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駅
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日曜の夜9時前。巨大な迷宮、新宿駅。俺(キョウヘイ)は、うんざりしながら乗り換えのサインを追っていた。
地方から出てきたばかりで、この駅にはまだ慣れない。人波が少し引けた通路を選んだのが、間違いの始まりだったのかもしれない。
気づけば、周りから人の気配が消えていた。案内表示も途切れ、ただ、薄暗く、だだっ広い通路が続いている。
天井の蛍光灯は所々切れかかり、壁には配管が剥き出しになっている。空気はひんやりと冷たく、湿った埃と、微かなカビの匂いがした。
戻ろうにも、自分がどこから来たのか、もう判然としない。
コツ…コツ…。自分の足音だけが、やけに大きく響く。
いや、違う。時折、自分の足音とは違う、乾いた足音が、壁の向こうや、ずっと先の暗がりから、反響してくる気がするのだ。
そして、空調の音に混じって、微かな囁き声のようなものも…。
壁には、意味不明な、黒いスプレーで描かれた記号のような落書きが増えてきた。
それは、警告のようでもあり、呪詛の紋様のようでもあった。
床には、古びた片方だけの子供靴や、破れた手帳のページらしきものが落ちている。
誰が、こんな場所に?
完全な「圏外」。スマホはただの文鎮だ。
「すみませーん!」
声を張り上げてみる。だが、自分の声が、コンクリートの壁に虚しく吸い込まれていくだけだった。
ここは、本当に新宿駅なのか? まるで、駅の「裏側」、忘れられた廃墟に迷い込んでしまったかのようだ。
心細さと恐怖が、じわじわと胸を締め付ける。
その時、通路のさらに奥、暗闇の中に、チカチカと点滅する、頼りない光が見えた。
そして、そこから、微かに、単調な、低い詠唱のような、あるいは、鼻歌のような音が聞こえてくる。
人がいるのかもしれない。
俺は、吸い寄せられるように、その光へと近づいていった。
光は、通路の脇にある、小さな配電室か倉庫のような部屋の、開きっぱなしのドアから漏れていた。中の蛍光灯が、寿命なのか、激しく点滅を繰り返している。
そして、あの単調な詠唱のような音は、その部屋の中から聞こえてくる。
恐る恐る、ドアの隙間から中を覗き込む。
息を呑んだ。
部屋の中は、物置ではなかった。
床から天井近くまで、びっしりと、無数の、藁人形が積み重ねられていたのだ。
大きさも形も様々で、どれもが、酷く歪で、禍々しい気配を放っている。
多くには、錆びた五寸釘が打ち込まれていたり、名前らしきものが書かれた紙が貼り付けられていたりした。
そして、あの、低い、ぶつぶつとした詠唱のような音は、間違いなく、その藁人形の山全体から、まるで共鳴するように、響いてきていた。
全身の産毛が逆立つ。体が動かない。
その時。
俺の視線に気づいたかのように、一番手前にあった、一体の藁人形の、「頭」にあたる部分———ただ藁を丸く縛っただけの、粗末な塊———が、
———ゆっくりと、ぎ、ぎ、ぎ、と、軋むような音を立てて、こちらを、向いたのだ。
「うわあああああああああっ!!」
俺は、文字通り、転がるようにしてその場から逃げ出した。
どこをどう走ったのか、覚えていない。ただ、無我夢中で、光のある方へ、人の気配がする方へと走った。
そして、気づけば、俺は、人でごった返す、見慣れた中央通路に立っていた。
周りには、家路を急ぐ人々、明るい店舗の光、騒々しいアナウンス。さっきまでの、あの悪夢のような静寂と暗闇が嘘のようだ。
振り返っても、自分がどこから出てきたのか、もう分からない。ただ、普通の通路が続いているだけ。
あれは、何だったのだろう? 疲労が見せた幻覚? それとも、あの巨大な駅には、本当に、ああいう「場所」が、隠されているのだろうか?
俺は、もう新宿駅を、普通に歩くことができない。
あの、無数の藁人形。詠唱のような響き。そして、こちらを向いた、あの「頭」。
いつかまた、ふとした拍子に、あの迷宮に迷い込んでしまうのではないか。そんな恐怖が、頭から離れないのだ。
地方から出てきたばかりで、この駅にはまだ慣れない。人波が少し引けた通路を選んだのが、間違いの始まりだったのかもしれない。
気づけば、周りから人の気配が消えていた。案内表示も途切れ、ただ、薄暗く、だだっ広い通路が続いている。
天井の蛍光灯は所々切れかかり、壁には配管が剥き出しになっている。空気はひんやりと冷たく、湿った埃と、微かなカビの匂いがした。
戻ろうにも、自分がどこから来たのか、もう判然としない。
コツ…コツ…。自分の足音だけが、やけに大きく響く。
いや、違う。時折、自分の足音とは違う、乾いた足音が、壁の向こうや、ずっと先の暗がりから、反響してくる気がするのだ。
そして、空調の音に混じって、微かな囁き声のようなものも…。
壁には、意味不明な、黒いスプレーで描かれた記号のような落書きが増えてきた。
それは、警告のようでもあり、呪詛の紋様のようでもあった。
床には、古びた片方だけの子供靴や、破れた手帳のページらしきものが落ちている。
誰が、こんな場所に?
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「すみませーん!」
声を張り上げてみる。だが、自分の声が、コンクリートの壁に虚しく吸い込まれていくだけだった。
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心細さと恐怖が、じわじわと胸を締め付ける。
その時、通路のさらに奥、暗闇の中に、チカチカと点滅する、頼りない光が見えた。
そして、そこから、微かに、単調な、低い詠唱のような、あるいは、鼻歌のような音が聞こえてくる。
人がいるのかもしれない。
俺は、吸い寄せられるように、その光へと近づいていった。
光は、通路の脇にある、小さな配電室か倉庫のような部屋の、開きっぱなしのドアから漏れていた。中の蛍光灯が、寿命なのか、激しく点滅を繰り返している。
そして、あの単調な詠唱のような音は、その部屋の中から聞こえてくる。
恐る恐る、ドアの隙間から中を覗き込む。
息を呑んだ。
部屋の中は、物置ではなかった。
床から天井近くまで、びっしりと、無数の、藁人形が積み重ねられていたのだ。
大きさも形も様々で、どれもが、酷く歪で、禍々しい気配を放っている。
多くには、錆びた五寸釘が打ち込まれていたり、名前らしきものが書かれた紙が貼り付けられていたりした。
そして、あの、低い、ぶつぶつとした詠唱のような音は、間違いなく、その藁人形の山全体から、まるで共鳴するように、響いてきていた。
全身の産毛が逆立つ。体が動かない。
その時。
俺の視線に気づいたかのように、一番手前にあった、一体の藁人形の、「頭」にあたる部分———ただ藁を丸く縛っただけの、粗末な塊———が、
———ゆっくりと、ぎ、ぎ、ぎ、と、軋むような音を立てて、こちらを、向いたのだ。
「うわあああああああああっ!!」
俺は、文字通り、転がるようにしてその場から逃げ出した。
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