【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ

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第四十二話:密使ヴェネリアへ、そして届く第一報

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アレンの提案した「情報収集活動」は、レグルスとガストン隊長によって慎重かつ迅速に検討され、実行に移されることとなった。

ヴェネリア商人ギルド内部の権力構造、強硬派の具体的な動き、そしてロレンツォ以外の穏健派とされる商人たちの意向。

それらを正確に把握することなくして、有効な対抗策は打てない。
それは、まさに目隠しで剣を振るうようなものだからだ。

編成されたのは、わずか三名からなる密使チーム。
一人は、ガストンの部下の中でも特に隠密行動と情報収集に長けた兵士。
もう一人は、かつて行商人として各地を渡り歩いた経験を持ち、ヴェネリアの裏道にも多少通じているというミストラル村の壮年の男。
そして最後の一人は、意外にもサザンクロス村からの留学生であるティムであった。

彼は、手先が器用で物覚えが良いだけでなく、冷静沈着な判断力と、何よりもアレンへの強い忠誠心を買われての抜擢である。
アレンは、彼らにヴェネリアの地図、主要な商人たちの名前と特徴、そして接触すべき穏健派の商人のリスト(ロレンツォからの密書を元に作成したものだ)を手渡し、細心の注意を払って任務を遂行するよう指示した。

「君たちの任務は、情報を集めること。
決して危険な行動は取らないでほしい。
そして、これが僕からのささやかな『お守り』だ」

アレンは、ティムたちに、手のひらに収まるほど小さな、しかし驚くほど遠くまで届く特殊な音を発する警笛と、万が一の際に追手の目を眩ませるための発煙筒のようなもの(これも彼の工房で秘密裏に開発されたものだ)を手渡した。
それらは、彼らの無事な帰還を願う、アレンの祈りの形でもあった。

三人の密使は、夜陰に紛れてミストラル村を後にし、ヴェネリアという巨大な商業都市国家へとその身を投じていく。
彼らの肩には、ミストラル村の、いや、アルトリア領全体の未来が、小さく、しかし確かに託されていたのだ。

密使たちが旅立った後も、ミストラル村では緊張の日々が続いた。
カイトが中心となり、ガストン隊長の指導のもと、村の若者たちは昼夜を分かたず警備と訓練に励む。

アレンが設置した警報装置や罠は、実際に何度か、夜間に村へ忍び込もうとした不審者の存在を知らせ、彼らを捕縛するのに役立った。
捕らえられた者たちは、一様に口が堅く、その背後関係を吐くことはなかったが、彼らがヴェネリアの者であることはほぼ間違いなさそうであった。

そして、ヴェネリア商人ギルドからの圧力は、日に日にその度合いを増していく。
ミストラル村から輸出されるはずだった小麦粉や薬草が、ヴェネリアの港で不当な理由で荷揚げを拒否されたり、あるいは以前の数倍もの関税を要求されたりといった事態が頻発。

ロレンツォからの連絡も途絶えがちになり、彼がギルド内で極めて困難な状況に追い込まれていることが窺えた。
ミストラル村の経済は、ヴェネリアとの交易によって得られるはずだった利益を失い、少しずつだが確実に疲弊し始めていたのである。

「このままでは、村の皆の努力が水泡に帰してしまう……」

バルガス村長は、集会所で苦渋の表情を浮かべる。
アレンもまた、工房で新たな発明に取り組む傍ら、この難局をどう乗り越えるべきか、深く思い悩んでいた。
領主アルトリアも、ヴェネリアに対して公式な抗議は行っているものの、直接的な武力衝突を避けたいという思惑もあり、事態は膠着状態に陥っている。

そんな重苦しい空気が村を覆い始めていたある日、一羽の伝書鳩が、アレンの工房の窓辺へと舞い降りた。
その足には、小さな羊皮紙の筒が固く結びつけられている。
それは、ヴェネリアへ向かったティムたちからの、最初の報告であった。

アレンは、緊張した手つきでその筒を開き、震える文字で書かれた報告書に目を通す。
リナやカイト、そして工房にいたレグルスやガストンも、固唾を飲んでその様子を見守っていた。

報告書の内容は、衝撃的なものであった。
ヴェネリア商人ギルド内部では、やはり強硬派の筆頭である大商人バルバロッサが、ロレンツォを失脚させ、ギルドの実権を完全に掌握しようと画策していること。

バルバロッサは、ミストラル村の技術を独占し、それを武器に他の商業都市国家との競争で優位に立とうと目論んでいるらしい。
そして、彼がアレンたちに対して提示しようとしているのは、技術の全面的な譲渡と、ミストラル村をヴェネリアの完全な管理下に置くという、到底受け入れられないような屈辱的な要求であるという。

しかし、報告書には、一筋の光明となる情報も記されていた。
ティムたちが接触を試みた穏健派の商人の中に、バルバロッサの強引なやり方に反感を抱き、ロレンツォを支持する者が少なからず存在すること。

彼らは、まだ表立っては動けないものの、水面下で連携し、バルバロッサの独走を阻止する機会を窺っているというのだ。
そして、ティムたちは、アレンが用意した「お守り」特殊な警笛を使い、その穏健派の商人たちの一人と、秘密裏に連絡を取り合うことに成功したらしい。

「……まだ、希望はある」

アレンは、報告書を握りしめ、呟いた。
ヴェネリアの状況は絶望的ではなかった。
内部に協力者がいるのなら、やりようによっては、この状況を打開できるかもしれない。

「レグルスさん、ガストン隊長。
すぐに領主様へこの情報を伝える必要があります。
そして、僕たちも、ヴェネリアの穏健派の人たちと連携し、バルバロッサの企みを阻止するための具体的な策を練らなければなりません」

アレンの瞳には、再び強い決意の光が宿っていた。
情報という名の武器は、確かにミストラル村の手に渡ったのだ。
問題は、この武器をどう使いこなし、見えざる敵との戦いに勝利するか。

工房の壁に貼られたヴェネリアの地図と、主要人物リスト。
その上に、アレンは新たな情報を書き込み、複雑に絡み合う線で結んでいく。
それは、まるで難解な詰将棋の盤面を読み解くかのような、緻密で大胆な戦略の始まりであった。

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