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第五十三話(最終話):怠け者の夜明けと世界で一番のソファ
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俺が放った、黄金色の光。
それは、ただひたすらに、俺の個人的で、自分勝手で、そして、何よりも強い願いそのものだった。
『ただ、静かに、誰にも邪魔されず、ソファの上で、昼寝のできる世界』。
その、あまりに馬鹿げた、しかし、純粋な『理』は、大導師が掲げた、数千年の時をかけた壮大な理想、『古き理』の全てを、優しく、そして、完全に飲み込んでいった。
「……そうか」
光の中に消えゆきながら、大導師は、どこか満足したような、あるいは、長年の苦しみから解放されたかのような、安らかな表情を浮かべていた。
「それこそが、この時代の、何よりも強く、そして美しい、人の『理』か……。
見事だ、イレギュラーよ。
いや……アレン・フォン・ヴァインベルク……」
彼の最後の言葉は、誰に聞かせるでもなく、光の中に静かに溶けて、消えた。
禍々しい魔力は完全に浄化され、暴走していた龍脈は、元の穏やかな流れを取り戻す。
全てを支えていた力が消え、地下神殿は、ガラガラと音を立てて崩壊を始めた。
だが、もう、どうでもよかった。
「……終わった」
俺は、その場に、大の字になって倒れ込んだ。
全ての力を使い果たし、指一本、動かすのも、面倒だった。
ただ、心地よい疲労感だけが、全身を優しく包んでいた。
やがて、崩れた天井の隙間から、兄さんや、セレスティーナ様、そして、ソフィアが、必死の形相で駆けつけてくるのが見えた。
「アレン!
無事か、アレン!」
「アレン様……!」
「アレン様!
お怪我は!?」
三人が、俺の体を心配そうに覗き込む。
俺は、そんな三人の顔を、ぼんやりと見上げながら、かろうじて、一言だけ、呟いた。
「……腹、減った。
あと……眠い……」
それが、俺の、長くて、面倒な戦いの、終わりの言葉だった。
◇
それから、数ヶ月後。
世界は、すっかり平穏を取り戻していた。
『古き理の探求者』は、その指導者を失い、完全に瓦解。
俺たちが回収した『封印の欠片』は、王都と学術都市の賢者たちの手によって、二度と悪用されることのないよう、厳重に処理されたという。
そして、俺たちの日常もまた、大きく、しかし、穏やかに変わっていった。
兄のルドルフは、一連の事件における最大の功労者として、王家から正式に称えられ、若くして、王国騎士団の副団長の地位に就いた。
父上も、そんな兄さんの姿を、誇らしげに、そして嬉しそうに見つめている。
近いうちに、家督も、正式に兄さんへと譲られることだろう。
セレスティーナ様もまた、近衛騎士団の若き隊長として、王国の復興に、その辣腕を振るっているらしい。
時折、ヴァインベルク家を訪れては、「あなたの平穏は、私が生涯をかけて守りますわ」などと、実に面倒なことを言って、俺をうんざりさせている。
砂漠の国のジャスミン王女からは、いまだに、最高級のナッツだの、昼寝に最適だという絹のクッションだのが、山のように送りつけられてきていた。
そして、俺は。
ヴァインベルク邸の、俺の部屋。
窓から差し込む、うららかな日差しの中、我が魂の友、愛すべき深紅のソファの上で、これ以上ないというくらい、完璧に、だらけきっていた。
「アレン様、紅茶が入りましたわよ」
ソフィアが、セレスティーナ様から贈られた最高級の茶葉で淹れた、極上の紅茶を、サイドテーブルに置いてくれる。
その隣には、ジャスミン王女から贈られた、最高級のナッツ。
完璧だ。
これこそ、俺が求めていた、完璧な世界。
その時、部屋の扉が、コンコン、と控えめにノックされた。
兄さんが、ひょっこりと顔を出す。
「アレン、父上がお呼びだ。
たまには、顔を出したらどうだ」
俺は、うっすらと片目を開けると、心底、面倒くさそうに、答えた。
「……やだ。
眠い。
兄さんが、適当に、上手いこと言っておいてくれ」
その、あまりにいつも通りの俺の返事に、兄さんは、一瞬、呆れたような顔をしたが、やがて、仕方ないな、というように、優しく笑った。
「……やれやれ。
お前は、本当に、少しも変わらんな」
彼はそう言うと、静かに扉を閉めた。
部屋に、再び、穏やかな静寂が戻ってくる。
遠くで聞こえる、小鳥のさえずり。
部屋に満ちる、紅茶の香り。
そして、俺の体を優しく包み込む、ソファの、温もり。
俺は、ゆっくりと、目を閉じた。
そして、心の底から、満足げに、呟いた。
「……ああ、これだ。
これこそが、俺が守りたかった、俺だけの、世界だ」
怠け者の天才は、ついに、彼が心の底から望んだ、誰にも、何にも、邪魔されることのない、完璧で、究極の平穏を、その手に掴んだのだ。
彼の、長くて、面倒で、そして、どうしようもなかった戦いは、ようやく、本当に、終わりを告げた。
その安らかな寝息だけが、平和になった世界に、静かに、響いていた。
――完――
それは、ただひたすらに、俺の個人的で、自分勝手で、そして、何よりも強い願いそのものだった。
『ただ、静かに、誰にも邪魔されず、ソファの上で、昼寝のできる世界』。
その、あまりに馬鹿げた、しかし、純粋な『理』は、大導師が掲げた、数千年の時をかけた壮大な理想、『古き理』の全てを、優しく、そして、完全に飲み込んでいった。
「……そうか」
光の中に消えゆきながら、大導師は、どこか満足したような、あるいは、長年の苦しみから解放されたかのような、安らかな表情を浮かべていた。
「それこそが、この時代の、何よりも強く、そして美しい、人の『理』か……。
見事だ、イレギュラーよ。
いや……アレン・フォン・ヴァインベルク……」
彼の最後の言葉は、誰に聞かせるでもなく、光の中に静かに溶けて、消えた。
禍々しい魔力は完全に浄化され、暴走していた龍脈は、元の穏やかな流れを取り戻す。
全てを支えていた力が消え、地下神殿は、ガラガラと音を立てて崩壊を始めた。
だが、もう、どうでもよかった。
「……終わった」
俺は、その場に、大の字になって倒れ込んだ。
全ての力を使い果たし、指一本、動かすのも、面倒だった。
ただ、心地よい疲労感だけが、全身を優しく包んでいた。
やがて、崩れた天井の隙間から、兄さんや、セレスティーナ様、そして、ソフィアが、必死の形相で駆けつけてくるのが見えた。
「アレン!
無事か、アレン!」
「アレン様……!」
「アレン様!
お怪我は!?」
三人が、俺の体を心配そうに覗き込む。
俺は、そんな三人の顔を、ぼんやりと見上げながら、かろうじて、一言だけ、呟いた。
「……腹、減った。
あと……眠い……」
それが、俺の、長くて、面倒な戦いの、終わりの言葉だった。
◇
それから、数ヶ月後。
世界は、すっかり平穏を取り戻していた。
『古き理の探求者』は、その指導者を失い、完全に瓦解。
俺たちが回収した『封印の欠片』は、王都と学術都市の賢者たちの手によって、二度と悪用されることのないよう、厳重に処理されたという。
そして、俺たちの日常もまた、大きく、しかし、穏やかに変わっていった。
兄のルドルフは、一連の事件における最大の功労者として、王家から正式に称えられ、若くして、王国騎士団の副団長の地位に就いた。
父上も、そんな兄さんの姿を、誇らしげに、そして嬉しそうに見つめている。
近いうちに、家督も、正式に兄さんへと譲られることだろう。
セレスティーナ様もまた、近衛騎士団の若き隊長として、王国の復興に、その辣腕を振るっているらしい。
時折、ヴァインベルク家を訪れては、「あなたの平穏は、私が生涯をかけて守りますわ」などと、実に面倒なことを言って、俺をうんざりさせている。
砂漠の国のジャスミン王女からは、いまだに、最高級のナッツだの、昼寝に最適だという絹のクッションだのが、山のように送りつけられてきていた。
そして、俺は。
ヴァインベルク邸の、俺の部屋。
窓から差し込む、うららかな日差しの中、我が魂の友、愛すべき深紅のソファの上で、これ以上ないというくらい、完璧に、だらけきっていた。
「アレン様、紅茶が入りましたわよ」
ソフィアが、セレスティーナ様から贈られた最高級の茶葉で淹れた、極上の紅茶を、サイドテーブルに置いてくれる。
その隣には、ジャスミン王女から贈られた、最高級のナッツ。
完璧だ。
これこそ、俺が求めていた、完璧な世界。
その時、部屋の扉が、コンコン、と控えめにノックされた。
兄さんが、ひょっこりと顔を出す。
「アレン、父上がお呼びだ。
たまには、顔を出したらどうだ」
俺は、うっすらと片目を開けると、心底、面倒くさそうに、答えた。
「……やだ。
眠い。
兄さんが、適当に、上手いこと言っておいてくれ」
その、あまりにいつも通りの俺の返事に、兄さんは、一瞬、呆れたような顔をしたが、やがて、仕方ないな、というように、優しく笑った。
「……やれやれ。
お前は、本当に、少しも変わらんな」
彼はそう言うと、静かに扉を閉めた。
部屋に、再び、穏やかな静寂が戻ってくる。
遠くで聞こえる、小鳥のさえずり。
部屋に満ちる、紅茶の香り。
そして、俺の体を優しく包み込む、ソファの、温もり。
俺は、ゆっくりと、目を閉じた。
そして、心の底から、満足げに、呟いた。
「……ああ、これだ。
これこそが、俺が守りたかった、俺だけの、世界だ」
怠け者の天才は、ついに、彼が心の底から望んだ、誰にも、何にも、邪魔されることのない、完璧で、究極の平穏を、その手に掴んだのだ。
彼の、長くて、面倒で、そして、どうしようもなかった戦いは、ようやく、本当に、終わりを告げた。
その安らかな寝息だけが、平和になった世界に、静かに、響いていた。
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