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禁じられた祠(ほこら)
俺が小学校高学年の頃だったか、夏休みに、母方の、ものすごく遠い親戚の家へ、数日間だけ預けられたことがあるんだ。
親父の仕事の都合だったかな。
その村は、なんていうか、地図で見ても、本当にポツンと、山と山の間にあるような集落でさ。
コンビニもなければ、自動販売機すら、村に一台あるかないか、ってくらい。
子供の遊び場といえば、神社の境内か、村の裏手に広がる雑木林くらいだった。
その雑木林の、さらに奥。
村の大人たちから、「絶対に近づいちゃいけない」って、固く言われてる場所があったんだ。
古い、小さな祠があるらしいんだけど、その祠が何を祀ってるのか、誰も教えてくれない。
ただ、村の年寄りたちは、その祠の方角を「禁じられた場所」とか「触れてはいけないもの」とか、そんな言い方をしてた。
年に一度だけ、夏の、ある特定の日に、「鎮めの儀(しずめのぎ)」っていうのが、その祠で行われるらしかった。
その日は、村人は誰一人として、家から出てはいけない。
窓も雨戸も閉め切って、息を潜めて、ただ、夜が明けるのを待つんだと。
もし、儀式を見たり、物音を立てて「邪魔」をしたりしたら…。
「どうなるの?」って聞いても、大人たちは、一様に顔を青くして、首を横に振るだけで、何も答えてくれなかった。
俺がその村に滞在してた時、ちょうど、その「鎮めの儀」の日が来てしまったんだ。
朝から、村の空気は、ピリピリと張り詰めてた。
大人たちは、小声で何かを話し合っては、ため息をついてる。
そして、日が暮れると、本当に、家中の雨戸が閉められて、ランプの薄明かりだけで過ごすことになった。
外は、シン…と静まり返ってる。虫の声一つしない。
それが、逆に、めちゃくちゃ不気味で。
俺は、従兄弟(いとこ)のタカシ(同い年だった)と、同じ部屋で布団を並べてたんだけど、二人とも、怖くて全然眠れなかった。
「なあ、ケンジ…」
タカシが、布団の中で、声を潜めて言った。
「…祠、見に行ってみいひんか?」
俺は、ギョッとした。
「馬鹿言えよ! 見ちゃいけないって、あんなに言われてただろ!」
「だって…気になるやん。何してるんか、誰も教えてくれへんし…」
タカシは、元々、好奇心が強くて、ちょっと向こう見ずなところがある奴だった。
俺は、絶対嫌だって言ったんだけど、タカシの「ちょっとだけ、遠くから見るだけやから」っていう言葉に、結局、押し切られる形で、こっそり家を抜け出すことになっちまった。
深夜。
月明かりもない、真っ暗な夜道を、二人で懐中電灯一つだけ頼りに、あの、禁じられた祠がある森の奥へと向かった。
森の中は、昼間とは全然違って、不気味なほど静かで、風で木々が擦れる音さえも、何かの呻き声みたいに聞こえた。
どれくらい歩いただろうか。
タカシが、「たぶん、この辺りだ」って言って、立ち止まった。
目の前は、少し開けた場所になっていて、その中央に、月明かり…はなかったはずなのに、なぜか、ぼんやりと、古びた小さな祠のシルエットが見えた。
そして、
——— カタ…カタカタ………グググ………。
祠の方から、何か、硬いものが擦れ合うような、あるいは、何かを無理やり引きずっているような、奇妙な音が、かすかに聞こえてくる。
そして、獣のような、生臭い匂いも、風に乗って漂ってきた。
「…何か、やってる…」タカシが、ゴクリと唾を飲む。
俺たちは、木の陰に隠れて、息を殺して、祠の方を凝視した。
祠の前には、数人の人影が見えた。
みんな、白い、頭からすっぽり被るような、奇妙な頭巾と装束を身にまとっている。
その人影たちが、何か、大きな、黒っぽい「塊」のようなものを、祠の中へ、押し込もうとしているみたいだった。
その「塊」が、時折、グググ…と抵抗するように動いている。
懐中電灯の光が、ほんの一瞬だけ、その「塊」の一部を照らした。
それは———。
いや、見間違いかもしれない。暗かったし、遠かったし。
でも、俺には、それが、まるで、人間の手足が、何本も、ぐちゃぐちゃに絡み合ったもののように、見えたんだ。
「ひっ…!」
俺が、小さく息を呑んだ瞬間。
祠の前にいた、白い装束の人影の一人が、ぴたり、と動きを止め、
——— ゆっくりと、こちらを、向いた。
頭巾で顔は見えない。
でも、その「視線」は、確かに、俺たちを捉えていた。
「やばい! 見つかった!」
タカシが叫んで、俺たちは、もう、わけもわからず、来た道を転がるように逃げ出した。
後ろから、あの、カタカタ…という音と、低い唸り声のようなものが、追いかけてくる気がして、怖くてたまらなかった。
なんとか家に逃げ帰り、布団に潜り込んだけど、朝まで一睡もできなかった。
次の日、俺もタカシも、高熱を出して寝込んだ。
村の大人たちは、何も聞かなかったけど、俺たちを見る目が、妙に冷たくて、厳しかったのを覚えてる。
それから数日後、俺は予定を切り上げて、神戸の家に帰された。
タカシとは、それ以来、会ってない。
風の噂で聞いたけど、タカシは、あの夏の後、しばらくして、原因不明の病気で、ずっと塞ぎ込むようになっちまったらしい…。
あの祠で、一体、何が行われていたんだろうか。
あの、白い装束の人たちは、誰だったのか。
そして、祠に押し込められていた、あの「塊」は…。
今でも、あの生臭い匂いと、白い装束の人影が、こちらを振り向いた瞬間の、あの「視線」を思い出すと、
体中の血が、逆流するような、ぞっとした感覚に襲われるんだ。
あれは、絶対に、見てはいけないものだったんだ。
俺は、まだ、その「祟り」から、逃れられていないのかもしれない…。
親父の仕事の都合だったかな。
その村は、なんていうか、地図で見ても、本当にポツンと、山と山の間にあるような集落でさ。
コンビニもなければ、自動販売機すら、村に一台あるかないか、ってくらい。
子供の遊び場といえば、神社の境内か、村の裏手に広がる雑木林くらいだった。
その雑木林の、さらに奥。
村の大人たちから、「絶対に近づいちゃいけない」って、固く言われてる場所があったんだ。
古い、小さな祠があるらしいんだけど、その祠が何を祀ってるのか、誰も教えてくれない。
ただ、村の年寄りたちは、その祠の方角を「禁じられた場所」とか「触れてはいけないもの」とか、そんな言い方をしてた。
年に一度だけ、夏の、ある特定の日に、「鎮めの儀(しずめのぎ)」っていうのが、その祠で行われるらしかった。
その日は、村人は誰一人として、家から出てはいけない。
窓も雨戸も閉め切って、息を潜めて、ただ、夜が明けるのを待つんだと。
もし、儀式を見たり、物音を立てて「邪魔」をしたりしたら…。
「どうなるの?」って聞いても、大人たちは、一様に顔を青くして、首を横に振るだけで、何も答えてくれなかった。
俺がその村に滞在してた時、ちょうど、その「鎮めの儀」の日が来てしまったんだ。
朝から、村の空気は、ピリピリと張り詰めてた。
大人たちは、小声で何かを話し合っては、ため息をついてる。
そして、日が暮れると、本当に、家中の雨戸が閉められて、ランプの薄明かりだけで過ごすことになった。
外は、シン…と静まり返ってる。虫の声一つしない。
それが、逆に、めちゃくちゃ不気味で。
俺は、従兄弟(いとこ)のタカシ(同い年だった)と、同じ部屋で布団を並べてたんだけど、二人とも、怖くて全然眠れなかった。
「なあ、ケンジ…」
タカシが、布団の中で、声を潜めて言った。
「…祠、見に行ってみいひんか?」
俺は、ギョッとした。
「馬鹿言えよ! 見ちゃいけないって、あんなに言われてただろ!」
「だって…気になるやん。何してるんか、誰も教えてくれへんし…」
タカシは、元々、好奇心が強くて、ちょっと向こう見ずなところがある奴だった。
俺は、絶対嫌だって言ったんだけど、タカシの「ちょっとだけ、遠くから見るだけやから」っていう言葉に、結局、押し切られる形で、こっそり家を抜け出すことになっちまった。
深夜。
月明かりもない、真っ暗な夜道を、二人で懐中電灯一つだけ頼りに、あの、禁じられた祠がある森の奥へと向かった。
森の中は、昼間とは全然違って、不気味なほど静かで、風で木々が擦れる音さえも、何かの呻き声みたいに聞こえた。
どれくらい歩いただろうか。
タカシが、「たぶん、この辺りだ」って言って、立ち止まった。
目の前は、少し開けた場所になっていて、その中央に、月明かり…はなかったはずなのに、なぜか、ぼんやりと、古びた小さな祠のシルエットが見えた。
そして、
——— カタ…カタカタ………グググ………。
祠の方から、何か、硬いものが擦れ合うような、あるいは、何かを無理やり引きずっているような、奇妙な音が、かすかに聞こえてくる。
そして、獣のような、生臭い匂いも、風に乗って漂ってきた。
「…何か、やってる…」タカシが、ゴクリと唾を飲む。
俺たちは、木の陰に隠れて、息を殺して、祠の方を凝視した。
祠の前には、数人の人影が見えた。
みんな、白い、頭からすっぽり被るような、奇妙な頭巾と装束を身にまとっている。
その人影たちが、何か、大きな、黒っぽい「塊」のようなものを、祠の中へ、押し込もうとしているみたいだった。
その「塊」が、時折、グググ…と抵抗するように動いている。
懐中電灯の光が、ほんの一瞬だけ、その「塊」の一部を照らした。
それは———。
いや、見間違いかもしれない。暗かったし、遠かったし。
でも、俺には、それが、まるで、人間の手足が、何本も、ぐちゃぐちゃに絡み合ったもののように、見えたんだ。
「ひっ…!」
俺が、小さく息を呑んだ瞬間。
祠の前にいた、白い装束の人影の一人が、ぴたり、と動きを止め、
——— ゆっくりと、こちらを、向いた。
頭巾で顔は見えない。
でも、その「視線」は、確かに、俺たちを捉えていた。
「やばい! 見つかった!」
タカシが叫んで、俺たちは、もう、わけもわからず、来た道を転がるように逃げ出した。
後ろから、あの、カタカタ…という音と、低い唸り声のようなものが、追いかけてくる気がして、怖くてたまらなかった。
なんとか家に逃げ帰り、布団に潜り込んだけど、朝まで一睡もできなかった。
次の日、俺もタカシも、高熱を出して寝込んだ。
村の大人たちは、何も聞かなかったけど、俺たちを見る目が、妙に冷たくて、厳しかったのを覚えてる。
それから数日後、俺は予定を切り上げて、神戸の家に帰された。
タカシとは、それ以来、会ってない。
風の噂で聞いたけど、タカシは、あの夏の後、しばらくして、原因不明の病気で、ずっと塞ぎ込むようになっちまったらしい…。
あの祠で、一体、何が行われていたんだろうか。
あの、白い装束の人たちは、誰だったのか。
そして、祠に押し込められていた、あの「塊」は…。
今でも、あの生臭い匂いと、白い装束の人影が、こちらを振り向いた瞬間の、あの「視線」を思い出すと、
体中の血が、逆流するような、ぞっとした感覚に襲われるんだ。
あれは、絶対に、見てはいけないものだったんだ。
俺は、まだ、その「祟り」から、逃れられていないのかもしれない…。
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