【完結】発明家アレンの異世界工房 ~元・商品開発部員の知識で村おこし始めました~

シマセイ

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エルミナ魔法王国編

第九十八話:王都の地下水路と仕掛けられた罠

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「古き星の探求者」と名乗る新たな敵の出現は、アレンの王都での研究生活に、これまでとは質の異なる緊張感をもたらしていた。

彼らは「黒曜の爪」のように直接的な破壊を好むのではなく、より狡猾(こうかつ)で、知略に長けた組織であるように思われた。

アレンが持つ「星晶エネルギー」の知識と、彼自身を「星の遺物」として手に入れようとする彼らの執念は、日増しにその圧力を強めている。

王立中央学院の研究棟や、アルトリア辺境伯の屋敷の警備は、ガストン隊長の部下たちと、カイトから剣術の手ほどきを受けたフィンや学院の有志たちによって強化されていた。

しかし、アレンは、常にどこかで見えない視線を感じ、息苦しさを覚えていた。
敵は、いつ、どこから、どのような手段で接触してくるかわからない。

そんなある日、アレンの研究室に、一通の差出人不明の書状が届けられた。
それは、巧妙に偽装された学院の公用封筒に入れられており、一見すると何の変哲もない事務連絡のように見える。

しかし、アレンは、その封蝋(ふうろう)の微かな歪みと、羊皮紙に染み込んだ特殊なインクの匂い(これも彼の工房で開発した微量物質検知紙で確認した)から、それが罠である可能性を直感した。

「フィン、エリオットさん、そしてアルバス教授。
少し、相談したいことがあります」

アレンは、最も信頼する仲間たちを研究室に集め、その書状を見せた。
書状の内容は、「星晶エネルギーの平和利用に関する新たな提案と、そのための秘密会合を、今宵、王都地下水路の旧管理事務所で行いたい」という、ある高名な王宮顧問官を名乗る人物からの誘いであった。
しかし、その顧問官の名は、アレンもエリオットも聞き覚えがない。

「王都の地下水路……あそこは、昔から浮浪者や犯罪者の巣窟になっていると聞く。
公式な会合の場所としては、あまりにも不自然だ」

フィンが、眉をひそめて言った。

「おそらく、これは『古き星の探求者』が仕掛けた罠でしょう。
僕をおびき出し、捕らえようという魂胆に違いありません」

アレンの言葉に、アルバス教授も頷く。

「うむ。
奴らの手口は、常に用意周到じゃ。
この誘いに乗るのは危険すぎる。
すぐに騎士団に通報し、対応を任せるべきじゃろう」

しかし、アレンは静かに首を横に振った。

「いえ、教授。
これは、逆に彼らの尻尾を掴むための、絶好の機会かもしれません。
もちろん、無防備に行くつもりはありません。
僕には、いくつか考えがあります」

アレンの瞳には、危険な罠に自ら飛び込もうとする者の無謀さではなく、むしろ、それを逆手に取ろうとする発明家特有の、冷静な計算と大胆な発想が宿っていた。

その夜、アレンは、フィンの協力を得て、まるで本物と見紛うほど精巧に作られた「アレンの身代わり人形」(内部にはアレンが開発した小型の発煙装置と、追跡用の微弱な魔力信号を発する装置が仕込まれている)を用意した。

そして、エリオットには、アルトリア辺境伯とグレイグ隊長に極秘裏に連絡を取り、地下水路周辺に騎士団の精鋭を配置し、アレンの合図と共に突入する手筈を整えてもらう。

アレン自身は、バルドとハンスを含む数名の護衛兵と共に、身代わり人形とは別のルートから、慎重に地下水路の旧管理事務所へと向かう。

彼の腰には、改良を加えた仕掛け杖と、そして万が一のための数種類の特殊なカプセル(中には、強烈な閃光を発するものや、一時的に相手の平衡感覚を奪う音波を発するものなどが込められている)が装備されていた。

王都の地下に広がる水路は、迷路のように複雑に入り組み、悪臭と湿気が立ち込める、まさに魔窟のような場所であった。
アレンたちは、松明の灯りを頼りに、音もなく進んでいく。

やがて、古びたレンガ造りの旧管理事務所らしき建物が見えてきた。
その窓からは、微かな灯りが漏れ、中には数人の人影が見える。

「……来たか、アレン・ウォーカー」

建物の入り口で待ち構えていたのは、やはり「古き星の探求者」の者たちであった。
その数は十名ほど。
彼らは、アレン(実際には身代わり人形だ)の姿を認めると、にやりと歪んだ笑みを浮かべる。

「我々の『招待』に応じてくれるとは、感心なことだ。
さあ、こちらへ。
我らが『導師』が、君と直接話がしたいと待っておられる」

彼らは、アレン(人形)を促し、建物の奥へと案内していく。
その様子を、少し離れた場所から、本物のアレンとバルドたちが息を殺して見守っていた。

建物の奥の薄暗い部屋には、豪奢なローブを纏い、顔を深いフードで隠した一人の人物が座っていた。
彼が、この組織の「導師」なのだろうか。
その周囲には、さらに数名の屈強な護衛らしき者たちが控えている。

「よく来たな、若き『星の子』よ。
お主の持つ『古の叡智』、そしてその力を、我々のために役立てる気になったかな?」

導師と名乗る人物の声は、まるで古井戸の底から響いてくるかのように、低く、そして不気味な威圧感を放っていた。

アレン(人形)が、何も答えずにいると、導師は焦れたように言葉を続ける。

「お主が素直に協力するならば、我々は、お主に世界の真理と、そして星々が約束する永遠の栄光を与えよう。
だが、もし抵抗するというのなら……」

導師が、そう言いかけた瞬間であった。
アレンは、遠隔操作で、身代わり人形に仕込んでいた発煙装置を作動させた。
パンッという音と共に、人形から強烈な煙が噴き出し、部屋中が瞬く間に白い煙に包まれる。

「なっ……! 罠か!」

導師と護衛たちが、混乱に陥る。
まさにそのタイミングで、アレンは隠し持っていた特殊な警笛を力いっぱい吹き鳴らした。
その音は、地下水路の壁に反響し、遠く離れた場所に待機していたグレイグ隊長と騎士団の耳へと届く。

「突入!」

グレイグ隊長の号令一下、騎士団の精鋭たちが、四方八方から旧管理事務所へと雪崩れ込んできた。
バルドとハンスも、アレンと共に、混乱する「古き星の探求者」たちへと襲いかかる。
地下水路は、一瞬にして激しい戦闘の場と化した。

「古き星の探求者」の者たちも、手練れではあったが、騎士団の圧倒的な武力と、アレンの仕掛けた罠、そして何よりも不意を突かれたことによる混乱から、なすすべもなく次々と制圧されていく。

しかし、あの「導師」と名乗る人物だけは、煙と混乱の中、驚くべき身軽さで騎士たちの包囲を掻い潜り、地下水路のさらに奥深くへと姿を消そうとしていた。
その手には、何か黒曜石のような輝きを放つ、小さな箱のようなものが握られている。

「待て!」

アレンは、その後を追おうとしたが、崩れかかった通路に行く手を阻まれてしまう。
導師は、闇の中へと消える直前、一度だけ振り返り、アレンに向かって不気味な笑みを浮かべた。

「……また会おうぞ、星の子よ。
お主の運命は、我らと共にあるのだからな……」

その言葉を残し、導師は完全に姿を消した。
「古き星の探求者」の主要メンバーは捕縛されたものの、その首魁(しゅかい)である「導師」と、彼が持ち去った謎の箱の行方は、依然として闇の中。

アレンの戦いは、まだ終わってはいなかった。
そして、あの導師の最後の言葉が、アレンの胸に、新たな不吉な予感を刻み込むのであった。
王都の地下に潜む闇は、想像以上に深く、そして根強いのかもしれない。
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