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第十話:潜入と救出、明かされる悪意の源泉
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アリアドネは、ゼノとサラに「エルムの薬草店」の未来を託し、厳選した薬草と調合道具だけを携えて、再びバルトフェルド辺境伯領へと馬車を走らせた。
その顔には、これから危険な任務に臨む緊張感と、悪を許さないという強い意志が浮かんでいた。
辺境伯邸に到着すると、執事のエルネストが憔悴しきった表情でアリアドネを迎えた。
「アリアドネ様、よくぞお越しくださいました……。例の侍女リーザの状況は、刻一刻と悪化しております。どうやら、我々が彼女の居場所を突き止めたことを、黒幕も察知したようで……」
リーザが潜んでいるのは、街の治外法権となっている無法地帯の一角にある、古びたアパートの一室。
そこは、ならず者たちの巣窟となっており、辺境伯家の兵士が公然と踏み込むことは難しい場所だった。
「エルネスト様、リーザ殿を救い出すための策は、いくつか考えてまいりました。」
アリアドネは冷静に告げ、持参した数種類の薬草を見せた。
人を深い眠りに誘う香草、一時的に人の五感を麻痺させる粉末、そして解毒作用を持つ秘薬。
アリアドネの計画は、最小限の人数で夜陰に紛れて潜入し、薬草の力を借りてリーザを安全に連れ出すというものだった。
その夜。
アリアドネは、黒っぽい目立たない色の服に身を包み、エルネストと数名の腕利きの護衛と共に、リーザが囚われている建物へと向かった。
月も隠れた闇夜が、彼らの潜入を助ける。
アリアドネが調合した特殊な油を建物の周囲に塗布すると、甘く濃厚な香りが立ち昇り、それまで聞こえていた見張りの者たちの話し声や物音が、次第に静まっていく。
強力な睡眠効果のある香だった。
「……今のうちです。」
アリアドネの合図で、一行は音を殺して建物内に侵入し、リーザがいるとされる部屋へと向かった。
部屋の前には、屈強な男が二人、見張りに立っていたが、彼らもまた、どこからか漂ってくる香りに抗えず、壁にもたれて深い眠りに落ちていた。
エルネストが静かに扉を開けると、部屋の隅で小さな影が怯えたように震えていた。
痩せこけ、目の下に深い隈を作ったリーザだった。
「リーザさん、迎えに来ました。私はアリアドネ。あなたを助けに来たのです。」
アリアドネが優しく声をかけると、リーザはびくりと肩を震わせ、おそるおそる顔を上げた。
その瞳には、絶望と恐怖の色が濃く浮かんでいる。
「さあ、ここから出ましょう。大丈夫、私が必ずあなたを守ります。」
アリアドネはリーザの手をそっと取り、立たせた。
しかし、彼女たちが部屋を出ようとしたその時、建物の外から複数の怒声と慌ただしい足音が聞こえてきた。
どうやら、別の見張りが異変に気付いたらしい。
「まずい、囲まれるぞ!」
護衛の一人が声を上げる。
「エルネスト様、リーザさんを連れて裏口へ!ここは私が引き受けます!」
アリアドネは叫ぶと、懐から小さな革袋を取り出し、迫りくる追っ手たちに向かって中身を思い切り投げつけた。
袋から舞い上がったのは、刺激臭の強い赤みがかった粉末。
それを吸い込んだ男たちは、激しく咳き込み、涙を流して目を押さえた。
一時的に視覚と呼吸器系に強烈な刺激を与える薬草の粉末だった。
その隙に、エルネストたちはリーザを連れて裏口から脱出に成功。
アリアドネも護衛と共に、無事に建物を抜け出した。
辺境伯邸の安全な一室で保護されたリーザは、アリアドネが調合した精神を落ち着かせるハーブティーを飲み、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
そして、彼女は涙ながらに、これまでの全てを告白し始めた。
リーザは、遠縁にあたるある貴族の女性、セレスティーナ夫人の美貌と幸福を妬んでいた、パトリシアという名の男爵未亡人に、幼い弟の命を盾に脅され、セレスティーナ夫人の飲食物や化粧品に、少しずつ毒性のあるものを混ぜるよう強要されていたという。
「私は……私は、どうしても逆らえませんでした……。でも、奥様を殺すことなんてできない……だから、パトリシア様に指示された量よりも、ずっと少ない量しか……それでも、奥様は日に日に弱っていかれて……」
リーザは嗚咽を漏らし、床に額を擦り付けて謝罪した。
パトリシア男爵未亡人。
それが、この陰湿な事件の黒幕だった。
報告を受けたアルフレッド辺境伯は、激しい怒りに体を震わせた。
「許せん……断じて許せんぞ、パトリシアめ……!」
辺境伯は即座に兵を動かし、パトリシア男爵未亡人を捕縛。
彼女の屋敷からは、リーザに渡していたものと同じ毒物が発見され、その罪は明白となった。
パトリシアは、セレスティーナ夫人に取って代わり、辺境伯の後妻の座を狙っていたという、身勝手極まりない動機だった。
厳正な裁きの下、パトリシアは全ての爵位と財産を剥奪され、辺境の修道院へ終身幽閉という判決が下された。
リーザは、脅迫されていたとはいえ罪を犯した事実は変わらないため、情状酌量された上で、辺境伯領から追放され、アリアドネの計らいで遠方の街にある、信頼できる薬草農家で働くことになった。弟も無事に保護され、共に新たな生活を始めることができたという。
事件の解決に多大な貢献をしたアリアドネに対し、アルフレッド辺境伯は改めて心からの感謝を述べた。
「アリアドネ殿、君は我が妻だけでなく、このバルトフェルド家そのものを救ってくれた。この恩は決して忘れぬ。今後、君が王都で事を成そうとする際には、私が全面的に後ろ盾となろう。」
それは、アリアドネにとって何よりも心強い約束だった。
この事件を通じて、アリアドネは貴族社会の嫉妬や欲望が渦巻く闇の深さを改めて目の当たりにした。
そして、それはかつて自分を陥れたエリオットとリディアの行為とも通じるものがあると感じ、復讐への決意をより一層強固なものにした。
数日後、「エルムの薬草店」に戻ったアリアドネのもとに、王都の代理人から吉報が届いた。
『ご希望の地区に、手頃な価格で状態の良い二階建ての物件が見つかりました。一階を店舗、二階を住居兼研究室として使用するのに最適かと存じます。』
写真と見取り図が添えられたその知らせに、アリアドネの胸は高鳴った。
その顔には、これから危険な任務に臨む緊張感と、悪を許さないという強い意志が浮かんでいた。
辺境伯邸に到着すると、執事のエルネストが憔悴しきった表情でアリアドネを迎えた。
「アリアドネ様、よくぞお越しくださいました……。例の侍女リーザの状況は、刻一刻と悪化しております。どうやら、我々が彼女の居場所を突き止めたことを、黒幕も察知したようで……」
リーザが潜んでいるのは、街の治外法権となっている無法地帯の一角にある、古びたアパートの一室。
そこは、ならず者たちの巣窟となっており、辺境伯家の兵士が公然と踏み込むことは難しい場所だった。
「エルネスト様、リーザ殿を救い出すための策は、いくつか考えてまいりました。」
アリアドネは冷静に告げ、持参した数種類の薬草を見せた。
人を深い眠りに誘う香草、一時的に人の五感を麻痺させる粉末、そして解毒作用を持つ秘薬。
アリアドネの計画は、最小限の人数で夜陰に紛れて潜入し、薬草の力を借りてリーザを安全に連れ出すというものだった。
その夜。
アリアドネは、黒っぽい目立たない色の服に身を包み、エルネストと数名の腕利きの護衛と共に、リーザが囚われている建物へと向かった。
月も隠れた闇夜が、彼らの潜入を助ける。
アリアドネが調合した特殊な油を建物の周囲に塗布すると、甘く濃厚な香りが立ち昇り、それまで聞こえていた見張りの者たちの話し声や物音が、次第に静まっていく。
強力な睡眠効果のある香だった。
「……今のうちです。」
アリアドネの合図で、一行は音を殺して建物内に侵入し、リーザがいるとされる部屋へと向かった。
部屋の前には、屈強な男が二人、見張りに立っていたが、彼らもまた、どこからか漂ってくる香りに抗えず、壁にもたれて深い眠りに落ちていた。
エルネストが静かに扉を開けると、部屋の隅で小さな影が怯えたように震えていた。
痩せこけ、目の下に深い隈を作ったリーザだった。
「リーザさん、迎えに来ました。私はアリアドネ。あなたを助けに来たのです。」
アリアドネが優しく声をかけると、リーザはびくりと肩を震わせ、おそるおそる顔を上げた。
その瞳には、絶望と恐怖の色が濃く浮かんでいる。
「さあ、ここから出ましょう。大丈夫、私が必ずあなたを守ります。」
アリアドネはリーザの手をそっと取り、立たせた。
しかし、彼女たちが部屋を出ようとしたその時、建物の外から複数の怒声と慌ただしい足音が聞こえてきた。
どうやら、別の見張りが異変に気付いたらしい。
「まずい、囲まれるぞ!」
護衛の一人が声を上げる。
「エルネスト様、リーザさんを連れて裏口へ!ここは私が引き受けます!」
アリアドネは叫ぶと、懐から小さな革袋を取り出し、迫りくる追っ手たちに向かって中身を思い切り投げつけた。
袋から舞い上がったのは、刺激臭の強い赤みがかった粉末。
それを吸い込んだ男たちは、激しく咳き込み、涙を流して目を押さえた。
一時的に視覚と呼吸器系に強烈な刺激を与える薬草の粉末だった。
その隙に、エルネストたちはリーザを連れて裏口から脱出に成功。
アリアドネも護衛と共に、無事に建物を抜け出した。
辺境伯邸の安全な一室で保護されたリーザは、アリアドネが調合した精神を落ち着かせるハーブティーを飲み、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
そして、彼女は涙ながらに、これまでの全てを告白し始めた。
リーザは、遠縁にあたるある貴族の女性、セレスティーナ夫人の美貌と幸福を妬んでいた、パトリシアという名の男爵未亡人に、幼い弟の命を盾に脅され、セレスティーナ夫人の飲食物や化粧品に、少しずつ毒性のあるものを混ぜるよう強要されていたという。
「私は……私は、どうしても逆らえませんでした……。でも、奥様を殺すことなんてできない……だから、パトリシア様に指示された量よりも、ずっと少ない量しか……それでも、奥様は日に日に弱っていかれて……」
リーザは嗚咽を漏らし、床に額を擦り付けて謝罪した。
パトリシア男爵未亡人。
それが、この陰湿な事件の黒幕だった。
報告を受けたアルフレッド辺境伯は、激しい怒りに体を震わせた。
「許せん……断じて許せんぞ、パトリシアめ……!」
辺境伯は即座に兵を動かし、パトリシア男爵未亡人を捕縛。
彼女の屋敷からは、リーザに渡していたものと同じ毒物が発見され、その罪は明白となった。
パトリシアは、セレスティーナ夫人に取って代わり、辺境伯の後妻の座を狙っていたという、身勝手極まりない動機だった。
厳正な裁きの下、パトリシアは全ての爵位と財産を剥奪され、辺境の修道院へ終身幽閉という判決が下された。
リーザは、脅迫されていたとはいえ罪を犯した事実は変わらないため、情状酌量された上で、辺境伯領から追放され、アリアドネの計らいで遠方の街にある、信頼できる薬草農家で働くことになった。弟も無事に保護され、共に新たな生活を始めることができたという。
事件の解決に多大な貢献をしたアリアドネに対し、アルフレッド辺境伯は改めて心からの感謝を述べた。
「アリアドネ殿、君は我が妻だけでなく、このバルトフェルド家そのものを救ってくれた。この恩は決して忘れぬ。今後、君が王都で事を成そうとする際には、私が全面的に後ろ盾となろう。」
それは、アリアドネにとって何よりも心強い約束だった。
この事件を通じて、アリアドネは貴族社会の嫉妬や欲望が渦巻く闇の深さを改めて目の当たりにした。
そして、それはかつて自分を陥れたエリオットとリディアの行為とも通じるものがあると感じ、復讐への決意をより一層強固なものにした。
数日後、「エルムの薬草店」に戻ったアリアドネのもとに、王都の代理人から吉報が届いた。
『ご希望の地区に、手頃な価格で状態の良い二階建ての物件が見つかりました。一階を店舗、二階を住居兼研究室として使用するのに最適かと存じます。』
写真と見取り図が添えられたその知らせに、アリアドネの胸は高鳴った。
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