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第三十一話:砂漠の国の招待状
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北の漁村ミストラルでの一件から、数ヶ月。
ヴァインベルク領には、嘘のような平穏な日々が戻っていた。
俺は、もちろん、自室のソファの上で、その平穏を心ゆくまで満喫していた。
「今度こそ、本物のぐうたらライフだ……。
もう誰にも、この俺の安眠を邪魔させはしない……」
俺がそんな固い決意を新たにしている一方で、部屋のテーブルの上には、王都から定期的に送りつけられてくる報告書の山が、再びその高さを増し始めていた。
もちろん、差出人はあの探偵さんだ。
報告書には、王国の南方に広がる『アル=サラーム王国』という砂漠の国で、原因不明の巨大な砂嵐や、オアシスが次々と枯渇するといった、奇妙な異常気象が頻発している、と書かれているらしかった。
もちろん、俺は読んでいない。
ソフィアが内容を要約して教えてくれただけだ。
「遠い国の話だ。
灼熱の砂漠なんて、考えただけで汗が出てくる。
俺には、まったくもって関係のないことだ」
俺は、その報告書の山に完全に背を向け、ソファとの一体化をさらに深めた。
だが、俺のそんなささやかな抵抗は、いともたやすく打ち砕かれることになる。
その日、ヴァインベルク伯爵邸に、遥か南の砂漠の国『アル=サラーム王国』からの、正式な使者団が訪れたのだ。
きらびやかな衣装を纏った一行を率いていたのは、褐色のしなやかな肌に、吸い込まれそうなほど大きな金色の瞳を持つ、エキゾチックな美貌の王女様だった。
客間に通された彼女は、自らをアル=サラーム王国の第三王女、ジャスミンであると名乗った。
彼女の隣には、岩のように巨大な体躯を持つ、無口な護衛の戦士が控えている。
「英雄として名高いルドルフ様、そして、賢明なるヴァインベルク伯爵様。
本日は、グリンデル王国との友好を深めるため、そして……皆様のお知恵をお借りしたく、遥々馳せ参じました」
ジャスミン王女は、切実な表情で、自国が今、謎の異常気象によって存亡の危機に瀕していることを語った。
そして、その原因が、自国の伝説にある『砂漠に眠る古の災厄』の目覚めによるものではないか、と危惧していることも。
「王都のセレスティーナ様にご相談したところ、こう伺いました。
『その問題ならば、ヴァインベルク家に、類まれなる知恵と力を持つ、素晴らしいご兄弟がいる』と」
(あの探偵女……余計なことを……!)
俺は、遠く離れた王都に向かって、心の中で悪態をついた。
もちろん、俺はこの面倒事に一切関わるつもりはなかった。
父上と兄さんが応対している間、俺は部屋の隅で、いかに気配を消すかに全神経を集中させていた。
だが、好奇心旺盛な砂漠の王女様が、俺を見逃してくれるはずもなかった。
「まあ!
あなたが、噂のもう一人のご兄弟、アレン様ですのね!」
ジャスミン王女は、キラキラとした金色の瞳を輝かせ、俺の元へと駆け寄ってきた。
俺がソファの上でだらけているのを見ても、彼女はまったく気にする様子がない。
「セレスティーナ様から伺っておりますわ!
一見すると怠け者のように見えますが、その慧眼は、時に英雄であるお兄様をも凌ぐ、と!
ぜひ、あなたのお知恵も、私達にお貸しくださいませ!」
「いえ、俺はただのぐうたらですので、お力にはなれません。
人違いでしょう」
俺が断固として拒否すると、隣に控えていた巨漢の護衛、ハキムとか言ったか、その男が「王女様に対して、あまりに無礼であろう!」と、地響きのような声で俺を睨みつけてきた。
面倒くさい。
実に、面倒くさい。
兄さんは、ジャスミン王女の話と、セレスティーナ様からの報告書の内容から、この一件が『封印の欠片』によるものであると、即座に確信したようだった。
彼は、ヴァインベルク家の、そしてグリンデル王国の貴族として、その協力を快諾した。
そして、その矛先は、当然のように、俺へと向けられた。
「アレン。
お前も来い。
これは、我が領地だけの問題ではない。
王国の同盟国を救うための、重要な任務だ」
父の厳命、兄の頼み、そして、異国の王女様からの、キラキラした(実に迷惑な)期待。
完全に、四面楚歌だった。
「……はぁ……。
なんで俺の周りには、好奇心の塊みたいな女ばっかり、集まってくるんだ……」
俺は、天を仰いで、そう毒づくことしかできなかった。
◇
数日後。
俺と兄さんは、アル=サラーム王国の使者団と共に、灼熱の砂漠の国へと旅立つことになった。
緑豊かなヴァインベルク領を離れ、向かう先は、見渡す限りの砂の世界。
俺は、用意されたラクダの乗り心地の悪さと、容赦なく照りつける太陽の光に、早くも故郷の、あの愛すべきソファのことを想っていた。
「……帰りたい」
心からの呟きは、乾いた風の中に、虚しく消えていった。
ヴァインベルク領には、嘘のような平穏な日々が戻っていた。
俺は、もちろん、自室のソファの上で、その平穏を心ゆくまで満喫していた。
「今度こそ、本物のぐうたらライフだ……。
もう誰にも、この俺の安眠を邪魔させはしない……」
俺がそんな固い決意を新たにしている一方で、部屋のテーブルの上には、王都から定期的に送りつけられてくる報告書の山が、再びその高さを増し始めていた。
もちろん、差出人はあの探偵さんだ。
報告書には、王国の南方に広がる『アル=サラーム王国』という砂漠の国で、原因不明の巨大な砂嵐や、オアシスが次々と枯渇するといった、奇妙な異常気象が頻発している、と書かれているらしかった。
もちろん、俺は読んでいない。
ソフィアが内容を要約して教えてくれただけだ。
「遠い国の話だ。
灼熱の砂漠なんて、考えただけで汗が出てくる。
俺には、まったくもって関係のないことだ」
俺は、その報告書の山に完全に背を向け、ソファとの一体化をさらに深めた。
だが、俺のそんなささやかな抵抗は、いともたやすく打ち砕かれることになる。
その日、ヴァインベルク伯爵邸に、遥か南の砂漠の国『アル=サラーム王国』からの、正式な使者団が訪れたのだ。
きらびやかな衣装を纏った一行を率いていたのは、褐色のしなやかな肌に、吸い込まれそうなほど大きな金色の瞳を持つ、エキゾチックな美貌の王女様だった。
客間に通された彼女は、自らをアル=サラーム王国の第三王女、ジャスミンであると名乗った。
彼女の隣には、岩のように巨大な体躯を持つ、無口な護衛の戦士が控えている。
「英雄として名高いルドルフ様、そして、賢明なるヴァインベルク伯爵様。
本日は、グリンデル王国との友好を深めるため、そして……皆様のお知恵をお借りしたく、遥々馳せ参じました」
ジャスミン王女は、切実な表情で、自国が今、謎の異常気象によって存亡の危機に瀕していることを語った。
そして、その原因が、自国の伝説にある『砂漠に眠る古の災厄』の目覚めによるものではないか、と危惧していることも。
「王都のセレスティーナ様にご相談したところ、こう伺いました。
『その問題ならば、ヴァインベルク家に、類まれなる知恵と力を持つ、素晴らしいご兄弟がいる』と」
(あの探偵女……余計なことを……!)
俺は、遠く離れた王都に向かって、心の中で悪態をついた。
もちろん、俺はこの面倒事に一切関わるつもりはなかった。
父上と兄さんが応対している間、俺は部屋の隅で、いかに気配を消すかに全神経を集中させていた。
だが、好奇心旺盛な砂漠の王女様が、俺を見逃してくれるはずもなかった。
「まあ!
あなたが、噂のもう一人のご兄弟、アレン様ですのね!」
ジャスミン王女は、キラキラとした金色の瞳を輝かせ、俺の元へと駆け寄ってきた。
俺がソファの上でだらけているのを見ても、彼女はまったく気にする様子がない。
「セレスティーナ様から伺っておりますわ!
一見すると怠け者のように見えますが、その慧眼は、時に英雄であるお兄様をも凌ぐ、と!
ぜひ、あなたのお知恵も、私達にお貸しくださいませ!」
「いえ、俺はただのぐうたらですので、お力にはなれません。
人違いでしょう」
俺が断固として拒否すると、隣に控えていた巨漢の護衛、ハキムとか言ったか、その男が「王女様に対して、あまりに無礼であろう!」と、地響きのような声で俺を睨みつけてきた。
面倒くさい。
実に、面倒くさい。
兄さんは、ジャスミン王女の話と、セレスティーナ様からの報告書の内容から、この一件が『封印の欠片』によるものであると、即座に確信したようだった。
彼は、ヴァインベルク家の、そしてグリンデル王国の貴族として、その協力を快諾した。
そして、その矛先は、当然のように、俺へと向けられた。
「アレン。
お前も来い。
これは、我が領地だけの問題ではない。
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完全に、四面楚歌だった。
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◇
数日後。
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俺は、用意されたラクダの乗り心地の悪さと、容赦なく照りつける太陽の光に、早くも故郷の、あの愛すべきソファのことを想っていた。
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心からの呟きは、乾いた風の中に、虚しく消えていった。
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