【完結】瑠璃色の薬草師

シマセイ

文字の大きさ
14 / 26

第十四話:交錯する思惑と静かなる宣戦

しおりを挟む
新聞記者ルシアンの真摯な眼差しと、彼の言葉の端々から感じられる正義感に、アリアドネは警戒しつつも、ある種の共感を覚えていた。

数日後、ルシアンは改めて「瑠璃色の薬草店」を訪れ、正式に取材を申し込んだ。

「アリアドネ様、あなたの薬草に関する深い知識と、人々を癒そうとするその姿勢は、多くの読者に感銘を与えるはずです。どうか、あなたの薬草哲学について、そしてこの店が目指すものについて、詳しくお聞かせいただけないでしょうか。」

アリアドネは、自身の過去や復讐の意図については巧みに隠しつつも、薬草が持つ可能性や、心と体の繋がりの重要性、そして何よりも、人々が健やかに生きることへの願いを、熱意を込めて語った。

ルシアンはその言葉を一言一句聞き漏らすまいと熱心にペンを走らせ、時折、鋭い質問を投げかけてきた。

その中で、アリアドネはルシアンがアシュフォード公爵の進める鉱山開発が引き起こしている環境汚染や健康被害の問題にも強い関心を抱いていることを知る。

「あの鉱山開発は、あまりにも多くの犠牲を強いています。しかし、公爵家の権力の前では、真実の声はかき消されてしまう……」

ルシアンの言葉には、抑えきれない憤りが滲んでいた。

「もし、私に何かできることがあるのなら……薬草の知識が、少しでもお役に立てるのであれば……」

アリアドネはそう言って、ルシアンに情報交換を持ちかけた。

二人の間には、まだ明確な協力関係が生まれたわけではないが、共通の敵――あるいは共通の正義感――が、見えない糸で彼らを引き寄せ始めているようだった。

「瑠璃色の薬草店」の評判は、クララの母親の一件をきっかけに、王都で確かなものとなりつつあった。

アリアドネの的確な診断と、一人ひとりの体質や症状に合わせて調合されるオーダーメイドの薬やハーブ製品は、他の医者や薬師では改善が見られなかった様々な不調を抱える人々にとって、最後の希望となっていた。

ある時は、長年原因不明の皮膚病に悩み、人前に出ることも億劫になっていた裕福な商人の奥方が、アリアドネの処方した薬湯と軟膏で数週間後には美しい肌を取り戻し、感謝のあまり高価な宝石を贈ろうとした(アリアドネは丁重に辞退し、代わりに適正な治療費だけを受け取った)。

またある時は、将来を嘱望されながらも、過度なストレスから突然声が出なくなってしまった若い歌姫が、アリアドネの調合した精神安定作用のあるハーブティーと、発声訓練を補助する特別な喉飴によって、再び美しい歌声を取り戻した。

彼女の店は、もはや単なる薬草店ではなく、絶望に沈む人々に希望の光を与える場所として、王都の人々の間で語り継がれるようになっていた。

そんな中、リディアが主催するチャリティー夜会の日が、刻一刻と近づいていた。

王都の社交界は、その話題で持ちきりだった。

どの貴婦人が最も豪華なドレスを着るのか、どのような食事が振る舞われるのか、そして、どれほどの寄付金が集まるのか……。

アリアドネは、その喧騒を冷ややかに見つめながら、一つの小さな企てを準備していた。

夜会の数日前、アリアドネは、夜会の招待客リストの中から、特に噂好きで影響力のある数人の貴婦人を選び出し、彼女たちに匿名の差出人からとして、小さな包みを届けさせた。

包みの中身は、アリアドネが特別にブレンドしたハーブティー。

添えられたカードにはこう記されていた。

『高貴なる貴女様へ。これは、古来より心身を浄化し、真実を見抜く力を与えると伝えられる聖なるハーブティーにございます。特別な夜の前に、どうぞお召し上がりくださいませ。』

そのハーブティーには、もちろん毒など入っていない。

ただ、ごく微量に、しかし確実に、発汗作用と利尿作用を促す薬草が混ぜ込まれていた。

大きな混乱を引き起こすほどではないが、夜会の最中に、化粧崩れや頻繁な離席を余儀なくされる貴婦人が何人か出るかもしれない。

リディアが完璧に演出しようとしている華やかな夜会に、ほんの少し、目に見えない棘を刺す。

それが、アリアドネのささやかな意趣返しだった。

成功するかどうかは分からない。

だが、想像するだけで、アリアドネの口元には微かな笑みが浮かんだ。

一方、エリオットの鉱山開発による健康被害の問題は、アリアドネの心を重く捉えていた。

ルシアンから得た情報や、独自に集めた資料によると、被害は予想以上に深刻で、特に体の弱い子供たちが次々と原因不明の病に倒れているという。

(許せない……彼らの犠牲の上に成り立つ富など、何の価値があるというの……)

アリアドネは、故郷の店で助手を務めるサラに急ぎの手紙を送り、解毒作用のある特定の薬草や、栄養価の高いハーブをできる限り多く集めて王都へ送るよう指示を出した。

そして、それらの薬草を元に、汚染された水や食物から体内に取り込まれた毒素を排出し、免疫力を高めるための特別な薬を調合し始めた。

完成した薬は、ルシアンの協力を得て、被害が出ている村へ匿名で届けられる手筈となっていた。

それは、直接的な攻撃ではない。

しかし、アリアドネにとっては、薬草師として、そして一人の人間として、決して見過ごすことのできない問題に対する、彼女なりの戦いだった。

自分の行動が、復讐のためだけではなく、本当に困っている人々を助けたいという純粋な気持ちから生まれていることを、アリアドネは自覚していた。

その善意が、結果としてエリオットとリディアを追い詰める力になることを信じて。

王都の喧騒の中で、アリアドネは静かに、しかし着実に、自らの道を切り開き、そして、見えざる敵との戦いの準備を進めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

平凡な伯爵令嬢は平凡な結婚がしたいだけ……それすら贅沢なのですか!?

Hibah
恋愛
姉のソフィアは幼い頃から優秀で、両親から溺愛されていた。 一方で私エミリーは健康が取り柄なくらいで、伯爵令嬢なのに贅沢知らず……。 優秀な姉みたいになりたいと思ったこともあったけど、ならなくて正解だった。 姉の本性を知っているのは私だけ……。ある日、姉は王子様に婚約破棄された。 平凡な私は平凡な結婚をしてつつましく暮らしますよ……それすら贅沢なのですか!?

復縁は絶対に受け入れません ~婚約破棄された有能令嬢は、幸せな日々を満喫しています~

水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のクラリスは、婚約者のネイサンを支えるため、幼い頃から血の滲むような努力を重ねてきた。社交はもちろん、本来ならしなくても良い執務の補佐まで。 ネイサンは跡継ぎとして期待されているが、そこには必ずと言っていいほどクラリスの尽力があった。 しかし、クラリスはネイサンから婚約破棄を告げられてしまう。 彼の隣には妹エリノアが寄り添っていて、潔く離縁した方が良いと思える状況だった。 「俺は真実の愛を見つけた。だから邪魔しないで欲しい」 「分かりました。二度と貴方には関わりません」 何もかもを諦めて自由になったクラリスは、その時間を満喫することにする。 そんな中、彼女を見つめる者が居て―― ◇5/2 HOTランキング1位になりました。お読みいただきありがとうございます。 ※他サイトでも連載しています

悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~

糸烏 四季乃
恋愛
「ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢との婚約を破棄する!」 「殿下、その言葉、七年お待ちしておりました」 第二皇子の婚約者であるベアトリスは、皇子の本気の恋を邪魔する悪女として日々蔑ろにされている。しかし皇子の護衛であるナイジェルだけは、いつもベアトリスの味方をしてくれていた。 皇子との婚約が解消され自由を手に入れたベアトリスは、いつも救いの手を差し伸べてくれたナイジェルに恩返しを始める! ただ、長年悪女を演じてきたベアトリスの物事の判断基準は、一般の令嬢のそれとかなりズレている為になかなかナイジェルに恩返しを受け入れてもらえない。それでもどうしてもナイジェルに恩返しがしたい。このドッキンコドッキンコと高鳴る胸の鼓動を必死に抑え、ベアトリスは今日もナイジェルへの恩返しの為奮闘する! 規格外で少々常識外れの令嬢と、一途な騎士との溺愛ラブコメディ(!?)

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね

猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」 広間に高らかに響く声。 私の婚約者であり、この国の王子である。 「そうですか」 「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」 「… … …」 「よって、婚約は破棄だ!」 私は、周りを見渡す。 私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。 「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」 私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。 なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。

【完結】死に戻り8度目の伯爵令嬢は今度こそ破談を成功させたい!

雲井咲穂(くもいさほ)
恋愛
アンテリーゼ・フォン・マトヴァイユ伯爵令嬢は婚約式当日、婚約者の逢引を目撃し、動揺して婚約式の会場である螺旋階段から足を滑らせて後頭部を強打し不慮の死を遂げてしまう。 しかし、目が覚めると確かに死んだはずなのに婚約式の一週間前に時間が戻っている。混乱する中必死で記憶を蘇らせると、自分がこれまでに前回分含めて合計7回も婚約者と不貞相手が原因で死んでは生き返りを繰り返している事実を思い出す。 婚約者との結婚が「死」に直結することを知ったアンテリーゼは、今度は自分から婚約を破棄し自分を裏切った婚約者に社会的制裁を喰らわせ、婚約式というタイムリミットが迫る中、「死」を回避するために奔走する。 ーーーーーーーーー 2024/01/13 ランキング→恋愛95位 ありがとうございました! なろうでも掲載20万PVありがとうございましたっ!

処理中です...