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騎士学校篇
20.
しおりを挟む僕は殿下の部屋を出て街へ走った。まだ開いているといいんだけど。
石鹸屋さんに駆け込むと、荒くなった息を必死に整えた。
「あら、リアンちゃんじゃない。こんな時間に珍しいわね」
「あの……」
言えなかった。あのオイルを買うということは、これからしますと言っているようなものだ。だけどお姉さんはきっといろんなお客さんを見ていて、そんなの慣れている。
「そのオイル、ください」
「あら、とうとう私としたくなったのかしら?」
「す、好きな人ができて……必要かなって……」
お姉さんの顔は見れなかった。しかも好きな人ができたなんて、言わなくていいことまで言ってしまった。
「そんなに赤くなって可愛い。相手が私じゃなくて残念だわ」
「すみません……」
「やぁねぇ、人を好きになるのは誰にもコントロールできないことよ。謝る必要なんかないわ」
──誰にもコントロールできない。
その言葉が妙に上手くはまってしまった。頭では分かっているのに止められない気持ちが苦しかったけど、誰にもコントロールできないのなら仕方ない。そう思えた。
「あの……経験がなくて、失敗するのが怖いです。やり方も分からない」
僕が言うと、お姉さんは中の洗浄の仕方や、性感帯についても教えてくれた。ジェスチャーをする指の動きがなんともリアルで卑猥だったけど、僕が聞いたんだからそこは何も言わず我慢した。
薬屋に洗浄剤が売っているそうだが、清浄魔法が使えると伝えると、そっちの方が失敗がないと言われた。
「色々教えてくれてありがとう」
「いいのよ、リアンちゃんのおかげで騎士がよく買いに来るようになったのよ。売り上げに貢献してくれたリアンちゃんには私の方が感謝してるわ。
素敵な夜を過ごしなさい」
最後の一言に、顔に熱が集まっていくのを感じた。軽く頭を下げて店を出る。
今日する予定はない。じゃあいつするのか。勝手に次に会った時と思っていたけど、殿下が望むかは分からない。
用もないのに押しかけるわけにはいかないから、殿下に呼ばれるのを待つしかない。呼ばれたとしても、また離れた席でお茶をするだけかもしれない。
どこでするんだろう? 団長室だろうか?
仕事をする部屋でそんなことしないかもしれない。だとしたら僕の部屋に来る?
僕が襲われた日から、殿下は一度も僕の部屋を訪ねてきたことはない。
もしかして、僕の独りよがり?
だとしたら恥ずかしい……。
ちょっと凹みながら騎士団への道を歩いていると、殿下が建物から出てくるのが見えた。
殿下は王族なのに街に出る時も護衛をつけないのか、なんて考えていたんだけど、殿下が出てきた建物が問題だった。
何のお店だろうと確認なんてしなきゃよかった。殿下が出てきた建物は娼館だったんだ。
だから護衛を連れていなかったのかもしれない。
僕の時は途中で止めたくせに。
この娼館にお気に入りがいるのか、それとも誰でもいいから発散したかったのかは分からない。
ただ、さっき僕に触れた手で誰かを抱いたのだと思ったら悲しくなった。
そして殿下に抱かれる覚悟がなくなった。
遊びでもいいと思ったけど、僕はどこかで殿下に愛してもらえるんじゃないかって思っていたのかもしれない。
そんなことはありえないって、これでよく分かった。
僕は足に上手く力が入らないまま、どの道を通って帰ったのかも分からない。気付いたら部屋にいた。
ウサギさんを抱きしめるとラベンダーの香りがした。癒されるんだけど、殿下に後ろから抱きしめられた時を思い出す。あの時もラベンダーの香りがしたんだ。
あれから一週間、殿下からの呼び出しはなかった。忙しいのかもしれないし、別に僕なんて相手しなくても、他に相手がいるんだろう。
「リアン、最近元気ないな。何か悩みか?」
友達が心配してくれた。みんなは本当に優しい。
「もうすぐ卒業だから、学生のみんなとは離れちゃうのかなって思って寂しかっただけ」
「みんなで出かけようぜ!」
学生のうちは遠征がある時以外は休みはみんな同じだ。騎士になって休みが合わなければ、みんなで出かけることもなくなるのかと思うと余計寂しくなった。
だからみんなで出かける計画を立てた。学生じゃない騎士も休みが合えば参加する。わざわざ休みを取ると言った騎士もいた。
「こんなにたくさん集まったんだね」
人数が多いからピクニックになった。場所は王都から二時間くらい歩いたところにある湖。
魔物が出る可能性を考えて、みんな完全武装とまではいかないけど、帯剣はしている。僕も一応剣を持ってきた。
この世界にはビニールのレジャーシートってのが無いから、ピクニックでは裏に蝋を塗った布を敷く。ビニールじゃないから結構重くて、お茶やサンドイッチと一緒に荷車に乗せて運んだ。
おやつも色々買ったから、本当に遠足って感じだ。
湖はとても静かで綺麗だった。周りには松の木がたくさん生えていて、松ぼっくりもたくさん落ちていた。魔物の気配は無い。たまたまいないのか、普段からいないのかは分からない。
「もうすぐ俺たちも騎士だな」
「うん」
学生のみんなは騎士を目指して頑張ってきたから、騎士になれることが嬉しいみたいだ。僕は騎士になりたいと思ったことはないけど、救護班でなら何とかやっていけると感じている。
みんなとはモチベーションが違うから、「こんな騎士になりたい!」と語るみんなが輝いて見えた。
救護班では、そんなみんなを支えられるようにしっかり働こうと思う。うん、そうだよ、恋とか失恋とかしてる場合じゃないよ。みんなが命をかけて戦ってるんだから、僕だってみんなの命を守れるよう頑張らなきゃいけない。
サンドイッチを食べたり、おやつを食べたり、ゴロゴロしたり、チーム分けして松ぼっくりを投げ合って遊んだりした。サバゲーみたいだ。
友達がいるとこんなに楽しいことがたくさんある。友達がいなかった龍男の頃は知らなかった感情。馬鹿みたいな話をしても楽しい。
モヤモヤと一人で考えていたけど、自分のやるべきことが分かった。
「楽しかったね。またみんなでここに来たいね」
「またみんなで来るぞ!」
「みんな約束な!」
みんなテンション高くワイワイしながら帰った。
「俺たちがいる。元気が出ない時があったら一人で悩むなよ」
騎士団に着く間際、そんなふうに声をかけてくれた友達がいた。出かけることを提案してくれた友達だ。もしかしてみんな、僕が元気ないから励ますために集まってくれたの?
「みんな、ありがとう。みんな大好きだよ」
学生のみんなの配属先が発表されて、辺境に行くことになった友達もいたし、同じ第二騎士団に配属された友達もいた。
殿下からの呼び出しはないまま、僕たちは卒業を迎えた。
卒業式には、騎士服が配られた。学生とは違う騎士の制服だ。名前の刺繍がないだけだと思っていたけど、生地が違った。
責任という重みかもしれないけど、ずっしりと重く感じた。
これを着たら、新人とかベテランとか関係なく街のみんなからは騎士だと認識される。
卒業後は二十日間の休みの後、騎士団の入団式がある。
僕は迷っていた。実家の領地に一度帰るか、それとも王都に残るか。殿下からの呼び出しがあるかもしれないと思うと、期待しているわけじゃないけど王都にいたいとも思った。
卒業式が終わると、王都の屋敷に帰って、父上や兄さんたちに卒業をお祝いしてもらった。母上からは手紙が届いていた。
みんな僕が無事卒業できたことにホッとしているみたいだ。
僕はまだ弱いし、戦えと言われたら逃げてしまうかもしれない。父上も兄さんたちもそれを心配していたんだろう。
グレ兄さんは二年の間に小隊長になって部下が五人から二十五人に増えた。ディート兄さんも分隊長になって部下が五人いる。
みんな部下を持っているなんてすごいと言ったら、困った顔をされた。
「リアン、お前は俺たちよりもっと多くの人間に囲まれているだろ……」
グレ兄さんがため息混じりにそう言った。
「僕には友達がたくさんいるだけだよ」
僕の周りには人が多くいるけど、僕の部下じゃなくてみんなは友達だ。
「フロリアン、それはすごいことなんだ。隊や団が違う者も前衛も後衛も救護班も混ざっている」
父上はすごいことだと言ったけど、何がすごいのか僕には分からなかった。
「うん?」
友達なんだから、隊や団が違っても問題はないはずだ。
「いい影響をもたらしているから、フロリアンはこのまま好きなようにすればいい」
「はい」
よく分からないけど、このままでいいらしい。騎士になれば給料が上がるから、友達にラベンダーを入れたサシェでもプレゼントしようかな。
遠征では眠れないことも多いし、少しでもリラックスできるように。
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