【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ

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救急車

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なあ、俺、今、マジで寝付けないくらい、怖いことがあったんだ。

いや、現在進行形かもしんない。

さっき、日曜日の深夜1時半くらいだったかな。

俺は、渋谷の自分のマンションで、ベッドに入って、うとうとしてた。

週末だから、外はまだ少し騒がしいけど、部屋の中は静かで。

そしたら、遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきたんだ。

ピーポーピーポーって、いつもの音。

まあ、渋谷だし、夜中に救急車なんて珍しくもないだろ?

最初は、特に気にも留めてなかった。

でも、そのサイレンの音が、だんだん、俺のマンションの方へ近づいてくる。

しかも、音が、普通のサイレンと、ちょっと違う気がするんだ。

なんていうか、音が、微妙に、歪んでるっていうか、途切れ途切れっていうか…。

ピー…ポ、ピー……ポポ……みたいな。

そして、その音が、俺のマンションの、すぐ前で、ぴたり、と止まった。

え? うちのマンションか?

誰か、倒れたのかな…。

気になって、ベッドから出て、窓のカーテンを少しだけ開けて、外を見たんだ。

そしたら、マンションの前に、確かに、救急車が停まってた。

赤いランプが、気味悪く、チカチカと点滅してる。

でも、救急隊員の姿も、担架も、何も見えない。

ただ、救急車が、エンジンもかけずに、そこに、じっと停まってるだけ。

そして、あの、歪んだサイレンの音が、まだ、微かに、車内から漏れ聞こえてくる。

ピー……ポポ………。

何なんだろう、これ。

すごく、嫌な感じがした。

見てはいけないものを見てるような。

早くカーテン閉めよう、って思った、その時。

救急車の、後ろのドア。観音開きの、あのドアが、

——— ギィィ………

って、ゆっくりと、音を立てて、内側から、少しだけ、開いたんだ。

中から、誰か出てくるのか?

そう思って、息を殺して見てた。

ドアの隙間から、まず、何か、白くて、細長いものが、ぬるり、と出てきた。

それは———「手」だった。

人間の手。

でも、異常に、青白い。

そして、その指が、ありえないくらい、細くて、長い。

まるで、木の枝みたいに。

その手が、ドアの縁を掴んで、さらに、ドアを押し開けようとしてる。

そして、その手の奥。

救急車の、真っ暗な車内から、

——— 二つの、赤い光が、ぼうっと、こっちを、見てるのが分かった。

それは、機械のランプとかじゃない。

もっと、こう…生き物の「目」みたいな、鈍い、不気味な光。

俺は、もう、声も出なかった。

体が、蛇に睨まれた蛙みたいに、動かない。

あの、青白い手。

あの、赤い二つの光。

あれは、絶対に、この世のものじゃない。

救急車は、人を助けるためのものだろ?

じゃあ、あれは、一体、何を「運んで」きたんだ…?

それとも、誰かを、「迎えに」きたのか…?

俺か…?

そう思った瞬間、救急車の、あの赤い二つの光が、

——— ふっ、と、俺の部屋の窓を、まっすぐに捉えた気がした。

「ひっ…!」

俺は、慌ててカーテンを閉めて、ベッドに飛び込んだ。

布団を頭まで被って、ガタガタ震えてた。

もう、外の様子は分からない。

でも、あの、歪んだサイレンの音だけは、まだ、耳の奥で、

ピー……ポポ………ピー……ポポ………

って、鳴り続けてる。

どれくらい時間が経ったか。

ふと、サイレンの音が、遠ざかっていくのに気づいた。

ゆっくりと、ゆっくりと、俺のマンションから離れていく。

そして、完全に聞こえなくなった。

恐る恐る、カーテンの隙間から外を見る。

もう、救急車の姿は、どこにもなかった。

あれは、夢だったんだろうか…?

でも、窓ガラスには、なぜか、うっすらと、小さな、子供の「手形」みたいなものが、一つだけ、付いていたんだ。

外側から、押し付けられたみたいに…。

なあ、あの救急車は、本当に、いなくなったのか?

それとも、また、別の誰かを「迎えに」、

この渋谷の夜を、あの歪んだサイレンを鳴らしながら、

彷徨っているんだろうか…。

そして、あの、子供の手形は…?

もう、夜中に、救急車のサイレンを聞くのが、怖い。

あの赤い光と、青白い手を、思い出してしまうから…。
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