」
「はい。隣国から学園に留学していたのですが、訳あって退学することになり、今はメレディス様の元でお世話になっているところです」
「そうでしたか。しっかり学んで良き伴侶となられませ」
「伴侶?」
「あれ? 違うのですか?」
「メレディス様は僕の境遇に同情されて優しくしていただいているだけですよ」
「そうなんですね。てっきりそうなのかと」
「まさか。そんなわけないですよ。でも、いつかご恩はお返ししたいです。なのでしっかり学ぼうと思います」
「微力ながら協力させていただきます」
教師のマイストさんもとてもいい人。とても優しく教えてくれるし、学園の教師よりも色々なことを知っている気がした。
それにしてもメレディス様が宰相様だったなんて全然知らなかった。
言わなかったってことは、知られたくなかったんだろうか?それとも、そんなの当然すぎて知らなかった僕がおかしいのかもしれない。
「おやすみ。レスター」
「メレディス様、おやすみなさい」
メレディス様は、寝る前に必ず僕が借りている部屋までおやすみの挨拶をしに来てくれる。少し早く帰ってきた日には、僕がその日に何をしていたのかを聞きたがる。
勉強したり、庭を見せてもらったり、魔法の練習をしたり、本を読んだりしているだけだから、聞いても面白くないと思うんだけど、メレディス様は毎回嬉しそうにニコニコしながら聞いてくれる。
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