【完結】怠惰な天才の夜想曲(ノクターン)~伯爵家の次男は英雄になりたくない~

シマセイ

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第四十八話:氷の薔薇と絶望の淵

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場面は、王都の地下深く、閉ざされた儀式場。

セレスティーナ様と、彼女が率いる近衛騎士たちは、絶望的な状況に追い込まれていた。

目の前に立つ、大導師の側近と思われる、無感情な暗殺者。

その男――『虚(うつろ)』とでも呼ぶべきか。

彼が、その細い指を振るうたびに、不可解な現象が起きた。

「ぐあっ……!?」

近衛騎士の一人が放った炎の魔法が、虚に届く前に、まるで幻だったかのように、ふっと掻き消える。

「私の剣から、聖なる光が……消える!?」

別の騎士が、聖なる力を宿した愛剣を構えるが、その刀身から、みるみるうちに魔力の輝きが失われていく。

それは、『魔力凍結』。

対象の魔力そのものを、根源から凍てつかせ、霧散させる、あまりにも異質で、残忍な魔法だった。

騎士たちの誇りである魔法や聖なる力は、この男の前では、意味をなさなかった。

一人、また一人と、仲間たちが、ただの鉄塊となった剣を握りしめたまま、無力に倒れていく。

「……くっ!」

セレスティーナ様は、自らの愛剣からも魔力が奪われていくのを悟ると、即座にそれを投げ捨てた。

そして、ただ純粋な、磨き抜かれた剣技と、近衛騎士としての身体能力だけで、虚へと斬りかかっていく。

だが、相手は、体術においても、彼女を遥かに上回っていた。

虚は、彼女の鋭い剣閃を、まるで柳に風と受け流すかのように、最小限の動きでかわしていく。

そして、その合間に、的確な一撃を、セレスティーナ様の体に叩き込んでいった。

深手を負い、地面に膝をつくセレスティーナ様。

もはや、万策尽きたか。

だが、彼女は諦めなかった。

懐に忍ばせていた、俺から借りた『気配遮断の魔石』を、強く握りしめる。

(アレン様……。

あなたは、あの絶望的な状況でも、決して諦めはしなかった……!

私とて、王家に仕える騎士!
このまま、無様に散るわけには、いかない!)

彼女は、最後の力を振り絞り、再び立ち上がろうとした。



その頃、俺は、王都の地下を、全速力で疾走していた。

ソフィアからの、断片的な魔法通信が、俺の焦りを、さらに掻き立てる。

『……セレスティーナ様の部下の、生命反応が、次々と……消えていきます!』

『……セレスティーナ様ご自身の魔力も、急激に低下……!

危険です、アレン様!』

(間に合え……っ!)

俺は、奥歯をギリリと噛み締めた。

(あの馬鹿な探偵さん、無茶しやがって……!

俺に貸しを返す前に、勝手に死ぬなんてこと、絶対に、許さんぞ!)



儀式場では、ついに、最後の時が訪れようとしていた。

虚の、冷たい刃が、倒れこんだセレスティーナ様の、白い首筋へと、静かに振り下ろされる。

セレスティーナ様は、もはや抵抗する力も残っておらず、自らの死を覚悟し、静かに、目を閉じた。

その、瞬間。

ゴォォォォォンッ!!

儀式場を閉ざしていた巨大な石の扉が、凄まじい轟音と共に、外側から、木っ端微塵に吹き飛ばされたのだ。

舞い上がる土煙と、破片の中から。

黒いマントを翻し、一人の男が、静かに姿を現した。

その瞳は、静かな、しかし、全てを焼き尽くさんばかりの怒りを宿し、黄金色に、爛々と輝いていた。

「……」

虚は、振り下ろそうとしていた腕を止め、初めて、その無感情な顔に、興味深そうな色を浮かべた。

「……貴様が、イレギュラーか」

俺は、儀式場の惨状と、血を流して倒れているセレスティーナ様、そして彼女の騎士たちを一瞥した。

そして、静かに、しかし、地の底から響くような声で、言った。

「ああ、そうだ。

そしてお前は、俺の貴重な昼寝の時間を、これ以上ないくらい、無残に台無しにしてくれた、ただの馬鹿だ」

俺と、虚。

二人の間に、空気が歪むほどの、強大な魔力が渦巻き、激突する。

魔力を凍らせる、絶対的な『拒絶』の力。

そして、理そのものを書き換える、俺の、規格外の力。

俺は、倒れているセレスティーナ様のそばに屈み込むと、その耳元で、優しく囁いた。

「よく、持ちこたえたな、探偵さん。

大したもんだ」

俺は、彼女の頬を、そっと撫でた。

「後は、俺に任せて、少し、寝てろ」

その言葉に、張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。

セレスティーナ様は、安堵の表情を浮かべると、そのまま、静かに意識を手放した。

俺は、ゆっくりと立ち上がり、彼女と、亡骸となった部下たちの、その無念を背負い。

そして、目の前に立つ、最強の敵を、静かに、見据えた。
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