【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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騒音

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俺が借りている安アパートの隣で、新しいマンションの建設工事が始まったのは、数ヶ月前のことだった。
平日の日中は、窓を開けていなくても、重機の唸りや、金属的な打撃音が絶えず響いてくる。まあ、仕方ない。
工事が終わるまでの辛抱だ。最初は、そう思っていた。

異変に気づいたのは、ここ一週間ほどの事だ。
特に、杭打ち機の、単調な打撃音。
ガーン!……ガーン!……ガーン!
規則的なはずのその音が、時折、妙な「間」を取るようになったのだ。
ガーン!…ガーン!……ガーン!…ガーン!ガーン!
まるで、誰かが、意味のあるリズムを刻んでいるかのように。モールス信号? いや、考えすぎか。

だが、一度気になり出すと、他の音も、普通ではないように聞こえ始めた。
壁を叩くような、カンカンカン…というハンマーの音。
それが、時々、三・三・七拍子のような、奇妙なリズムに変わる。
ドリルの、ギュイイインという甲高い音が、不意に途切れ、また始まり、まるで途切れ途切れの悲鳴のように聞こえる。
それらの音が、複合的に重なり合い、まるで、巨大な何かが奏でる、不気味で、冒涜的な「音楽」のように、俺の部屋に響き渡るのだ。

気のせいではない。その「リズム」や「パターン」は、明らかに、意図的なものを感じさせる。そして、それは、俺の行動に呼応している気がしてならない。
俺が仕事に集中しようとすると、音はより激しく、複雑なリズムを刻み、思考を妨害する。
俺が、何だこれは、と耳を澄ませると、ふっと音が途切れたり、あるいは、嘲笑うかのように、単調な工事音に戻ったりするのだ。

窓から工事現場を覗いても、作業員たちは、黙々と働いているように見える。巨大な重機も、普通に動いている。あの、悪意に満ちた「音」は、一体どこから?

ノイズキャンセリングのヘッドフォンを試した。音量は確かに小さくなる。
だが、あの「パターン」は消えない。
振動として、あるいは、静寂の中に浮かび上がる「無音のリズム」として、俺の頭蓋に直接響いてくる。
しまいには、自分の心臓の鼓動までもが、あの打撃音のリズムに、同期しているように感じられた。

そして、今日の午後。
俺は、もう限界に近づいていた。
工事の音は、もはや、単なる騒音ではなかった。それは、壁を、床を、空間そのものを震わせる、圧倒的な暴力的な「意志」に感じられた。
ガガガ! ドドド! ギリギリギリ! カンカンカン! ガーン!
全ての音が渾然一体となり、狂ったような、しかし、統制されたリズムで、俺の部屋を、俺の精神を、叩き潰そうとしてくる!
何かが、壁の向こうから、この部屋へ、侵入しようとしている!

「やめろ! やめてくれ!」
俺は耳を塞ぎ、叫んだ。だが、音は止まない。
頭の中で、あのリズムが、俺の名前を、繰り返し、繰り返し、打ち付けている!
『タ・ケ・シ!』『タ・ケ・シ!』『タ・ケ・シ!』『タ・ケ・シ!』

——— プツン。

何かが、切れた。
俺は、近くにあったマグカップを掴み、壁に向かって、力任せに投げつけていた。ガチャン!とけたたましい音が響く。それでも、外からの「音」は止まない。俺は、部屋の中を駆け回り、本棚を倒し、机を蹴り飛ばし、ただ、叫び続けた。

どれくらいそうしていただろうか。気づくと、外の音は、いつの間にか止んでいた。定時になったのか、工事が終わったらしい。
部屋の中は、めちゃくちゃに散乱し、俺は、床に蹲って、荒い息を繰り返していた。

静寂が、耳に痛い。
だが、俺には、まだ聞こえている。あの、リズムが。パターンが。
どんな些細な物音も、時計の秒針も、自分の呼吸音さえも、あの狂った工事音の「始まり」のように聞こえてしまう。
いつ、また、あの音が、壁の向こうから、俺を呼び始めるのか。
日常の「騒音」は、俺にとって、もう、永遠に続くかもしれない、恐怖の予兆となったのだ。
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