【完結】怠惰な天才の夜想曲（ノクターン）～伯爵家の次男は英雄になりたくない～

シマセイ

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第十八話：開戦の合図と無能な幹部

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俺は、梁の上からアジトの動力源である魔力炉に、完璧に狙いを定めた。

指先に収束させた、目に見えないほどに圧縮された風の刃。

それを、寸分の狂いもなく、放つ。

「――《沈黙の矢（サイレント・アロー）》」

音もなく放たれた風の矢は、アジトの喧騒に紛れて、正確に魔力炉の中心を穿った。

次の瞬間。

ドゴォォォォンッ！

けたたましい爆発音と共に、魔力炉が木っ端微塵に吹き飛んだ。

それと同時に、アジトを照らしていた魔法の照明が一斉に消え、予備電源であろう赤い非常灯が点滅を始める。

けたたましい警報音が、洞窟内に鳴り響いた。

「な、何事だ！？」
「魔力炉がやられたぞ！」
「侵入者だ！侵入者がいるぞ！」

アジト内は、一瞬にして大混乱に陥った。

ローブを着た魔術師たちが、右往左往している。

（よし、狙い通りだ）

俺はその混乱に乗じて、梁から音もなく飛び降りた。

目標はただ一つ。

囚われの探偵さん、セレスティーナ様が捕らえられている、アジト中央の牢だ。

俺の突然の出現に、牢の前にいた三人の幹部たちが、ようやく気づいた。

「貴様、何者だ！」

幹部の一人が、杖を構えながら叫ぶ。

俺はフードを深く被ったまま、ゆっくりと顔を上げた。

「ただの通りすがりの、昼寝好きだ。

お前らのせいで、安眠を妨げられて、気分が悪い」

「ふざけるな！
この結社に忍び込んで、ただで済むと思うなよ！」

三人の幹部は、同時に魔法を放ってきた。

灼熱の炎、絶対零度の氷、そして大地を穿つ岩の槍。

それぞれが、並の騎士団なら全滅させられるほどの威力を持った、強力な魔法だ。

だが。

「――お粗末だな」

俺は、迫りくる三つの魔法を前にして、一歩も動かなかった。

炎に対しては、水蒸気の膜を展開して威力を相殺。

氷の礫は、振動魔法で空中で粉砕。

岩の槍は、風の刃で切り払う。

その全てを、最小限の魔力消費と、最小限の動きで、完璧にいなしてみせる。

「な……！？」
「馬鹿な、我ら三人の連携攻撃を、一人で……！？」

幹部たちは、信じられないものを見る目で、俺に驚愕していた。

その戦いを、牢の中から、セレスティーナ様がじっと見つめていた。

彼女は、直感していた。

今、目の前で戦っている黒いフードの男が、ヴァインベルク家の怠惰な次男坊、アレン・フォン・ヴァインベルクその人であることを。

そして、彼女がこれまで見てきた、どんな騎士や魔術師とも違う、異次元の強さに、ただただ戦慄していた。

それは、力任せの強さではない。

まるで、世界の理そのものを手中に収めているかのような、絶対的なまでの支配力。

彼女の紫の瞳に、畏怖と共に、これまで感じたことのない種類の、強い好奇心の光が宿った。

「こいつ……一体、何なんだ……！？」

幹部の一人が、焦りからさらに大技を放とうとする。

だが、俺はもう、彼らにこれ以上のお遊びを許すつもりはなかった。

「お前らじゃ、俺の昼寝の邪魔にもならん」

俺はそう言い放つと、一気に攻勢に転じた。

地面を蹴り、その姿がブレるほどの超高速で、まず一人目の懐に潜り込む。

「なっ……速……」

驚く暇も与えず、柄で鳩尾を強打し、その意識を刈り取る。

二人目が慌てて距離を取ろうとするが、俺は投げナイフのように風の刃を放ち、その足元を縫い付けて動きを封じた。

そして、最後の三人目。

俺は彼の目の前に立つと、その杖を軽く蹴り上げた。

宙を舞う杖。

その一瞬の隙に、首筋に手刀を叩き込み、静かに眠らせる。

あっという間に、三人の幹部は、戦闘不能となってその場に崩れ落ちていた。

俺は彼らを一瞥すると、セレスティーナ様が囚われている牢へと向かった。

動力源を失った魔術障壁は、もはやただの光の飾りだ。

俺はそれに軽く触れると、残っていた魔力を霧散させ、鉄格子をいとも簡単に引きちぎった。

そして、彼女の手足にはめられた魔力封じの枷に触れる。

「……なるほど。

複雑な術式だが、作りは雑だな。

こんな安物、気休めにしかならん」

俺はその術式の核を瞬時に見抜き、指先から放った微弱な魔力で、内部から破壊した。

カシャン、と音を立てて、枷が床に落ちる。

自由になったセレスティーナ様は、その場でよろめきながらも、息を呑んで俺を見上げていた。

「あなた、は……」

その言葉を、俺は手で制した。

「自己紹介は後だ、探偵さん。

まずは、こんな気味の悪い場所からずらかるぞ」

俺はそう言うと、彼女の腕を掴んだ。

「貸しは、きっちり返してもらうからな。

覚悟しておけよ」

背後からは、ようやく状況を理解した残りの構成員たちが、怒号を上げながら追いかけてくる。

絶体絶命の状況からの、脱出劇。

その幕が、今、切って落とされた。

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