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第十四話:交錯する思惑と静かなる宣戦
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新聞記者ルシアンの真摯な眼差しと、彼の言葉の端々から感じられる正義感に、アリアドネは警戒しつつも、ある種の共感を覚えていた。
数日後、ルシアンは改めて「瑠璃色の薬草店」を訪れ、正式に取材を申し込んだ。
「アリアドネ様、あなたの薬草に関する深い知識と、人々を癒そうとするその姿勢は、多くの読者に感銘を与えるはずです。どうか、あなたの薬草哲学について、そしてこの店が目指すものについて、詳しくお聞かせいただけないでしょうか。」
アリアドネは、自身の過去や復讐の意図については巧みに隠しつつも、薬草が持つ可能性や、心と体の繋がりの重要性、そして何よりも、人々が健やかに生きることへの願いを、熱意を込めて語った。
ルシアンはその言葉を一言一句聞き漏らすまいと熱心にペンを走らせ、時折、鋭い質問を投げかけてきた。
その中で、アリアドネはルシアンがアシュフォード公爵の進める鉱山開発が引き起こしている環境汚染や健康被害の問題にも強い関心を抱いていることを知る。
「あの鉱山開発は、あまりにも多くの犠牲を強いています。しかし、公爵家の権力の前では、真実の声はかき消されてしまう……」
ルシアンの言葉には、抑えきれない憤りが滲んでいた。
「もし、私に何かできることがあるのなら……薬草の知識が、少しでもお役に立てるのであれば……」
アリアドネはそう言って、ルシアンに情報交換を持ちかけた。
二人の間には、まだ明確な協力関係が生まれたわけではないが、共通の敵――あるいは共通の正義感――が、見えない糸で彼らを引き寄せ始めているようだった。
「瑠璃色の薬草店」の評判は、クララの母親の一件をきっかけに、王都で確かなものとなりつつあった。
アリアドネの的確な診断と、一人ひとりの体質や症状に合わせて調合されるオーダーメイドの薬やハーブ製品は、他の医者や薬師では改善が見られなかった様々な不調を抱える人々にとって、最後の希望となっていた。
ある時は、長年原因不明の皮膚病に悩み、人前に出ることも億劫になっていた裕福な商人の奥方が、アリアドネの処方した薬湯と軟膏で数週間後には美しい肌を取り戻し、感謝のあまり高価な宝石を贈ろうとした(アリアドネは丁重に辞退し、代わりに適正な治療費だけを受け取った)。
またある時は、将来を嘱望されながらも、過度なストレスから突然声が出なくなってしまった若い歌姫が、アリアドネの調合した精神安定作用のあるハーブティーと、発声訓練を補助する特別な喉飴によって、再び美しい歌声を取り戻した。
彼女の店は、もはや単なる薬草店ではなく、絶望に沈む人々に希望の光を与える場所として、王都の人々の間で語り継がれるようになっていた。
そんな中、リディアが主催するチャリティー夜会の日が、刻一刻と近づいていた。
王都の社交界は、その話題で持ちきりだった。
どの貴婦人が最も豪華なドレスを着るのか、どのような食事が振る舞われるのか、そして、どれほどの寄付金が集まるのか……。
アリアドネは、その喧騒を冷ややかに見つめながら、一つの小さな企てを準備していた。
夜会の数日前、アリアドネは、夜会の招待客リストの中から、特に噂好きで影響力のある数人の貴婦人を選び出し、彼女たちに匿名の差出人からとして、小さな包みを届けさせた。
包みの中身は、アリアドネが特別にブレンドしたハーブティー。
添えられたカードにはこう記されていた。
『高貴なる貴女様へ。これは、古来より心身を浄化し、真実を見抜く力を与えると伝えられる聖なるハーブティーにございます。特別な夜の前に、どうぞお召し上がりくださいませ。』
そのハーブティーには、もちろん毒など入っていない。
ただ、ごく微量に、しかし確実に、発汗作用と利尿作用を促す薬草が混ぜ込まれていた。
大きな混乱を引き起こすほどではないが、夜会の最中に、化粧崩れや頻繁な離席を余儀なくされる貴婦人が何人か出るかもしれない。
リディアが完璧に演出しようとしている華やかな夜会に、ほんの少し、目に見えない棘を刺す。
それが、アリアドネのささやかな意趣返しだった。
成功するかどうかは分からない。
だが、想像するだけで、アリアドネの口元には微かな笑みが浮かんだ。
一方、エリオットの鉱山開発による健康被害の問題は、アリアドネの心を重く捉えていた。
ルシアンから得た情報や、独自に集めた資料によると、被害は予想以上に深刻で、特に体の弱い子供たちが次々と原因不明の病に倒れているという。
(許せない……彼らの犠牲の上に成り立つ富など、何の価値があるというの……)
アリアドネは、故郷の店で助手を務めるサラに急ぎの手紙を送り、解毒作用のある特定の薬草や、栄養価の高いハーブをできる限り多く集めて王都へ送るよう指示を出した。
そして、それらの薬草を元に、汚染された水や食物から体内に取り込まれた毒素を排出し、免疫力を高めるための特別な薬を調合し始めた。
完成した薬は、ルシアンの協力を得て、被害が出ている村へ匿名で届けられる手筈となっていた。
それは、直接的な攻撃ではない。
しかし、アリアドネにとっては、薬草師として、そして一人の人間として、決して見過ごすことのできない問題に対する、彼女なりの戦いだった。
自分の行動が、復讐のためだけではなく、本当に困っている人々を助けたいという純粋な気持ちから生まれていることを、アリアドネは自覚していた。
その善意が、結果としてエリオットとリディアを追い詰める力になることを信じて。
王都の喧騒の中で、アリアドネは静かに、しかし着実に、自らの道を切り開き、そして、見えざる敵との戦いの準備を進めていた。
数日後、ルシアンは改めて「瑠璃色の薬草店」を訪れ、正式に取材を申し込んだ。
「アリアドネ様、あなたの薬草に関する深い知識と、人々を癒そうとするその姿勢は、多くの読者に感銘を与えるはずです。どうか、あなたの薬草哲学について、そしてこの店が目指すものについて、詳しくお聞かせいただけないでしょうか。」
アリアドネは、自身の過去や復讐の意図については巧みに隠しつつも、薬草が持つ可能性や、心と体の繋がりの重要性、そして何よりも、人々が健やかに生きることへの願いを、熱意を込めて語った。
ルシアンはその言葉を一言一句聞き漏らすまいと熱心にペンを走らせ、時折、鋭い質問を投げかけてきた。
その中で、アリアドネはルシアンがアシュフォード公爵の進める鉱山開発が引き起こしている環境汚染や健康被害の問題にも強い関心を抱いていることを知る。
「あの鉱山開発は、あまりにも多くの犠牲を強いています。しかし、公爵家の権力の前では、真実の声はかき消されてしまう……」
ルシアンの言葉には、抑えきれない憤りが滲んでいた。
「もし、私に何かできることがあるのなら……薬草の知識が、少しでもお役に立てるのであれば……」
アリアドネはそう言って、ルシアンに情報交換を持ちかけた。
二人の間には、まだ明確な協力関係が生まれたわけではないが、共通の敵――あるいは共通の正義感――が、見えない糸で彼らを引き寄せ始めているようだった。
「瑠璃色の薬草店」の評判は、クララの母親の一件をきっかけに、王都で確かなものとなりつつあった。
アリアドネの的確な診断と、一人ひとりの体質や症状に合わせて調合されるオーダーメイドの薬やハーブ製品は、他の医者や薬師では改善が見られなかった様々な不調を抱える人々にとって、最後の希望となっていた。
ある時は、長年原因不明の皮膚病に悩み、人前に出ることも億劫になっていた裕福な商人の奥方が、アリアドネの処方した薬湯と軟膏で数週間後には美しい肌を取り戻し、感謝のあまり高価な宝石を贈ろうとした(アリアドネは丁重に辞退し、代わりに適正な治療費だけを受け取った)。
またある時は、将来を嘱望されながらも、過度なストレスから突然声が出なくなってしまった若い歌姫が、アリアドネの調合した精神安定作用のあるハーブティーと、発声訓練を補助する特別な喉飴によって、再び美しい歌声を取り戻した。
彼女の店は、もはや単なる薬草店ではなく、絶望に沈む人々に希望の光を与える場所として、王都の人々の間で語り継がれるようになっていた。
そんな中、リディアが主催するチャリティー夜会の日が、刻一刻と近づいていた。
王都の社交界は、その話題で持ちきりだった。
どの貴婦人が最も豪華なドレスを着るのか、どのような食事が振る舞われるのか、そして、どれほどの寄付金が集まるのか……。
アリアドネは、その喧騒を冷ややかに見つめながら、一つの小さな企てを準備していた。
夜会の数日前、アリアドネは、夜会の招待客リストの中から、特に噂好きで影響力のある数人の貴婦人を選び出し、彼女たちに匿名の差出人からとして、小さな包みを届けさせた。
包みの中身は、アリアドネが特別にブレンドしたハーブティー。
添えられたカードにはこう記されていた。
『高貴なる貴女様へ。これは、古来より心身を浄化し、真実を見抜く力を与えると伝えられる聖なるハーブティーにございます。特別な夜の前に、どうぞお召し上がりくださいませ。』
そのハーブティーには、もちろん毒など入っていない。
ただ、ごく微量に、しかし確実に、発汗作用と利尿作用を促す薬草が混ぜ込まれていた。
大きな混乱を引き起こすほどではないが、夜会の最中に、化粧崩れや頻繁な離席を余儀なくされる貴婦人が何人か出るかもしれない。
リディアが完璧に演出しようとしている華やかな夜会に、ほんの少し、目に見えない棘を刺す。
それが、アリアドネのささやかな意趣返しだった。
成功するかどうかは分からない。
だが、想像するだけで、アリアドネの口元には微かな笑みが浮かんだ。
一方、エリオットの鉱山開発による健康被害の問題は、アリアドネの心を重く捉えていた。
ルシアンから得た情報や、独自に集めた資料によると、被害は予想以上に深刻で、特に体の弱い子供たちが次々と原因不明の病に倒れているという。
(許せない……彼らの犠牲の上に成り立つ富など、何の価値があるというの……)
アリアドネは、故郷の店で助手を務めるサラに急ぎの手紙を送り、解毒作用のある特定の薬草や、栄養価の高いハーブをできる限り多く集めて王都へ送るよう指示を出した。
そして、それらの薬草を元に、汚染された水や食物から体内に取り込まれた毒素を排出し、免疫力を高めるための特別な薬を調合し始めた。
完成した薬は、ルシアンの協力を得て、被害が出ている村へ匿名で届けられる手筈となっていた。
それは、直接的な攻撃ではない。
しかし、アリアドネにとっては、薬草師として、そして一人の人間として、決して見過ごすことのできない問題に対する、彼女なりの戦いだった。
自分の行動が、復讐のためだけではなく、本当に困っている人々を助けたいという純粋な気持ちから生まれていることを、アリアドネは自覚していた。
その善意が、結果としてエリオットとリディアを追い詰める力になることを信じて。
王都の喧騒の中で、アリアドネは静かに、しかし着実に、自らの道を切り開き、そして、見えざる敵との戦いの準備を進めていた。
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