愛しの妻は黒の魔王!?

ごいち

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第二章 とんでもない相手を好きになり

グレウスの覚悟

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 空は赤く染まった後、いくらもしないうちに、遠い山の稜線に太陽を隠してしまった。
 体に力が入らない様子のオルガを抱いて、グレウスは家路についた。いつもは馬で通う道だが、城の門さえ出てしまえば歩いてもそう遠くはない。
 少しの間芝生に寝ころんで休んだおかげで、グレウスはすっかり体力を取り戻していた。
 逆にオルガはまだ辛いようだ。横抱きに抱きかかえると、嫌だとは言わずに体を預けてきた。
 歩く振動が負担にならないようにと、グレウスは慎重に足を運ぶ。


「……何も聞かないのか……」
 肩口に顔を押し付けたまま、躊躇いがちに口を開いたオルガが訊いてきた。
 グレウスは足を止めずに考えてみる。
 聞きたいことは色々あったはずだった。ちょうど辺りは暗くなり、周囲に人影も見当たらない。他人に聞かれたくない話をするには絶好の機会だ。
 だが正直なところ、グレウスはもう聞かなくても良いような気持ちになっていた。
 オルガが何者で、どうして自分のところに嫁いできてくれたのか。屋敷での生活は、本当は悔しく屈辱的なものなのではないか。ディルタスとの兄弟仲は、本当はどうなのか。
 確かめたいような気もしたが、聞かなくていいような気もした。
 たった一つのことだけを確かめられれば、それでいい。
「……俺のことを、どう思っていますか……?」


 好きな人にどう思われているのか。それだけは、どうしても気になる。
 嫌いだと言われても気持ちは変わらないつもりだが、もしも好きだと言ってもらえたら、すごく嬉しい。
 この先どんなことがあっても、世界中がオルガを魔王だと怖れても、グレウスだけはいつまでも愛し続ける自信が持てるはずだ。


「馬鹿」
 答えはすぐに返ってきた。
 ひどい答えが返ってきたと思ったが、どうやら『馬鹿だと思っている』という返事ではなかったようだ。
「……そんな恥ずかしいことを……素面で言えるものか」
 そのあとすぐに、拗ねたような声でオルガが続けた。肌の触れ合った部分が熱を持つ。
 顔が隠されて見えなかったが、熱くなっていくその温度でわかった。
 日頃はツンと冷たく澄ましたオルガの顔が、赤くなってカッカと火照っているのだ。
 いつも自信に満ちて堂々としたオルガが、こんな風に照れ屋だとは思いもしなかった。何かといえば不機嫌そうな顔をしてみせるのも、素直に気持ちを表したくないときの照れ隠しだったのかもしれない。
「ええと、その……すみません、わかりました」
 グレウスは即座に謝罪した。自分がとても無粋な人間に思える。
 熱く火照った顔を冷やすために、グレウスは空を見上げた。
 ――つまり、オルガはこう言ったのだ。
 素面で言うのは恥ずかしいから、聞きたければ正気を失わせてみせよ、と。
 そんな簡単なことも察することができなくて、オルガに口に出させてしまったことを、グレウスは申し訳なく思った。今まで何も言ってくれなかったのも、グレウスの愛し方が足りなくて、とても言い出せなかったのに違いない。
 今夜は気合を入れて励もう……!
 グレウスは空を見上げて、瞬き始めた星にそう誓った。





 妻を抱いて屋敷に戻ってきた主人を、執事のマートンが出迎えた。
 熟練の老執事は、オルガの額に皇帝宝冠が飾られているのを見ても眉一つ動かさなかった。どうやら初めから知っていたらしい。
 この屋敷には、広さの割に使用人が少ない。
 恐ろしげな噂のせいで人が寄り付かないのかと思っていたが、実情は秘密を守れる人間以外は雇わないということのようだ。
「お運びいたしましょうか?」
 執事が申し出てきたが、グレウスは首を横に振った。
 マートンが高齢だからではない。たとえ信頼する執事とはいえ、自分の妻を他の人間の手に預けるつもりがないからだ。
 ましてや、今夜はグレウスの覚悟と技量が試される夜だ。
「今日はこのまま寝室に入る。朝までゆっくりするつもりだから、マートンも休むといい」
 軽く咳払いしながら伝えると、察しのいい執事はそれですべてを理解したようだ。
 軽く目を見開いた後、白い髭の下で老執事が笑みを浮かべた。
「承知いたしました、旦那様」
 足を止めた執事の体から、きらきらと輝く小さな雲母が舞い上がった。
「お部屋はいつものように整えてございます。どうぞゆっくりとお休みくださいませ」




 寝室に辿り着いて、グレウスはオルガの体をそっと寝台の上に横たえた。
 眠るには早すぎる時間だが、マートンの言葉通り寝室はすでに整えられていた。
 控えめに灯された蜜蝋の香り、壁際を彩る幾つもの花々。
 そしてどんな勘が働いたものか、寝台の脇にある物入の上には、いつかの夜に出された精力剤入りの薬酒が準備されていた。琥珀色の液体が硝子の酒器にたっぷりと満たされ、グラスも二つ用意されている。
 もしかすると、昨夜はオルガが書斎にこもって共寝をしなかったので、夫婦の危機だと案じたのかもしれない。老練な執事は何事にも対処が早くて恐れ入る。


 執事の働きに感心しながら、グレウスは薬酒をグラスに注いで一杯飲み干した。
 覚えのあるきつい酒精が喉を焼いていくが、今日はこれだけでは足りない気がしたので、続けてもう一杯注いで呷った。
「グレウス……?」
 寝台に仰臥したオルガが、顔だけをグレウスの方に向けて名を呼んだ。
 魔力を使い果たすというのは、肉体的にも相当な負荷がかかるようだ。オルガは寝台の上に髪を散らせたままぐったりと横たわり、体を起こそうともしない。
 このままでは夜が辛そうだ。
 気付け代わりにと、グレウスは薬酒を口に含んで、オルガの顎を捕らえた。
 唇を塞いで薬酒を少しずつ流し込むと、オルガの喉がごくりと鳴った。
「……きつい酒だな……」
 与えられた分を素直に飲み下して、オルガが気怠そうに言った。
 酒に強いオルガでも、この薬酒の酒精は少々きつかったようだ。だが、効き目はグレウスが保証する。怠くて力が入らないのも、もう少しの辛抱だ。
 グレウスはオルガのローブに手を掛けた。
「服を脱ぎましょう。お手伝いします」
「ん……そうだな、頼む」
 従順と言っていいほど、オルガは素直だった。まるでグレウスにそうされるのを待ち望んでいたかのようだ。
 グレウスは体の奥から熱の塊がせり上がってくるのを感じながら、オルガの衣服を脱がせていく。
 微細な刺繍が施された魔導具のローブ、寒さから身を守るための厚手の上着、銀の刺繍が美しいベストとゆったりとした柔らかなシャツ。絹の下着も脱がせてしまう。
 下は今日はぴったりとした細身のズボンと膝下までのブーツだった。留め具を一つずつ緩めてブーツを脱がせて、それからズボンを脱がせる。薄い絹の靴下と靴下留めを取り去り、最後に局所を覆う小さな布に手を掛けると、オルガは困惑したようにそっと膝頭を合わせた。
「グレウス、その……」
「大丈夫です。俺に任せてください」
 普段のオルガは、自身の着替えくらいは一人で行う。
 皇族が身に着ける衣装は凝ったものが多いため、一人で着替えができない皇族もいると聞いたことがあるが、オルガは着替えのために使用人を呼ぶことはない。
 だがこんな夜くらいは、夫であるグレウスに恭しく傅かれてみるのも悪くないはずだ。
 グレウスはオルガの体から最後の一枚を剥ぎ取った。
 残されているのは、額を金剛石で飾った皇帝宝冠のみだ。いくら夫婦とはいえ、さすがにこれに手を触れるのは、畏れ多いというものだろう。
「その……グレウス、今日は」
「わかっています」
 恥ずかしそうに膝を寄せたオルガに、グレウスは安心させるように笑いかけた。


 オルガのそこはまだ萌していないが、きっと魔力を使いすぎて疲れているせいだろう。
 薬酒も飲んだことだから、グレウスが導けばきっとすぐに形を変えるはずだ。不安に思うことは何もない。
 少し冷えた手を両手で掬い取り、その指先に口づけする。
「俺は今までのことを猛省しています。貴方という得難い伴侶を迎えながら、口先ばかりで努力が及ばなかったことを」
「う、ん……?」
 今までのことを思うと、自分自身を殴ってやりたいほどだ。
 好きだ好きだと馬鹿の一つ覚えのように言うばかりで、肝心のオルガに物足りない思いをさせてしまった。
 負担が大きくならないよう加減していたというのは、ただの言い訳だ。オルガはそんなことは望んでいなかった。
 思えば初めて肌を合わせた結婚式の夜、オルガは何と言ったのだったか。

『――夜ごと組み敷かれて、お前以外を見ずにいられるように。その強靭な肉体で、私を悦びに啼かせてみせよ』

 確かにそう言った。何という淫らな言葉かと驚いたので、よく覚えている。
 あの夜から一か月半ほどが経過したが、グレウスが不甲斐ないせいで、オルガの望みはまだ叶えられていないのだろう。だからこそ、グレウスに心を告げてはくれなかった。
 恥ずかしがりのオルガにとっては、想いを口にできるほど理性を失うことはなかったのだ。


 この失態を、今日こそは取り返したい。
 二杯も飲んだ薬酒の効果がそろそろ出始めている。体が熱い。全身に力が漲る気配がする。
「オルガ。今夜は俺の覚悟を見定めてください……!」
 グレウスは勢いよく服を脱ぎ捨てると、オルガの上に圧し掛かった。

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